第7話 初めての共同作業となります 3

「UFOでも見つけたんじゃねぇか」

 グラさんの言葉で女の子の目線を追ったけれど、その先には雲一つない青空が広がっているだけ。

 再び着信音が鳴り響き、驚いた表情のままロボットみたいな硬い動きで女の子はスマホを耳にあてた。

 しかし一言も喋らず、ずっと無言。

 明らかに様子がおかしい……ひょっとして、俺達のせい……?

 

 またやらかしてしまったのではないかと、心配がピークに達した頃、ようやく女の子が声を発してくれたのだが――

「私、会社を辞める事にしました」

 えっ……!? 急に何言い出してんの……!?

「もしもし、聞こえてます? もしもーし。聞こえてますかー?」

 通話相手は上司だろうか……。絶句しているに違いない。そりゃそうだ、俺達だって絶句している。

「もう一回言いますから、よく聞いてくださいね」

 固唾を飲んで、じっと耳をすます。

「たった今、会社を辞める事に決めました。だから会社には戻りません。……えっ、責任……? 課長は私に、部下の取れなかった責任は全部自分で取れって、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日言っていましたよね……」

 そこまで言うと、女の子は“スゥー”と息を大きく吸い込み始めた。

 そして……。


「部下の私が取れなかった責任は、オメェが全部取るに決まってるだろうがァァァッ!! テメェの言った事ぐらい実行しろやッ! お疲れさんッッ! 糞ジジィィィィ――――ッ!!」

 

 絶叫と共に手に持っていたスマホを投げ放った。いや、投げたなんて生易しいモノじゃない。発射だ。ミサイルの如く女の子の手から凄まじい速度で発射されたスマホは、猛烈に回転しながら向かいにあったビルの壁面を直撃。

 パァンと火薬が爆ぜたような破裂音を周囲に響かせ、スマホは木っ端みじんに砕け散った。パラパラと道路に残骸が降り注ぎ、何事かと通行人達が足を止めてザワつく中、

「うぉっしゃァァァァァッ――――!! うぉっ!! うぉっ!! うぉっしゃァァァァァッ――――!!」

 女の子は大股を開いたあられもない恰好で、野太い雄叫びを何度も何度も上げ始めた。

 クレイジー極まりない行動の連発に恐怖を感じて怯える俺達。

 

 その上あろう事か、雄叫びの発声に合わせて女の子の体が眩く点滅し始めたのである。

「おい、おい……。まさか爆発とかするんじゃねぇだろうな……」

 グラさんが不吉な事をボソッと言ったが、確かに「うぉっ! うぉっ! うぉっ!」の発声に合わせ、セルフタイマーみたいに点滅の間隔がどんどん短くなっており、何か起きそうな気配が尋常じゃない。

 逃げ出す判断を下す前に、点滅は目にも止まらぬ速度となり、突如、フラッシュのような激しい光が女の子の体から放たれた。


 終わった……。

 

 俺は固く目をつぶって全身に力を入れ、この後襲ってくるであろう爆風の衝撃に備えたのだが、一向に何も起こる気配が無い。

 恐る恐る目を開けてみると、自分の体は無事だし、周辺の景色も同じまま、爆発は起こっていないようだった。

 しかし、女の子の姿を見て度肝を抜かれた。

 疲れ果てて悲壮感の権化みたいだった今までの姿はどこへやら、表情は晴れやか、完璧に決まった髪型とメイク、パリッとしたスーツ、別人かと思うほど自信に満ち溢れた女の子の姿がそこにあったのである。


 彼女は「よしっ!!」力強い掛け声と共に大きな背伸びをして、何事も無かったかのように颯爽と歩き始めた。

 立ち姿の美しさと全身から溢れ出す大物オーラが相まって、すれ違う人達が全員、例外なく振り返って二度見している。

 俺もグラさんも杵丸も、あっけにとられて口をポカンと開けたまま、遠ざかっていく女の子の背中をただただ見送る事しかできなかった。


「呪いが解けた。みたいになってますけど……。あれ、一般の人も見てたから、普通側でも発生している出来事ですよね……」

 独り言のような俺のつぶやきにグラさんも呆然と答える。

「あぁ……。めちゃくちゃカッコ良くなってたな……。こんな事は滅多に起きないぞ。それほどまでに、半分側の影響が強かったって事なんだろうな……」

 杵丸はハッと我に返るなり、リュックから望遠レンズの付いたカメラを取り出すと、地面に伏せて『カシシシシシシシシシッッ』低いアングルで女の子の後ろ姿を連写し始めた。

 杵丸……それ盗撮ですけど……。って言うか君、いつもそんなゴツいカメラ持ち歩いてるの……?


 夢中で撮影を続けている杵丸は脇に置くとして、女の子に関しては大成功という事でいいんじゃないだろうか。無職になってしまったものの、元気があれば何でもできる。きっと次の就職先もすぐ見つかるに違いない。

 などと、自分に都合の良い総括を脳内で行っていたところ、

「お取込み中、申し訳ありませんが――」

 唐突に背後から声を掛けられた。

 

 今度は一体何事だッ!? 

 俺は警戒心剥き出しで振り返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る