二十六番:遺憾

 B1保護区イケブクロシティ。アミティエ学園を中心として五つのエリアに分けられている。

 西洋の城に似せた学園から広がる街並みは白い城下町と呼ぶに相応しい。夏の日差しを浴びた桜の木が、青々とした緑の葉を揺らしている。青空には薄膜一枚被せたように、結界が生活を保護していた。

 限られた空間内で生きていくため、イケブクロシティには自給自足を担うエリアがある。それが東エリアの農業街だ。一見はビルが建ち並んでいるだけだが、屋上から地下室まで全てが屋内栽培という建物型田畑である。


 安定した水の供給と光源。あらゆる管理を機械に任せ、人手は不測の事態が起きた時だけに必要という効率的な仕組み。自然栽培に拘らず、遺伝子組み換えや科学の力を頼れば生産というのはある程度は賄えるのだ。

 しかしイケブクロシティの人口全てを満足できる量は収穫できないため、無人貨物リニアモーターカーからの配送も毎日行われている。イケブクロシティの本質は生産ではなく、育成が主だからだ。

 いずれ生活を脅かす鬼を討つ者、討伐鬼隊隊員育成こそがイケブクロシティ及び中心となっているアミティエ学園の目的だ。なので東エリアに訪れるアミティエ学園の生徒は少ない。


 そんな場所の歩道で笑い転げている同級生を見下ろしながら、真琴は絞り出すように声をかける。


「な、なにやってるの? 茨木……」


 眉目秀麗、文武両道。弱点がないのが弱点。さらに生徒会特待枠で将来の生徒会長候補。ここまで揃うと胡散臭すぎるリー・茨木だが、彼の唯一の欠点とも言うべき部分かどうか迷うのが笑い上戸という悪癖だ。

 しかも笑いのツボが少し人とズレている。それを知っている実流も言葉をなくしながら見下みおろす、もとい見下みくだしていた。同じ字面だが、含まれている意味合いは大きく異なっていた。


「ひぃ、ふぅ……あっはははははは!! ん? おや……うん、うん」


 思い出し笑いで石畳の地面を叩くほど苦しんでいた茨木だが、真琴と実流の姿を認識すると同時に真顔になった。

 深く息を吐き、額に手をやって冷静に努め、静かに起き上がる。赤いブレザーなどについた服の汚れを叩き落としながら、納得するように何度も頷く。

 一拍間を空けた後、綺麗な笑顔を向ける。


「僕になんの用かな?」

「特に用はなかったんだけど、いたたまれなくて声をかけたというか……」

「なんのことかな?」

「いや、だって今爆笑して地面を……」

「なんのことかな?」


 なかったことにしろ。

 言外に圧力をかけてくる内容に、真琴は他の内容を口にするべきだと判断した。


「斐文が東エリアに行けって。そうだ! 遮音! よくわからないけどさらわれちゃって!」

「そっちも?」

「そしたら斐文が三人を探せって……ん? 今なんか……」

「タイミング良いね。紫音もさらわれたよ」


 少なくとも笑顔で告げる言葉ではないし、それを思い出して再度大笑いすることでもない。

 急いで口元を手の平で覆った茨木だが、指の隙間から漏れ出た息は消えない。結局は堪えきれずに笑い声を上げ、歩道の横に立っていた白いビルの壁に背を預けるほどだ。


「おい、どういうことだ? お前、なんか知ってんじゃねぇのか?」


 明らかに疑う視線で茨木を睨む実流。なにせ知り合いがさらわれたと言うにはあまりにもな態度。そして余裕。

 真琴も不本意ながら彼と同じ気持ちだ。赤銅と赤の瞳にこもる疑念の感情を察し、滲み出た涙を拭き取りながら茨木は真っ直ぐ立つ。


「まあね。君達は『落ち崩れ』ってわかる?」

「……? 落ち零れじゃなくて?」

「これだから坊ちゃんは役に立たねぇな」

「なんで実流は一言多いんだろうね。性格悪すぎない?」


 すぐに喧嘩腰になる二人を余所に、茨木は話を進めようと言葉を続けた。


「落ち零れは満杯の杯に入りきれず、仕方なく落ちていく滴さ。けど落ち崩れってのは自分から切り崩れていくという意味合いでね。このイケブクロシティではまた別の意味があるのさ」

