第10話 何だかちょっとWikipedia 2

 俺が絶句していると、

「乗りかかった船だろ。三か月もあるんだから罪を償えば済む事じゃねぇか。お前が言い出しっぺなんだからよ」

 読んでいたスポーツ新聞の脇から顔を出し、楊枝を使いながら他人事のようにしれっと言うグラさん。

 アンタの説明不足がこの事態を招いたんでしょうが……。その言い草に腹立ったものの、確かに女の子を助けようと提案したのはこの俺だ。グラさんへの怒りをグッと堪えて杵丸に尋ねる。

「そもそも、半分側、普通側って言うけど、これって同じ地球の上で起こっている話なのか? 俺が妙な世界に迷い込んじゃったとかじゃなくて?」

「同じ世界を普通側から見ているか、半分側から見ているかの違いです。半分出ちゃった事で、今までの生活に不思議な現象が追加されたと考えて下さい」

「不思議にもほどがあるんだよ……。杵丸はいつ半分出ちゃったんだ? 俺みたいにパニックにならなかったのか?」

「僕が半分出ちゃったのは18歳の時で、高校卒業ぐらいですね。普通は半分出ちゃった瞬間、半分出ちゃってる人達と自分の記憶の一部分が共有されるんですよ。ネットに接続した感覚って言えば伝わります? 半分側の情報が頭の中へ勝手に入ってきて自分の知識として使えるようになるからパニックは起きません。その現象は『みんな知ってる』って呼ばれてます。意味はそのまんまです。略して『みん』です」

「何その現象……。洗脳みたいで怖いよ……。『半分出ちゃった』だの『ミンチ』だの……。ネーミングセンスおかしくない……?」


「僕からしたら、梨園さんにみん知が起きてない方がよっぽど変ですよ。そんな人、見た事も聞いた事もないです。どうして梨園さんだけが例外なんですかね……? 半分側の事が分からないなんて、梨園さん、今、相当不安なんじゃないですか?」

「猛烈に不安だよ!! 不安以外ないよ!! 見るモノ全てが初めてだから赤ちゃん状態だよ!! オギャオギャ言って泣きたいよ!!」

「正直な話、半分側の全てを口頭で理解するのは難しいです。梨園さんが半分側で起こる現象を実際に体験して、少しずつ理解していくしかないと思います。でも一つだけ言えるのは……」

 杵丸は真剣な顔で俺を見た。

「普通側からじゃなく、半分側から見た世界の方が本物って事ですかね。棺桶を引きずっていた女の子みたいに、普通側の人はどう頑張っても身の回りの出来事を完璧に認知する事ができません。普通側から見えるのは、真実の一部分だったり、結果のみが反映された上辺だけ、偽物の世界って感じなんですよ。だから半分出ちゃった人達は、普通側に戻りたくないんです」

 偽物……。頭に雨雲乗っけてたり、棺桶を腹に入れてくる、このふざけた世界の方が本物だと……?

「まぁ、ピンとこないですよね。でも半分側では常に色々な事が起こってますから、そのうち嫌でも慣れますよ。とりあえず今は、罪を償う事に専念しましょう」

「それだよ! 罪を償うって、一体何をすればいいんだ!?」

 こっちは右も左も分からず、小出しにしか情報を与えてもらえないのに、厄介事だけは容赦なく襲ってくる。しかも今回は期限付きで、人の命まで懸かっている始末だ。

「贖罪するには執行猶予期間中に、自分と同じ程度の罪人を梨園さんが追戻しすればいいんです」

「追戻し……って、半分出ちゃった奴を普通の暮らしに戻す事だろ? 俺がそんな事をするの!? 半出局がやる事なんじゃないの……!?」

「向ウさえ持っていれば誰でもできますが、訓練は必要です。僕は素人なので、彬﨑さんが追戻しの専門家を紹介してくれました。この人にやり方を教えてもらえばいいんですよ」

 杵丸が胸ポケットから取り出したメモには、一人の女性の名前、住所、電話番号が記されていた。


 いよいよ大事になってきた……。腕時計を見ると13時過ぎ。マカレナでグラさんに遭遇してからわずか3時間しかたっていない。それでこんな事になろうとは、一体どんな厄日なんだろうか……。杵丸の助けがあるからまだ何とかなっているものの、一人で対応する事を考えたらゾッとする。

「分かった。この人に連絡して、追戻しの方法とやらを教えてもらう事にするよ。何から何まで本当に悪いな杵丸。お礼は後日必ずさせてもらうからな。それで……もしよかったら……、今後もこんな感じで集まって、半分側についての解説をしてもらえないだろうか?」

 杵丸というライフラインを失うわけにはいかない。ためらいがちに俺が願い出たところ、杵丸は「えっ!?」と声を上げて驚き、申し訳なさそうな表情を見せた。

 そりゃそうだ……。見ず知らずの奴にこんな事を言われても鬱陶しいだけだよな……。


 ところがである。

「先に言っておけばよかったですね。犯罪者になったのは梨園さんだけじゃないんです。棺桶は代表である梨園さんの所有になりましたけど、僕とグラさんも一緒に女の子の鎖を外したんですから、三人で同じ罪を背負ってます。言わば、チーム梨園です。僕らは一緒に罪を償うんですよ」

「チーム梨園……?」

 衝撃の事実だった。

 知らぬ間に、俺はこいつらとチームになっていた……らしい。

「あと僕、半出局の元職員って言いましたよね、女の子の鎖を外した事で半出局をクビになりました。だから元職員なんです」

「えっ……。嘘でしょ……?」

「当然ですよ。半出局は違反を取り締まる機関なので、職員は犯罪者認定された瞬間、強制的に退職させられます。だから、僕の職業は現在、チーム梨園なんです」

 それって職業じゃなくない……? という指摘はさすがにできなかった。俺のせいで杵丸は無職になってしまったのだから……。


「そう言えば、梨園さんって仕事してます?」

「ああしてる。でも、土日祝日は休みだから、そこは確実に空けるようにする。今月は連休もあるしな」

「いや、仕事はもうしなくて大丈夫です。明日からってのはさすがに無理かな……。梨園さんの心の準備もありますしね。でも、明後日からさっそくチーム梨園としての活動を始めましょう」

「ちょっと待て……それはどういう意味だ……?」

「半分出ちゃった人って、普通側の仕事をしていないんですよ。していないと言うか、できないって言った方が正しいですね。でも、梨園さんの場合、実際に体験してみないと分からないと思うんで、明日仕事が終わったら電話下さい。その時に詳しい事をお話します。とりあえず、今後ともよろしくお願いします」

 そう言いながら深々と頭を下げる杵丸、続いてグラさんがスポーツ新聞をテーブルに置いて、

「ヨロシクぅ!!」

 やたら大げさな身振りで俺に敬礼してきた。


 杵丸の「仕事はもうしなくて大丈夫」という発言が死ぬほど気になったが、二人の勢いに押され、

「あ、ああ……。よろしく……」

 俺は頭をぺこりと下げていた。

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