データベースより

番外参:報告

 ・とある幽霊について


 討伐鬼隊の任務とは死と隣り合わせである。あらゆる鬼と戦い続ける日々に、精神が摩耗していく者も多い。

 シラス・矢吹という男はその一人だった。友人一人を自分の判断ミスで失ったと思い込んだ矢先に、尊敬する人物を立て続けに亡くしている。

 なにより修羅となった隊長を自分の指示で殺した瞬間、彼の心は折れた。直接手を下したわけではないが、彼にはそれで納得できるだけの精神は残っていなかった。


 その男が討伐鬼隊から去る頃、一人の幽霊が動き始めた。討伐鬼隊によって回収されたはずの能力保有プレートが、勝手に作動したのである。

 能力保有プレートとは一定期間、所有者の手から離れていると次に手にしたプレート保持者でない者を所有者とする。つまり期間内であれば、死者が能力を発動することもできる。

 しかし討伐鬼隊及び政府はそのことを知らなかった。確かに致命傷を負っても自動で治療してくれる能力や、死者へなにかしらの接触アプローチを行える能力はあった。


 だが死者が使える能力などは確認されていない、という点から彼らは見逃したのである。所有者の死後に発動する能力保有プレート【幽霊実在】を。


 ここで重要なのは、能力保有プレートはオリハルコンという特殊な金属で作られているという点だ。この金属の大きな特徴は、記憶する、ということだ。

 中には精神感受システムや永久刻印だと認識する者も多いが、要は触れた相手や物質の特徴や性格などを把握し、材質として保管するのである。

 キリフダ・三葉という煌家に協力していた男は、この特性を大いに利用した。管理していた能力を鉱石に半永久的に保存させ、所持者記憶システムと送受信機能を付加させたのである。


 小さな頭脳オリハルコンと男が名付けた金属は、面白いことに銅のように柔軟な加工を可能とし、伝導率も高く、他の金属と併合して使えたのだ。

 白い文字は能力を記憶させたオリハルコンを、銀と混ぜ合わせた別のオリハルコンに刻んだ際にできたものである。なので白い文字部分は純粋なオリハルコンである。

 銀と混ぜ合わせたオリハルコンに所持者の性質を記憶させ、それを特定の機械に送受信する設定を組み込んでいる。しかしどうしてそれが成立できたのか、多くの科学者は首を傾げるのだが。


 そして三葉という男が消えた以降、能力保有プレートに関する技術は一切進展していない。二百年の間、増えることもなかった。

 周辺機械は分解すれば仕組みはわかるが、能力保有プレートに関しては誰も手が出せないほどの難解な仕組みであった。なので自然と使用意図不明なプレートというのも出てくる。

 しかし数が限られている能力保有プレートを出し惜しみする必要もなく、討伐鬼隊の死者数の多さから不足ということはないが、豊富ということにもならない事態を前に、所持者に任せるという思想が根強かった。


 キンダイチ・斐文が所持していた能力保有プレートとは、所持者でも意味がわからないと言うほどの不明な物であった。

 そのせいで例えアミティエ学園で配られたとしても外れだということで売り飛ばす者が殆どで、そのプレートを手にして討伐鬼隊に入隊したのは歴代所持者の中でも斐文一人だけである。

 多くの者は死ぬ前に手放したこともあり、所持者のまま死んだのは斐文という男だけである。よくそんなので討伐鬼隊に入ったな、と彼自身も多くの者にからかわれていた。


 斐文としても、いつかは役に立つかもしれない、という認識で所持者として放置していただけに過ぎない。討伐鬼隊に入ったのも、友人二人と力を合わせたかっただけだ。

 お荷物のような自分でも武器さえあれば鬼に抵抗することは可能で、矢吹の指示さえあれば大丈夫と過信もしていた。そのせいで入隊二年で死ぬことになるのだが。

 そんな斐文は死んでから目覚めた後、手の中にある能力保有プレートを前にやっと理解する。この能力はオリハルコンという記憶する金属があるからこそ、死後に発動するのだと。