「別の意味?」

「暴走族やカラーギャングみたいなものでね、集団を指すのさ。かつてアミティエ学園に所属、もしくはアミティエ学園に憧れを抱いて近付いた若者達。彼らの目的は……能力保有プレートさ」


 含みを持たせながら、茨木は自らの胸元から銀色のプレートを取り出す。陽光を受けて強く輝き、色褪せる様子がない。

 アミティエ学園の高等部に入学した者全員に与えられる。真琴や実流も所持している。そしてさらわれた遮音や紫音、途中から姿を消した覗見もだ。


「最近はカルト気味でね。伝説の【不老不死】というのを求めて内部事情が入り乱れてるんだ。六月の予算会議が良い例だったじゃないか」

「予算会議……まさか、あの乱入者達は!?」

「先導者は別だけど、大半が落ち崩れさ」


 思い返される地獄の亡者会。ただでさえ生徒の乱闘騒ぎで酷かった上に、今年に関しては謎の侵入者によって一気に泥沼化。それだけで終われば良かったのに、後半戦など始まってしまい、思い出すだけで吐き気を催す有様だ。

 真琴はげんなりした顔で必死に記憶を掘り起こすが、疲労の度合いが濃い部分が脳裏に蘇ると激しい頭痛に襲われる。割れた硝子に飛んだ生首、一部の光景を単語にするだけで意気消沈するほどだ。


「で、その件について紫音を駒に……げふんげふん、紫音と共に調査しててね」

「おい! 今こいつ駒って言いやがったぞ!?」

「え!?」

「はっはっは。気のせい気のせい」


 男女問わず見惚れる笑顔で誤魔化す茨木だが、真琴は騙せても実流は駄目であった。

 話を進めようともう一度咳払いし、真剣な表情を作る。


「ここら辺に拠点があるらしいからと歩いてたら、あっさりとね。紫音がさらわれた理由はわかるんだ。顔そっくりだから」

「もしかして……落ち崩れの狙いは遮音だった?」

「ちなみに元凶はこれ」


 電子学生証を操作し、画面にアミティエ学園発行の電子学生新聞を表示させる。実流と真琴は画面に顔を近付けさせ、その内容を注視する。

 大文字で書かれているのは『大発見!? とうとう【不老不死】の能力保有プレート現る?』となんとも信用しがたい見出しだ。制作生徒の名前にアソウ・教典と記述されており、真琴などは肩を落として息を吐いた。

 そして目元を隠すのではなく、目元だけを見せた顔写真が白黒で掲載されている。プライバシー問題はどこに消えたのだろうかと、泣きたくなる隠蔽技術である。


「もちろん即日配信停止を喰らったんだけど、スクリーンショットがネットで拡散されちゃってね。予算会議の時に遮音の首切断はやるべきじゃなかったね」

「普段からやらないでほしいんだけど!? 遮音の【超速再生】は痛みとかは消えないんだから!」

「……あー。あの広報委員長、詳しく調べないで見た目の派手さで記事にしたわけだな」


 恐ろしいことをさらりと言ってのける茨木に対して真琴が軽く怒鳴る中、実流が苦々しい顔で納得しながら呟く。

 あの男ならやりかねない。というか、やるし、実行する。既に「した」と言うべきだろう。


「どうもあの会議から逃げた二人組ってのが問題らしくてね。下手すると僕一人の手では余るかも」

「二人組? 初めて聞いたが?」

「会議の際に桐生先生の能力保有プレート【数字演算】で侵入者の数と捕獲数の人数差で判明したんだけどね。どうにも情報操作系の能力保有プレートで、色々とやっているみたいなんだ」


 電子学生証を取り出した茨木は片手で操作しながら、空いた手で小型カメラに近い機械を用意する。2222年では滅多に見られないマッチ箱を黒く塗り、レンズを一つだけ取り付けたようにしか見えないシンプルな外観だ。

