第39話 終章 ミドリは危険!

「それでは『ひゃくえんせんそう』出版記念内輪パーティーを、始めます」


 ひかりが恭しく挨拶を述べると、『珠助』のいたるところで拍手が起こった。


「えー、では、まずは主賓であり『ひゃくえんせんそう』の作者、秋津俊介様より一言ご挨拶をお願いします」


 挨拶と言っても、席を立ってコメントするだけの事だった。僕は大きく息を吸った。


「えー、わたくしのような駆け出しのために、こんなに多くの……」


 僕はそこでわざと言葉を切り、店内を見回した。あちこちで失笑が起きていた。


 『珠助』の狭い店内には、十名ほどの知人がいるだけだった。


『……方々にお集まりいただき、感激の極みであります』


 その後も僕のスピーチはひたすら感謝の言葉を繰り返す事に終始した。


 出版記念パーティーと銘打ちつつ、『ひゃくえんせんそう』に関する話題はそこまでだった。僕が席に着くと、ひかりが再びマイクを手に席を立った。


「さあ、ここからはもうひとつのパーティーです。ただ今より秋津俊介さん、雪江さんのミニ結婚披露宴を行います」


 先ほどよりもひときわ大きな拍手が起こった。


「それでは、新郎はそこにいますので、新婦の登場です。皆様、盛大な拍手を!」


 カウンターの一角が開かれ、純白のドレス風ワンピースをまとった雪江が姿を現した。


「続きまして、ケーキカットを行います」


 麻利絵がフロアの中央に運び込んだケーキは、なんと『ガモジラ』の形をしていた。


「どうだい。ちょっとした芸術品だろう?ケーキとなるとあの人に作らせとくわけにゃいかないからねえ」


 麻利絵は自慢げに言った。僕は雪江のそばに歩み寄ると、ナイフの柄を握らせた。


「では、お願いします」


 ケーキにナイフが入った瞬間、照明が落された。次の瞬間、フロアの壁にめぐらされた発光ダイオードが一斉に白い光を放った。


「おめでとうございます。それでは新婦の雪江様より一言、お願いします」


 雪江に全員の視線が集中した。雪江の姿はスクリーンで眺める時より遥かに輝いていた。


「私は女優という仕事をしていますが、それ意外にも『好きな人の妻になる』という、とても大きな……私本来の夢がありました。みなさんのおかげで今日、人生最大の夢が叶いました。これ以上望むものはありません。大切なものはすべてここにあります。みなさん……美登里さん、麻利絵さん、シュウさん、そして……ミドリちゃん。ほんとうにありがとうございました」


 僕が手作りの指輪を雪江の指にはめると、ひときわ大きな拍手が沸き起こった。


 照明が再び灯され、雪江を伴って席に戻ろうとした僕はあることに気づいた。


 ミドリがいない……?


 ケーキの入刀直前までピンクのワンピースを着て席にいたミドリが、いつの間にかいなくなっていた。


「ミドリ、どこへいったんだろう?」


「トイレかしら……気になるわ」


 雪江と二人で所在なくあたりを見まわしていると、唐突に奥の扉から人影が現れた。


「ミドリちゃん!」


 ミドリがいつの間にか、おなじみのジャージ姿に『お色直し』をしていたのだった。


「着なれない服は、どうにも落ち着かなくてな。それにあの服だったらみんな、私だとわからないんじゃないかという気がしてきたのだ」


「ミドリちゃん、こっちに来て」


 雪江が手招きをし、ミドリはちょうど僕と雪江の間に収まる形になった。


「なんだこれは。せっかくの披露宴なのにこの位置はないだろう。私は養女ではないぞ」


「いや、ここでいいんだ。雪江はどこに座っていても心配いらないが、何せ君くらい……」


「わたしくらい、なんだ?」


「危険な女の子は、いないからな」


                  〈了〉

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ミドリは危険! 五速 梁 @run_doc

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