ボッチからのリスタート
第1話 心優しき幼馴染カップル+1
俺の日常は最近変わった。
俺の幼馴染である二人が付き合ったためだ。
二人も晴れてカップル。それも一躍有名なオシドリカップルである。寂しい気持ちもあるが、二人でカップルとは二人でイチャイチャするものだ。それくらい彼女のいたことがない俺にだってわかる。
……だというのに。
「わー、悠美ちゃん、腕上げたね」
「えへへー。だって陽介君が美味しそうに食べてくれるからだよー。はい、あーん」
「あーん。……うん、やっぱりおいしいよ」
「もー」
お昼時の屋上。
幡代学園の屋上は緑いっぱいの爽やかな空間になっている。中心には、その前で告白すると必ず結ばれる噴水があり、端っこには園芸部が管理する小さな畑があったりする。景色も良く、天気がいい時は富士山が見えたりもする。
そんなこの場所は、生徒たちのとある人気スポットである。
ベンチに座るも良し、噴水周りに座るも良し、芝生の上にシートを敷くのも良いし、直に座ってチクチクとした芝生ならではの感触を味わうも良し。
学校内でピクニック気分が味わえることは、カップルに人気のスポットである。
そして、今、俺はとあるシートに上にいた。
シートの持ち主は、三鷹悠美。そして、その向かいにいるのが、彼氏である明菜陽介である。今は悠美が作ってきたお弁当を二人で頬張っている。愛妻弁当というやつだ。
ラブラブなお昼時。
そんな二人を乗せたシートの上に俺はいた。
いや、違うよ? 俺、そこら辺の空気は読めるよ? 今、俺、凄い邪魔。分かるよ? なら、なんでそこにいるのかって? ……しょうがないじゃん。だって誘われたんだもの。
「お前らなぁ……」
目の前でイチャイチャする二人に俺は堪えきれずに声を漏らす。
「あ、ごめんごめん、翔太」
「ごめんね、私達、翔ちゃんのこと無視しちゃって」
すると、揃って申し訳なさそうに謝る二人。
いやいや、そうじゃないんだよ。そこじゃないんだよ。こっちこそ、ごめんね、二人の雰囲気ぶち壊しちゃって。ちなみに、悠美は俺のことを翔ちゃんと呼ぶ。
「いや、いいんだよ、俺のことは気にしないで。いや、マジで。切実に。存分にいちゃついていいんだよっ!」
言い方が投げやりになってしまう。けど、しょうがない。そうもなる。ここまで言いたいことが伝わらないと。
「ご、ごめんよ、翔太!」
「翔ちゃん! 私たちが悪かったわ! 戻って来て! 拗ねないで!」
「拗ねてるんじゃないんだよ!」
狼狽える二人を一喝。
だから、と仕切り直し俺はもう一度主張を伝えることにした。
「いいか、お前らはもうカップルなんだからな? 確かに俺らは幼馴染でずっと三人でつるんできたけど、けれど、お前らは付き合ってんだよ」
「う、うん」
「……うん」
俺の確認に、初々しくも頬を赤らめる二人。いや、青春かよっていう良い反応なんだよ。ただ、悪いのはイラつきを覚えてしまう俺の方なんだ。
「……お前らはなんだ?」
一応確認がてら聞く。
「「……か、カップ、ル…………です」」
蚊の鳴くような小声で二人は答える。
「聞えません。もっと大きな声で!」
「「……カップル、です……っ」」
「もっと!」
「「カップルです!」」
「よし」
羞恥に揃って耳まで紅潮させる二人を前に俺はうんと頷く。正直、何が良しなのかは分からないけど。
「そうだ。お前らはカップルだ。カップルのお昼と言えば、あーんとかご飯粒ついてるぞ、えー取ってぇ、しょーがないな……っとパク、キャーとかってやっていちゃつくものだ」
「そ、そんな……」
「翔ちゃん……」
恥ずかしがるというよりも、憐みの視線を向ける二人。いや、なんで引いてんだよ。お前ら普通にやりそうだよ?
