第9話 何だかちょっとWikipedia 1

 テーブルの上には食べ終わった後の皿やどんぶりが並び、客の話し声や注文を通す店員の声で賑やかな、ごく普通、なんの変哲もない昼時の町中華。

 でもチャーハンと餃子を食いつつ、俺が杵丸に聞かされた話は全くもって普通じゃなかった。


「半分側では役所や警察の代わりに『半出局はんできょく』と呼ばれる行政機関が統治を行っています。彬﨑さんは半出局の職員です」

「統治……!? えっ……!? そんなガッツリ社会が形成されてる感じなの……?」

「はい。僕も元職員です。彬崎さんは僕の上司だった人で、サプライズでわざわざ棺桶を入れに来てくれました。部下思いの本当に良い人なんですよ、彬﨑さんは」

 サプライズだと……? 誕生日のケーキじゃないんだから……。しかもなんで俺の腹へ入れた……? 杵丸の腹に入れろよ……。

「あの意味不明な儀式は一体なんだったんだ?」

「それはですね。まず始めに、梨園さんって棺桶の他にも妙な光景を見たり、妙な体験をすでにしてますよね?」

「金色に光る奴とか、雨雲乗せた奴を見たよ。グラさんが妙な行動をしても、他の人達には全然認知されないってのも知ってる」 

「半分側でしか認知できない物や現象、存在を『ムコウ』って呼びます。グラさんも向ウですし、あの女の子が引きずっていた棺桶と鎖も向ウです。普通の世界の向う側にある存在、ってのが語源なんですけど、向ウは様々な力を持っているので、それを利用すれば普通側ではありえない事ができます。半出局では向ウを利用して予知のような事もやりますから、彬﨑さんは今回の出来事を前もって知っていました」

 予知……だと……。ここは本当になんでもアリなのかよ……。 

「向ウは人や物に付随した形で出現するんですけど、向ウを半出局の許可なく取り外したり、消去したらダメなんです。半令違反、つまり法律違反ですね」


「まさか、あの鎖……外したらダメなヤツだったのか……?」

「思いっきり半令違反ですよ。取り外した向ウは放置できないので、半出局の権限で梨園さんのお腹へ入れたんです。それにより梨園さんは棺桶の新しい所有者となり、半出局から犯罪者と認定されました。彬﨑さんが言った通り、今回の執行猶予期間は三カ月です」

「はぁっ!? 俺って、犯罪者になっちゃったの!?」

 女の子の鎖を外そうと提案した時、グラさんが妙に躊躇していたのは違法行為だったからか……。どうして先に言ってくれないんだ……。

「でも執行猶予付きって事は、三カ月大人しくしていれば、罰せられずに済むって事だよな!?」

「いいえ。半分側の執行猶予ってのは普通側と違って『期間内に罪を償えば刑は執行されない』という制度です。だから梨園さん。今日から三カ月の間に、頑張って罪を償いましょう」

「嘘でしょ………」 


 そんな衝撃的な事実を「酢、取ってくれよ」「550円でこのボリュームは安いですよね」「えっ、梨園って餃子のタレにラー油入れねぇの?」等々、どうでもいい会話を挟みつつ明かされたのである。

 訳の分からない状況に陥って困り果てていたら、知らぬ間に犯罪者になっていた……。ホラ話も大概にしろと笑い飛ばしたくても、朝から立て続けに起きている意味不明な出来事を考えれば十分にあり得る話だし、グラさんと杵丸のごく当然の事として話す様子が、物凄くリアリティーを感じさせてくる。

 とにかく今は情報が欲しい。取り急ぎ知りたいのは罰の内容だ。罰金、懲役、どんな無茶を言われるか分かったモンじゃない。


 平静を装い、杵丸に俺は何をされるのか、詳細を尋ねたところ……。

「罪の重さに応じて、半出局が一定期間『追戻し』をするんです。追戻しってのは、半分出ちゃった状態から普通の状態に戻される事で、半分側での出来事は全部忘れて、普通の生活を送る事になります。追戻しの期間が終了すれば再び半分出ちゃいますけど」

「えっ……それって、今まで通りの生活に戻れるって事じゃないの……? 一体それのどこが罰なんだ? 俺は今すぐにでも戻りたいぐらいなんだけど……」

「梨園さんはそうかもしれませんけど、普通の半分出ちゃった人達にとっては人生終了とほぼ同じ仕打ちです。それに、あの女の子を見捨てる事になりますよ」

「何でだよ!? 俺が犯罪者になったおかげで、あの子は元気になったんじゃないか。むしろ良い事をしただろ」

「棺桶の所有者は梨園さんになった。さっきそう言いましたよね。普通側に戻る時、梨園さんの所有している向ウは放棄され、前の持ち主の元に帰ってしまうんです」

「つまり……あの女の子がまた棺桶を引き摺るハメになるって事か……」

「いいえ。放棄された場合、向ウは以前の持ち主に多大な影響を及ぼします。ゴムをイメージしてください。女の子と棺桶が見えないゴムで繋がっている感じです。今現在、梨園さんが棺桶を引き取った事により、ゴムは思いっきり伸びた状態になってます」

「それで、俺が棺桶を手放すと……?」

「ゴムが縮み、棺桶が女の子の元へ勢いよく帰っていくので、大変な事体になります。普通の状態であんなに苦しんでいたんですから、最悪の場合、命にかかわるレベルの……」

「待て、待て、待て、ちょっと待て! じゃあ何か!?、俺は元の世界に戻れない上に、執行猶予の三か月以内に罪を償わないと駄目って事か? 女の子が死ぬかもしれないのか!? 人質状態って事か!?」

「まぁ、そういう事になりますよね」

 最悪である。自分だけでなく他人まで巻き込むという、完璧に余計な事をしてしまった……。

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