 しかし困ったこともあった。オリハルコンが記憶しているのは、所持者となった後の斐文の記憶や思想であり、その前の幼い頃の斐文などは知識でしか存在していなかった。

 つまり幽霊として実在する斐文という男は、正確にはオリハルコンの記憶から形作られた虚像なのである。本来の斐文とは違う存在であるが、斐文として行動することができた。

 心配があった斐文は幽霊の特徴を活かして行動した。幽霊としての浮遊、実像がない故の通り抜け、物体を動かし、見つかりそうなになれば関係ない場所に音を発生させる。


 そうやって人知れず討伐鬼隊の施設を歩き回っていた斐文は、南の離島へ向かった者達の失敗、矢吹が去っていく背中など全て見ていた。

 中には制限がある禁書室に忍び込み、大量の書類を確認したこともある。お偉方の部屋に警報に引っかかることもなく侵入し、極秘データベースへのパスワードを盗み見たこともある。

 あらゆる物を見終えた後、斐文は保護区を転々とした。鬼を通さない結界は斐文にも適用されたが、討伐鬼隊の移動車に入り込めば問題はなかった。


 時には移動中に飛び降りて荒野を歩いたこともあった。すると鬼は斐文に一切反応しないのである。五行鬼や病鬼はどんなに近付いても気付かないほどだ。

 鬼は人間の感情に反応する。概念が物質化したと、斐文は討伐鬼隊の施設で見た資料でその情報は得ていた。つまり斐文は幽霊であり、人間ではないと鬼が証明したのである。

 妖鬼や鬼武者になれば目としての機能が備わるため、極稀に声をかけてくる個体も存在した。大抵は斐文を馬鹿にしていたが、鬼からの貴重な言葉に耳を傾けた。


 斐文には少しだけ不思議なことがあった。修羅や夜叉は人語を理解するのは納得できる。しかし何故妖鬼からも人語を、正確に言えば日本語が出てくるのだろうか。

 それに討伐鬼隊の施設で確認した諸外国で発生する鬼武者の姿写真も不可解だった。ここでは武士鎧を着用しているのに対し、他の国ではその国に適した鎧を着用している。

 つまり鬼はどうやら国に適した言葉と鎧や衣装を装着するらしい。その仕組みがわからない斐文は、試しに妖鬼に質問してみたのだ。すると意外にもあっさりと言葉が返ってきたのである。


「ソリャア、ダイチニシミツイタチヤウラミガ、コノクニノモノダカラニキマッテイルジャナイカ」


 妖鬼の言葉は聞き辛いのが常なのだが、それにしてもわかりにくい言葉に斐文は小首を傾げた。大地に染み付いた血や恨み、ということでよいのだろうかと少しだけ焦る。

 これは調査が必要かと、斐文は討伐鬼隊の移動車の中でも最も重要な保護区を任される装甲車に忍び込んだ。ヤガン商事の本社などがあるA1保護区キノシロに通じる車だ。

 A1保護区は政府の主要な施設や役人が住む場所だ。ヤガン商事は運送手段であるリニアモーターカーの製造権などを握っている。しかしどうにもきな臭い噂もあった。


 斐文は幽霊としてヤガン商事を調べた。そしてある程度の年数が経過した頃、斐文は自分に降りかかっている異常事態に気付いた。

 能力保有プレートは記憶する金属オリハルコンで作られている。その記憶する仕組みは続いており、少しずつ斐文以外の物を記憶し始めたのである。

 プレートに込められた【幽霊実在】という能力は、幽霊が実在していると証明するためにあらゆる情報を集めてしまうらしい。その情報をプレートが記憶するのだ。


 しかも集める情報は生者の物ではなく、死者の物である。おかげで斐文は妖鬼が言っていた意味を理解した。土というのは古代より変わらない物質だ。

 特に土は積み重なっていく。化石が掘り出されるのも土であり、土には時に獣の皮や鱗、水や血を吸収してしまう。化石事情では骨よりも周囲の土を優遇する時代もあったほどだ。

 その大地に大戦の頃になにかしら仕掛けられた。そのせいで本来は浮き出るはずのない染み込んだ血や骨、戦場跡に干渉できるらしい。そこに残っている感情という見えない概念を形にしたのが鬼。