「そういうものなんだよ」
強引に話を進める。ここからが本題だ。
「だからな、お前ら……もう、俺を誘うな」
「「えっ!」」
揃って声を上げる二人。今日一番の驚きようだ。
けれど、これはずっと言ってきたことである。付き合うことになった次の日。二人でイチャイチャするんだろうなと思っていたら、なんと二人は変わらずに俺のところへ来た。休み時間に昼食、そして放課後も一緒に帰ろうと。一カ月間、毎日毎日である。最初ほうはまだ良かった。まあ、いきなり二人っきりになるのもお互い気まずいよな、とか俺も自分に言い訳が出来た。しかし、三人での行動と一緒に二人はオシドリカップルとしての地位を築いていくもんだから俺は周りからの視線が痛いこと痛いこと。最近では、すれ違うたびに見知らぬ生徒からも舌打ちされる始末だ。ちょっとしたいじめになりつつある。
「いや、いいんだよ。幼馴染からお前らは付き合うことになったんだ。それももう、一月だろう」
驚きの表情を浮かべる二人に俺は諭すように言う。二人はただの優しい子なんだ。決して悪意があるわけじゃない。それは俺が一番よく知っている。だから、イラついちゃダメだ。最近、周りからの仕打ちに心がすさんでる気がするから気をつけないと。
心の中で自分に言い聞かせるように言う。
「確かにここまでずっと三人でいた。けれど、二人でイチャイチャするところに俺がいたら邪魔だろう?」
「そんなことないよ!」
「そうよ!」
すぐに反論が飛んでくる。カップルになったのに、俺を邪険にしない。幼馴染として嬉しいことこの上ないことだ。
けれど、俺は心を鬼にして言う。
「いやいや、邪魔だよ。というか、仮にお前らがそう思っていなくても、これはおかしなことなんだ。こうやって、二人で一緒のシートに座って二人きりでのランチタイム。これに憧れてるカップルは山ほどいる。ここの競争率、知ってるか? けれども、お前らは幸運なことに、この場を使うことが許されたカップルだ」
学校一のオシドリカップルの名は伊達じゃない。きっと、二人が場所を探していたら、先に来ていたカップルだって場所を譲るだろう。それくらいの力を持っている。
「けれど、そこに俺がいたらどうだ? お前らはもっとイチャイチャできるはずだ。それに周りも思うことだろう。なんだよ、あの男。空気読めよって」
「そんなこと思う人いないよ!」
断言する陽介。
だが、残念ながらいるのだ。お前はイケメンだからそういう暗黒面に晒されてないだけで。
「……いや、いるんだよ」
俺はゆっくりと陽介の言葉を否定する。
「そんな、でも……」
俺の言葉のトーンに何かを感じたのか、陽介は口をパクパクとさせる。言葉を探しているのだろう。優しい奴だ。俺はお前みたいな幼馴染を持てて嬉しいよ。
「……まあ、お前らが良くても、お前らはうちの学校で有名なお似合いのカップルなんだ。だから、イメージってやつもあるん――」
「そうだ! だったら、僕がどっか行くよ!」
「マジ止めろよ一番訳分かんねーからそれ」
名案とばかりに言い放った陽介の言葉を俺はノンストップで叩き潰す。おっと、いけない。言葉に一瞬、本気の殺意が混じった。
「コホン。どうか、お前らに憧れてるやつの夢を、お前らがやってきた、いや、今もやっている恋愛という夢を壊さないでやってくれよ」
咳払いひとつ。そう締めくくる。ちょっとクサイ言葉になったが、純粋な二人にはこれくらいの方が伝わるだろう。
「……わ、分かったよ。それじゃあ」
「うん、しょうがないね」
ふう。どうやら分かってくれたらしい。
「別に俺のことは気にすんなよ。まあ、なんだ、ほとぼりが冷めるまでとりあえずはって感じでいいからさ」
「うん、それじゃあ、翔ちゃん」
陽介と目配せする悠美。無言で頷く陽介。
なんだ? よく分からないけど、嫌な予感がするぞ。
「じゃあ、しばらくお昼は別々になるから――はい、あーん」
そう言って、お弁当を箸でつまみ俺の方へ差し向けられる。
って、
「いや、なんで、だ、よ……?」
ツッコミ調できっぱり断ろうとした手前、言葉が尻すぼみになる。陽介の、悠美の真面目な眼力がそうさせたからだ。
意図はなんとなくわかった。
心優しい二人のことだ。きっとしばらく俺の精神に負担をかけるとでも思っているのだろう。或いは、しばらくコミュニケーションが希薄になる分の埋め合わせか。どちらにせよ、善意百パーセントであることは疑いようもない。
くっ。背に腹は代えられない、か。
これを断って二人を傷つけるのは本意ではない。不特定多数の名も知らぬような周囲の目と、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染の優しさ。秤にかけるのもおこがましい。
「あーん……うん。うまい」
結局、俺は悠美のあーんを受けることにした。秤にかけるのもおこがましいとか言いながら、心の隅ではこれでどれだけ周囲のヘイトは溜まった事だろう、なんて思いながら。
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