データベースより

番外肆:伝説

 ・影世界もしくは反転世界について


 世界が上下左右全てが反転している。空が下にあり、地面が上にある。もしも空高く飛ぼうという思考を持ったならば、この世界では深く沈んでいこうという話になる。色彩はない。セピア色のように淡い白黒で元の世界が反転している。白黒写真の中にいる気分だ。

 頭を下に、足を上に。逆さまの状態で移動し、地面に広がる色鮮やかな影を頼りに元の世界の様子を探る。賑やかな声も影に耳をつければ聞こえてくる。影世界の中には生き物はいない。風は元の世界と同じだが、吹く方向はやはり反転している。

 呼吸はできるが、まるで水の中にいるような重さが体に纏わりつく。動きは鈍くなり、激しい運動をすればあっという間に息が上がる。しかしその重さがあるから空に沈まなくて済むのだと、すぐに理解する。一度沈んだら戻る術はない。どこまでも世界から引き剥がされて、結末すら予想できない場所へと落ちていく。


 図書委員会委員長、三年C組サイトウ・鈴木。彼が影世界に潜っても平気なのは、能力保有プレートの素材であるオリハルコンが記憶しているからだ。鉱石でありながら記憶するという性質から、彼が普段生活している世界の情報についても記憶している。

 その記憶をアンカーとして、彼の存在を繋ぎ止めている。彼は影が薄いと言われているが、それは影世界に度々潜ることによって、存在証明が元の世界から薄れている証拠だ。彼の存在証明が元の世界から消えた瞬間、彼についての記録及び記憶は全て消去される。そして影世界の空へと沈んでいく。そこに果てがあるかどうかは定かではない。

 故に彼は影世界に潜ることに慎重にならなければいけない。影世界で潜った時間は、彼が普段生活している世界の百倍という時間の重さがある。一時間潜っていると、百時間分の存在証明が失われる。十八歳になった彼の存在証明時間はおよそ十五万七千六百八十時間。彼が影世界で潜れる時間はおよそ千五百七十六時間余りとなる。


 もしもその時間を超えてしまえばオリハルコンによる錨も効果はなくなり、同級生どころが親さえも彼が生まれたことすら忘れてしまう。出生記録も消え、サイトウ・鈴木という男がいた証拠は全て消滅する。それだけに能力としての恩恵は大きい。

 しかし彼は能力保有プレートを手に入れて三年。目の前にいても認識が難しいところまで来ているが、もっと深刻な状況に陥れば彼はいつか自分自身を見失う。自分の名前どころが、性別に生誕日、家族の顔までも。自分自身に関わる全てを忘れてしまう。

 これは能力による副作用ではない。影世界で過ごすことによる弊害だ。百時間潜らなければ、一時間分は確保できるが計算上の話である。なにより彼は自分が何時間潜っているかすら数えていない。影世界に潜るリスクを知らないのだから当たり前である。


 予算会議の時に彼が影世界からはじき出されたのは、能力を無効化されたからだ。あくまで影に潜って移動できるのが能力、存在を繋ぎ止めるのがプレートに使われている鉱石のオリハルコン。オリハルコン自体の特性に【全力無効】は適用されなかっただけだ。

 故に彼が能力を無効化された場合、影世界に沈んでいくということはない。だが彼の存在証明が消えた後に、能力を無効にしても戻ってくることはない。ただ一つだけ。討伐鬼隊で噂されている伝説がある。

 とある能力保有プレートが戦闘後に地面に落ちていた。所有者の記録はなく、近くにいた隊員も能力保有プレートの持ち主に関しては心当たりがない。ただ能力保有プレートがアミティエ学園で配布されたという記録だけは残っていた。そして数年後、この能力保有プレートはもう一度アミティエ学園で生徒の誰かに配布されたという記録だけ残り続ける呪いの能力保有プレートだ。


 つまり能力保有プレートだけは影世界で沈むことなく戻れるのである。それを幸か不幸かは、判断するのが難しい内容ではあるが。


 この影世界について研究している者は少ない。まず研究に必要なのが影に関する能力を保有しているプレートだからだ。そしてプレート所有者の記録は多くないのだ。配布された記録の十分の一の数しかないほどに。不自然なほどに素材が少ない。

