第21話 再開 !! ゴリラ祭り in プレハブ 後編

 目の前へ縦置きされた、巨大な石碑みたいな棺桶。その分厚い蓋が重々しい音と共に開いて、中から現れたのは……。

「咲鞍様ァァァ――――!!」

 ライブ会場で推しの出てきた熱狂的ファンみたいに、思わずその名前を全力で叫んでしまった。漆黒のドレスに身を包んだ咲鞍様が、大量の鎖を引き連れて棺桶から悠然と歩み出てきたのである。


 俺のピンチを見かね、わざわざ出向いてくれたに違いない。咲鞍様の力を持ってすれば霧を消す事なんて朝飯前だ。最高のタイミングで最強の助っ人登場にテンションは急上昇。

 感激のあまり泣きそうになっていると、取り巻きの鎖がテーブルと椅子を棺桶から出してきて俺の近くへ設置。そこに咲鞍様がゆったりした動作で着席後、鎖は器用にテーブルの上へ純白の布を広げ、花、燭台、グラスをセッティング、続けてワイン、様々な料理を次々運んできた。

 

 何だかパーティでも始まりそうな勢いだったので、

「ちょっとすいません!! この霧のせいで足が動かないんですッ!! 早くあのゴリラを追戻ししないとマズいんです!! 助けて下さいッ!!」

 声を荒げて状況説明したら、グラスを回し、優雅な仕草でワインを堪能しつつ、咲鞍様は妙な事を口にした。

「助ける……? そんな事をしたら、せっかくの余興が台無しではないか」

 言葉の意味が分からず聞き返そうとしたのだけれど、咲鞍様の眼差しが余りにも冷たくて、俺は思わず言葉を呑んでしまった。


「私が与えた力で、貴様はあの獣を追戻しできる可能性を得た。だがあと少しの所でその可能性は消滅。蛮勇を以て何の見返りも求めず、身の丈に合わぬ借財と己の人生を捧げたにもかかわらずだ……。現実という物は、なんと容赦ないモノなのだろうなぁ……」

 そう言って、再びワイングラスに目をやる咲鞍様。

 そして――。

「なぁ、教えてくれ。貴様は今、一体どんな気持ちなんだ……?」


 心底愉快そうな軽蔑の表情を見た瞬間、とんでもない勘違いをしていた事にようやく気付いた。咲鞍様は俺を助けに来たんじゃない。俺の失敗する様を嘲笑いに来たんだ……。ご丁寧に酒と肴まで用意して……。

 マジで性悪クソ女じゃないか!!


 俺は怒りに任せ、踵がちぎれても構わない、それほどの勢いで自分の足を何度も引っ張った。

「貴様はあの娘を助ける為、覚悟を決めたのではない。不幸な結末から目を背けていただけだ。フフッ。こうなる可能性は最初から存在していたのだ、受け入れなければ駄目じゃないか。フフフッ……。私は何か間違った事を言っているかな? フハハハァッ!!」

 俺が必死に足掻くほど咲鞍様はご機嫌になっていき、言葉の節々で堪えきれずに笑いが漏れてしまっている。


「むんみぃぃぃぃいいいい!!」

 悔しさの余り奇声を発し、狂ったように足を引っ張りまくったら、

「ブッーーーー!! ハハハハハハッ!!」

 その様子がツボに入ったらしく、咲鞍様は顔を真っ赤にして大爆笑。

 怒りで気持ちを奮い立たせて頑張っていたものの、床から足の離れる気配は全くなく、心が折れそうになってきたその時。

「やめろ!! 俺を前に押し出そうとするんじゃない!!」

「年功序列ですって!! 年上がっ!! 年上が先ですよっ!!」

 グラさんと杵丸の言い争う声が聞こえてきた。


 見るとデビルゴリラに怯えた二人が、ピッチングマシーンにしがみ付いたまま互いの背後に隠れようとしている。額に押されたハンコの効果でピッチングマシーンから離れられないのか、デビルゴリラはもう目と鼻の先だと言うのに、二人はわちゃわちゃと醜い小競り合いに夢中だった。


「グラさん後ろォーー!! 後ろにゴリラが来てるゥーー!!」

 俺の警告でグラさんが事態に気付いた。

 咄嗟にピッチングマシーンを構えて、

「ゥテッ!! キィネマルゥ!!」

 裏返った掛け声をグラさんは発したのだが、それに反応した杵丸がデビルゴリラに向けて水晶玉を発射。練習の成果あって見事な連携を繰り出したものの、動揺していたグラさんはピッチングマシーンの狙いをしっかり定めていなかった。

 発射された水晶玉はデビルゴリラに当たる事なく、流れ弾となってプレハブ内を飛翔、そしてあろう事か……。

 大爆笑中だった咲鞍様の後頭部を直撃したのである。

 

