三十一番:混雑

 階段を歩くことでさえ、長い年月がはさまったように感じた。

 外に出ればゆうが街のかげかくれ、深い夜が赤い空をしんしょくしている。

 ぼうっとした意識のスメラギ・ことは、年単位で意識を失っていたのではないかと思った。

 

 だかぼうだいな空白が進行をさまたげたような、いびつな感覚がじわりと体に広がっていく。

 体を支えてくれたヤガン・でらは少し困ったように問いかける。

 

「なあ、まこ坊。どれくらい事態をあくしとるん?」

「えっと――」

 

 れそうになりながらも、つたない説明で伝える。

 まずしゃおんゆうかいされたこと。次にかれふたの兄であるおんもさらわれていたと、いばらから聞いた。

 六月の予算会議で起きた事件もかんし、げたしゅうげきしゃ二人の存在を知った後にねらわれてしまった。

 

 ちゅうなぞの青年であるツチミカド・はるあきらに連れまわされたかと思いきや、あいたち女子中学生三人組に案内されて東エリアへ。

 落ちくずれのアジトで愛莉の兄とその仲間達による事情を聞き、事態解決のために協力することになった。

 そうしてみょうな相手におそわれ、ぎりぎりで逃げたところで古寺達に再会したのである。

 

「うーん、まこ坊。ややこしくしとるなぁ」

「え!? ぼ、ぼくのせいですか!?」

「半分はな。まず簡潔にしよか」

 

 建物の陰となる場所にゆうどうされ、周囲の目から隠れる。

 背後でっていた愛莉達や颯天はやて、そしてあせだらけのふくならうように身をひそませる。

 

「まずははやさかほったんやろ。こいつがアイゼン兄弟誘拐をくわだてた」

「なんで!?」

「目当ては能力保有プレートや。ここから先は厳重なとく義務が発生するんやけど」

 

 かべに背中を預けてすわんだ真琴に対し、限りなく声量を落とした古寺が告げる。

 

じんを作るんや。人造のおにほうどころが、ありえないはずの技術やけど」

「……?」

 

 初めて聞くおにの種類だった。ただ身の毛がよだつような感覚にぶるいする。

 おぞましい、気持ちが悪いなど。理性がきょ反応を示し、それに直結する感情を激しくさぶってくる。

 くわしく聞くことさえきょうだったが、うでふるえを手の平でおさえる。

 

「この鬼人ってのは、かくとなる材料が能力保有プレートなんや。本来はとうばつ鬼隊に提供するはずの人造兵士だったが……」

「もしかして、角が生えた?」


 真琴の答えに、古寺はしゅこうする。

 鬼のけんちょなるとくちょうは角だ。動物のように一直線やうずきなものではなく、ゆがねじれた奇妙な形状。

 不安をあおるような波型か、水面にかれた油のようなどうか。どう形容しても好感が持てない。

 

「運用や人道的にも問題があり、永久とうけつされたいわくつき。なのに早坂はそれを使って、めんどうな事件を起こしてなぁ。春であきらめたと思ったんやけど、あまかった」

「はぁ……」

 

 春と言われても、それは真琴がイケブクロシティに来る前の話だ。

 なにか大きなことが起きたらしいとは察しているが、いまだ詳しい内容は不明のままである。

 しかし今ここで深く首をんでも、現状の解決には役に立たない確信はあった。

 

「まずこれが一つ目。アイゼン兄弟誘拐事件やな」

「僕はそれを解決したいはずなんですけど」

「そこで二つ目。謎の青年や」

「晴明ですね」

 

 せい人風の格好がとくちょうてきな彼だが、身長は真琴よりも低い。

 どこかばなれしているせいか大人っぽく見えるが、実際は同い年くらいだろうと真琴は考えている。

 

「そいつは狙いがいくつもあるんやろな。その一つにまこ坊がいた」

「ああ。そういえば僕の母親にれんらくとか言ってましたね」

「まずそれは個人の目的。やっこさんは他にも、早坂、夕莉、その他多数に関わってると推測されるんや」

「はぁっ!? なにそれ、多重スパイってこと!?」

 

