一年生夏休み直前編

因縁も腐れば毒へとなり得る

二十五番:協力

「協力しよう」

「ああ、そうだな」


 一人は黒髪と赤い目の対比が鮮やかな少年だ。育ちが良さそうな容姿であったが、今は熱い決意を胸に自らの右手を差し出す。夏の日差しにも負けない爽やかさも、少しだけ鳴りを潜めていた。

 彼の向かい側には金髪と赤銅色の目が特徴的な少年だ。顔は優等生だったが、内面の意地悪さがわずかに滲み出ている。それでも今だけは真剣な様子で差し出された手を握ろうと、常時とは違う誠意を見せていた。

 因縁。犬猿。宿敵。決して互いに相容れぬと感じていた相手。スメラギ・真琴まこととマナベ・実流みのるは力強い握手を交わす。全ては同じ目的のため。


「見るでござる。あれがお互いを殴って潰す目的で同盟を組むおとこ達の雄姿で候」

「馬鹿ばっかりか」


 夕日の背景が似合いそうな二人を遠巻きに眺めるランバ・覗見うかがみとアイゼン・遮音しゃおん。ちなみに前者はハンカチ片手に涙ぐみ、後者は呆れすぎて溜め息さえも消えていた。

 現在、2222年七月十七日。アミティエ学園では昼休みの最中。周囲の生徒達は春先のことを思い出し、何故廊下であの二人が協力体制を築いているのか不審がっていた。


 そして原因は数時間前の朝礼前に遡る。




「却下だ」

 

 一年A組の担任であるシラス・矢吹やぶきからの一言に、決闘したいとお願いしに来た真琴は衝撃を受けて動きを止めてしまう。職員室では夏休み前の課題準備に目処が付いたところで、穏やかな時間が流れていた。

 いつも着ている白衣の袖を捲った矢吹は、電子煙草も煩わしかったらしくアイスキャンディーの棒を咥えていた。癖の強い黒髪からは汗が流れ落ち、頬を伝って無精髭を濡らしている。

 そして矢吹が使っている職員机の近くでも、全く同じ理由で却下を食らっている生徒が一人。奇しくも同一のタイミングで決闘申請を持ちかけたマナベ・実流である。一年B組の担任であるハナミチ・桐生は天使のような笑顔だが、受諾する気配はない。


「まあギリギリ三ヶ月経過しているが……お前達、最近仲良さそうだしな。夏休み前に大怪我を負われても教師責任問われて面倒なだけだ。相応の理由がない限り、容認はできない」

「というか、実流くん。赤点は回避できたけど成績が入学当初より落ちてるよ。素行問題もあるし、夏休みはイケブクロシティに滞在する生徒用の強化合宿に参加の方を検討してね」


 矢吹の言葉の一部に反感したかった真琴だが、決闘を繰り広げることで多くに迷惑がかかると思うと言葉が出てこなかった。実流は成績について追求されたのを耳を塞ぐ動作を行うが、内容はしっかり聞こえていた。

 そして二人の目線が合う。常に喧嘩を売ってくる実流、お坊ちゃん気質のくせに喧嘩は買う真琴。お互いが気に入らない。その点に関しては二人は同じ感情を抱いていた。再戦を約束した者同士、決意が一つになる。

 予鈴が鳴り、廊下を歩く二人は言葉を一言も交わさなかった。しかし相手の思考が手に取るようにわかった。なにせとても単純だ。どうすれば戦うための舞台を作り上げるか。話し合うチャンスで最も近いのは昼休み。ならば今はただ朝礼に間に合うよう足を動かすだけだ。


 時は戻り、昼休み。二人の再戦について知っている者達は興味本位で集まっており、二年B組のヤガン・古寺こでらとキヌガサ・颯天はやても階段の手すりに寄りかかりながら見つめていた。

 広報委員会の委員長であるアソウ・教典たかのりも機材片手に近寄ったが、面倒なことが起こりそうだと判断して風紀委員会で委員長を担うナガラ・空海くうかいが首根っこを捕まえて遠ざけた。

