第18話 絶対王政 1on1

 目を開けているのか閉じているのかも分からないほどの暗闇に包まれると同時、突っ張っていた右腕の拘束が急に解けた。今がチャンスと後ずさって、棺桶の中から脱出を試みたのだけれど……。

 おかしい……。

 どれだけ下がっても暗闇から抜け出せない。棺桶の中にいるはずなのに、手をブンブン振っても壁には当たらないし、それどころか延々歩く事ができてしまう。

 俺は一体どこにいるんだッ……!? 

 

 深呼吸して心を落ち着け、視界に頼らず周囲の様子をうかがってみると、ひんやりとした空気の流れているのが感じられた。

 棺桶の中じゃない……。

 何だか物凄く広い場所にいるみたいだ……。


 パニックに陥りかけながらも手探りで暗闇の中を彷徨い歩くうち、前方に点々と灯る橙色の光を発見。その光はどうやら蝋燭の炎らしくて、ゆらゆら左右に揺れている。

 藁にもすがる思いで光の方へ進んでいったところ、急激に蝋燭の明るさが増し始め、暗幕を取っ払ったように周囲の様子が一瞬で露わになった。

 

 大理石で覆われた床、立ち並ぶ御神木みたいに太い柱、見渡す限りあらゆる箇所に施されている金ピカの装飾と細かな彫刻、天井に吊り下げられた無数の巨大なシャンデリア。

 突然目の前に現れたのは、途轍もなく広大かつ、豪華絢爛を絵に描いたような光景だった……。

 脳の理解が追い付かない。

 ここは……宮殿か……?

 実際に宮殿なんて行った事なんてないけれど、宮殿と聞いて思い浮かぶイメージを100倍煌びやかにした光景が、全方位に広がっている。


 そして遥か前方に、何者かの座っている姿が見えた。

 不思議と恐怖心を感じなかったので、混乱状態のままゆっくり近付いていくと、周囲の雰囲気に負けず劣らずのゴージャスな黒いドレスを着た女性だと判明、さらに歩みを進めて俺は驚いた。

 その女性が先ほどの咲鞍さんだったからだ。咄嗟に走り出し、彼女に声を掛けようとした。

「咲鞍さ……」

 ところがである。

 突如、殴られたような衝撃がみぞおちに走り、

「うえっぽうっ!」

 俺は悲鳴と嗚咽の混ざった声を上げ、その場へうずくまった。

 腹部の痛みに耐えながら顔を上げるといつの間に出現したのか、床が幾本もの大量の鎖に覆い尽くされ、まるで生きているかのように鎖は気色悪く蠢いている。そしてその先端部分は全て、蛇の如く頭をもたげて俺の事を狙っていた。


「……様。だろうが全く……。馴れ馴れしいにもほどがある……」

 咲鞍さんが何か言ったが、チャリチャリチャリチャリ四方八方から鳴り響く鎖の擦過音でよく聞き取れない。


「えっ、何て言った……えぽうっ!」

 聞き返すと同時、床の鎖が棒状に伸びて俺のみぞおちを刺突、再び俺は呻き声を上げさせられた。

 先程と同じ、凄まじく重い一撃だ。鎖一本でこれなのだから、周囲の鎖が一斉に襲ってきたら、悲惨な事になる……。


「様を付けて私の名を呼べと言っているのだ……」

 今度はハッキリと内容が聞こえたので、素直にその言葉へ従い、

「咲鞍様……」

 と口にしてみた。

 すると床の鎖が引き波のように俺の周囲から離れていき、

「まぁいい。座れ」

 咲鞍さん改め、咲鞍様は吐き捨てるように言ったのである。 


 よくよく見れば顔の造形は咲鞍さんと瓜二つなのだが、雰囲気は全く違っていて、話し方や佇まいの大御所感が半端ない。体が勝手に萎縮してしまう。

 別人なのか……? 双子……? 

 それより……座れってのは……床にって事でしょうか……?

