第13話 続・その婆ァ狂暴につき

 玄関の中にはグロいデザインのオブジェがドン、もしくは宗派を超えた悪魔の銅が揃い踏み、そんな光景を覚悟していたのだけれど、怪しげなモノは見当たらず、いたって普通の玄関だった。


 しかし、全く気は抜けない。靴を脱いで厳戒態勢のまま杵丸、グラさんを引き連れて家の中へと上がり「こっちだよ!」ぶっきらぼうに通されたのは広めの和室。ちゃぶ台の上には、煎餅やらクッキーやら様々な種類のお菓子があって、その周りには座布団が敷いてある。

 

 これは俺達の為に……って事でいいのか……?

 

 どうやら歓迎してくれているらしいが、一つ気になったのは畳部屋だと言うのに、やたら豪華なロココ調のひじ掛け椅子が一脚、異様な存在感と共に置いてある事。


「今、お茶淹れるから! 突っ立ってんじゃないよ、早く座りな! 菓子は勝手に食べな!」

 隅っこの座布団に座ろうとしたところ、再びお婆さんの鋭い指示が飛んだ。

「あんたは椅子に座るんだッ!」

 なぜ俺が……。ロココ調に……? 

 

 その理由を聞く前にお婆さんは部屋から出て行ってしまったので、仕方なくロココ調に腰かけ、とにかく一息つく事にした。口は悪いものの、お茶とお菓子を用意してくれるのだから、また刀を突き付けられるって事はないだろう。

 少しだけ警戒を解いた俺はグラさんと杵丸に、先ほどの行動について釈明を行ってもらうべく、

「お前達……。さっきはどうして助けに来てくれなかったんだよ……?」

 怒りを意図的に滲ませた、ねちっこい感じで二人に尋ねてみた。


「いやっ……。た、助けようと思ってましたよ! 当たり前じゃないですか! ねぇ、グラさん?」

「ああ! もちろんだ。あれはなァ……、その……。隙をうかがってたんだ。あの後、すぐに二人でお前の事を救出に行く予定だったんだぞ」

「あからさまな嘘を言ってんじゃないよッ!! ……んっ!?」

 身を乗り出して声を張り上げたところ、俺は妙な事に気付いた。

 椅子に触れている部分が接着されたみたいにビタッと張り付き、どんなに踏ん張っても立ち上がる事ができない。体ばかりか、ひじ掛けに置いた腕や手も同様で、指一本動かす事ができないのである。 


「グラさん、杵丸……。俺、全然動けないんだけど……」

 その言葉の意味が分からず、二人はキョトンとした顔をするばかり。


 そんなキナ臭い状況の中、部屋へ戻ってきたおばあさんが、ちゃぶ台の上にお茶の入った湯飲みを並べ始めた。

「あたしゃ、濱ってんだ。以後よろしく」

 無駄口をきいたら叱られると思い、会話を止めた俺達が背筋を正して次の言葉を待っていると、

「アンタらッ!! 相手が名乗ったら、自分名乗るもんだろうがァッ!!」

 鬼のような形相で怒鳴られてしまった。

 これ……何をやっても、叱られるパターンのヤツじゃないか……。


 杵丸とグラさんが慌てて名乗ったので、俺も続こうとしたのだが、

「アンタの名前はもう聞いてるからいい。まぁ、とりあえずお茶でも飲みな」

 自己紹介を途中で遮る暴君っぷり。お茶を飲めと言われたって、こちらは指一本動かせない状態なのだから、どうする事もできないのである。


「ああ、そうだ。動けないんだったね。あんた達悪いんだけど、この子にお茶とお菓子あげてやって」

 濱さんがグラさんと杵丸へ指示を出すや、「ハイッ!!」やたら良い返事をして、杵丸が熱いお茶を無理やり俺の口に注ぎ込んできた。

「熱っっっつい! 熱いよッ!! いいからッ! お茶は別にいらねぇからッ!」

 

 続いてお菓子の入ったお盆を、グラさんが俺の顔の前まで持ってくる。

「おいッ! どの菓子が食いたいんだ。取ってやるから選べ!」

「えっと、じゃぁ、アルフォート……………って言うか、それより……俺が動けない事についての説明がまず欲しいんですけど……」

 その言葉を聞いて、なぜかやたら不穏な笑みを浮かべる濱さん。

 猛烈に嫌な予感がしてきた……。


「アンタ、向ウを使えるようになりたいんだろ。その為の椅子なのさ。何だ、やる気満々じゃないかい。それじゃさっそく始めるとするかね」

 どこをどう見て、俺からやるき満々要素を感じ取ったのだろう……?

