第19話 再開 !! ゴリラ祭り in プレハブ 前編

 電車を乗り継いで濱さんの家の前へ到着。

 若干の緊張と共にインターホンを鳴らすとしばらくして、少しだけ開いたドアの隙間から訪問販売を受けるような仏頂面で濱さんが顔を出した。

「戻るのかい、残るのかい。戻るのなら、今この場で何もかも終了だ。残るってんなら……。それ相応の代償が伴うよ。アンタ、その覚悟はできてるのかい?」

 濱さんの言葉で、ここが人生の分岐点という実感が猛烈に湧いてきて震えたが、俺の気持ちはすでに決まっている。

「残ります」

 前もって準備していた言葉を返したところ、濱さんは無言で俺の顔をしばらく見つめた後、

「ついてきな」

 そう言って俺を家の中へ招き入れてくれた。


 後悔はない。ここまできたらやれるだけやってやる。

 俺なりに覚悟を決めて居間の襖を開けたところ、昨日のメンバーが揃い踏みで、鹿乃さんと杵丸は水晶玉を挟んで占いのような事を、グラさんは部屋の端で腕立て伏せをしていた。

 皆、俺の姿を見て一斉に近寄って来たのだけれど「おっ来た来た」「お疲れー!」などと、何だか雰囲気が凄くゆるい。

 今からみんなでメシを食いに行くみたいなノリだ。杵丸にいたっては、棒アイスを咥えている始末。

 そんな愉快なイベントじゃないでしょ……これ……。


 そして昨日のメンバーの他、部屋のド真ん中で見知らぬおっさんが一人座っており、俺の事を上目遣いで眺めながらニタニタ笑っている。

 グラさんより年は上だろう。伸びっぱなしの白髪、型の崩れたジャケット、斜めに傾いた眼鏡。お世辞にも小綺麗とは言えない風貌で、

「主役の登場って訳かい? へヒッ、ヘヒッ、へヒヒヒィ……」

 喋り方も見た目に負けず個性的。目を合わせて大丈夫な人なのだろうかと怯えていたら、濱さんがその怪しげなおっさんを紹介してくれた。


「この爺ィは毒沼どくぬまっていうんだ。見たくれは悪いけどね、金さえ払えばそれに見合った仕事はしてくれる、向ウ商人だ」

 商人……!? 向ウって売買してんの……? 

 それにしても凄い名前だ……。

「ドクヌマさん……? っておっしゃるんですか……?」

 聞き間違いかと思って直接聞いてみたら、

「おいおい! さん付けなんてやめてくれよ。毒沼って呼び捨てがあだ名だから、君も揃えてよォ! 本名は徳沼とくぬまって言うんだけどね、みんな毒沼って呼ぶんだよ。冗談じゃないよねぇ、イメージ悪いだろ。こんな善良な年寄りを捕まえてさぁ。キヒィッ、ヒヒヒィ、ヒヒヒヒヒヒィ……」

 異様に高いテンションかつ、動物の鳴き声みたいな、奇っ怪すぎる引き笑いが返ってきた……。

 確かに毒沼だ。まごうことなき毒沼だ……。


「じゃあ、さっそく始めようかねぇ。あなた達ちょっと手伝ってくれる?」

 毒沼が脇に置いてあった大きなスポーツバックをちゃぶ台の上に置き、中から機械の部品らしき物を次々取り出し始めたのだけれど、その一つ一つが異様にデカい。

 どう考えてもバックに入らないサイズの部品が、手品みたいに際限なく出てくる。バックか部品、もしくは双方が半分側の品物なのだろう。所々錆や泥が付いていたので濱さんの指示で新聞紙を敷き、グラさん、杵丸と共にせっせと床へその部品を並べていった。

 部屋の中に置ききれず窓を開けて庭も使用、結構な量の部品を並べ続け、工具と組立図が出てきたところで打ち止めとなった。 

 