 兄の名前が出てきたことにより、愛莉が強気な態度で話にむ。

 

「じゃないと行動の意味不明さが説明できへん。まあ敵か味方かはあとで考えとこか」

「あの鹿兄……また危ないことやってるのね。許すまじ」

「で、三つ目やな。これが落ち崩れの内部ぶんれつから発生しとる。なあ、福地さん」

「聞かれても困っちゃうけど、そうだと思うよ」

 

 手の指を動かして顔をあおぐ福地は、ふーふーといき混じりに答える。

 

ばつ争いからの能力保有プレート管理権限が揺れとるんや」

「あ、まさか……」

 

 真琴は那留からわたされたぞう電子学生証を見る。

 手の平でにぎりしめていたそれは、だん使っている学生証と重みは変わらない。

 けれど重要性を理解し、手に汗がじわりとにじんだ。

 

「落ち崩れが成り立つ理由は、未回収な能力保有プレートがここにほぼ集まるからや」

「違法……ですよね?」

「グレーゾーンや。まりすぎて、深くもぐまれたら困るやん」

 

 ものを追う時は所をあえて作るものだ。

 そしてらんかくしない。けいかいが強くなり、ゆくつかめなくなる方が危険。

 そのためのおおやけにんはしていない、非合法ながらも安全地帯というのをわざと作る。

 真琴にしてみれば遠い話のように思えるか、今は身近なじょうきょうだった。

 

「しかし早坂がどくせんすると、変なところに流れそうやからな」

「なにかやばいんですか?」

「討伐鬼隊が動く」

 

 普段の似非えせ方言を使わず、古寺は断言した。

 簡潔な内容だったが、重大な意味をふくんでいる。

 

「落ち崩れが事実上のほうかい。今の所属メンバーは全員しょっぴかれるかもしれん」

つかまっちゃうんですか!?」

「まこ坊も言うてたやろ? 違法やって」

 

 短時間とはいえ、那留や福地と関わった。

 以前ならばニュース報道での感想を述べるようにたんたんとしていたかもしれないが、今はちがう。

 人情の方が強く働き、どうにかできないかとなやんでしまう。

 

「この三つ目に関しては、簡単や。それを夕莉に渡す」

 

 指し示している内容は理解した。

 しかし問題が一つ。

 

「でも夕莉さんは今どこに?」

「確か晴明っていうのと行動してるはずよ!」

「それは僕も知ってるよ。うーん、せめて目的地がわかればいいけど」

 

 愛莉の言葉にこうていと否定を交えた返事をしたせいか、かのじょげんが急降下していく。

 それに気づかないまま、真琴はうんうんとうなる。

 

「まこ坊はたんていの才能なさそうやなぁ」

「ええっ!?」

 

 けらけらと笑われ、真琴は軽くショックを受けた。

 

「そんなん最後の一つを解けばいいだけや」

「えっと……?」

「謎の青年はもう一人おったやろ」

 

 言われて思い出す。

 茨木から見せられた映像の中で、晴明がかかえていた人物。

 全身が真っ黒であるのに、乱れた映像でもこくめいかがやいた赤いひとみ

 

「まっくろさんを探せば」

「まあ……特徴をとらえてそうだし、それでいっか」

 

 古寺がややあきれたようにつぶやくが、真琴のやる気はあふれていた。

 

「あ、それじゃあ――」

 

 颯天の方にいた真琴だったが。背後で大きな物音がひびいた。

 振り向けばビルの一部ががれち、壁がほうらくしている。

 そこで特徴的な赤と金、銀と青。さらに探している真っ黒が走っているのをもくげきした。

 

「あそこだー!?」

「えっ!? じゃあアタシも連れて行きなさいよ!」

「なんで!?」

 

 指差しておどろく真琴の首にきつく愛莉は、わいらしくほおふくらませた。

 

