第2話 文学少女+1

 翌日。

 なんとか二人からは距離を置いてもらうことが出来た。

 いつもは出発のおはようから帰宅のさよならまでずっと一緒だったが、今日は一人での登校だ。つまずいたがボッチライフのスタートである。

 …………。

 席について、三分。

 自慢ではないが、俺達三人は小中高無遅刻無欠席にの皆勤賞幼馴染三人組で、登校時間が余裕を見て、ホームルームの三十分前には席についている。が、いつもは三人で喋っているうちに気づけばホームルームの時間がやってきたわけだが。

 あれ、この朝の時間で何をしてればいいんだぁ?

 ずっと三人組でいた俺は、裏を返せば他にまともな友達がいない。暇があれば二人のもとへ行っていたのだ。他の友達がいるわけがない。もちろん、多少話すくらいはしてきた。授業中のグループワークの時間とか、体育のチームとか。別段対人恐怖症とか、コミュ症というわけではない。……ないはずだ。

 だとすれば、新たな友達を作らなければならないな。

 何気なく、教室をぐるりと見回す。

 教室にいるのは、少し離れた場所で陽介と悠美が。仲睦まじく談笑している。いつもならあの中にいるのに、なんか新鮮だな。で、他には、読書している女子生徒一人、スマホをいじっている女子生徒一人、自習している女子生徒一人――男子全然いねえな。

 今は、一年の十月。

 一年の折り返しを過ぎ、クラス内グループは完全に形成。加えて俺は嫌われている。

 ……案外、友達作るハードル高くね?

 特にクラス内カースト上位層からのヘイトが高いために候補となるのは、孤立している生徒たち。オタクグループというのもあるが、正直あまりそういうことに詳しくないので入りづらい。三人とはいえ、一応、友達に囲まれて過ごし、生活習慣も優等生のそれである。当然、夜更しはしたことがない。マンガやゲームも人並だ。小説に関しては、普通に苦手で読んでこなかった。

 うん、とりあえず、チャレンジだよね。

 あまり幸せになれなそうだから、深く考えるのを止めた。

 読書、自習をしているのを邪魔するのは悪いので、消去法でスマホをいじっている生徒のもとへ行く――と、思ったが止めた。

 両耳にイヤホンをつけ、感情のないまるで能面のような表情でスマホをいじる少女はどこか不機嫌そうに見え、怖い。

 席を立った俺は、何もせずに座るのもなんか憚られて、読書の少女のもとへ。自習か読書かで言えばまあ、読書の方が先だと思う。授業に直接関係ないし。あと、自習少女の方向は、俺の席の向こう側でスマホ少女の方に歩いてしまった手前、向こうへ戻ることはしづらかった。

 と、読書少女の席の前へ。

 サラサラの黒髪を垂らし本に視線を向ける少女は、俺の存在に気づくと、サラリと髪をかき上げてこちらを見た。眼鏡の奥の瞳がなんとも優しそうな、これぞ文学少女という見た目である。そこはかとなく人畜無害そうで、うん、ものすごくいい。


「あー、おはよう――」

 

 そう挨拶して、次の句を告げることが出来ずに止まる。

 あれ、この子の名前、なんだ? 佐藤さん、いや、田中さん、待てよ、斉藤さんだった気もする……。てか、あれ? 俺、文学少女だけじゃなく、自習少女もスマホ少女も、クラスメイトの名前、誰一人、知らなくね?


「?」

 

 と、文学少女は俺を見て、首を傾げる。優しそうな瞳の奥に警戒が芽生えた気がする。

 やばい、何か言わなければ! けど、名前分からないなんて失礼だよな、他の話題にしないとって、他の話題ってなんだよ、俺、挨拶の後、何を話そうとしてたんだよ! 何でもいい、とにかく口を開かなくては!


「えっと、あ、あっ……と、その……」

 

 慌てて口を開くも、言葉は出てこない。頭まっしろだ。ああ、こんなことなら口を開かなければよかった。

 カァ――っと顔が暑くなり、嫌な汗が噴き出る。初対面のやつとの話題ってなんだよ!


「ど、どうしたの? ……えっと、あれ、君、誰だっけ?」


「――――へ?」


 軽くパニック状態に陥っていた俺の思考は、けれどそんな中で鮮明に聞こえた言葉にピタリと止まる。

 キミ、ダレダッケ?

 きみ、だれだっけ?

 君、誰だっけ?

 君、誰だっけ!?

 異国の言葉のように聞こえたフレーズが、脳内で反芻されるうちに理解できるようになっていく。

 これはつまり、向こうも俺の名前を分からなかったってことか? そして、奇しくも俺と同じ難問に直面したこの文学少女が涼しい顔で導いた答えは、普通に聞くってこと? え、それ、ありなのか? いや、現に俺は不快な気持ちか? いや、違う。なんなら普通に名前を言ってもいいという気持ちだ。いや、むしろ言いたい。言わせてください。


「ご、ごめんね! 失礼だよね、同じクラスなのに。ごめんなさい!」

 

 何も言わない俺を見てか、文学少女は手を合わせて謝る。


「い、いや、そんなことはない! 全然、大丈夫だ! お、俺の名前は宇民翔太だ。君の斜め前の席にいる」


「あ、そうなんだね。私は、先川穂乃さきかわほのって言います、って知ってるか」


 あはは、とハニカム文学少女。


「ああ、先川さん、ね。うん」


「うん。えっと、よろしく?」


「ああ、よろしく!」


 やや表情の硬い先川さんと握手を交わす。

 先川さん、先川さん、うん、先川さん。

 なんだ、名前、簡単に分かったじゃないか。

 内心で、初めて知った幼馴染以外のクラスメイト名前をかみしめて、俺は先川さんのもとを後にする。……えへへ、先川さんのもとを。


「ふう」


 達成感を覚えつつ、席に戻ると驚くことに経過時間はたったの五分。ホームルームまであとニ十分という所であるがクラスメイトはほとんどいない。いないのではしょうがない。正直、この波に乗りたいところだが、クラスメイトの登校を待とう。


☆   ☆   ☆


「……宇民さん、だっけ? 一体何しに来たんだろう?」


 宇民翔太の斜めの後ろの席。

先川穂乃は、席に戻り伏せた彼の背中を見て、首を傾げるも考えるだけ時間の無駄と判断し、視線を手元の本へと移すのだった。

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