データベースより

番外弐:追想

 ・とある少年について


 寒い冬の日だった。少年は保護区の外で震えていた。抱きしめる妹の体は熱が冷めることなく、毛布の中でうわ言のように両親を呼ぶ。

 ひたすら両親を求める妹に、少年は奥歯を噛み締めていた。決して誰かの名前を呼ばず、助けを求めることもなく暗い夜を過ごした。

 どんなに小さな体で縮こまろうとも、保護区の外に助けてくれる者はいない。少年は朝日が顔を覗かせた荒れ地を目的もなく歩くことにした。寒い気候と妹の熱だけが彼の意識を保たせていた。


 しかし数十メートルも歩けば、鬼が現れる。弄ぶように襲い掛からず、少年の周囲をつかず離れず愉快そうに付きまとう。

 少女は朦朧とした視界で恐怖を覚え、何度も両親を呼ぶ。その声も少しずつ小さくなっていき、許容できる熱を超えかけていた。

 それでも少年は黙って歩く。白い息を吐き出せば、冷たい空気が臓腑を貫く。しかし弱音を吐いてしまった瞬間、一歩も動けずに立ち止まってしまうことは目に見えていた。


 周囲にいる鬼は少年が絶望し、諦めるのを待っていた。本能的に楽しんでいるのだ。地面から土塊の腕を突きだした土鬼どきに足を掴まれ、少年は膝をつく。

 少年の足首に青く生々しい手形の痣が浮かび上がる。冷たい水だけで形作った水鬼すいきが痣の上に突き刺すほど凍える水をかける。一瞬後には、足首は火傷したように赤くなる。

 それでも少年は痛みを堪えて歩く。片足を引きずり、もう声も出せなくなった妹を抱えながら、膝についた汚れも払わずに朝日が出たばかりの地平線を見据える。


 鬼は飽きてしまった。少年は絶望しない。それは生きているから。ならば死ねば絶望するだろうと、土鬼は鉄でできた爪を振り下ろそうとした。

 しかし盛大なクラクションの音に続く、とてつもない殺気に鬼達は身が竦んだ。少年も一体なんの音だと顔を上げ、朝日の向こう側からやってくる大型車に目を向ける。

 討伐鬼隊の白い隊服を着た女性がワゴン車の上で仁王立ちし、能力保有プレートを溶かした鋼鉄で作り上げた刀を鞘から抜く。


 当時のことを少年は言い表す術を持っていなかった。しかし決着は一瞬。鬼子母神と恐れられる女性は、鬼達を一掃したのだ。




 保護された少年と妹はA2保護区出身であることと、名前以外の情報を一切口にしなかった。

 妹はまだ幼く、状況もわからないため言葉にできることが少なかった。逆に少年はあえて口を閉ざし続けた。

 二人を保護した女性は、信頼できる人物であるキヌガサ・風間ふうまに彼らを預けた。風間は快く女性の頼みを引き受け、二人を本当の子のように迎えた。


 風間には一人息子がおり、その男は討伐鬼隊で働いていて滅多に家に帰ることはない。その男にも一人息子がいた。

 キヌガサの家は何故か女性が先立つことが多く、風間も、風間の息子も、妻を失っていた。そのため多くの子供と養子縁組することが多い。

 風間の息子には義理の妹がいた。その妹も二人目の娘を生んですぐに他界し、婿入りした妹の夫も後を追うように過労で死んでいる。残された二人の娘達も風間は育てていた。


 風間はB1保護区であるイケブクロシティ在住のアミティエ学園教師だった。しかし定年退職し、老後は孫達の世話に勤しむ日々だ。

 孫は三人、キヌガサ・颯天とキヌガサ・風花、最後にキヌガサ・彩風。本当の兄妹のように育った三人は、いきなり現れた新しい兄妹に驚いた。

 女性の申し出により養子縁組はせず、保護下に置くという約束から、ヤガン・古寺とヤガン・小毬は名前を変えないまま新しい生活を余儀なくされた。


 小毬は赤風病を患っていたため、病院生活をすることになる。歳が近く、女子であったことから風花と彩風はすぐに仲良くなった。

 逆に従妹でありながら妹のような二人を抱えていた颯天は、突如現れた同い年の古寺に警戒心を露わにした。もしかして家を乗っ取りに来た敵なのかもしれないと、子供ながら慌てていた。