 前向きに生きる姿勢って素敵だけれど、それに人を巻き込むのは良く無いと思う。

 

 続けて濱さんは、戸棚の上に置いてあった空の金魚鉢と水差しを持ってくるなり、

「まずはこれを被るんだ」

 手に持った金魚鉢、その底を俺の脳天へグリグリ押し付け始めた。

 

 どういう事……? 笑いを取ろうとしているのか……?

「逆ですよ! 金魚鉢の上下が逆だから、それじゃ被れませんよ!」等、言うべきどうか迷っていた矢先、なんと脳天が底の部分をスポッと貫通、コップの底から硬貨を通す手品よろしく、俺の頭が金魚鉢の中へ丸ごと入ってしまったのである。

 金魚鉢が開いているのは頭上、塞がっているのは喉の部分で、上下逆さまに宇宙服のヘルメットを被ったような状態になった。


「彬﨑の爺さんから聞いたよ。例の棺桶を回収したんだって? それが今、アンタの保持している向ウだ。普通、向ウってのは保持したら、それを自在に使えるモンなんだよ。いいかい、イメージしてごらん。アンタが棺桶を使いこなしている場面をさ」


 棺桶を使いこなす……? 

 棺桶ってのは言わずもがな、おととい腹に突っ込まれた、あの馬鹿でかい棺桶の事だろう。しかし棺桶を使いこなすって、一体どんなイメージをすればいいんだ……?

 

 質問したら怒鳴られるのは間違いないので、自分なりに指示を解釈。とりあえず棺桶の形状を思い出し、その蓋を開けたり閉めたりしている己の姿をイメージしてみた。

 すると今度は水差しを手に持ち、濱さんがさらりと言うである。

「それじゃあ、アンタがかぶってる水槽に水を注ぐよ」


 俺は何かの聞き間違いだと思ったのだけれど……。

「早い所その金魚鉢を外さないと、溺れ死ぬよ。それが嫌なら、文字通り必死で向ウを使えるように頑張る事。向ウを使えば、そんな椅子の効果は簡単に消失できるからね」

 聞き間違いじゃなかった!!

 何を言い出してんの! このババァは!? 


 絶句した俺をよそに、グラさんと杵丸へ「アンタは金魚鉢を押さえといて」「アンタはそこに水を注いで」などと、物騒極まりない指示をごく自然に下す濱さん。あろう事か、指示された二人が素直にそれを実行しようとしているのを見て、俺は即座に抗議した。


「いやいやいや!! ちょっと待て下さい!! こんなの拷問じゃないですか!! 俺死ぬじゃないですか!!」

「だから、死なないように、頑張れって言っただろ」

「頑張り方が分からないのに、頑張れって、意味不明でしょ!!」

「口で説明して分かる事じゃないんだよ、気合でなんとかしな!!」

「そんな昭和の発想、令和の時代に通用しないんですよッ!! こんなの絶対おかしいですって!! 人の命を何だと思ってんですか!!」

「うるさい男だね、ピィピィピィピィ。じゃあ、いったん中止ッ!! 中止ィッッッッ!!」

「ハイッ!!」

 濱さんの号令に声を揃えて返答するグラさんと杵丸。

 そもそもこいつらの言いなりっぷりは一体何事だ!? すっかり濱さんの忠実な下僕と化して、このイカれた状況に何の疑問も持ってない。

 

「まぁ確かに、フィーリングってのは大事だからね。一概に否定はできないよ。それじゃあ、自分で選びな」

 濱さんはちゃぶ台に一枚の紙を置き、マジックペンで『金魚鉢 木箱 布 ビニール 電気 箸』と大きな文字を書き込んだ。


「『金魚鉢』ってのは、今使ったやつだ。水を注ぐから溺死しないように頑張る。『木箱』ってのは、どんどん縮む木箱があって、それをアンタの頭にかぶせるから圧死しないように頑張る、『布』は、勝手にどんどん絞まっていく布があるから、窒息する前に頑張る。『ビニール』は……」

「だから、その頑張り方が分からないって言ってんだよッ!! アンタ人の話聞いてんのか!?」

「選ばせてやってるだろ。好きな死に方をさ」

「マフィアの台詞かよッ!! 死ぬ事が前提って、意味分かんねぇんだよッ!! クソババァ!!」

「もう、やかましいね。選ぶ気が無いのなら始めるよ。じゃあ、水注いで」

「おい、やめろッ!! やめろ、お前らッ!!」


 俺の抗議むなしく、再び始まる悪魔の所業。何とか逃げ出そうと全力で体を揺すってみたが、どんなに力を入れても椅子から体が離れない。

「待て、待て!! 待ってくれぇぇぇぇぇッ!!」 

 金魚鉢でくぐもった俺の悲鳴が響き渡る中、杵丸が水差しを構えたその瞬間、玄関から「ピン、コーン」とチャイムの音が聞こえた。

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