「あそこにお兄ちゃんが来るかもしれないから!」

「た、ためしにやってみるけど……どうなるかわからないからね!」

 

 おそらく遮音達はこうげきを受けている。

 その前提で自らの能力保有プレート【はんげきせんしゅ】を発動させる。

 まぶたを強く閉じてこぶしした姿勢。指の骨にはかたかんしょく

 

 だれかの頬をなぐったと気づき、急いで瞼を開ける。

 するとれいな顔がへこんでいた。彼の背後には目を丸くするのる覗見うかがみ

 

「あれ?」

 

 なんかおかしいな、と思った時にはすでに時おそく。

 いきなり殴られた茨木がゆっくりと背中からたおれるところだった。

 

「ちょっ、誰をやってんのよ!?」

「茨木!? なんでぇえええ!? あ」

 

 まどった真琴だが、茨木が立っていた場所の視線を辿たどる。

 すると先ほどの一部が崩落したビルが建ち、窓がらから遮音達がわずかに見えた。

 

「まさか!?」

あるじ殿どの! どうしてここに……」

 

 覗見の言葉が途切れる中、真琴は茨木のえりもとを掴んで立ち上がらせる。

 

「また遮音に攻撃して、敵のすきこうとしたな!?」

「……ちっ」

 

 めずらしくの性格を表に出し、舌打ちを鳴らす茨木。

 殴られたしょを手の平でさえながら、いきく。

 

「攻撃よりも非道なばくがあるんだよ。敵は遮音を捕まえようとしてるけど、再生条件を知らな」

「そんなくつはどうでもいい!!」

 

 きに近い額のわせ。

 目の前に星が散ることもいとわず、真琴は力強く反発する。

 

「遮音を軽々しく傷つけるな!」

「……わかったよ。ごめん」

「え? あ……僕も殴ってごめん」

 

 なおあやまられてひょうけを味わうも、真琴は普段通りの対応にもどる。

 まだ真琴の首筋に抱きついたままの愛莉が、意外と強気な彼の一面を見て胸を高鳴らせた。

 

「愛莉ちゃん!?」

 

 顔を赤らめる少女の耳に、聞き慣れた声が届いた。

 それは悲痛な色を宿しており、あわてたように近づく足音が大きくなっていく。

 

「なんで男に抱きついてんの!? てか、どうしてここに!?」

「それはこっちの台詞せりふよ、馬鹿兄!」

 

 せまってきた夕莉は、真琴のえりくびを掴む。

 奇妙な連結を見せる四人に、実流はろんな目を向ける。

 

「おい、テメェ! おれの可愛い愛莉ちゃんをたぶらかすんじゃねぇ!」

「な、なんの話ですか!? 大体、こっちは別の話で……」

「愛莉ちゃんが可愛くねぇって言うのか!?」

「可愛いと思いますが、今はそうじゃなくて……」

「よし、敵にんてい! 殴る!」

「やめなさいよ、ずかしい!」

 

 真琴へ殴りかかろうとした兄を、逆にたおす妹。

 間に挟まれた真琴は思わず茨木から手をはなしてしまう。その隙に彼はそそくさとものかげへ隠れた。

 

「もう! お兄ちゃんとかはアタシに任せて、そっちは友達助けに行きなさい!」

「あ、ありがとう、愛莉ちゃん!」

 

 そして真琴が走り出そうとした矢先、頭上で金属音がひびいた。

 見上げれば覗見が暗器を手に、晴明と戦っていた。

 かげを足場に二人はこうぼうかえし、まるでアクション映画のようにばやい動きで遠ざかっていく。

 

「実流は覗見達を止めて!」

「はぁ!? なんで俺が……」

「お願い!」

「……貸しだからな!」

 

 そして真琴はまたもや一部崩落したビルへと走り出す。

 夕焼けは夜やみに飲まれ、月がこちらをのぞきこむように姿を現した。

 街の明かりがぽつぽつとく中、東エリアのはいきょではそうどうひときわ大きくなるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誠の友情は真実の愛より難しい 文丸くじら @kujiramaru000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