 古寺は常に黙々と動かないことが多く、頼まれたことと小毬に関して以外では部屋の隅で座っていることが多かった。その薄暗さが颯天は気にいらなかった。


 ある日、彩風が自分のぬいぐるみがなくなったと泣いた。颯天は一生懸命探したが、見つけたのは古寺だった。兄としての誇りを傷つけられた颯天は古寺に殴りかかった。

 感情的にお前が隠したのだろうと怒り散らし、無抵抗の古寺を何度も殴った。しかし一切悲鳴も涙も見せない古寺に、颯天の手は騒ぎを聞きつけた風間が止める前に動かなくなった。

 情けなくなった颯天は家の中でも一番高い場所、屋根の上に器用に登って隠れた。逃げたことが負の感情を乗算し、もう二度と妹達の前に出れないと思うほどだった。


 しかし夕方。肌寒くなった頃、ガーゼだらけの顔で毛布を持った古寺があっさり颯天を見つけてしまう。


「……俺、謝らねぇから」


 颯天は苦し紛れにそんなことを呟いてしまう。本心から出た言葉ではなく、意地で飾り付けた言葉だ。

 無言で差し出された毛布も手で払い、膝の上に顔を埋める。どんどん追い詰められていくような心地に、颯天は声も出なくなりそうになった。


「あー、じゃあ一発返させてもらうわ」


 呆れたような、どこか苛立った古寺の声に反応する前に颯天は後ろ頭を殴られた。そのせいで額を強く膝にぶつけ痛い目を見る。

 痛みで屋根の上を転がる颯天に対し、やり返した満足感に笑う古寺。それが気に食わなかった颯天は罪悪感も忘れ、殴り返そうと立ち上がる。

 その後は二人で掴み合いの殴る蹴るの喧嘩になり、最終的に鬼の形相で屋根に上ってきた風間に強い拳骨を脳天に食らい、お互いに沈黙することになる。


 それで仲良くなったかと言えば、悪化した。所構わずに言い合いになっては殴り合いになり、最終的に風間に怒られるの繰り返しだ。

 しかし部屋の隅で丸くなる古寺はいなくなった。どんな小さなこともお互いの意見をぶつけては風花に呆れられて、彩風が泣けば渋々と仲直りをする。

 時間が経つ内に、嫌というほど相手のことを知ってしまう。古寺には小毬しか大切な物がなく、兄である颯天にはその気持ちが痛いほどわかってしまう。


 風間は少しずつ古寺への態度が軟化した颯天に、彼の秘密を明かす。驚いた颯天が古寺に確認すれば、苦々しい顔でその通りだと頷かれる。

 颯天はその秘密を知らなかったことが悔しくて、苛ついて、怒りたくて──泣いた。感情に任せて泣いて、思わず古寺の頬を両側に引っ張る。

 いきなり頬を引っ張られた古寺は目を丸くするしかない。しかし颯天は大声で、唾を吐き散らしながら、感情のまま叫ぶ。


「笑え、古寺!!俺や爺様がお前達兄妹を守るから、もう笑っていいんだ!!」


 どうしてその結論に至ったかは颯天も覚えていない。しかし古寺は滅多に笑わない少年であったのは事実だ。


「そんでアミティエ学園に進学しよう!あそこなら鬼を倒す術が手に入る!あそこなら確実に討伐鬼隊への道が開かれる!誰かを守れる男になれるんだ!!」

「……守る……でも学費が、俺は、金を持ってない……」

「出世払いにしとけばいい!それにあの学園には決闘システムに付随する賭けがある!俺も協力する!!だから!!」


 力説する颯天の勢いに押された古寺は頷くしかなかった。その日から二人はアミティエ学園や笑顔の練習などを調べ続けた。

 結果、古寺が電子書籍の影響で胡散臭い似非方言を身に着けたが、よく笑うようになった。逆に颯天は厳しい顔つきになってしまったが、これは別の話である。