 例えば死ぬ間際に深く残された爪跡。苦悶の表情で死んだ人間の皮や粘土質の地面に残された死の仮面デスマスク。さらには疫病の菌さえも。

 そういった痕跡から読み取れる感情が鬼の正体なのだ。そして鬼が偏った感情を主体に動くのは、死の間際に残された感情の多くがそうであるからだ。

 だがそれだけでは欠落している。鬼はその欠落を埋めようとして、人間を襲うのだろう。斐文はそこまで調べ、自分も同じ物かと納得した。


 能力保有プレートは土に残った死者の情報を集め、オリハルコンはそれを記憶している。少しずつ、だが確実に。斐文はいつしか自己存在の危うさに気付く。

 ただでさえ本物ではないのに、辛うじて残っている斐文という存在も消えていく。恐れて動けなくなりそうになった最中、斐文は血塗れの隊服をヤガン商事で見つけた。

 厳重な倉庫の奥に、隠されていた白かったはずの服。そこは鬼に関する物を集めていたらしく、他にも多数の関連した道具が置いてあった。


 その血は死者の物であった。とても強い死者の情報のせいか、斐文はその隊服が誰のものでどうして血塗れなのかも理解した。

 驚くべきは能力保有プレートが斐文以外の死者を実像にしたのである。ただし斐文の記憶と目の前の血の情報だけで構成されたせいか、あまりにも朧で弱々しい存在だった。

 その幽霊は困った笑みを浮かべて頼み事を口にした。やり残したことがあるから、どうしてももう一度チャンスが欲しいと。しかし斐文ほど長く存在はできないと、見覚えのある笑みを浮かべる。


 懐かしい鮮やかな赤い目に、斐文も困ってしまう。自分自身というには頼りない記憶だが、彼には何度も助けられている。手を貸せるならば幾らでも貸す。

 しかし自分の存在さえも危ういのに、それ以上に希薄な存在である彼の情報をどうやって保持するか悩んだ。そして血塗れの隊服を見て、目の前の幽霊の情報の大元に賭けることにした。


 斐文の能力保有プレート【幽霊実在】は情報を元に幽霊を作り上げることだ。そして幽霊の特徴を再現することができる。

 ならば人にとり憑くことも可能である。恐らく憑いた相手に情報を吸収されてしまい、ほぼ意識は消えるだろう。しかし辛うじて無意識として残るだろう。

 例えば斐文の一人称の変化のように、俺を使っていたはずの人間が僕と言い始めるように。そして情報として吸収されるならば、なるべく同じ情報を持っているのが望ましい。


 斐文の前に現れた幽霊は多くの情報は血から発生していた。ならばその血に近しい者、できれば半分ほど同じ遺伝子情報の、血縁が一番である。

 A4保護区キヨミズシティまで移動した斐文は、後はその幽霊の判断に任せることにした。憑くのは自由だ。もしも相手の顔を見て思い残すことがないならば、そのまま自然消滅してしまえばいい。

 結局は斐文の能力保有プレートで実像を持ったに過ぎない。斐文から離れてしまえば集まった情報は拡散し、誰も認識できない極小の存在になるだけだ。


 だけどわずかな望みと後悔があるならば、彼はとり憑くだろう。斐文は彼が最後に呟いた言葉を思い出しながら、その場を後にした。


 ──僕に命を賭けてもらえるような友情があれば、あるいは──





 ・三葉博士について


 その男は一言で表すならば天才だった。二言で表すならば怪しい天才だった。さらに単語を増やせば、何処の誰とも知れない怪しい天才だった、という文章になる。

 出自不明、生年月日不明、性別は辛うじて判明。しかし人間かどうかも怪しいと言われ、時には機械音のような物が体内から聞こえると馬鹿にされたほどだ。

 片付けはできない上にタイムマシンの構造について熱く語っては鼻で笑われた。しかし彼の技術や知識は本物であり、少しずつ笑う者は少なくなった。


 彼は煌家という研究チームに加えられた。というのも、彼はあらゆる研究チームに手を差し伸べたのだが、その手を掴んだのは煌家だけだったのである。

 乱破チームや土御門チーム、その他多くのチームは彼など相手にもしなかったのである。青年のような外見で熟成された老人のような雰囲気。どこかちぐはぐな印象の優男。

 世界を巻き込む大戦中にあらゆるチームが政府指令という名の下、あらゆる研究結果を提示した。しかしそれらは実用化するには年数が必要な物や現実的ではないものばかりだった。


 その中で煌家は薬品を使用した擬似的な生物兵器の発生を提案した。そして実際にその薬品を作り、土へと染み込ませた。目の前に出てきた鬼は、人と見れば見境なく襲おうと動き始めたのである。

 狙いから外れるための結界発生装置や、対抗手段としての能力保有プレート。それら三つも同時に示したことで煌家の地位はほぼ確立された。しかしその影には三葉という男がいた。

 しかし三葉はこの方法は推奨しないと首を横に振り、煌家チームに生じた赤い目の弊害やそれに関する遺伝子欠陥から発生する病気について説明した。その全てを政府は無視した。


