第14話 続・続その婆ァ狂暴につき

 この騒ぎを聞きつけ、誰かが助けに来てくれたのかもしれない……。

 そんな期待が頭をよぎったものの、現実は無情だった。


「濱さーん! 遅くなってごめーん! これ頼まれてた食事ね。例の物は玄関前に置いてきたからー!」

 濱さんへ親し気に声を掛けながら、年齢は俺より上、細身で髪の長い女性が鼻歌交じりに部屋へ入ってきたのである。

 助けが来るどころか、仲間が増えちゃったじゃないか……。


 提げていたエコバックを乱暴にちゃぶ台の上へ置くと、その女性は「こんにちはー!!」やけに親し気な笑顔を浮かべて俺に挨拶してきた。


 見た目だけなら、目鼻立ちの整った綺麗な人だ。しかし、彼女も俺への拷問へ加わるのは間違いない。それを考えると、今も一人で鼻歌を歌い続けている変なテンションの高さから底知れぬ狂気を感じる。


 金魚鉢ごしに、警戒心剥き出しで彼女の行動を監視していたら、

「あなたが梨園さんでしょ。半分側の事が全然分からないって、すごく珍しいよね。私は鹿乃って言います。濱さんに呼ばれて家に来たんだけど、これって今、何をやっているところなの?」

 俺に状況を尋ねてきた。どうやら鹿乃さんは、この拷問についての詳細を知らないらしい。


 ひょっとしたら俺の事を憐み、助けてくれるかもしれない。

 これはチャンスだと思った俺は、濱さんの横暴かつ残虐な拷問、その説明を全身全霊で鹿乃さんに試みた。

 

 黙る=死なので、家族、実家で飼っている犬、彼女が十数年いない、豆苗を育てている、部屋に入ってきた虫はできるだけ逃がす、などなど少しでも心に響きそうな話題での命乞いに移行したのだけれど、不思議そうな顔で鹿乃さんが、

「何の話か良く分からないんだけど、拷問は今から始めるの?」

 俺の左手首を掴み、固定されていたはずの腕をひょいとひっくり返しつつ言った。

「どうして? もう向ウ出てるじゃん」

 すると、その言葉通り、俺の手の平から何やら銀色に輝く金属質の突起がポコっと飛び出していたのである。


「ああっ!!」

 横で濱さんが驚きの声を上げると同時、全身を覆っていた椅子の拘束が突如消失、全く動かなかった体が自由になった。

 転げ落ちるように椅子から距離を取って立ち上がり、金魚鉢を力ずくで頭から引っこ抜くと、酸欠状態だった体に新鮮な空気がグングン入ってきた。

 空気が尋常じゃなく美味い……。


 深呼吸するたびに全身の細胞が復活していくようで、生きている事に心の底から感謝。次第に気持ちが落ち着いてくると、その代わりに沸々と込み上げてきたのは濱さんへの怒りだ。


「ちょっと! 何、殺そうとしてんですか!! シャレになんないっすよこれ!!」

 相手が年寄だろうと関係ない。こっちは死にかけたのだから、感情の赴くまま激しく詰め寄ったのだけれど、

「よっこらせっ」

 全く悪びれた様子なく座布団へ腰を下ろし、これ見よがしにゆったりお茶を啜る濱さん。

 こんなふてぶてしい生き物がこの世に存在していいのだろうか……。


「金魚鉢って、この突起を出すための拷問だったんですよね!! すでに突起が出てたのに、それに気付いてなかったって事ですよね!!」

 矢継ぎ早に質問すると、濱さんは遠く眺めつつ、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟くように言った。

「気付いてたよ……」

「嘘でしょ!! 思いっきり驚いてたじゃないですか! 全然、気付いてなかったでしょ!!」

「いや……そんな事ないよ……」

「ビックリしてましたって! 『ああっ!!』って口に出して言ったの、思いっきり聞こえてますよ!!」

「やかましいねッ!! 肉片にしてやろうかいッ!?」

 般若みたいに顔を歪めて怒鳴り声を上げ、一体どこから取り出したのか、抜き身の刀を俺の鼻先へ突き付ける濱さん。

 パワハラってレベルじゃない……。恐怖政治じゃないか……。


「まぁ、結果オーライって事でいいだろうよ。向ウの使い方も理解できたみたいだしね」

「使い方? 全然理解できてませんよ。手から異物が飛び出てきただけじゃないですか。何も知らなかったら速攻で皮膚科行って摘出してますよ」

「椅子の力を無効化しただろうが。アンタは無意識に向ウを使ったんだよ。少し落ちついて、自分の中にある向ウの存在を感じてみな」

 自分の非を全く認めない上に『存在を感じろ』などと、今度は何やらスピリチュアルな事を言い出し始める濱さん。

 暴力的かつスピリチュアルって……。この婆ァ、危険人物にもほどがある……。


 嫌味の一つでも言おうとしたのだけれど、チラつかされている刀が怖い。悔しいが手の平から飛び出した銀色の突起物へ目をやってみた。


 名称――『俺のでっぱり』――


 すると驚くべき事に、突起物の名が俺の頭の中へ流れ込んできたのである。

 眩暈がするほどの不思議な感覚で、一歩間違えば下ネタの馬鹿げたネーミングなのに、なぜか以前から知っていたような妙なしっくり感が後追いで俺の脳へ浸透していく。

 そしてご丁寧にその使い方までもが、続けて頭の中へ入ってきた。


 使用方法――『突起部分を対象に押し付ける事で、追戻しをする事ができる』―― 


 猛烈にショックだった……。

 ここ数日間で、妙な光景を見る、腹に棺桶を突っ込まれる、会社を休職させられる、等の異常な体験を多々してきた。しかしあまりにも現実離れが過ぎ、夢の中の出来事のように、自分の本質とは関係ない事としてそれらを捉えていたのかもしれない。

 そうする事で、俺はこのイカれた状況をギリギリ受け入れていたのだろう。


 ところが今回、直接脳へこの異変を認知させられ、現実味が怒涛の如く一気に押し寄せてきた。映画を見ていたのに、気付けばその世界へブチ込まれ、恐怖や危険が映像ではなく、実際の体験として襲い掛かってくる状況だ。

 助かりたいなら自分で解決するしか方法は無い。

 ド偉い事になっちまってるぞコレ……。

 

 嫌な色で渦巻く様々な感情に対応しきれず、棒立ちで思考停止していると、

「どうやら理解したみたいだね。じゃあ次のステップに行くから、ついておいで。とにかく時間が惜しいんだから」

 俺の様子を見て取った濱さんは鹿乃さんを引き連れ、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 少し心の整理が必要だったが、選択権などあるハズもない。連行される容疑者みたいな足取りで、俺は二人の後に続いたのである。

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