 だが影自体に質量を与えて動かすことが可能な能力保有プレートの存在も確認されている。これに関しては材料が多いと喜んだ研究者は多かったが、これは厳密に影世界とは関わりが薄いものであったことも後に判明している。

 結局は影世界に関しては謎が多いと言うしかないだろう。伝え聞いた説明では、数多ある世界に必然的に発生する隙間、とあるが眉唾な内容である。ただ一つ。鈴木は何度か見たことがあるのだ。影世界で自分以外の存在を。人間の姿をしているのに、人間のようには見えない誰かを。


 それは教科書に載っていたキリフダ・三葉。彼によく似ていたそうな。




 ・広報部のネタ探し


「伝説の能力保有プレートぉ?」

「そうだぞぅ、チミ!!」


 広報委員長のアソウ・教典が持ってきた内容に、また怪しげな記事を作るつもりかと副委員長であるモモチ・和彦は胡乱な目になる。まともな学校行事についてや、生徒間の交流などを電子新聞として作成すればいいものを、教典は嬉々としてオカルト分野に近い内容に手を出すのである。

 これで不人気だったら良かったのだが、学外にも配信しているせいか人気がそこそこある。どうにも一般人には能力保有プレートなど討伐鬼隊に関する情報は興味の対象らしく、教典が担当した記事の嘘か本当かもわからない内容で盛り上がるのだ。

 これには広報委員会顧問であるサザヤ・竹藪も大きな溜息をつき、ただでさえ老けて見える容姿に疲労による老けた表情が追加されてしまう。しかし過去の広報委員会の記事でまともな内容はダウンロード数が低いデータがあるため、数の証明で押し切られてしまうことも多い。


「なんと【魔法少女】という能力保有プレートがあるのだとか!!これは一部のコアな層に大受けだよぉ、うん!!!!」


 ろくでもなかった。前に【不老不死】という能力保有プレートがあるらしいと大騒ぎし、それを記事にしたところダウンロード数が飛躍的になったことが原因かもしれない。その前は確か【神造兵器】だとか【戦隊結成】など、一体どこから手に入れたかわからない情報を持ってくるのだ。

 生徒会特集では生徒会長であるカズラ・柳生の怪しい趣味に密着、ということで決闘騒ぎも起こしていた。ただし購読者は男性が多いのだが、その特集に関しては珍しく女性からの意見が多く送られてきた。やはり顔写真付きは効果が違うらしい。

 和彦としては普通に学生が日々勉強している姿についてとか、将来の夢集めてみました、という内容を作りたいと日々願っている。ただ和彦が担当した記事は不人気であった。もしかしてゴシップ記事のイメージがついてしまったのかと嘆きたい心地である。


「男子校で【魔法少女】なんて能力保有プレートって……」

「ふっふっふ!甘いな、和彦S!!約二百年前にはTSというジャンルが流行り、男性は女性に、女性は男性になるのが持て囃された時期があったのだ!!業が深いよネ!!」

「あー……そうですね。はい」

「そこでぼくちんは考えたのだよ……一年生の中からこの【魔法少女】を与えるとしたら誰が相応しいかを」


 嫌な予感しかしない。しかしここで余計なことを言えば、今度は二年生が対象になる。この男の被害に遭いたくないと思った和彦は、一年生を犠牲にして黙秘することにした。竹藪が記事が配信される前に差し止めてくれたならば、そんな希望がまだ残っている。


「ぼくちんとしては家柄も充分!顔も良し!そして編入生!!なによりラッキースケベやラブコメの素質がある真琴Sをお勧めするネ!!特に彼を中心に人が集まりやすいと言うのもあるがな」


 和彦はパソコンで生徒データベースに接続し、該当の一年生の公開情報を見る。確かにスメラギ家の御子息とあり、母親が討伐鬼隊でも唯一の女性隊長だと判明している。顔写真でも真っ赤な目が印象的で、煌家の血が濃く引き継がれている良家の証だ。