 映像データを受信した瞬間、レンズから光が放射状に広がり、白いビルの壁に投影された。丸く、荒い画質の映像が動き出した。


「これが首謀犯と思われる二人組さ。じっくり見てごらん」

「言い方が気持ち悪い」


 ねっとりとした茨木の声音に実流が鳥肌を立たせている横で、真琴は注意深く眺める。

 時代劇に出てくる渡世人が身につけている三度笠を被った少年が、慌てた様子で黒い物を抱えて逃げていた。監視カメラの映像らしく、視点がズレることはない。

 よく見れば黒い物は人間だった。髪も黒、服も真っ黒。学ランと呼ばれる学生服だと気付くのに数秒はかかった。顔の右半分を覆い隠す布の眼帯も黒い。ただ左目だけが荒い映像の中で一際強く鮮明な赤を宿していた。


「赤い目……煌家に近い血筋の人っぽいね」

「しかも僕や真琴くんよりも濃い赤目。ただ者じゃないよ」


 三度笠のもの珍しさに目を奪われていた実流は、改めて再生された映像を確認する。しかしどうしても視線が三度笠の少年に向かってしまう。

 白い学ランという漫画でしかお目にかかれないような色合いの上に、これまた渡世人らしい青地に黒の縦線が幾つも入った羽織を流している。その背中には晴明桔梗と呼ばれる五芒星が刺繍されていた。


「おい、もう片方の奴もやばいんじゃないか? 漫画で強キャラが身につけていそうな印を背負ってるじゃねぇか」

「そういう区別は悪くないけど、どちらも脅威は未知数だよ。なにせ手掛かりは学園長の能力保有プレート【全力無効】下でしか姿を残さなかった。まあおかげで能力保有プレートの特定は容易になったけどね」

「どういうこと?」

「情報操作系の能力だとして、その情報全てを抹消するのか、特定の情報だけを指定しなければいけないのか。それだけで色々と変わってくるんだよ。さて、ここで二人に問題だ」


 満面の笑みを浮かべた茨木が、ポケットに電子学生証と小型投影機をしまう。


「情報を持つ僕達に対し、敵はどう行動するでしょう?」


 答えが先にやって来た。

 白いビルの壁が上部で崩壊した。盛大なエラー音や警報も、瓦礫が崩れる音で掻き消されている。薄暗くなった視界の中で、思考を挟む間もなく真琴は走り出した。

 実流と茨木は反対方向に足を向けたらしく、瓦礫の壁を境に分断された。最悪なのは真琴が逃げ出した先で歩道に乗り上げた車の扉が、化け物の口のように開いているという事実だ。


 踵を返そうとしても遅く、長い舌のように伸びてきた幾つもの腕が迫ってくる。瞼を閉じた真琴は瞬間的な浮遊感に襲われた。

 赤いベストの背中側を掴まれ、引っ張られる。滑空に似た感覚に違和感を覚え、薄く瞼を開ける。

 濃厚な緑と水の匂い。室内で栽培されていた野菜達が瑞々しい証だ。壊れた壁からは陽光が差し込んでおり、耳をつんざく警報音と機械音声が緊急事態であることを告げていた。


「なにをやっているんだ?」

「え? は、颯天先輩!?」


 背後に立っていた颯天へと驚きの声をかける。彼は真琴のベストを掴む手とは反対の手で古寺の服を掴んでいた。引っ張られたせいで気道が締まったらしく、呻き声が聞こえる。

 初めて颯天の能力保有プレート【視線外行】を味わった真琴は、ようやく助けられたのだと理解した。


「いきなりなにすんねん!? って、まこ坊? なんや、次はどんな問題起こしてんねん」

「僕は問題を起こす側じゃなくて、巻き込まれる側です! ではなくて、先輩達はどうして!?」

「空を伸びる黒い……布? みたいなのが見えたら、ビルが壊れたからな。その真下にお前がいたんで、やばそうとは思ったんだ」

「小鞠に新鮮な野菜を食べさせたくて、直売所にやって来ただけなんやけど」

「売り物にならないB級品を品定めするのに時間をかけすぎだ」

「小鞠に変なモンは食わせられへんやん!!」


 東エリアの野菜販売所という存在を知らなかった真琴は困惑しながらも理解するしかないが、把握しかけた瞬間にまたもや滑空の浮遊感。続いてもう一度破砕音が響いた。

 今度は別の白いビルの屋上だ。貯水槽の陰に隠れる形で移動したらしく、颯天は軽い舌打ちを零す。新鮮野菜はまた今度にするかと、古寺も重い腰を上げて真剣な目つきになった。