 そんな周囲の賑やかさなど目に入らず、真琴と実流は真剣な様子で話し合う。


「つまり僕と君が戦うだけの理由を手に入れなければいけない……どうする?」

「俺がまたお前をイジメる。はい、解決」

「最低。愚策。夏休みに間に合わないし、真面目に考えてくれない?」

「なんの具体案もないお前に言われたかねぇんだよ!!」


 明らかに人を見下す目をした真琴に対し、実流は激昂する。そんな二人に影が落ちる。比喩や抽象的な意味合いではない。実際に暗い影ができたのだ。揃って、ゆっくりと。横に立った巨体へ振り返る二人。

 そこには厳格な顔をした体育委員会の委員長であるヒトツバシ・十文字。彼には威風堂々という言葉が相応しい。汗に濡れた黒髪を隠す番長帽子、日に焼けた肌と輝く金の瞳、赤い長学ランは歴代体育委員長に引き継がれた正装だ。

 傍らには侍るように副委員長であるカジキ・祐介が実流に対して呆れた視線を送っていた。若侍のように長い黒髪を一つに結っており、凜々しい黒い瞳も美麗だった。そんな二人の登場、特に十文字の姿を認めた瞬間、実流の背筋が真っ直ぐになる。ただし顔から流れる冷や汗の方が目立つほどだ。


「貴君らよ。今の話が真であるならば、看過はできぬが……」

「ち、違います!! お、じゃなくて、私達は過去の教訓を元に新しい道が拓けぬかと相談していたのです!!」

「実流が敬語を使った!?」

「う、うるせぇ、じゃなくて……だ、黙っていてくれやがりませんか?」


 辿々しい敬語に、真琴は哀れむような目になる。赤い瞳に憂いが混じり、同情が含まれていた。そんな真琴の態度に苛ついた実流だが、十文字の恐ろしさを知っているため耐え忍ぶしかない。

 三十秒、実流に視線を向けた十文字。次に真琴へと視線を動かした瞬間、真琴も思わず背筋を正していた。それだけの威圧感が彼には備わっていた。高校三年生とは思えない風格に、体型。委員長という単語よりも相応しい言葉があるようにすら感じられた。


「して、貴君は?」

「彼と同じです! 僕達は協力して目的を成し遂げるために会話していました!」

「そうか……邪魔したな。健全な学園生活を送るが良い」


 厳かで静かな声音と同時に十文字は一礼し、緩やかにその場から去る。廊下の角で彼の姿が消える瞬間まで、実流と真琴は動けなかった。彼らだけではない。事態を見守っていた他の生徒も固唾を飲んで沈黙していた。

 脅威が去ったと確信した瞬間、真琴と実流は廊下の壁に寄りかかりながら大きな息を吐いた。緊張に晒された体は思い出したように震え始める。実流は腕で手荒に顎の汗を拭いさる。

 視線が合う。そこで笑い合えば、夏の青空に相応しい青春の光景になっただろう。


「お前のせいだからな!!」

「実流の日頃の行いが悪いせいだろ!?」


 残念ながら二人は敵同士である。結果、口論に発展した。昼休みという貴重な時間を言い争いで消費した二人は、捨て台詞の如く翌日の話し合いを約束するのであった。




 一日の学業を終えて、寮に帰った覗見。夏用の毛糸で編まれた白ニット帽を脱ぎ捨て、ついでに愛用のカーキ色のヘッドフォンをベット上に投げる。袖なしの緑色の上着も床に置き、黒のタンクトップと室内用の半ズボンというラフな姿に。

 短い黒髪を無理矢理髪ゴムで縛っていたので、解けば独特の癖がついていた。湿った毛先が首筋に触れるため、タオルで荒く拭き取る。黒い猫目は憂鬱そうに部屋を一通り眺めた。

 

 彼は一人部屋であった。同室だった者は退学を選び、向かいにあったベットも今は清潔そのものだ。誰かがいた痕跡など一つもなく、思い出すのも苦労し始めたほどだ。

 人の記憶は声から消えていくという。あんなに一緒に笑い合ったはずなのだが、それさえも朧気に消失してしまった。姿だけは電子学生証の中にある写真データのおかげで確認できる。それでも忘れていきそうになるのは止められない。

 ラクルイ・波戸。覗見は親友だと思っていた。忍者としても、オタクとしても、どんな話にも笑顔でいてくれた。優しい少年で、その奥底にある劣等感はずっと隠し持っていた。保護区の制度から、もう一度会うのは難しい。連絡先さえも覗見は知らない。


