第11話 半分出ちゃった初出社

 尋常じゃなく色々な事があったその翌日。

 朝起きると、昨日の出来事は全部夢だったんじゃないか。そんな気がしてきた。意外と何事もなく変わらぬ日常を始められるのかもしれない。

 淡い期待を抱いて朝食を食べ、身支度を済ませ、いつも通りに出勤したのだけれど……。

 駅に到着したところで現実を突き付けられ、一気に目が覚めた。

 通勤中の人々の中に、あからさまに様子のおかしい奴がいる……。

 体の厚みが数ミリの紙みたいにペラッペラな人、歩く馬鹿でかい人型キノコ、50センチぐらい地面から浮かんでスーッと移動している人(もの凄い勢いでそのままコンビニに入って行った)、その他諸々……。そして周囲の人々はそれに何の反応も示していない。


 はい……夢じゃありませんでした……。

 イヤホンを耳に押し込んで自分の世界に引きこもり、できるだけ妙な物を視界へ入れないよう電車へ乗り込む。

 憂鬱な気分で会社に到着。

 こんな状況とは言え、やらねばならぬ仕事は山積みだ。気持ちを切り替えて自分のデスクに向かったのだが、隣席の同僚を見て声を上げそうになった。

 同僚の頭のてっぺんにPCパーツみたいな四角い基板が突き刺さっている……。

 体を張った笑いの可能性も考えたけれど、真剣な顔で会議の資料を作っているし、彼はそんな突飛な行動をするキャラじゃない。そして続々出社してきた部署のメンバー全員の頭にも、同じく基板やら装置的なモノがくっ付いているの見て確信した。

 これは半分側の現象だ……。駅では大勢の中に数人の割合だったのに、どうして俺の周囲は全員おかしくなってんの……?


 考えたところで分かるはずもないから、心を無にしてPCを立ち上げ、メールチェックを行っていたら、

「ああっ!! 仕事ダリぃなあっ!!」

 背後から野太い声が響き、振り返った俺は驚きの余り椅子からずり落ちた。

 出社してきた課長、その背後に紫色の怪物が立っている。

 頭に生えた2本の角、腰に巻いた虎柄の布、手にはトゲ付きの金棒、そしてその肌は濃い紫。

 鬼だ……。紫色の鬼だ……。


 鬼はひたすら悪態をつき続けており、

「クソ部長、朝から面倒な仕事押し付けてきやがってよォ!!」

「ちくしょう! タバコ吸いてぇな!!」

「家から会社まで遠すぎるんだよ!!」

 よく見れば鬼の顔は課長に瓜二つ。叫んでいる言葉も課長の愚痴だと思われる内容なので、どうやら鬼は課長の黒い部分を具現化した存在らしい。

 普段は温厚で人望ある課長と鬼のギャップには色々思う所があるけれど、課長のデスクは俺のすぐ後ろだから、鬼の声がやかまし過ぎて仕事にならない。

 こんな状況で事務作業をやれって言うのか……。高過ぎる難易度設定に一抹の不安を感じていたら、

「梨園君、ちょっといいかな?」

 その課長から呼び出しを受けた。

「すぐに終わるからよォ!! さっさと来いや!!」

 鬼の恫喝に怯えながら会議室へ移動、そこで渡された書類を見て絶句した。

 

 その書類には、三カ月の休職命令及び、休職中の給与全額保障、復帰時の待遇保障が記されていて、平たく言えば『三カ月間、働かなくてもお金あげます』という、迷惑メールの件名みたいな胡散臭い内容だったのである。

「何か質問はある?」

 当然、俺はなぜ休職させられるのか、なぜ働きもしないで給料が出るのか、その説明を課長に求めた。

 ところが……。

「質問が無いようなら、業務の引き継ぎについて説明させてもらうよ」

 俺の事を無視して話を進め出す課長。

「いやいや! 思いっきり質問してますけど!!」

 思わず荒げた声も無視、目の前で手を振っても、課長の体を激しく揺すってみても全く反応がない。

 鬼は机の上に座って胡坐をかき、

「この部屋蒸し暑いな!!」

 俺とは全然関係のない事を毒づいている。


 これは……。グラさんが一般人にちょっかいを出した時と同じ、こちらの行動が無かった事にされてしまうヤツだ……。

 杵丸の言っていた「半分出ちゃった人は普通側で仕事ができない」という言葉の意味が今分かった。どうやら執行猶予の三カ月は罪を償う事に集中する為、強引に休職させられるシステムらしい……。色々と本当に無茶をしてくるな……半分側は……。

 俺なりに責任をもって取り組んでいた仕事だけれど、給料が出るなら文句は無いし、そもそも話を聞いてもらえないのだから休職せざるを得ない。


 仕方なく書類に署名をして、今度は各社員へ業務の引継ぎを行う事になったが、そこでまた驚かされた。

 全員が全員、ちょっと説明しただけで業務内容を完璧に把握、資料の場所から処理の仕方、作業のコツまで、いとも簡単に習得してしまうのである。一を聞いて十を知るどころか、俺の考えを先読みしてズバズバ言い当ててくる始末。


 皆の頭にくっ付いているPC機器のようなパーツが個人の能力を底上げしているみたいで、仕事ができる社員には頭部に基盤が刺さっていたり、こめかみにICチップが貼り付いているだけだが、ミスを連発する問題社員の場合、頭部全体が様々な機器で覆い尽くされてヘルメット状態。引継ぎを始めた途端、機器に備え付けられた冷却ファンが高速回転してLEDも激しく点滅、キュイィーーン、プシャッー!! と激しい音を立てて機器が全力で頑張りだし、いままでホワンとしていた彼の顔付きが目力あふれる凛々しい物に変貌、ほかの社員と同様素晴らしい能力を発揮してみせた。

 君……皆と同じレベルになるのに、そこまでブーストが必要だったの……。


 業務の引き継ぎは、開始から一時間足らずで終了。 

 日々苦労していた仕事なのに……俺って無能……? と不安になるほどあっけなさであり、

「じゃあ、次の出社は三カ月後だな。お疲れ様」

 課長から連休前ぐらいの軽い挨拶をされ、あっさり帰宅を許されてしまった。


 狐につままれたような気分で会社を出る。

 まだ昼前であり、休憩だってこんなに早く取った事はない。すぐに杵丸へ電話したら、

「そういうモンなんですよ。半分側での活動を優先させる為に、半分出ちゃった人の周りには突発的に向ウが大量発生するんです。でもやっぱり梨園さんの場合はレアケースですね。普通はそのまま退職ですよ、休職なんて聞いた事ないですもん。じゃあ、明日9時、マカレナ前に集合しましょう。グラさんには僕が連絡しときます」

 これまた軽い感じの返答と共に、明日のスケジュールを決められてしまった。


 空を見上げると雲の間を巨大な鯨が泳いでいる。あんなモノが飛んでいる状況なのだ、休職ぐらいで騒いでいたらキリがないのかもしれない。

 俺は前向きに考え直し、飯でも食いに行くかと歩き出した。


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