「敵の攻撃は見えたか?」

「せやな。黒い布、の割には質感が変やった。伸縮も自在みたいやし、布の線は薄いやろ。どちらかというと影……おい、はよ移動や」


 全く攻撃が見えていなかった真琴の横で繰り広げられる会話の中、古寺の言葉を受けてすぐに颯天が移動を再開した。

 直後に貯水槽の影が動き出して、大量の水が屋上に溢れ出た。相撲の押し出しに近い動きで、重く固い貯水槽を潰したのである。

 その事実を把握する暇もなく、目を白黒させた真琴は瞬時に切り替わっていく光景に吐き気すら覚えた。目の前で映像が点滅する気持ち悪さを味わい、強く瞼を閉じる。


「おーい、まこ坊。瞼を開けんと、戦う時に辛いだけやで。まあ颯天の能力は心地悪いっちゅーのは同感あっだだだだだだだ!!」

「うるせえ」


 古寺の声に導かれて瞼を開けた真琴の視界には、北エリアの住居街が広がっていた。煉瓦が特徴的な一年生の寮も遠くに見え、断絶的な移動を繰り返したことで距離を稼いだらしい。

 能力について馬鹿にされた颯天が古寺の首を締め上げていたが、手加減されていると知っている真琴は仲が良いと軽く流す。

 実流と茨木はどうなったのかと心配した矢先、真琴の電子学生証に着信が入った。慌てて耳に近付ければ、常時と変わらない穏やかな声が響いた。


『無事みたいだね。敵は君に狙いを定めたらしくて助かったよ。僕達が紫音達を探すから、そのまま引きつけておいてね』

「はあ!? ちょ、茨木、まっ……」


 返事を最初から聞く気はなかったらしい。途絶音が虚しく繰り返される。


「まこ坊、強く生きや」

「ちなみに感想は?」

「……遺憾です」


 命を賭けるに値する友情を探してこい。

 育ての親に入学前に言われた内容を思い出しながら、真琴は一つだけわかったことがある。

 これは絶対友情ではない、利用である。


「紫音も大変だなぁ……そうだ。先輩方、落ち崩れってわかります?」

「おう。知っとるで。ついでに詳しい奴も」

「え? 詳しい人まで!?」

「あいつや、あいつ。祐介や」


 特に気負った様子もなく古寺が指差した先。真琴は静かに振り返り、絶句する。

 三段に重ねたアイスを嬉しそうに頬張りながら歩く、体育委員会副委員長のカジキ・祐介の姿であった。

 真琴達の姿を認識した瞬間、緩んでいた表情を一瞬にして引き締めたがもう遅い。カラフルな果物系フレーバーアイスは隠せない。


「祐介、菓子おごったるからちょい協力しいや」

「断る。自分はこれから体育委員会として相応しくなるよう勉学に励む予定が……」

「名店チョコラッタノワールの期間限定アニマルチョコ」

「任せろ」

「俺も全面協力しよう」


 手早くアイスを食べ終えた祐介だけでなく、颯天も乗り気になってしまった。

 古寺は苦笑いしつつ、真琴に電子学生証で期間限定と謳われているチョコの商品ページを見せる。書かれている値段に目を丸くし、冷や汗が流れ始めるほどだ。


「まあ小鞠と風花ちゃんのお土産のついでに買うんで良いけど、あの二人の分はまこ坊に頼むわ」

「ぜ、善処します……」


 育ての親から月々のお小遣いが口座に振り込まれている上、無駄遣いどころが物欲が薄い真琴の財布には多少の余裕がある。それでもチョコにこの値段かと、後悔も感じていた。

 しかし遮音達を救うためだと自らに強く言い聞かせ、なんとか頷く。それを了承とし、古寺は明るい笑顔で祐介に振り向く。


「よおわからんけど、まこ坊が落ち崩れ共に用があるんやって。古巣やろ? なにか知らん?」

「まあ付き合いが続いてる奴から、新入りが生意気という話は聞いたが」

「……古巣?」

「カジキは元落ち崩れだ。今は更正したがな」


 颯天からの補足説明に、真琴は祐介が元々はとんでもない不良だったことを思い出した。話には聞いていたが、実際にその片鱗を見ると驚きは隠せない。

 しかし祐介自体は特に気にした様子はなく、電子学生証から落ち崩れの友人へと電話をかけ始めた。若侍の外見からは想像できない荒々しい口調で会話し始める。


「自分だ。あん? オレオレ詐欺じゃねぇよ、ぶっ殺されてぇのか? 前に話してた新入りってのが、どうも知り合いにちょっかいかけてるみたいなんだが、心当たりあるよな?」


