第20話 再開 !! ゴリラ祭り in プレハブ 中編

 プレハブに到着すると昨日同様、デビルゴリラは10,000の数字を浮かべて眠っていた。

 それを横目に毒沼が、射程距離であるデビルゴリラから20メートル離れた位置にピッチングマシーンを固定し、操作方法をグラさんと杵丸に説明する。その時に濱さんからこっそり聞かされたのだけれど、作戦が始まると額に押されたハンコの力で二人はピッチングマシーンから離れる事ができなくなるらしい。だから、任務放棄して逃げ出す心配はないそうだ。

 そして現地での最終的な作戦説明を受けた後、プレハブ内には俺、杵丸、グラさん、デビルゴリラだけが残された。

 

「よしっ! 予行演習をするぞ!」

 グラさんがやたらテンションの高く、俺と杵丸に激を飛ばして来る。

「練習だからって気を抜くなッ!! しっかり頭の中でイメージするんだ!! まずは梨園がゴリラの数字を1,000に減らして『今だッ!』と叫ぶ。そしたら俺がピッチングマシーンでゴリラを狙い『良しッ!』っと合図するから、最後に杵丸が『行けッ!』と叫びながら水晶玉を発射して終了だ。いいな! 各自配置に着けッ!!」

 

 鬼軍曹みたいな気合の入りようだけれど、額に赤文字で大きく『的』って書いてあるものだから、悪ノリしている酔っ払いにしか見えない。 

「とにかくイメージが重要だからな!! 人生と同じだッ!!」

 本当に酒を飲んでるんじゃないのか? 妙な事を言い始めた……。それに、デビルゴリラへ水晶玉をぶつけた後の予行演習はやらないのかよ……。

 

 そんな俺の懸念をよそに、

「了解ッ!! 人生と同じですッ!! 頑張りますッ!!」

 杵丸も、グラさんに負けず過剰な気合の入りっぷりだ。

 自分がゴリラに狙われると分かったとたん、この変わり様。なんて分かり易い奴らなのだろうか……。


 やる気が無いより何倍もマシだけれど、練習なのに「今だッ!」などと叫ぶ気にはなれず、棒読みで「イマダー」と言っていたら、「馬鹿にしているのか?」「照れるような年齢じゃない」「そういう所が小物」などと二人からコテンパンに罵られた。言い過ぎじゃないのか……容赦ない……。


 何度も演習を繰り返しやらされた後でグラさんから、

「こんな所だな! よっしゃ! 本番開始するか!」

 ようやくGOサインが出た。

 俺達は円陣を組んで、 

「絶対にゴリラの追戻しを成功させるぞ!!」

「おう!!」

 気合を入れなおした後、

「頼んだぞ! 梨園!」

「梨園さんならできますから!」

 二人の声援を背中に受けつつ、俺はデビルゴリラの元へと向かった。

 

 不確定要素が多すぎるから実際にやってみるしかないだろう。そして正直な話、一人じゃなく、一緒に戦ってくれる仲間がいるって事がめちゃくちゃ心強い。二人に感謝しつつデビルゴリラの背後に屈み込み、背中押しを始めたところで俺は驚愕した。

 すっかり自分の手が電マになっている事を忘れていたのだけれど、デビルゴリラの背中へでっぱりを押し付けた瞬間に左手が振動、そのおかげで猛烈な連打が勝手に始まったのである。


 咲鞍様がこの力を俺に授けた時、どうしてあんなに得意気な顔をしていたのか、その理由が今ようやく分かった。

 とんでもなく楽だ。ただ手を押し付けているだけで、どんどんデビルゴリラの数字が減っていく。画期的にもほどがある。こんなに便利な能力を与えてくれたのに文句を言ったのだから、そりゃ咲鞍様が般若みたいな顔で怒るのも当然だ……。


 あっという間に5,000番台が終了、デビルゴリラが寝返りを打ち始めた。しかし手押し作業に比べたら楽勝すぎてアクビがでる。デビルゴリラの攻撃を軽やかにかわしながら順調に数字を減らしていき、

「もうすぐ1,000ですよ、準備はいいですか!」

 俺がピッチングマシーンを構えている二人に向かって大声で尋ねると、

「大丈夫だ! ドンと来いっ!」

 気合入ったグラさんの叫び声が返ってきた。


 もうここまで来たら、やり切るしか無い。

 値が1,000を切った!

