第3話 男の娘+1
よく考えれば俺は一人と話せただけだ。友達になった訳でもない。この後、例えば休み時間に先川さんのところに行って話を出来るかと言えばノーだ。何話せばいいか全然わからない。
つまるところ、問題は何も解決していないということに俺が気づいたのは――ホームルームが終わってからだった。
俺が伏せて余韻に浸ってニタニタしている間にクラスメイトは集まり、朝の談笑をして、そして先生が来ると席についての一連の流れが終わっていたのだ。
「うぉ、俺、冷静になってみると気持ちわりぃな……」
冷静になって小さく呟く。完全なる独り言だが、それは誰の耳にも止まらない。なぜなら、今日の一時間目は体育。着替えや今日の授業についての話でガヤガヤしていているからだ。
ともあれ、朝のホームルーム前。友達を作るタイミング第三位を逃したわけだ。ちなみに一位は学園祭、二位は昼休みだ。ランキングは俺の独断と偏見と九十八パーセントの思い付き。
なんて考えを早々にグラウンドへ向かう。
準備体操、先生とやることになるのか、という憂鬱を抱えて。
☆ ☆ ☆
「よし、それじゃあ、いつも通りに好きなやつとペア組んで準備運動に入れ。けど、男女では組むなよ? 密着するのもあるから、立てなくなったら授業にならんからな、男子共」
体育の吉田先生はいつも通り、そう言って一人ガハハと笑う。最初こそ、反応のあったものの今では誰も耳を傾けていない。というか言い終わる前に動き始めているまである。
そして、俺は懸念していた通り余った。
……先生とやることになるのか。嫌だなー。
切実にそう思う。何故なら、吉田先生は身長二メートル越えにして、昔ラグビーをやっていたそうでその体は筋骨隆々が擬人化したようなビッグガイである。立ってるだけでその威圧感たるや、並々でない。ゴリラに育てられたんじゃないだろうか。
しかし、皆が準備運動をするなか、一人で突っ立っているのは目立つ。それを吉田先生に見つかろうものなら、折檻とは言わなくとも、準備運動に多少力が入ってしまうことは想像に難くない。自分から言った方が身のためだろう。
そう、覚悟を決め一歩踏み出したその時。
「あ、あの」
クイ、と袖を引っ張られる。
「うん――?」
振り返って言葉を失った。
そこにいたのは、女子生徒だったからだ。短めに切り揃えられたサラサラの茶味がかった髪。身長は女子にしても少し小さめで俺の肩位。パッチリ二重でしっとり濡れた大きな目に、真っ白い肌の上ぷっくり膨らんだ小さなピンクの唇。おどおどした様子は保護欲を実に保護欲をくすぐる。胸はないが、別に残念ではない。スレンダーなイメージというか、なんというか、そう、全体的な小ささだ。スモールな感じがいいのである。
ザ・守ってあげたくなる系の美少女。ウサギのような可愛らしい美少女がそこにいた。
こんな子がクラスメイトだったなんて……。
と、少女が口を開く。
「あ、あの――シませんか?」
「はいっ?」
「じゅ、準備運動。あ、余ってるよね?」
「あ、ああ。――て、いやいや」
最初に言われたことに思わず思考停止するもなんとか正気に戻り、そしてしっかり否定した。理性の勝利だ。流されない男、素敵だと思います。
というか、これもおそらく嫌がらせの一環だろう。
そう思いつつチラリと周囲を見回す。が、おかしいな。別にこっちの様子を見ているような輩はいなかった。全く、ここまで擬態するとはそうとう嫌がらせに慣れているのだろう。どちらにせよ、こんな気の弱そうな子を差し向けるなんて呆れたやつらだ。
はあ、と嘆息一つ。
「さっき、先生が言ってただろ? 男女でペアは組むなって」
別に自分を大切にしろとか、イケメンな対応はせずに先生の言っていた言葉をそのまま借りる。これで俺の対応がかっこつけてるとかいちゃもんの的にならない、つまらないがいじめられかけてるものにとってはベストな解答だろう。いや、つまらないやつ、と言われればそれまでだが。けれど、いじめる側からすればつまらない、は苦し紛れもいいところだろう。だって、いじめてもつまらないんだもの。
しかし、俺の言葉に少女は引き下がらない。困惑顔を浮かべるばかりだった。
なんだ、戻ってくるな的な圧力を受けているのか? 陰湿なやつらめ。
なんて少女の背後を再度眺めていると、突然。
「……えっと、男子だよ、僕?」
少女は変なことを口走った。
「……………………………………………………は?」
たっぷり間をおいて絞り出した言葉。
いやいや、何を真に受けているんだ、俺は。言わされてるに決まってるだろう。かわいそうに。こんなに可愛い子が男子なわけないだろう。
「だから男子だよ、僕」
念を押すように言われる。
「いやいや」
「いやいや、じゃなくて!」
首をぶんぶん振って否定を否定してくる自称、男子。かわいい。
「ないない」
「あるんだって!」
両手をブンブン振って主張を強める自称、男子。やはり可愛い。
「……うーん」
「なんで信じてくれないのさ!」
涙目になって掴みかかってくる自称、男子。わんわん言いながら俺を揺さぶる、がその力があまりなくて、必死な姿が可愛い。
「なんでさ! ねえ、なんでなのさ!」
もう半ば抱きつく形で俺を見上げる。俺の体操着に口元を埋めて。
いや、なんでって……。
「――仕草が可愛すぎるからだよっ!」
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