 全ては守るため。秘密と、妹、その他。二人は同じ目標を持つことで和解し、腐れ縁のような関係を築いて学園生活を過ごし、そして目にする。


 友情を求め、戦う一人の少年。


 古寺はその真っ直ぐな姿に心打たれ、颯天は彼が求める友情の姿に密かに悩み始める。

 命を賭けるに値する友情。もしも古寺になにかあった時、命を賭けられるか。それほどの友情を感じているのか。

 揺れ動く心はこれからの波乱を現すように、落ち着くことはなかった。





 ・とある忍者の里について


 A3保護区であり、自然保護指定地区である広大な山と森林を守る場所、トガクシヤマ。ランバ・覗見はそこで生まれた。

 政府から秘密裏に保護区を守るように指示された名誉職だと言う者もいるが、覗見の育て親の一人である長老は煌家による策略で追放されたと愚痴る。

 2030年の大戦下において、政府は多くの研究チームを設立した。その中で兵士の育成を目指したのが忍術を研究していた、乱破チームである。


 身体能力の向上と非情な精神。戦うために必要な技術をマニュアル化し、適用することで均一ながらも上等な兵士を。なにより士気向上の策として忍者をモデルにしたのだ。

 しかし最新化学やキリフダ・三葉を抱える煌家チームには敵わず、鬼の出現により撤退を余儀なくされた。それでも乱破チームは自分達の研究こそが最高と信じて疑わなかった。

 トカグシヤマは人が住むには難しい場所だ。ここに乱破チームが送られたのは、偶然の事故による口封じを目論んだ者がいたため。だが政府は彼らを甘く見ていた。


 研究した忍術を巧みに利用した彼らは自然の生活に適応し、自然が少なくなった時代だからこそ燃やし尽くす策が取れないと踏んで、その山を里にすることを決めた。

 覗見を含め里の子供は全員親の顔を知らない。代わりに里にいる大人全員から我が子のように、そして育て上げるべき逸材として厳しく育てられる。百年以上続く忍術の継承者として。

 優秀な者がいれば、不出来な者もいる。覗見は後者であり、落ちこぼれだと笑われ続けた。一番酷いのは感情に揺さぶられやすい気質の持ち主であることだ。


 常に一定の実力を発揮する際、感情の揺れ動きは少ない方がいい。しかし覗見は好奇心旺盛で、涙もろく、感情によって動きの差が激しくなる。

 感情と動きが一致すれば最優秀の部類に入るが、そうでなければ最低の部類。極端すぎる気質に、育て上げた長老はいつも溜息をつき、説教する時は若い時に味わった地獄の苦痛を教えるのだ。

 それでも覗見の気質は治らないどころが、深刻になっていく。忍者には向いてないと他の大人が諦める中、ある青年は覗見を可愛がっていた。


 覗見が兄者と慕う青年、彼は里で一番の忍者隊に所属する優秀な者だった。常に優しく、落ち着きがある。感情で揺さぶられることなく、熟慮による判断は間違いがない。

 だからこそ青年は覗見に里の外に出る方針を提案した。政府へのコネを使えば、一人くらいは違う保護区で討伐鬼隊への道が開けるのではないかと。

 忍者の里には能力保有プレートがない。それがなくても鬼を倒せると大人達は豪語するが、青年は憂いを少しでも失くしたいと考えていた。


 長老は煌家の力に頼るとは何事だと怒るだろうが、覗見の好奇心旺盛さや感情の揺れ動きは学校生活でこそ磨かれるべきだと青年は思っていた。

 覗見も外の保護区について夢を膨らませ、見渡す限りの広大な自然ではなく、多くの人が動き続ける都市に憧れた。そして二人は長老に頭を下げ、アミティエ学園中等部の入学許可を貰う。