「今だァァァァァッ!」

 全力で叫び声を上げるのと同時、ピンクの霧が周囲に立ち込めて、霧に触れている俺の体は中腰のままガッチリと固定、デビルゴリラが憤怒の表情で仁王立ちになった。

 昨日の悪夢再来だ。全身を粉々に砕かれたトラウマ級の惨劇が、脳内へ鮮明にフラッシュバックして猛烈に怖いッ!! 死ぬほど怖いッ!! 頼むから早くやってくれッ!! 早くッ!! 早くッ!! 早くッ!!

 

 グラさん達の様子は見る事ができないから、発狂寸前でひたすら早く早く念じ続けていると、予行演習通り「良しッ!!」というグラさんの緊迫した掛け声に続き「行けッ!!」という杵丸の叫び声が聞こえた。

 そして――

 スパァァァァーーーーンンンッッッ!!

 水晶玉が発射されたのであろう、軽快な音がプレハブ内に響き渡った。


 ピッチングマシーンには簡易的な照準が付いており、毒沼は「一発撃ってみて、外れた分だけ発射角度を上下左右にずらせば、そのうち当たるでしょ」などとアバウトな事を言っていた。つまり、数打ちゃ当たる戦法なのだけれど、水晶玉は全部で3発しか無いのだから、1発の重要性がめちゃくちゃ高い。

 そして、ハンコの効果でデビルゴリラはグラさんと杵丸を敵として認識する手筈になってはいるが、俺が襲われる可能性も0ではないと濱さんに警告されている。水晶玉を3発使い切る前に、デビルゴリラにぶん殴られて強制終了という事態だって十分にあり得るのだ。


 当たれ!! 当たれ!! 当たれ!!

 ギャンブルで全財産を突っ込んだ人みたいに、当たれ当たれと全身全霊で祈りを捧げ続ける俺。

 すると……。

 シュルシュル風を切る物体の飛翔音が聞こえたと思ったら、まさかまさかの、デビルゴリラのこめかみへ水晶玉が直撃。


「よ……よっしゃぁあああああーーーーーーッ!!」

 俺が歓喜の雄叫びを上げる中、衝撃で粉々に砕けた水晶玉の破片が、キラキラと眩い光を放ちながらデビルゴリラの周囲に飛び散った。

 破片は見事、ピンクの霧を相殺するように消滅させていき、霧で固定されていた俺の体に自由が戻っていく。


 一方デビルゴリラは脳震盪を起こしたのか、よろめきながら周囲を見回した後、グラさんと杵丸の方に向かってフラフラ移動を始めた。

 文句の付けようが無いほど、完璧なまでに計画通りだ。

「お、おいっ!! ゴリラがこっちに来るぞぉぉぉ!!」

「梨園さんッ! 早く止めを刺して下さい!!」

 グラさんと杵丸が怯えた声を上げている。

 デビルゴリラの上に浮かぶ数値は985。

 あとは弱ったデビルゴリラに背後から近付いて、残った数値を0にすれば追戻しは完了。

 この勝負もらった!!

 意気揚々と立ち上がった俺はデビルゴリラに止めを刺すべく、気合の入った一歩を踏み出そうとした。

 ところがである。


 ピンクの霧は全て消えた訳では無く、デビルゴリラの周辺のみ消失していたのだが、俺の左足、踵の先端が残った霧に触れていた。ほんの少ししか触れてないのに、足の裏全体が床へしっかり固定されてしまっている。


 全力で足を引っ張ってみたがビクともせず、靴を脱ごうとしても、足自体が上がらないからそれも無理だ。

 自分の置かれた状況を理解して、俺は目の前が真っ暗になった。

 何て事だ……。せっかく水晶玉が当ったのに……。


 よろめきながらもデビルゴリラは着実にグラさんと杵丸の元へ近付いている。

「おいっ!! 梨園!! どうしたんだよ!!」

「梨園さんッ!! 何やってるんですか!!」

 二人は抗議の叫び声を上げていたが、俺にはどうする事もできない。


「畜生ッ!!」

 悪態をついて、何とかせねばとガムシャラに足を引っ張り続けていたら、突然右手が垂直に持ち上がった。驚く間もなく、勝手に大きく開かれた手の平から、何か巨大な物体が飛び出してきたのだけれど……。 あれ……これは、まさか……。 

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