第8話 ソレは責任もって持ち帰りましょう

 そこに立っていたのは、くたびれたスーツ姿のお爺さん。やたら体格のいい、作業着の男を両脇に1人ずつ従えており、男達の胸板は俺の倍以上、腕は丸太みたいに太くて目付きが異常に鋭い。

 暴力の気配を感じて咄嗟に身構えたのだけれど、

「彬﨑さん!!」

 杵丸が嬉しそうな顔でお爺さんの元に走り寄ったのを見て、心底ホッとした。 

 どうやら奴の知り合いみたいだ……。これ以上何か起きたら身も心も持たない。PTSDを抱え込むハメになってしまう。いや……もう手遅れかもしれないけど……。


 彬﨑さんと呼ばれたお爺さんは、人の良さそうな笑みを浮かべて杵丸と一言二言喋った後、

「代表の方はどちらでしょうか」

 穏やかな口調で妙な事を聞いてきた。

 代表……? 返答に困ってふと横を見たら、申し合わせたようにグラさんと杵丸が俺の事を指し示しており、

「何の代表だよ」

 そう言って俺が笑った次の瞬間だった。

 作業着の男達に両脇から腕をギュッと掴まれ、

「えっ……。何……?」

 突然の事態に困惑していると、彬﨑さんが巨大な棺桶を「どっこいしょ!」ちょっとした荷物レベルで地面から軽々持ち上げるや、先端部分を俺の腹に押し当ててきた。

 

 お爺さんとは、いや、人間とは思えない怪力に衝撃を受けたが、問題はその後だ。あろう事か棺桶がトコロテンの棒よろしく、腹の中へ何の抵抗も無く入り始めたのである。

 どういう事!? 馬鹿でかい棺桶が服の上から腹にグングン吸収されていく!

 悪夢を見ているようだった。痛みは無い。痛くはないけど麻酔を打った時みたいに、鈍い感覚の先で何かとんでもない事の起こっている実感がある。

 体を捩って逃れようとしても、両脇から男達にガッチリ固定されているから身動きがとれず、半分ぐらい棺桶が入ったところで腹の中を手で掻き回されるような気色悪い感覚に襲われ、俺は思わず嗚咽した。

 

「ちょっと待って!」の懇願と嗚咽が混ざり合った、「チョォーッグエッ! チョォーッグエッ!」と鳥の鳴き声みたいな奇声を発しているうちに棺桶は腹の中へ全部入ってしまって、掴まれていた腕を唐突に放された。

 ジタバタと足を振っていたから盛大な尻もちをついて地面に落下。すぐシャツをめくって被害状況を確認したのだけれど、腹には傷も痣もなく、気持ちの悪さや吐き気もきれいさっぱり消えている。

 一体何なんだ!? この嫌すぎるイリュージョン!?

 棺桶を人の腹へ突っ込むとか、正気の沙汰じゃないぞ!!

 

 シュール極まりない暴行に呆然となった俺の事は完全放置。グラさんと杵丸、彬﨑さんの三人は楽し気に談笑を始めており、しばらくすると彬﨑さんが鞄から書類を取り出し、それを事務的な口調で読み上げ始めた。

「今回、刑の執行猶予は三ヶ月です。異議申請は今日から十日以内に半出局へ、この地区を担当する支局長の承認を受けた上で行なってください。追戻し行為に関して禁止されている、もしくは、それに該当する行為があったと半出局が見なした場合、執行猶予は取り消され、即日、刑は執行されます。以上で移管と告知は終了です」

 彬﨑さんは深々と頭を下げると、簡単な挨拶をして男達と共にどこかへ行ってしまった。


 あっと言う間の出来事であり、情報量が多すぎて全く理解不能、地面に座り込んだまま、俺は依然として抜け殻状態。

 その横でごく普通にグラさんと杵丸が会話している。

「無事終わったな。それじゃみんなで飯でも食いに行くか?」

「いいですね、何食べに行きます?」

「駅前に宝珍ってラーメン屋があるんだけどよ」

「あっ知ってます。行った事ないですけど、気になってました」

「店の雰囲気がいいんだよ。年季入っててな」

 

 もう我慢の限界だった。

 頭の中で何かが弾け飛ぶ感覚があり、俺は半狂乱になって叫ぶ。

「いやいやいやいやいやいや!!」

「おい急にどうしたッ!? お前、そんなに麺がイヤなのか!?」

「米って気分ですか!? でもあの店、定食もチャーハンもありますけど……」

「やかましいっ!! 麺とか米とか、そういう事じゃねぇッ!! いきなり棺桶突っ込まれるとか、そんな事ありえねぇだろ!! 俺の腹はどうなっちまったんだ!? あいつらは何者だ!? お前らはどうして平然と飯の話ができるんだ!? これは一体どういう事なんだよッ!!」

 俺が自分がいかに理不尽な扱いを受けたか、いかに驚いたか、それを全身全霊でぶちまけたのだけれど、

「え……!? 『どういう事』って……。逆にどういう事ですか……?」

 なぜか杵丸の方でも驚きの表情を浮かべて目をまん丸く見開くという、妙な反応を示している。

 二人してポカンと口を開けたまま見つめ合い続け、流れる妙な沈黙。


 見かねたグラさんが間に割って入り、杵丸をなだめるように解説し始めた。

「梨園はよ、今日半分出ちゃったばかりなんだ。理由は分からねぇが、半分出ちゃったくせに、半分側の事を何一つ理解できてねぇ。悪いんだけど、杵丸から梨園に、一から説明してやってくれよ」

「ええっ!? 半分出ちゃってるのに、理解できてないって……。そんな事あります!? って言うか、理解できてないのにむこウを回収しちゃったんですか!? 半分出ちゃった初日に!? 普通側に顕現したあんな馬鹿デカいむこウを!?」

 杵丸は興奮気味に早口でまくし立て、怪物でも見るような目を俺に向けてきたと思ったら、頭のてっぺんからつま先まで俺の周囲をぐるぐる回りながら詳細に観察し始め、只ならぬ表情で真正面に立った。

 無言のまま小刻みにプルプル震え出し、何かに怒っているのか、いきなり殴られるんじゃないのかと俺が怯えていると、

「半端ないッス!! めちゃくちゃ凄いじゃないですか!!」

 大声を上げて俺の両手を握りしめてきた。

「そうなんだよ、こいつ凄いんだよ」

 それに同調して、何がおかしいのか大爆笑し始めるグラさん。

 

 心臓に悪いから妙なタメを作るのは止めて欲しい。あと、状況が全然理解できていないのに「凄い! 凄い!」と騒がれたって嬉しい事なんかこれっぽっちも無い。逆になんか腹立たしい。

「ほら、立ち話もなんだ、飯を食いながら説明するって事でいいだろうがよ!」

 反論する間もなくグラさんの一声で駅前のラーメン屋へ向かう流れになったのだけれど、説明してもらったところで何も解決しないんじゃないか、そんな嫌な予感しかなかった……。

 

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