 時代遅れの手紙。今となっては貴重な紙を使用した報せ。


 机の上に置いてあったそれを覗見は手に取る。淡い期待を込めて差出人の名前を確認し、落胆する。里からの手紙。A3保護区トカグシヤマから送られてきたそれは、覗見にとって数少ない故郷の情報源である。

 一度は落ち込んだが、幼少期からお世話になっている兄貴分の青年からだろうと封を開ける。もしかしたら新しい忍術に必要な忍具を送付したという内容かもしれない。そういえば真琴について今度の手紙で知らせようと考えていたのだったと思い出す。

 電波やメールが受信しにくい山奥に住む彼らにとって、覗見の近況は数ヶ月遅れで届く。それは逆だとも言えた。目に飛び込んできた文字に覗見は息を呑んだ。脳内で何度もあり得ないと否定しても、文字が変化することはない。


「兄者が……」


 袖あまりの服は全て覗見が慕う青年からのお下がりだ。中等部入学前に貰ったというのに、あまり背が伸びないまま高校生に。そのことを手紙で愚痴れば、青年からは自分は図体がでかすぎて忍ぶのに向かないと、苦笑が薄く見えるような返事が来た。

 それでも覗見が知る限り、青年は里の中で一番と言っても良いほど優秀な忍者として育った。優しくて、憧れの、本当の兄と自慢したいくらいだ。そんな彼が侵入者に襲われ、今後の人生に関わる大怪我をしたというのは衝撃以外の何物でもなかった。

 A3保護区に侵入した者は二人。そのどちらもが覗見と同い年くらいの少年であったと手紙には記載されていた。そして青年に怪我を負わせたのは一人。影を生き物のように操る、銀色のプレートを持った三度笠さんどがさの少年だったとも。


 覗見は手紙を強く握り潰した。信じたくないことが二つ。尊敬している青年が倒された事実。そして影を操作する能力保有プレート。後者は覗見が春先から探し続けていた手掛かりだ。

 一度だけ。その能力保有プレートを見た記憶がある。手にした少年が怪しい笑みを浮かべたのも、売り払われた経緯も、今まで行方知れずだったのも把握していた。討伐鬼隊でも売られた能力保有プレート探しに苦戦しているらしい。

 心臓が嫌な音を立てる。誰かに相談しようか。しかし同室の者はいない。友人という概念さえ、今となってはわからなくなった。整理できない感情を抱えたまま、手紙を机の上に戻した。




 翌日。七月十八日の放課後。廊下に差し込む日差しの強さに目を細める。風紀委員会の仕事がない真琴は、目の前にいる覗見を見つめる。横に立っている遮音も胡乱な目で眺めており、実流も珍しく無言で状況を窺っているほどだ。

 草柄の布地をマントのように羽織った覗見が、廊下の壁に擬態しようと試みて失敗していた。出会った初期によく見た光景だと、真琴は懐かしむことすら忘れた。明らかに様子がおかしい。元から変わり者の類いではあるが、最近の覗見が自称忍術で失敗しているところなど少なかった。

 むしろ何故、今、忍術を使うのか。平和な放課後という状況下で不必要な行動。隠れたいのか目立ちたいのかも不明だ。このまま通り過ぎて無視するのも良心が痛む。意を決した真琴は声をかけてみた。


「う、覗見……なにしたいの?」

「どっきんぐ!? あ、主殿!! な、なんのことでござるかなぁ~」


 下手な口笛付きの誤魔化し。改めて隠れようと新しく取り出した布地は花柄。腰に付けているポーチから出す動作は速くてよく見えなかったが、それでも柄のせいで失敗しているとしか思えない。

 横目で遮音に問いかけの視線を送るが、静かに首を横に振られる。前髪だけが赤く染めた金髪が軽やかに揺れる。青紫の瞳は面倒くさいという感情しか読み取れないため、これ以上の追求は無理だろうと真琴は改めて覗見に話しかける。


「覗見ってさ……なにか不安とか悩み抱えてると、すごくへっぽこだよね」

「へっ!? あ、あ、主殿に指摘されるなんて……」

「それどういう意味!?」

「そのままの意味だろ、へっぽこ坊ちゃん」


 見下すように笑う実流を強く睨みつけつる。頭から花柄の布を被った覗見も気になるが、実流の悪口に関しても無視できない。遮音はそんな三人組に冷めた視線を送っており、電子学生証でなにかを調べ続けていた。