 身体能力テストなどでも好成績を残しているし、成績も上々。担任達からの評価も高い。さらに四月から決闘を既に二回起こしており、教典から見てもネタの宝庫として目をつけやすい相手なのだろうと理解する。風紀委員会であることから問題児と関わることも多いだろう。


「ただ……彼に関しては周囲が魔法少女になった方が面白そうな気もするんでネ。次は彼の周辺に絞ってみた……そしたらオタク忍者こと覗見Sがいたんだよ!!」


 続けてデータベースから覗見の情報を引き出す和彦。すると出身保護区については情報規制が敷かれていた。政府関係の保護区であると思われるため、下手なことには手を出さないと決めて他の情報を見ていく。素行が悪いわけではないが、自由な性格からの服装の乱れが指摘されていた。

 顔写真から見てわかるのは少し幼い容姿だということ。学問に関しては中の下だが、身体能力テストでは群を抜く勢いだ。特に俊敏性が高いらしく、短距離走や走り幅跳びなどが好成績。問題児というわけではなく、平々凡々と言うには難しい相手だ。


「彼が魔法少女になるとオタク魔法くのいちとか、成人向けゲームに出て来そうなキャラ付けコテコテマシマシなんてのができるんだヨ!やばいネ!!」

「委員長……未成年ですよね」

「細かいことは良いんだって!!他に有望株だとするとアイゼンBだ!!」


 どんどんヒートアップしていく教典に付き合い、今度は双子の情報を引き出す。顔だけならばそっくりだが、色味が反対という変な兄弟である。しかも趣味嗜好なども反対らしく、成績においても遮音の方が少し勉強ができて、紫音の方が身体能力テストで結果を残している。

 家族に関しては見たこともない厳重な規制が施されていた。いきなり警戒音が鳴ったため、和彦は慌ててデータベースを一度閉じる。しかしテンションが上がっている教典には聞こえていなかったらしく、言葉が止まることなく続いている。


「双子で、反対で、支え合う!百合物としては最高!!これまた一部に大受け間違いなし!!大人のお姉さんも万々歳!!ただ兄の方が魔法少女になったらアマゾネスになりそうなんだよネ……」

「俗物な見方をして……元が男だと思うと残念すぎるんじゃないかな……と」

「すると!!なんとあの双子と関わりが深い茨木Sがいるんだよ!!学園長の甥でリー家の次期当主!!欠点がないのが欠点みたいな阿保みたいなテンプレがある!!でもああいうのに限って中身歪んでるヨ!間違いないネ!!」


 教典にだけは言われたくないことだと思いつつ、データベースから茨木について調べる。成績は学年内で一位、身体能力テストも十本指の中に入るという結果。さらにIQテストについても目を疑うような高い数値を叩き出しており、和彦は漫画のキャラみたいだなと味気のない感想を抱く。

 担任からの評価も高い上に、三年ぶりの一年生が特例の生徒会入りということで和彦も記事を配信した覚えがある。顔写真などモデル以上の顔立ち。穏やか笑みに似合う深紅の瞳は家柄をそのまま表しているようだった。これは欠点を探したくなると和彦も少しだけ思った。


「でも魔法少女になる姿が思い描けないんだよネ。むしろ魔法少女がピンチになった時に出てくるお助けキャラか、悪役っぽい」

「確かに。そこだけ同意しときます」

「で、視点を元に戻してみると……良いのがいた!!それは実流S!!」


 一年生も教典と一年は目を付けられる危険性があることに同情しつつ、実流について調べていく。成績も、身体能力もほどほど。ただし性格や行動に一癖あるらしく、四月に起きたイジメ問題で担任から厳しい評価を下されている。さらに体育委員会所属ということ、それだけで彼が紛れもない問題児であることを表わしていた。

 しかし顔写真だけ見れば、優等生のように整った顔立ちをしている。黙っていれば女性に人気が出そうな顔だが、中身で色々と損しているらしい。おそらく性格で目を付けられたのだろうと、意味はないとわかっていても画面に向かって両手を合わせる。