 コンクリートの壁をハンマーで叩いたような物凄い音がして咲鞍様の頭部がガクッっと前方に垂れ下がった。俯いた姿勢で微動だにしなくなってしまい、突然の出来事に俺は絶句。嫌な静けさが辺りに張り詰める中、咲鞍様の頭からずり落ちた水晶玉の落下音だけが辺りに響いた。

 

「だ……大丈夫ですか……」

 余りの痛々しさに思わず声を掛けてしまったのだが、咲鞍様はお経でも唱えるかのように、

「ぉざまぁ……ぃなっ……ごぎぉ……にあァ……」

 髪を振り乱したままブツブツと何言か呟き出しており、ホラー映画級の不気味さ。

 バチが当たったとしか思えず、同情の余地は0なのだけど、これで咲鞍様に助けて貰える可能性は完璧に消滅してしまった……。

 きっとデビルゴリラはグラさんと杵丸を襲う際、ピッチングマシーンも破壊してしまうだろう。その後は俺の番だ。地獄のような責め苦を再び味わわされた上に、莫大な借金と消えない不幸を背負う事になるのだ……。


 余りのお先真っ暗状態に、膝から崩れ落ちてしまったその直後。

 突如として、全身ビリビリ振動するほどの凄まじい咆哮が響き渡ると同時、天変地異の如き大暴風が吹き荒れ始めた。

 テーブルと雑多な品々が物凄い速さで目の前をすっ飛んでいき、プレハブ全体が激しく軋む。足が固定されてなかったら俺も吹き飛ばされて壁に叩き付けられていたであろう、尋常じゃない大暴風だ。 


 何事かと咄嗟に床へ伏せて周囲の様子をうかがったら、白目を剥いた咲鞍様が天を仰いで雄叫びを上げており、先程までの高貴な雰囲気は微塵も無く、血管を肌に隙無く浮かばせて怒りに満ちた、この世のモノとは思えぬ狂暴な存在感を大暴風と共に全身から発していた。

 デビルゴリラだけじゃなく、さらにもう一匹、別の怪物が誕生しちゃったじゃないか……。

 

 咲鞍様は咆哮を終えると、怒りが頂点を越えてしまったのか、能面みたいな無表情で周囲を見回した。犯人を探しているのであろう只ならぬ気配に恐れおののいていると、鎖がプレハブの隅から拾ってきた水晶玉、それを鷲掴みにするなり、

「貴ッッッ様ァァァアアアアア!!」

 突然の感情剥き出し、野獣のような荒々しいフォームで力任せに投げ放った。


 水晶玉が凄まじい速度でグラさんの頭部へ命中、ライフルで狙撃されたようにグラさんはその場に卒倒。咲鞍様はヒールの音を高々と鳴り響かせて走り寄るや、掴み起こしたグラさんの顔面を殴り付け、遥か彼方へと吹っ飛ばした。驚いて悲鳴を上げた杵丸にも回し蹴りを喰らわせて、同じ方向に吹っ飛ばす。


 鬼神の如き殺気を放ち、憤怒の表情で咲鞍様はその場に立ち尽くしていたが、獲物を横取りされたと怒ったのか、傍らにいたデビルゴリラが自分の胸を激しく叩いて威嚇し始めた。

 水晶玉の効果が切れたようでデビルゴリラは朦朧としておらず、ピンクの霧を全身に纏った怪物そのものの姿、その身長は咲鞍様の倍以上。

 怪物VS怪物。さすがの咲鞍様もあのデビルゴリラが相手だと、ただでは済まないんじゃないだろうか……。そして、こんなアリーナでその戦いを見せられる俺も絶対にただじゃ済まない……。

 どんな刑罰だよこれはッ!!


 そう思っていたのだけれど……。

「やかましいッ!!」

 一喝すると同時、目にも止まらぬ速さで咲鞍様がデビルゴリラのみぞおちに拳を叩き込んだとたん、ピンクの巨体は力なく床に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなってしまった。


 まさかの瞬殺だった……。

 本当に瞬き一つする間にデビルゴリラを鎮圧してしまったのだけれど、咲鞍様の怒りは収まるどころか増しており、再度発し始めた咆哮のせいでプレハブが倒壊しそうなほど振動している。さっきとは比べ物にならない激しい咆哮だ。

 このままだと、プレハブごと潰されてしまう!!


 デビルゴリラが倒されたからか、霧は消失して足の拘束が解けていたので床を這いつくばり、飛ばされずになんとか出口まで辿り着く事ができた。

 しかし、あろう事かシャッターが開かない。


「開けてくれ!! プレハブが潰れる!! 出してくれ!!」

 シャッターをガンガン叩いて必死に助けを求めていると、今度は稲妻のような閃光がプレハブ内に迸った。

 咲鞍様がついにビーム的な物まで出し始めたのかッ!? 驚愕して振り返ると閃光は咲鞍様ではなく、プレハブの天井、その四隅から放たれており、閃光を受けている咲鞍様の表情が苦悶に歪み、体がどんどん押し屈められている。

 どうやら閃光は咲鞍様を拘束しようとしているらしい。プレハブの非常システム的な物だろうか……。それはありがたい!! でも、そんな仕掛けが作動できるなら、まずシャッターを開けてくれよ!! とりあえず俺を外に出してくれよッ!!