 最中、真琴の電子学生証が震えた。画面を見れば通話連絡の表示。相手の名前が紫音とあったので、風紀委員会関係の連絡かと首を傾げた。通話ボタンを押そうとした矢先、連絡が途切れた。

 変だなと感じた真琴が試しにかけ直してみるが、スピーカーからは機械的な待機音しか聞こえない。もしかして間違い電話だったのかと、真琴は彼の双子の弟である遮音へ向き直る。


「遮音、今日は紫音になんか言われてない? 用事が入ったとか」

「別に」


 簡潔な返事のみ。真琴は急な不安に襲われ、電子学生証に内蔵されているカレンダーアプリを起動する。そこには委員会関係の書き込みや、図書室で借りている本の返却日などを記録するように日課づけていた。

 何度見ても委員会の仕事は入っていない。だからこそ今日は放課後に実流と決闘についての相談しようと思い至ったのである。遮音と覗見がいるのは、二人だけでは険悪すぎて本当に問題を起こしかねないからだ。

 カレンダー表示を眺めていれば本日は友引とあった。友、という一字に興味を引かれつつ、その意味を理解する時間はなかった。苛立った実流が大声を出したからである。


「おい、そこのオタクはどうでもいいからさっさと決めるぞ!」

「わかったよ。実流は器が小さいもんね」

「お坊ちゃんのくせに喧嘩の売り方が上達してるじゃねぇか。こんにゃろう」

「学校で揉め事を起こすなよ。そして外で相談ならば、ここでやれ」


 一触即発な二人の間に流れる空気も気にせず、遮音は電子学生証の画面に表示した店情報を見せつける。甘く、山盛り、ゴールデンパフェが名物のカフェ。イケブクロシティで話題の店舗である。

 期間限定で時間内に指定されたパフェ完食で無料。パフェ界のエレベストと銘打っている巨大パフェを宣伝する電子広告を前に、真琴と実流が図らずも同じ表情を浮かべた。男子高校生四人でこれに挑むつもりか、という困惑だ。

 しかし遮音は一歩も譲らない強い意志を瞳に宿しており、むしろ押しつける勢いで電子学生証を差し出してくるのだ。このまま学内で押し問答しても意味はないと、真琴は苦笑いで頷いた。


「甘党モヤシめ」

「顔面偏差値と実際の偏差値が反比例の猿に罵倒されてもな」

「殴っぞ、ごらぁ!!!!」

「実流は本当に口で勝てる相手がいないね」


 実流の怒声など右から左に聞き流し続ける遮音の背中を追いかけながら、真琴は花柄布地を掴んで覗見を引きずっていく。心ここにあらずな覗見は動画で見た旧時代で流行った散歩を嫌がる犬のような状態だ。

 2030年より前はペットというのは家族の一部だったらしいが、今では富裕層の娯楽である。まず土地がない。流通も難しい。捨て猫や捨て犬などには多大な罰金がかけられ、育成する者も衰退と同時に減少した。

 結果、ペットを飼えるのは金持ちのみ。だからこそ旧時代から存在する動物動画は莫大な人気を博している。真琴も最近は電子学生証で可愛い動物動画や海の映像を見るのが好きになっていた。


 昇降口を出て、校門へ続く道を進んで行く。横の庭先では美化委員会が肥料を大量に運んでいる姿が見えた。息をするだけでも汗は湧き出る季節である故、十㎏以上の肥料袋を抱き掴んで歩く美化委員会の生徒達は滝のような汗を流していた。

 あの光景を見てしまえばパフェを食べに行くことなど天国かもしれない、と真琴は思い直す。若干、遮音がスキップしかけているようにも見えたが、あえて気付かないふりに務める。そんなに楽しみだったのかと、真琴は自らの電子学生証で先程のカフェについて調べる。