 すると今度は、

「申し訳ないんだけど、君達で組み立ててくれる?」

 人使い荒い事この上ないが、こうなる気がしていたから文句は言わず、三人で素直に作業へ取り掛かった。基本的に部品を組み合わせてネジ止めするだけだったので、大量にあった部品はスルスルと順調にまとまっていき、庭先で完成したのは……。

 なんと、ピッチングマシーンだった。

 野球のバッティング練習で使用する、投入した球を勢い良く発射するアレである。

 一体こんな物、何に使うのだろう……。


 ピッチングマシーンの使用方法に一抹の不安を感じていると、鹿乃さんが近寄って来て、

「おっ! 完成したね! じゃぁ弾はこれを使って!」

 嬉しそうな声とともに、手に提げていたエコバッグを俺に見せたが、中身は空っぽ。

 弾……? どこにそんなモノがあるの……?


 不思議に思っていたら、鹿乃さんがエコバックに向けて手をパーの形に大きく開いた。するとあろう事か手の平から、ウミガメの産卵みたいに野球ボールサイズの水晶玉が、にゅるん、にゅるん、にゅるんと、三つ続けて出てきたのである。

「はいこれ!」

 産み立て(?)の水晶が三つ入ったエコバック、それを笑顔で俺に手渡してくる鹿乃さん。

 結構な重さがあったので、袋の底を手で支えると……あったかい……。人肌で妙に生々しい……。

 こういう突拍子もない事を当然の顔でやるのが、半分側の本当に嫌なところだ……。


 道具が揃った所で濱さんより、今回のゴリラ追戻し作戦、その概要説明が始められる事となった。

「いいかい。問題なのはゴリラの数字が1,000を切ってからだ。1,000を切るとピンクの霧が辺りに立ち込めて、霧に触れた者の動きを封じてしまう。でも逆にその時がチャンスなんだ。あのゴリラ、寝ている時は梨園の攻撃しか受け付けないけど、霧を出して立ち上がった後は無防備になる。その時、鹿乃の水晶玉をぶち当てて、ゴリラの力を抑え込む」

 そこまで言うと濱さんはまず俺に、

「アンタは昨日と同様、ゴリラの背中を押すだけだ」

 その後、グラさんと杵丸に向かって、

「残りの二人はピッチングマシーンの射程範囲、20mぐらい離れた場所で待機。数字が1,000を切ってゴリラが立ち上がったら、ピッチングマシーンを使って水晶玉をゴリラにぶつける。水晶玉がピンクの霧を無効化すると同時にゴリラの力を弱めるから、その隙に梨園が止めを刺して終了だ」

 前回同様、一人でゴリラと闘うものだとばかり思っていた俺は驚いた。

「えっ……。杵丸とグラさんも!? 今回は三人でやるんですか!?」

「一人でやって無理なんだから、三人がかりでやるしかないだろうが。念には念を入れて、これも使うよ」

 濱さんが記念スタンプのような馬鹿でかいハンコを持ってきて、スタンプ台で朱肉を付けると、杵丸とグラさんのおでこへ避ける隙も与えず、ポン、ポーン、そのハンコを素早く押印した。

 丸の中に『的』と書かれた赤い文字、それが何かの罰ゲームよろしく、杵丸とグラさんのおでこへクッキリと印された。控えめにいって、馬鹿丸出しの見た目である。

 

「これでゴリラは梨園じゃなく、この二人を襲う。簡単に言えば囮だね。こいつらが襲われている間に、梨園がゴリラを追戻しするって寸法さ」

「ちょっと待って下さい!!」

「それは聞いてないぞッ!!」

 杵丸とグラさんは揃って抗議の声を上げたが、濱さんが素早い動作でナイフを取り出し身構えたとたん、速攻で大人しくなった。


 負け戦だと思っていたけど、こんなに色々と準備してくれたのなら、勝機は十分にある。

 いける! あのゴリラを追戻しできるぞ! 