「不良系魔法少女!けどピンチには熱く!!そして逆転!!さらに嫌いな同級生をうっかり助けて、その同級生が自分が魔法少女だと知らずに恋に落ちている様子を見ているとか……筆が捗るよネ」

「それ以上妄想続けたら訴えられそうなレベルですけどね。正直想像して悍ましさで鳥肌が」

「身の毛もよだつほどの良質案件ということか!イケる!!あとはまあ……どっこいかな」


 珍しく悩む素振りを見せた教典に対して、他の一年生についても尋ねながら調べていく。すると若君というのは想像というか予想できなさすぎてつまらないだとか。成績も素行もハチャメチャで、担任も苦心している評価が長文で書かれていた。身体能力の高さは評価できるが、教典が避けたいと思わせる問題児ということに和彦は驚いた。

 広谷と裕也に関しては平凡と女子力高すぎてあっち系などと言っている。確かに二人共同じくらいの成績に評価である。問題も特になく、そういった点では教典に目を付けられないことを幸運に思うしかない。この二人は平和に学園生活を過ごせるだろうと、和彦は安堵した。


「で、ダウンロード数向上のためには誰が良いと思う?」

「いっそのこと全員魔法少女にすればいいのでは」


 面倒臭くなった和彦は電子生徒証でメールを送りつつ、投げやりな笑顔で誤魔化す。本音は、心底どうでもいい、である。そんな架空の能力保有プレートで話題を膨らませても、夏と冬にしかオープンしない大手同人誌サイトコミニュテイ直売会でしか役に立たない内容だ。

 保護区の特徴から、かつてのマーケット開催は難しくなった。そこでマーケットは電子へと移動し、直売会で商品を購入すると出品者から無料配布という形で多くのオマケが貰えるのだ。在庫がなくなることもないが、多くの同人誌作品は直売会のみ販売というのが多い。

 そしてアミティエ学園は同人誌作成に丁度いいらしく、三次創作など和彦にはよくわからない内容で電子書籍になっているとか。中にはアミティエ学園が女子高だったら、などという設定も多いらしい。その作成の助けとなっている現状を思うと、広報委員会はこのままでいいんかい、などくだらないだしゃれを思いつくほどだ。


「チミ……天才か」


 思考を彼方に飛ばしていた和彦は、感動した教典の言葉で我に返った。しまった。うっかりして教典が卒業前の大型月間連載記事として特集を組みかねない発言だった。危機感を覚えた和彦だったが、既に教典の手にはタブレットとタッチペンが握られている。

 そして異様な速度で作成された連載記事の予告。それを顧問の目も通さずに号外配信しようとした教典の手から、タブレットとタッチペンが消えた。間に合ったかと、電子学生証に返信されてきたメールを見て一息つく。

 能力保有プレート【視線外行】を使って教典の視界から逃れていく颯天。広報委員会の一員として、また親しい一年生が哀れなことにならないように、彼は足を止めない。それでも能力保有プレート【誇大広告】を使って颯天の動きを止めようとした教典の肩へ静かに手が置かれた。


「アソウ委員長?一年の頃から言ってますよね?配信前に顧問に記事を見せるように、と」

「げぇっ!?竹藪T!?」

「キヌガサから事情を聞きました。ヒトツバシも呼びました。というわけで、反省です」


 聞こえてきた名前に肩を尖らせた教典は逃げようとした。しかし目前に広がる暑苦しい男の仁王立ちに口元をひきつらせる。こうして伝説の【魔法少女】能力保有プレートに関する新聞記事はお蔵入りすることになった。




 ・アイドル三人組


「どうしよう。あの人の名前を聞くの忘れちゃったの」


 頬の熱を冷ますように両手を当てている陽詩だったが、顔の赤みはいつまでも消えない。歌とダンスの練習が終わった後というのもあるが、白い肌を伝う汗には熱が宿っている。スポーツドリンクを飲んでいた愛莉と彩風は目を合わせる。