「それにしても女の子に人気のカフェかぁ……遮音、勇気あるね」

「まあ今日は共倒れできる生贄がいるからな」

「僕達は生贄扱いだった!? あ、まさか一人で食べる勇気がなかっ」

「紫音は一人で行ったらしいがな」


 真琴の言葉に覆い被せるように告げられた内容に、引きずられていた覗見が思わず布地から手を離して地面に転がってしまう。これには実流も足を止め、真琴も呆然とした。しかし遮音は歩き続ける。

 一分ほど黙っていた真琴は、思い当たった内容をすぐさま口に出す。その頃には校門が大分近付いていた。


「……わかった。茨木でしょ?」

「正解だ。わかってきたじゃないか」


 ようやく茨木の性格が悪いことに気付いた真琴は、紫音も苦労しているのだと涙を流しそうになった。ただし茨木と紫音の関係については理解していない部分が多いので、なんで紫音が従うのかには疑問が残っていた。

 しかし思い出したのは先程の電話だ。紫音は少なくとも真琴に対して好意的な感情はあまり抱いていない。連絡も必要最低限で、そのほとんどが委員会関係であった。それ以外に用事があるとすれば何が該当するのだろうか。


「そういえば紫音が僕に電話をかけてきたみたいなんだけど、遮音なら何かわかる?」

「知らん。というか、あれは電話嫌いだぞ?」

「そうなの!?」

「通話の時にうっかり愛想を浮かべて対応する自分に自己嫌悪するらしい」


 女性が電話出る際に声が変わるとは聞いていた真琴としては、むしろ愛想が良い紫音の通話対応を見てみたいとも考えてしまう。実流辺りはそれを想像してしまい、一人で勝手に大笑いしていた。


「へー。じゃあさ、今日って友引らしいけど知ってる?」

「いきなり話が変わったな。大安や仏滅と似た類いというのは把握しているが……」

六曜ろくようのことでござるな。友引は陰陽道の友引日とも混同されているでござるが、意味合いとしては勝負が引き分けになるという吉凶の中でも中間の位置でござるな」

「オタク忍者なのに陰陽道の解説が出てきたけど……詳しいんだ。すごい!」

「陰陽道と忍者は切っても切り離せないもの故。なにせ吉凶を占い、任務の成功率を上げようと忍術に取り入れた歴史も存在するで候。九字が良い例でござるな……と! ゲームであった気がするなぁでござる!!!!」


 思い出したように後半は語気強めに説明した覗見に対し、真琴はゲームにそんな高等な説明があったのかと目を輝かせた。

 ただし嘘くさいと判断した遮音と実流は足早に校門へと向かう。片方はパフェが早く食べたいが為に、もう片方はさっさと冷房の風に当たりたいからだ。


「ちなみに凶事の際に友人が引かれる、冥土に連れて行かれるということで、旧時代では葬儀に友引の日は避けるという風習もあった……と! ゲームのバッドエンドルートに!!」

「そうなんだー。友人……友情……」


 育て親から友情を探してこいと言われて入学し、既に夏休み前。いまだ友人と胸を張れる相手がいない事態に、真琴は肩を落とす。三年間の学園生活で見つけられるのかと、そろそろ焦ってもおかしくない。

 だというのに喧嘩相手との決闘相談に時間を割いている事実。そのことを忘れようと真琴は勢いを付けて遮音へと振り返る。既に彼は校門から出て車道横の歩道を進んでおり、実流との会話に相づちを打っているだけだ。

 校門前の車道と言っても大体は保護区運行バスしか走らないため、むしろアミティエ学園内の方が賑やかなほどだ。というのに他の音で二人の会話が聞こえないと、真琴だけでなく覗見も訝しんだ。


「と、とりあえず二人を追いかけようか! おーい!」


 花柄の布地を片付ける覗見に配慮しつつ、真琴は遮音達に向かって声をかけた。しかし声など聞こえていないかのように二人は振り向かない。仕方ないので真琴は走って校門から出た。

 すると身近な衣擦れの音などは耳に届くのだが、それ以外の音が消失しているように思えた。風紀委員会のナガラ・空海が持っている能力保有プレート【音声奪取】かとも考えたが、それにしては違和感を覚える。

 むしろ妨害されているような、別の意図を感じる。そう思った真琴の横、車道を猛スピードで駆けていくワゴンバスが一台。どこか薄汚れた印象の車で、ナンバープレートは削られていた。