 旅立つ際に青年の御下がり服を大量に渡された覗見は、笑顔で里を後にした。その表情を見た青年は、やはり覗見には忍者は似合わないと苦笑してしまう。


 しかし、もしも。仮定の話とはいえ、覗見が一心に仕えたいと思える人物が現れたならば──あるいは。


 そんなあり得ないような想像を働かせた青年だが、それよりも友達を作って自由気ままに遊べばいいと思う。自分にはできなかったことを、覗見に。

 幸か不幸か、覗見は青年が望む通りに自由気ままにオタクとなり、友人も作り、能力保有プレートを手に入れ──出会う。

 電波が届かない里に住む青年は、たまに届く手紙や荷物でしか事情を知る余地がないため、今も元気に楽しく生きていればいいと願うだけである。




 ・とある双子と学園長と、その甥と、甥の父親について。


 上質なマフラー。上質なコート。上質な暮らしに、上質の身分。血まで母親が望むまま上質な血筋。それがリー・茨木という少年だ。

 容貌も知性も、全てが備わっている。白く吐き出される息すらも淡雪のように儚く、その全てが自分が望んで手にした確実な物ではないことを茨木は理解していた。

 なに一つ、手にしていない。小さな白い手が求めるように指先を震わせる。なにか一つ、自分自身が望んだ、確かな物が欲しいと茨木は思っていた。


 そんな寒い日。道端に倒れる双子がいた。茨木と同い年だが、あらゆる物が違っていた少年達。手を繋ぎ、雪道の上で力なくうつ伏せになっている。

 暗い路地裏のせいで雪すらも灰色に見えてくる。茨木は無視しようとしたが、双子の片方が荒い息を吐きながらも起き上がり、力強い赤紫の目で茨木を睨んでくる。

 赤紫の目をした少年の髪は、毛先が金色だったが──途中から白くなっている。髪質のおかげか、辛うじて銀髪に見えるのは僥倖と言うべきなのか。


「……助けろ……」


 命令するように、少年は呟いた。取り合う価値もないと茨木はその場を去ろうとしたが、少年は繰り返すように呟く。


「俺の全てをやるから……弟だけでも、助けろ」


 茨木は足を止めて再度振り向く。少年の目は茨木の深紅の瞳から離れない。その赤を憎らしく思いながらも、縋るしかないという意思が見える。

 意識がない少年の手先は霜焼けで赤くなっており、呼吸も浅い。双子は充分な栄養を取っていないのか、体は痩せ細って鳥の骨を繋ぎ合わせた体に見えた。


「……好きで兄になったわけじゃない。でも俺は……こいつを助ける義務を背負わされた。だから……頼む」


 そう言い残して少年は倒れた。誇り高いのか、唇の端は悔しさを噛み締めたかのように切れて赤い血を滲ませている。

 兄弟愛に心打たれるほど茨木は感傷的な子供じゃなかった。しかし少年が提案したことについては検討する価値があると判断した。

 茨木の保護者として動いている叔父のリー・梁が近づいてきた。梁は路地裏に倒れている双子を見て、心底驚いた顔をする。


「叔父上。僕はこの二人が欲しい。拾ってもいい?」


 まるで犬猫を拾うような言葉だったが、双子の顔に見覚えがあった梁に断る理由はなかった。

 意識の確認だけでもしようと梁は双子の頬を軽く叩く。すると今度は金髪の少年が虚ろな青紫色の目で梁を見上げる。

 赤紫の目をした少年は反応しなかったが、脈は確認できた。梁は上質なコートが汚れるのも気にせず、重そうに双子を片腕ずつに抱える。


 リーという家系は女性が跡目を継ぐしきたりがあった。いざという時、女性の方が恐るべき底力が発揮されると信じられていたからだ。

 B1保護区イケブクロシティにある屋敷に連れ帰った矢先、待ち構えていたように茨木の母親リー・すみれが、双子を抱えた梁と茨木を凍てつく紅の瞳で見下す。

 茨木はこの母親が大嫌いであり、梁も姉である菫が苦手だった。だからといって茨木が梁に懐くことはなく、母親に比べればマシという扱いである。


「梁さん。その薄汚い子供は?」

「アイゼンの家から追放された、怜音さんの御子息達ですよ。探していた保護区で、孤児院を追い出されたところを間一髪で拾ったのです」

「そう……あの男、源藏さんの差し金ね。どうやら調子に乗っているようね。釘を刺さないと」


 きつい言い方をする菫に梁は苦笑いであり、茨木は侮蔑の視線を向ける。スメラギ・源藏、それは遺伝子情報で言えば茨木の父親に当たる。

 菫は優秀な男の種が欲しかった。それこそ鮮やかな赤い目を持った、煌家の血筋を濃く継ぐ名家の血だ。そこで目を付けられてしまったのが、スメラギ・源藏である。