「どっちの話よ?」

「黒髪くんと銀髪くんやったよね?」

「銀髪の……逞しくて頼りになりそうな人」


 数日前に謎の集団に襲われた三人は、マネージャーの怪我が浅いこともあって事なきを得ていた。それも真琴と紫音が偶然にも現場の近くにいたからだ。その二人に助けられたと印象が強いため、もしも話題に出すならば二人の内のどちらかになる。

 そして銀髪と言えば紫音ということだ。彩風は電子学生証でメールを送り、すぐ返ってきた内容に軽く微笑む。身内に学園関係者がいるため、すぐに名前や簡単な情報が手に入った。座りながら淡いため息をつく陽詩に愛莉などは目を丸くしていた。


「えー?あっちより黒髪の方が良くなかった?その……殴っても怒らなくて、優しいし」

「ぎ、銀髪さんも優しかったよ!不安そうな私に声をかけてくれて、一緒にマネージャーさんの所まで来てくれたし。言葉は少ない人だったけど、横顔凛々しくて素敵だったんだよ」

「顔面偏差値なら黒髪も高かったじゃん!いや、別に擁護してるわけじゃないけどね!当たり前の事実というか、ってなんかちがぅううううううう!なんであんな気の抜けた奴の笑みを頭に浮かべなきゃいけないわけぇええええ!?」


 一人髪の毛を振り乱して苦悩する愛莉。それも気にせずに一人夢心地の陽詩。アイドル仲間である少女二人の様子に、彩風は微笑ましくなる。青春は良いことだと、一応写真に収めておく。ただしファンには見せられない被写体であるのは間違いない。


「ちなみに黒髪くんは真琴くんで、銀髪くんは紫音くんやって。古寺お兄ちゃんが教えてくれたわぁ」

「紫音さん……どんな人が好みなのかな?」

「へー……真琴ねぇ……ま、まあ悪い名前じゃないわね」


 年上の男子高校生を思い出して、少女らしい仕草を見せる二人。彩風は古寺が追記で送ってきたメールを見て、笑顔を固める。紫音の好みは筋肉、そして真琴は既に彩風もよく知っている小毬という少女と仲がいいという事実。

 紫音の内容はまだ伝えられる。しかし真琴に関しては微妙に伝えにくい。しかし仲間である二人を応援したい彩風は板挟みの気持ちに少しだけ苦しむが、他にもと古寺が情報を送ってきてくれたので、それを頼りに会話を続けていく。


「真琴くんってお坊ちゃんやって。そんで紫音くんは体を鍛えている女性が好みらしいんよー」

「わ、私筋トレ増やす!!そうだ、マネージャーさんにイケブクロシティ内でイベント開催できないか確認しなきゃ!!」

「そ、そうよね!イケブクロシティ内ならいつでも会おうと思えば会えるわけだし?いやアタシが会いたいとかじゃなくて、勘違いしないでよね!」

「ウチも颯天兄にいいとこ見せたいし、頑張ろなー!従妹同士ならば結婚可能とか素晴らしいやっちゃねー」


 三人三様の恋模様は練習用スタジオ内だけの秘密であるが、その微笑ましさをつい覗いてしまったマネージャーはアミティエ学園のことを思い出す。確か秋頃に学園祭があり、そこで外部からのイベント受注を担っていたはず。

 彼女達も永遠にアイドルなわけではない。本人達が望むならばアイドル以外の道を用意してあげるのも大人の役目であり、マネージャーの責務だ。ねん挫した手首を眺めながら、これくらいでへこたれていられないとやる気を出す。


「それにしてもなんで襲われたか判明したっけ?」

「確か伝説の能力保有プレートとか叫んでたことは警察に話したけど、芳しい返事はないみたい」

「うー、今思い出しても怖かったわー。女性にしか使えないとか、時代遅れなセクハラ発言もあったしなぁ」


 マネージャーが襲われ、三人で必死に逃げたことを思い出して少女達は体を震わせた。パニック状態であった故に憶えている言葉の数は少ない。ただ何度も伝説、能力保有プレート、女性、陰の力、と繰り返していたことだけは確かだ。