 小さく丸まった劣勢の咲鞍様が、地の底から響く恐ろしい声で、

「こんな物で、私が封じられると思っているのか……。どこまでも舐め腐りおって……。人間風情が……」 

 憎々しく呟きながら、閃光に抗って強引に立ち上がろうとし始めた。それを阻止せんと閃光の勢いは一層激しさを増し、咲鞍様と閃光の間で力比べのような拮抗状態が発生。


 外へ脱出できない以上、咲鞍様を鎮圧してもらうしか俺の助かる道はない。

 頑張れ閃光!! 行けッ!! 押し切るんだッ!!

 俺は全力で閃光側を応援していたのだが、

「ぐぉあああああああああああああ!!」

 咲鞍様が力の全てを解放するかの如く、絶叫と共に体を大の字に開いて立ち上がったとたん、閃光は一気に押し返されてしまい、凄まじい地響きと突き上げるような激しい縦揺れがプレハブを襲った。


 鉄骨の軋む音が断末魔のように響いてプレハブ崩壊はもう目前。でも逃げ場なんてどこにもない。頭を庇ってうずくまり、

「助けて! 助けて! 助けてくださぁぁぁぁい!!」

 怯えてひたすら叫び続けたが、あらゆる脅威が一段と激しさを増して状況はどんどん悪化。これは絶対死んだ、そう確信して自分の一生が走馬灯のように脳内で再生され始めた矢先の事……。

 突然、今までの騒ぎが嘘みたいに、辺りがシンと静まり返ってしまったのである。

 

 あれ……。助かった……のか……?

 うずくまったままの状態で周囲の気配を探っていたのだけれど、何だか様子がおかしい。すぐ近くを車が通過していったし、チュンチュン鳴く雀の声がやけにハッキリ聞こえてくる。

 覚悟を決め、恐る恐る顔を上げて驚愕した。

 陽の光が目に眩しく、吹き抜けていく風。

 どういう訳か俺は屋外にいた……。

 

 道路を挟んで目の前には住宅街が広がっており、犬の散歩をしている人や、買い物帰りの人が歩いている。

 どこか別の場所に飛ばされたのかと思ったが、地面は同じフローリングだし、大の字で立ち尽くしている咲鞍様、固定されたピッチングマシーン、その脇で倒れているデビルゴリラ、端っこでボロ雑巾みたいに重なり合っているグラさんと杵丸の姿も見える。どうやらプレハブの壁と天井だけがそっくり無くなってしまったらしい……。

 どこに消えたのだろう……? 破片も残さず粉々に砕け散ったのか……?


 何気なく見上げた空にその答えはあった。

 プレハブの天井と壁がそっくりそのまま、打ち上げロケットよろしく空を飛んでいたのである……。

 雲を突き抜け、ぐんぐん上昇していく箱の蓋みたいな長方形の巨大物体。プレハブの上部分は咲鞍様の力で床から千切れ、飛んで行ったのだ。

 スケールがデカ過ぎてあきれるしかない……

 口を開けてその光景をぼんやり眺めていたら、プレハブはどんどん小さくなり、銀色の点となって、そのまま見えなくなってしまった。

 

 ふと我に返って旧プレハブ内に目をやると、元凶である咲鞍様は流石に消耗が激しかったようで、ドレスは所々破けて顔は煤だらけ、髪は逆立ってボサボサ、コントの爆発後かよ、と言いたくなるほどの大変分かり易いダメージを負っている。

 よろめいて今にも倒れそうだったので、距離を詰めながら様子を見ていたら案の定、脇にあったピッチングマシーンに蹴つまづいた。


 とっさに駆け寄ってその体を受け止めたところ、

「余計な事をするんじゃない!!」

 咲鞍様は急に目を見開いて激高、猫のように「シャーッ!!」と唸って俺を威嚇した後、八つ当たりするかのようにピッチングマシーンをいきなり蹴り始めた。


 一蹴りごとにピッチングマシーンがバラバラに破壊されていくほどの、とんでもないキック力。

「アンタ!! 何やってんだッ!! その機械2,000万するんだぞッ!!」

 咄嗟に咲鞍様の体を掴んでピッチングマシーンから引き離そうとしたら、

「やかましいっ!!」

 カウンター気味に強烈なビンタを見舞われた。  

 凄まじい衝撃が頬を突き抜けて、自分の体が宙を舞った所までは覚えている。

 これを理不尽と呼ばずして、一体何を理不尽と呼ぶのだろう……。そう思ったのを最後に俺は意識を失った。

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