 そして煌家の研究結果を実用するために最初に行ったことは、キリフダ・三葉の始末である。彼の天才的な頭脳は、他の誰かに渡してはいけなかった。


 もしも敵国に渡ればどうなるか。煌家の研究全てが明かされ、対抗策を作られてしまう。なにより能力保有プレートの生産を独占したかったのである。

 三葉はそれを見越していた上で、煌家に与えられた研究施設に自分の資料を残して消えた。それは南の暖かい場所でゆっくりしたいと告げた三葉の私用施設でもあり、鬼の発生源でもあった。

 薬品の濃度が濃い湖は赤くなってしまい、研究施設も廃城のように朽ちてしまった。そして世界大戦から二百年近い後の時代で、彼は名前と功績だけが残った。


「とかまあ大袈裟に語られてはいるんだけど、僕自身は手を差し伸べただけなんだけどね。それが僕の存在理由というか、とても大事な必須項目みたいな」


 そう言って三葉はビーカーにコーヒーを注いでのんびりと飲む。本が積み重なった乱雑な部屋の、汚れたソファの上に寝転がっている。

 目の前にある小さな機械に話しかけながら、三葉は小さく笑う。どうにもこうにも年を重ねると独り言が多くなると、どこか可笑しそうな様子だ。


「それにしてもあの薬品がここまで世界に影響を及ぼすなんてなー。おかげで青い血には怒られたけど、彼らもどうせいつもと変わらず金儲けしてるだろうね。ま、彼らはこの話に関わる気はなさそうだけど」


 欠伸をしながら本に手を伸ばし、ビーカーを片手に文字を目で追っていく。常人よりも遅い速度だが、彼にとって本を読む時間など無限にあるのと変わらない。

 幾らでも好きなだけ本を読めるのは彼にとって天国でもあり、同時に地獄でもあった。どんなに本を読んでも語りたい相手がおらず、彼のもとへ訪ねてくることもない。

 ただ大量の時間だけが秋の夜長を潰すよりも困難なほど溢れている。手に入れた知識が誰かを幸せにすることは少なく、時には世界を追い詰めてしまうことも少なくない。


「六人の魔女が介入しようとした時は焦ったけど、人間に解決策を残した甲斐があったよね。人間で解決できることに、世界を動かす魔女は手を出そうとは……考える時もあるけど、今回は違う」


 コーヒーを飲み干したビーカーは床の上に置き、読み終えた本は新しい山の上に積み重ねる。しかしバランスが崩れた山は、呆気なく雪崩を起こした。

 その紙の大波に潰されて転がされた三葉は、語りかけていた機械を潰さないように天井に向かって伸ばした手の中に収める。そのせいで本の海に突き出たか細い灯台のような光景ができあがる。


「あいてて……楓や柊はあっちだし、葵はグレてどっかいっちゃうし、椿なんか面白がってそっちで変な関わり方してるし……そろそろ新しいのを作るべきかなー」


 這いずり出てきた三葉は手の中にある小さな機械が無事なのを確認し、少し落ち込んだように息を吐く。返事がないことに寂しさを感じながら、ゆっくり立ち上がる。

 時計の針が動かない部屋の中、温度が変化しない空気を吸い込んで三葉は上を仰ぐ。天井にはプラネタリウムのように夜空の星々が輝いているが、月や雲はどこにもない。


「一番の誤算は能力保有プレートだよ。あれはあの世界で使うつもりなかったのに、おかげで変な方に捻じれちゃって……あー、マスターがいない世の中は面倒が多すぎる。やっぱ天才は二人はいないと意味ないよね!うん!!」


 自分を慰めるように力強く言うが、それに答える声はない。仕方ないと大きく溜息をついて、三葉は眠ることにした。どうせもう鬼が出るあの世界に関わることはできない。

 起きる頃には誰かの結果が待っている。三葉はその結果を見るだけでいい。彼にできるのはそうやって手を差し伸べ、見届けるだけなのである。気紛れではなく、律儀なのである。

 無視することはできない。しかし必要以上に自分が関わってはいけない。自分なりのルールの中で考え動く。それを誰よりも強く守る。三葉にとってそれは幼い頃から変わらない性分なのである。