「えっとオンミョージとかも言ってたよね?語感で調べてみたら、陰陽師というのがヒットしたけど」

「でも本名字にも聞こえなかった?」

「ウチは根性味って言ってた気がするわー」


 三人で全く違う内容に、この件に関してはこれ以上わかることはないだろうと溜息をつく。しかし陽詩が頭の中に浮かべるのは紫音の背中だけである。基本的に女子同士で遊ぶことが多いため、男子、しかも年上の高校生となると他に知り合いはいない。

 未知の領域で活躍している強い人。それだけで憧れに似た高揚感が胸を中心に体を熱くする。しかし次会えた時に無事会話できるかも怪しいくらいだ。なんとか筋肉に関する知識を入れておかないと、と真面目に違う方向に突っ走り始めていく。

 そしてあっという間に忘れていくのであった。襲撃者が口にしていた「伝説の陰陽師の力を再現した能力保有プレート」という言葉を。その能力保有プレートが代々女性の手にしか伝わらない、一癖あるものであることさえ。討伐鬼隊に全く関わりのないアイドル三人組には伝わらない内容であった。




 ・都市伝説


『某、斐文。今、イケブクロシティから電話して』


 通話途中であったが、サカイ・御門は即座に電子隊員証の電話機能をオフにする。白い隊服がヤニ臭くなろうとも構わず、今では高級嗜好品となった煙草を口に咥えながら煙を吐く。電子煙草が好みではないと言うのもあるが、能力保有プレートの内容を考えるとこちらの方が便利なのである。

 銀色に光る能力保有プレートはドッグタグのように首から下げている。今は部下からの報告待ちであるため暇ではあるが、悪戯に構っている余裕はない。彼は自分が隊長になった経緯が大嫌いなのである。その経緯のせいで数少ない友人も討伐鬼隊から去っている。

 隊長殺しの御門。そう嘲笑ってくる馬鹿を黙らせるため、死に物狂いで功績を上げるしかない。手っ取り早いのは修羅や夜叉が発生し、それを倒しに行くことだが──人間が鬼になることを期待してはいけない。やはり下積みかと、疲労が滲む目元を指先で柔らかく揉む。


 するともう一度電子隊員証から通話を求める音が鳴る。旧時代の都市伝説を模した馬鹿な悪戯にしてはしつこいと思いつつ、お化けも怒鳴ってやれば萎縮するだろうと思って耳元へと電子隊員証を持っていく。


「おい、この電話は……」

『酷いよ、御門!!死んだ親友の声を忘れたの!?』


 質の悪い冗談だった。しかし無視できない郷愁が確かに嫌な予感を呼び起こす。人が死ぬとまず声から忘れていくというが、電話での声などあまり頼りにならない。なにせ通話している相手の声に最も似ている音声に一度変換しているという話がある。

 そういったハイテクの豆知識にあまり興味がない御門だったが、今だけはよく声が似た別人であればいいと願った。しかし耳に痛いくらいに響く泣き落としに似た言葉や口調、少し違和感はあるものの思い出の中にいる友人の姿が鮮明に浮かぶ。


「……悪夢だ」

『現実だよ!というか、御門は弟くんのことちゃんと監視しててよ!!今の某は幽霊なんだから、下手すると除霊されちゃう可能性が無きにしも非ず!!』


 頭が痛くなるような内容だったが、御門があまり他人に話したことがない家族の事情を知っているということが確信を深めていく。斐文と名乗った友人には学生時代に話したことがあるからだ。複雑というよりは時代遅れな内容であったため、信じてもらえるかも怪しい一族の出生。

 かつて2030年の大戦時、数多くの研究グループが生まれた。その中の一つに陰陽の秘術を再現しようとするグループがあった。しかし平安時代の鬼退治や占術を生業とする存在を戦争で活かすなど馬鹿げていると、夢物語とまともな研究費用も与えられなかった小さな派閥だ。

 結果、彼らは排他的な思想にとり憑かれ、それでいて研究していたのが正しいと証明することに心血を注ぐようになった。自分達の子供を使って陰陽術を復活させるのだと。御門が一族の中にいた頃には霊媒師くらいの技術にはなったかくらいの内容だ。