 俺は思わず心の中でガッツポーズしたが、同時にとある疑問が脳裏に浮かんできた。

 昨日これをやっていれば、俺は死ぬ思いをしなくて済んだんじゃないのか……?


「もっと早く用意しとけって顔だね」

 濱さんは俺の表情から不満を察したらしい。

「彬﨑の爺ィにアンタの面倒を見るように頼まれたワケだけど、あの爺ィには色々と借りがある。だからタダでアンタの世話をしてやったんだ。まぁ初回サービス、お試し期間ってやつだね。でもここからは有料だ。やるからには、少しでも成功の確率を上げていくよ」

 そうだったのか……。あのお爺さんには杵丸を通じてお礼を言う必要があるな……。ん……? 有料……?

「毒沼の出張費、ピッチングマシーン、水晶玉、その使用料でアンタの借金はすでに結構な額になってる。万が一、暴れたゴリラがピッチングマシーンを壊して機材を弁償する事になったら、さすがに返済するのはきつくなるからね。保険の意味合いも兼ねて、やれる事はやっておいたほうがいい」

 あれ……。今、とんでもないワードが聞こえたような気がしたけど、気のせいだよな……。


「聞き間違いだと思うんですけど……、今、借金って言いました?」

「言ったよ」

「まさか……この道具の使用料って、俺が払うんですか……?」

「そうだよ」

「い……いくらですか」

「800万」

「はっ……!? はっぴゃく……?」

「支払い期日は執行猶予の三カ月後だ」

「そんな金あるわけないじゃないですか!」

「それまでに払えなかったら、リボ払いで対応するから安心しな」

「リボ!? はぁ!? ちょっと待ってくだいよ! さすがに冗談ですよね!? 知らぬ間に借金背負わされるなんて……、そんな馬鹿な話無いですよね!!」


 衝撃の事実に驚いて詰め寄ろうとしたら、濱さんは手に持っていたナイフを何のためらいもなく俺の体へ突き刺してきた。

「痛っっっってぇぇぇええええ!!」

 向ウのナイフだから血こそ出ないものの、痛みは普通のナイフと何ら変わらない。俺は激痛にもんどり打ちながら地面を転げ回った。


「騒ぐんじゃない。アンタは力もコネも無いんだから、金とリスクでそれを補うしかないだろうが。誓って言うけどね、ボッタくっちゃいないよ、相場通り、なんなら良心的な価格さ」

「相場って……。どうしたら、800万なんて金額になるんですか!?」

「毒沼の出張費用が160万、用意したピッチングマシーンの使用料が300万、鹿乃の水晶が三つで240万、さっきのハンコが一押し50万、二押しだから100万、そんでピッタリ800万だ」

「て言うか、払うの俺だけじゃないですよね!? その800万ってグラさんと杵丸と三等分ですよね!?」

「債務が発生するのは代表のアンタだけだ」

「でたよッ!! また俺だけパターンだよッ!!」

「ちなみにピッチングマシーンをゴリラが壊したら、弁償代は2,000万だからね。気を付けな」

「に……2,000万!? えっ……何であの汚ねぇ機械が……、超高級車みたいな値段なんスかぁッ!!」

 次から次へと理不尽極まりない後出しの状況説明を受け、俺は天を仰いで叫び声を上げた。


「て言うか、ハンコ一押し50万ってどんな状態なんですか!? あっ、分かった!! これ円じゃないってオチだ! 800万ベトナムドンとか、そういう事だ! 円に換算したら数万円って事でしょ! なんだぁ、早く言ってくださいよォ!」