 そして本の山が立ち並ぶ部屋から明かりが消える。三葉という男の姿を視認することは不可能となり、誰の声も彼には届かなくなった。





 ・殴った後について


 紫音はベットで横になっている遮音から呆れられた目線を向けられていた。ダンベルを片手に無言で反省文を電子学生証で作る姿はシュールとしか言いようがない。

 交流会にて能力保有プレート【超速再生】で体力を使い切った遮音は、指一本動かすのも億劫になっていた。そのため寝て食べることでしか体力を取り戻すしかなかった。


 遮音はこの能力が嫌いだった。茨木のように利用する輩はこれからも多くなるだろうし、なにより鬼を倒すことができない。痛くて疲れて意味がない、の三拍子である。

 しかし助かった場面も多いので堂々と言うことはできなかった。なにより恩人である梁に良い能力保有プレートだねと褒められてしまい、反論することも封じられた。

 それでも遮音は真琴や紫音のような能力保有プレートが欲しかった。鬼を倒すことにつながるような、討伐鬼隊の隊長に相応しいと思えるような力が欲しかったのである。


 能力保有プレート【超速再生】には一定の法則があった。まず意識がある状態で体の一部が消失した場合、自分の意思で再生するタイミングを選べる。

 しかし頭を失うような、意識も吹き飛ぶ損失の場合は一定時間経過後に自動再生するのである。その際に体として残っている部位が大きい方が再生される。

 だからこそ頭を失っても胴体から新しい頭が生えるのである。その時の感覚は体内部で蚯蚓ミミズが蠢いているに近く、正直に言えば吐き気も催すほどだが。


 縦や横に真っ二つになった場合、脳や心臓が大きく残っている方が再生される。もちろん時間はかかる上に、栄養や体力が足りない場合はそのまま死んでしまう。

 同じくらいの割合で脳と心臓が別々の部位になった場合。例えば体を細切れにされた場合は、能力保有プレートに近い脳か心臓のどちらかが再生される。二人になる、ということはない。

 では普通の怪我や病気にも適用されるのか。残念ながら再生とはヒトデの脚や蜥蜴の尻尾と同じであり、切れた部分から新しい肉体が発生するだけだ。


 再生に適用されなかった肉体や血はその場に残る。それは真琴に出会うきっかけとなった時や、交流会の件で判明している。

 その肉体に意志や生命機能はなく、ただの血が詰まった肉袋と同じだ。それでも重量があるので、紫音がやったように囮として投げて使用することも可能だ。

 遮音はもしもの時はそういう使い方をしろと双子の兄に言ったことはあるが、予想以上の速さで実現されたことに関しては少々戸惑っていた。


「ああ、そうだ……伝言だ」


 反省文と筋トレを同時にこなす紫音の言葉に、遮音はどうせろくでもない話だろうと無視しようとした。


「能力使わずに倒したよ、だとさ……お前が能力保有プレートのことで気にしてたのを、奴なりに気遣った馬鹿な言葉だ」

「……そうか」


 紫音は名前を呼ばなかったが、遮音はすぐに誰の言葉かわかった。そんな言葉を遮音に告げる馬鹿など一人しかいない。相変わらず甘い気質だと、溜息が零れる。

 しかしその口元が嬉しそうにわずかに弧を描いたのを紫音は見ていた。少しだけ面白くなさそうに舌打ちした後、紫音は言葉を続ける。


「あいつ、茨木に口ごたえしてたぞ。お前を囮にしたのを絶対に良いと認めないとか。人が寝ている耳元で煩い奴だ」

「影響されてる奴がなにを言っているんだが。そうでなければお前が茨木を殴るなんてしなかったくせに」

「いや、お前が影響されてるだろう」

「いや、お前が影響されてるだろう」


 反対の色味を持つ顔がそっくりな双子はお互いに投げかける同じ言葉をきっかけに、強く睨み合う。反りが合わないのに、変なところで揃うのである。

 仲が良いのか、それとも良すぎるのか。無言の重い沈黙を続けながらも離れない双子に、壁越しに会話を聞いていた茨木は腹を抱えて笑い声を我慢していた。






 ・まとめ

 以上、全てが能力保有プレートに関する者達の報告となります。あくまでこれは一部の例であり、適用される場所は限られております。

 なお上記全てが必要性のある情報ではないことを伝えておきます。また幽霊と言われる存在の信憑性や成り立ちにおいては複数回答となっており、正しいことは不明と答えるように設定しています。

 この報告全てを閲覧できる方の条件は、キリフダ・三葉に許可された者、とします。繰り返します。条件は、キリフダ・三葉の情報書庫データバンク接続アクセス権限を持つ者、に限ります。


 全ての保存データをバンクの管理下に置きます。またの御利用をお待ちしております。

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