「成仏すればいいだろうが。正直に言って、お前が幽霊だとすると……怜音隊長に尊隊長も幽霊として世の中を呪うんじゃないかと思って息苦しいくらいだ」

『怜音隊長はあり得ないね。あの人が呪いたいのは自分自身だもん。尊隊長は……まあ今は語るべきじゃないから置いておくよ。それよりも本当にわかってないの!?』

「いや、待て。お前こそなにを知っているんだ?なんで二人が死ぬ前に死んだお前が、そこまでの理解を……」

『そこは後!!順序ってものがあるの!!それよりも弟くんのこと!彼が能力保有プレートを手に入れてることくらい把握しておいてよね!!』


 御門は一瞬呼吸を忘れた。その後に思わず深く吸い込んでしまい、大量に入ってきた煙草の煙に自ら咽る。若干涙目になりつつ、どういうことだと慌てて問い詰める。


『最近、ネットオークションから競り落とされた能力保有プレートの回収が難しくなっている件!あれに御門の弟くんが関わってるんだよ!しかも相棒的な奴がこれまた便利な能力保有プレート持ってるの!今年の予算会議はそれで大混乱!死人が出なかったのは奇跡だよ!』

「予算会議……今、部下から報告を待っている件だ。確かに襲撃者達で能力保有プレートを所持していた者達は一様におかしいことを言っていたが……」

『それだー!!あと横流しされてるのもこの際告げ口しとくね!!隊内部でイヤーな動きがあるのは認めたくなかったけど、こんな厄介な状況になるくらいなら放置しとくんじゃなかったよ!やっぱ尊隊長達など有力な隊員が南の離島作戦で失ったのは痛手だったね』

「お前……本当に斐文か?」


 消えない違和感を探るように、御門は静かに問いかける。裏事情を知りすぎているのはこの際無視する。しかし記憶の中にいる斐文と、会話している斐文と名乗る幽霊には見逃せない差異がある。まるで安定していない蜃気楼を見ているような心地だった。


『そこらへんは矢吹に聞いて!とにかく!某はまだ成仏するわけにはいかない!!弟くんは某の天敵だ。彼はイケブクロシティに侵入してる。今回の騒ぎなんて、プロローグみたいなもんだよ。一番重要なのは──彼は鬼を退治しようとは考えてないってことさ』

「……ちっ。ツチミカドの親父め。まだ諦めてないのか」

『そういうこと。じゃ、もう通話切るね。ちょっと記憶が……また混濁して……意識が』

「おい、斐文!?まだ話が」


 強く途切れたことを意識させる音が響く。その後には一定の間隔を表わす繋がらないを示す音が静かに鳴り続けた。咥えていた煙草を灰皿に押し付け、御門は立ち上がる。部下の報告など待っていられない。そして調査要請など、多くの仕事ができた。

 鬼が世に蔓延っているだけでも充分面倒だと言うのに、人間はそれをややこしくしていく。そこへ幽霊まで関わって、陰陽師まで動き出した。これで忍者まで出てきたら笑うしかないと、御門は馬鹿な考えを封じるために顔つきを険しくする。


 夏が来る。旧時代では怪異が騒ぎ出し、死者が帰ってくる時期という伝説がある。そろそろイケブクロシティでひっそりと語り継がれている七つの怪談や都市伝説が学生の間でも広がっていく頃合いだ。懐かしい学生時代に背を向けて、御門という男は歩いていく。


 全ては亡き隊長達の無念を晴らすため。死んでいった友と仲間の想いに報いるため。彼は進み続ける。





 ・まとめ


 以上、全てが伝えられている説明となります。収集目的は不明でありますが、一定期間内にて条件に該当する物を並べた次第です。

 またあくまで曖昧な条件の下で集められた内容であるため、説明という形にすらなっていない内容も存在していることを記述しておきます。真偽に関してはこれから実証予定となっています。

 この説明を清聴できる方の条件は、伝説に関連しない者、とします。繰り返します。条件は、この世界の歴史全てに触れない者、とします。


 全ての保存データを実証後にバンクの一時保管ファイルへと記録します。またの御利用をお待ちしております。

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