 尋ねる態度ではない。断定した物言い。真琴などは肝が冷えてしょうがないのだが、颯天や古寺は暢気な様子で見守っている。


夕莉ゆうりは何処だ? あ? 妹の護衛に回ってる? シスコンは身近に一人で良いんだよ、ボスが集団ほっぽり投げてんじゃねぇと尻蹴っ飛ばしておけ」

「いや、妹のためなら仕方あらへんな」


 真面目な顔で発言をした古寺の頬横を電流が掠めた。夏場だというのに静電気で髪が若干逆立っている。

 目を吊り上げて睨む祐介は、電話越しの相手にシスコンには容赦するなと念押しを続けた。


「とにかく夕莉を連れ戻せ。そんで――」


 言葉の途中で、祐介の影が不自然に伸びた。

 背後から頭を突き刺そうとした影に向かい、大量の稲妻が迸った。瞬間的な光の乱発に、影は耐えきれずに元へと戻る。

 古寺が袖から筆ペンと紙を取り出し、颯天が真琴の服を掴んで引き寄せる。電子学生証を握りしめながら歯を見せて笑う祐介が告げる。


「新入りは自分が躾け直してやる」


 既に壊れた電子学生証のことなど構わず、動く気配に向かって放り投げる。帯電していた電流が、祐介の指鳴らし一つで放出された。

 辺り一面に散らばった電子学生証の破片が焼け焦げ、周囲の家電などに影響を及ぼす。肌に痛みを感じるほどの痺れを前に、真琴は青い顔になった。


「さあ出てこい。相手してやるぞ、新入り」

「……へえ。これはご丁寧にどうも。お呼ばれしちゃあ、あっしとしても無視するわけにはいかねぇや」


 破片から身を守るために自らの影を球状にして隠れた少年が一人。影を元に戻して姿を現す。

 三度笠の位置を直しながら、赤が混じった金髪を風に流す。片眼は前髪で隠しているが、右目は青い。ニヒルな口元にはこれまた時代劇によく似合う草が一本咥えられていた。


「お初にお目にかかります、お兄さん方。あっしはツチミカド・晴明はるあきら。しがない陰陽師でさぁ」

「名前はどうでもいい。今はとにかく、その顔面を」

「ああ、そうそう。そこの侍みたいなお兄さん」

「あん?」

「アミティエ学園在籍生徒の暴力沙汰はいけねぇはずでしょう? あっしが用事を終えたいのはそこの……」


 一歩で距離を詰め、もう一歩で相手の顔面を狙う。

 祐介の素早さに反応し、晴明と名乗った少年は身軽に避ける。後ずさり、二歩ほどで体勢を立て直した。


「自分がどうして落ち崩れの時に退学にならなかったと思う? 周囲のカメラ全てを壊したからだ!!」

「うへぇ。昔取った杵柄にしてはタチがわりぃお兄さんで」

「ええええ!? ちょ、祐介先輩!?」

「まこ坊。ここは知らんぷりやでー」


 最早驚いているのは真琴ぐらいだった。止めようにも、祐介の暴力に目を輝かせている様を見てしまうと、無駄な気がしてならない。

 突如として始まった喧嘩に、真琴は眺めるしかないのかと焦る。なんだか横取りされた気分だが、何故そう思うのかわからない。


「まことに……遺憾です」

「シャレか?」


 渾身の感情表現さえ、颯天に冗談だと思われてしまう。

 混迷が進む状況の中で、泣きたい気持ちで一杯の真琴は薄々気付いていた。

 陰陽師については誰も指摘しないのだと。それが本当ならば、相手は一枚岩ではないはず。しかし口出しすることもできず、ひたすら晴明の行動に注意しようと心掛けた。

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