 ワゴンバスは走りながら実流を車内に引きずり込んだ。扉の陰から見えた腕の数から三人以上は車に乗っている。何が起きているかわからないまま真琴は追いかける。流石の遮音も驚いたらしく、呆然と逃げ出した車を見つめていた。

 真琴が遮音の横に辿り着いた頃、ワゴンバスは急停止した。そして吐き出すように実流を車外へ。歩道に背中から叩きつけられた実流は、すぐさま起き上がってワゴンバスへと罵詈雑言を飛ばしているが、やはり声が聞こえない。

 すかさず急速にバックを始めたワゴンバスに不審を覚え、真琴は遮音の腕を掴んで逃げだそうとした。しかし遮音の体が動かない。背後から覗見が駆け寄ってくるのに気付きながら、足下を確かめる。


 遮音の影が蠢いていた。黒く伸びた影の腕が遮音の足を捕らえている。図書委員会のサイトウ・鈴木すずきが持つ能力保有プレート【潜影移動】とも違う。影自体が操られているように動いているのだ。

 足を動かして振りほどこうとする遮音だったが、その前にワゴンバスが横に停止した。間に合わないと判断した覗見が鉄製の針を威嚇として投げ飛ばしたが、車の影が伸びて盾となる。それを確認した覗見は目を見開く。

 車の扉から見えた三度笠。そして遮音の影か勝手に動いて真琴を突き飛ばし、遮音は数多の腕に掴まれて車内に引きずり込まれた。急発進するワゴンバスに、覗見の目の色が変わった。


 歩道を転がった真琴が立ち上がる頃。ワゴンバスと遮音はもちろん、覗見の姿すら消えていた。耳に届く音も常時と変わらず、アミティエ学園内から野太い男達の声が聞こえてきた。

 汗だらけで真琴へと近付いてきた実流は、息も絶え絶えな状態で膝を曲げる。途中まではワゴンバスを走って追いかけたらしいが、埒が明かないと判断して戻ってきたようである。


「ぜぇ、はっ、あ、あのバスの連中……間違えた、いらねとか言って俺を放り投げやがった」

「しゃ、遮音がさらわれちゃった!? え!? ゆ、誘拐!? またぁっ!?」

「なんだよ、またって」

「前にえーと、愛莉ちゃんっていう子が所属するアイドルグループが襲われてる所に遭遇したことが、ぐえっ!?」


 言葉途中で実流にシャツの首元を掴まれた。自然と布地によって首が締め付けられ、真琴は潰れた蛙のような声を吐き出す羽目になった。そんなことも気に留めずに実流は鬼のような形相で問い詰める。


「なんでお坊ちゃんばかり女に縁があるんだよ!? あぁん!!??」

「し、知らないよぉっ!! 大体、実流の場合はご縁や巡り合わせを持っていても自滅するんじゃない!? その性格だもん!!」

「本っっっ当に喧嘩売るの上手くなったなぁ、おい!! このまま絞め落としてやろうかぁっ!!??」

「そういう事態じゃな……ぐっ、本当に首が……」

「はいはーい! 仲が良いのは善きことだけど、状況がやばいって|某《なにがし

 》も危惧してるんだけどー」

『仲良くない!!』


 横から入ってきた言葉に対し、真琴と実流は声を揃えて否定した。ただし真琴は気道が塞がりつつある状態だったので直後に盛大な咳を繰り返した。実流は舌打ちしながら真琴から手を離し、目の前に現れたキンダイチ・斐文ひふみの暢気な様子に呆れる。


「先生とか学生方面には僕が話を通しておくから、君達は二人……じゃなくて三人を探して来なよ。東エリアにヒントがあるから、まずはそっちねー」

「随分詳しいな? それに……三人?」

「今は某よりも誘拐を解決しなきゃ! ほら早く早く!!」

「え、でも斐文がそこまで知ってるなら、斐文も一緒に行った方が……」

「絶対やだー!! だって相性が悪すぎるもん!! 某だってここで消えたくないんだから、若い者同士で頑張ってよー!!」


 急かすような斐文の勢いに押され、真琴と実流は仕方なく東エリアへと走って行く。不穏な言葉や違和感も今は問い質さない。夏場で夕日が沈むのはまだ先な午後三時。夏休み前に起きた出来事に、二人は渋々協力することになったのであった。

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