 勝手な解釈で救済を得ようとしたところ、捨てられた子犬を見るような眼を向けて濱さんが言った。

「あんた……。自分でも分かってんだろ……。円に決まってるじゃないか……」

「むんみぃぃぃぃぃぃッ!!!」

 事態を受け止めきれずに心が壊れてしまい、奇声を発する俺。

 次の瞬間だった。


「馬鹿野郎ッ!!」

 怒声と共に頬を殴られ、再び地面を転がる俺。

 何事かと驚いて顔を上げれば、そこには拳を握りしめた真剣な表情のグラさんが立っており、芝居がかった大げさな口調で突如熱く語り始めた。

「お前の目的は何だ!? あの女の子を救うって事じゃねぇのか!! 俺はそんな決意でやって来たお前を見た時、ハンパねぇなコイツは。他の奴とは違ぇな。そう思ったよ!!」

 続けて杵丸が、申し合わせたように負けじと声を張ってグラさんに追随。

「そうですよ。梨園さんは普通側に戻る事を止めてまで、ゴリラの追い戻しをする。その決意をしたんじゃないですか!!」

「なのにお前は、借金なんて些細な理由で、その目的をあきらめちまうって言うのか!!」

「梨園さんの決意ってそんな安い代物だったんですか!?」

 二人は絶叫しながら俺の体を両手で掴むと、激しく前後に揺すり始めた。その目は普段と異なり、真っ直ぐかつ純粋な物だ。俺はグラさんと杵丸の肩へそっと手を置いた。

「お前達……」

 そして穏やかな表情で、二人に向かって答えた。

「そのハンコを押されたから、必死なだけだろうが……。自分が囮になったから急に焦り出しただけじゃねぇか……。なぁ……バレバレなんだよ……」

 俺の指摘に二人は黙り込み、長い沈黙の後でポソッと、

「そんな事は……ないよ……」

「違い……ます……」

「800万の借金を些細な理由とか言ってくれたな。じゃあお前ら、当然この借金、三等分してくれるんだよな。俺達はチームなんだもんな、三人で一組なんだもんな。アァンッ!?」

 すると今度は二人とも即答。

「それは無理だな」

「絶対嫌です」


 俺が「テメェら!!」と叫んで二人に殴りかかろうとした時、俺達は三人同時に濱さんからナイフを突き刺され「ギィャァアアア!!」悲鳴を上げて仲良く地面を転がった。

「はいはいはい、茶番はそこまでだよ」

 茶番って……。俺、800万もの借金負わされて、全くシャレになんないんですけど……。

「まぁ、こいつらの言う事も一理あるよ。今アンタがやるべき事はゴリラの追戻しだ。確かに借金の額は、ちゃんと半分出ちゃってないアンタからしたらでかいだろうよ。でもね、あのゴリラを追戻す事ができたらアンタは間違いなく成長する。そうすれば、今後その借金を返せるチャンスは十分に出て来るのさ。それはアタシが保証するし、当然その手伝いもさせてもらう」


 現状で800万、ピッチングマシーン壊したら2,000万だぞ……。そんな大金、どうやって返済すんだよ……。

「それに、アンタはあのゴリラに同化される可能性がすでに発生しているって事を忘れるんじゃないよ。早い所、追戻しを始めないと、何もしないまま借金と不幸を背負いこむっていう、最悪の結果になるんだよ」

 濱さんの言葉を聞いて、グラさんは地面に座り込んでいた俺の背中をドンと強く叩くと、腕を掴んで強引に引き起こした。

「ほらっ、ここまで来たらウダウダ言っても仕方ねぇだろうよっ!! 文句はゴリラを追戻しした後だ! ほら、行くぞっ!!」

 ピッチングマシーンをガラガラと音を立てて押しながら、杵丸も俺に声を掛けてきた。

「梨園さん! とりあえず現地に行きましょうよ!」

 受け止めきれないレベルの不幸が、流星群のように次から次へと降り注いでくるから、何が何やらもう分からなくなってしまった。

 俺はため息をついて考える事を放棄、目下の問題であるゴリラの追戻しをすべく、グラさん、杵丸と共にプレハブへ向かったのである。

 典型的なダメ人間の行動パターンじゃないかよ……コレ……。

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