 偶然にも独身のまま家長として政府にも強い干渉力を持つ源藏は、夜分遅くに無断侵入した菫に襲われ、やむなく孕ませてしまったという事情がある。


 菫は源藏の種が欲しかっただけであり、源藏の人格や外見には一切興味がなく、また息子である茨木は自分の物だと主張している。

 源藏としても菫の怖さはたった一晩で刷り込まれた挙句、妹である通称鬼子母神が菫を目の敵にしてしまった。そのため梁を仲介とした通信しか親子としての接触はなかった。

 茨木としては厳格な源藏の子であることは少し嬉しいが、菫が母親であることは大いに不満に思っており、菫の源藏に対する態度は怒りを通り越して呆れ果ててしまう。


「なんにせよ、その双子は私には近づけないで。鬼の子供など、薄気味悪い」


 凛とした和服を着こなした鬼女。菫に相対した多くの男はそんな感想を抱き、身内である梁も否定することはできなかった。

 しかし屋敷に関しては菫の管轄であり、追い出されなくて良かったと一息つきつつ、梁は茨木を連れて離れの部屋へと向かった。

 リー家御用達の医者に二人を看病させながら、梁は茨木がいつもより少し嬉しそうな様子に疑問を抱いた。


「どうしたんだい?この二人が友達になると思って、嬉しいのかい?」

「まさか。友達はいらないけど……丁度思い通りに動く働き手が一人欲しかったんだ。僕に似合う、強くなりそうな奴をね」


 茨木の返事に梁は肩を落とした。そして確実に菫の血が色濃く引き継がれていると納得するのである。

 目を覚ました双子は、遮音と紫音と名乗り、遮音は虚ろな意識の中で目にした梁に感謝の意を示した。しかし紫音は疑うような目を茨木に向ける。


「じゃあ叔父上、紫音は僕が貰うね。というわけで紫音、僕の野望に協力してくれるよね?助けてあげたんだから、あの言葉は有効なはずだ」

「……わかった。ちっ、子供だと思って甘く見ていた」


 自分が告げた言葉をしっかり覚えていた紫音は、男に二言はないと観念した表情をしつつも、悔し紛れに舌打ちした。

 茨木としては同い年だから子供じゃないと反論しても良かったが、それは追々躾していけばいいものかと思い直す。

 二人の会話の意味がわからない遮音は黙って見守っていたが、後に事実が発覚し、紫音と激しい兄弟争いをすることになるのであった。


 遮音は梁に恩返しを。紫音は茨木に服従を。そうやって助けられた双子は少しずつ道を変化させていく。

 紫音と遮音は顔などはそっくりだが、行動性や色味など、あらゆる面が逆だった。それを面白がった茨木は、二人に明確な違いをつけた。

 双子揃って散髪をした際に茨木は、紫音の後ろ髪の毛先を青く染め、遮音の前髪を赤く染めた。さらには紫音は髪で遊ぶため長くするようにと言い渡している。


 寝ている間に器用に髪を染められた遮音は絶句した。紫音は文句を言おうとしたが、命を助けられた恩義から怒りだけを態度で示した。

 それ以来、遮音はなるべく茨木に近付かないように警戒している。紫音も遮音にばれないように、弟で遊ぶなと茨木に小言を投げている。


「それにしても母上の地位を揺らがすにはやはり……討伐鬼隊の上層部に食い込む必要があるね」

「お前の野望が母親を見返すことと聞いた時は馬鹿かと思ったが……あの女の権力は化け物の如く巨大すぎる」

「一応由緒ある家柄だからね。遮音は叔父上に恩を返すため隊長を目指しているみたいだけど……僕はその上を行く。紫音はそんな僕についてこい」

「わかっている。お前は俺の恩人だからな」


 友人ではない関係。それが当たり前だと思っている茨木と、多少の違和感を覚えている紫音。

 その価値感を壊すきっかけとなるのは、源藏に育てられた赤い目をした少年。命を賭けるに値する友情を探せと告げられた存在だ。

 茨木は不思議に思う。どうして源藏はそれを探せと命じたのか。紫音は違和感が大きくなる。どうして自分は茨木の横にいるのに、友人ではないのか。


 今はまだ、わからない。




 ・まとめ


 以上、全ては個人の非公式の記録となります。全ては当人達によって保管されており、基本は表に出ることはありません。

 また個人記録のため感情面において多少の差異が見られると明記します。しかし関係性においてはほぼ確実と保証いたします。

 この追想を確認できる方の条件は、この件全てに関与しない者、とします。繰り返します。条件は、この世界を観覧できる存在、に限ります。


 全ての保存データをバンクへ移行します。またの御利用をお待ちしております。

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