  

 どうすべきか迷ったが、言う事を聞かないとまた鎖に攻撃されそうだ。仕方なく膝を曲げて正座しようとしたところ、床の鎖が一斉に動き、どこからか椅子を運んできて俺の前に置いてくれた。

 どうやら、それぐらいの配慮はしてもらえるらしい……。


 恐る恐る、運ばれてきた豪華極まりないビロード張りの椅子へ腰掛けると、

「私は、貴様があの娘から回収した向ウだ」

 咲鞍様が話しかけてきたのだけれど、その言葉の意味が良く分からない。

「全く……。不完全に半分出おってこの半端者が……。こんな事まで説明せねばならんのか……」

 何やら不満げな呟きをキョトン顔の俺に漏らした後、

「いいか。ここはあの娘が引いていた棺桶の中で、貴様は棺桶と同時にこの私を保有したのだ。有難く思え。説明は以上だ。理解できたな? 理解できていないのならば、今すぐしろ」

 咲鞍様は威圧するように鋭い眼差しで睨み付けてきた。

 それに呼応して一斉に首をもたげ、今にも襲いかかってきそうな気配を発する周囲の鎖。どうやら質問は許されていないらしい。


「は、はい……。理解できました……」

 口ではそう言いつつ頭をフル回転させて、俺は今の状況解釈を全力で努めた。

 咲鞍様が向ウって事は……、グラさんと同じで半分側の存在、つまり、咲鞍さんと咲鞍様は見た目が似ているだけで全くの別物って訳だ。

 ランプの精みたいに棺桶の中に入っていた咲鞍様の事を、俺は棺桶ごと取り込んでしまったって事なのか……?

 えっ……こんなヨーロッパ貴族みたいな人が俺の体内に入ってんの……。


「一つ聞きたい事があってな。棺桶の中へご足労願った訳だ」

 俺なんて一つどころか、今現在、山ほど聞きたい事があるんですけど……。

 その思いを顔に出す間もなく、咲鞍様から質問が投げかけられる。


「貴様、本気であの娘を助けようと考えているのか?」

 相変わらず鎖は臨戦態勢で俺を狙い続けいたので、 

「はい。そのつもりです……」

 出来る限り早く回答をしたら、即刻次の質問が飛んできた。

「なぜだ? あの獣が貴様の手に余る相手である事、そして、同化されたらどうなってしまうか理解できているはずだ。どうして追戻しを受けて普通側へ戻らない? あの娘への下心か? 説明してみろ」

 何やら取り調べみたいな雰囲気だけど隠す必要はない。俺は咲鞍様の迫力に圧倒されながらも、自分の考えを正直に伝えた。


「下心じゃありません。酷過ぎると思ったんです」

 咲鞍様は黙したま俺を凝視し続けている。何も返答がないのは、話を続けろって意思表示だと判断した。

「彼女は今までずっと一人で苦労してきたのに、その苦労が普通側では誰にも伝わってないですし、半分側では見捨てられて当然だと皆に思われている。そんなの絶対間違ってます。だから俺だけでも、あの子の苦労を認めてあげたいって思ったんです。無理は承知で、やれるだけやってやるって思ったんです」


 以上、俺の説明は終了したが、咲鞍様は相変わらず無言のままで表情に全く変化がない。どう思っているのかは不明だから、理不尽に腹を立てていきなり鎖で攻撃してくる可能性だって十分にある。

 沈黙が続いた後、咲鞍様の体がピクッと僅かに動いた。一体どんな反応をされるのか、恐怖で身を固くした次の瞬間。


 ブハ――――ッ!! 豪快に噴き出した咲鞍様は、体を捩って膝をバンバン叩き、大爆笑を始めたのである。

「半分側の事ばかりか、自分の状況すらまともに把握できていないのに、世の理に異を唱えると言うのか? 貴様の命を捧げたとてそんな物、何の対価も成さぬのに!? そんなもの大海へ砂粒を落とすに等しき行為なのに!? 

 フハハハッハハッ!!」


 ちょっと……いや……、アホみたいに大爆笑を続ける咲鞍様。何がそんなに可笑しいのだろうか。

 俺は結構な時間一人取り残されてしまい、どうした物か困っていると、

「素晴らしい。無意味も極めれば芸術だ。余興としての一面、新たな価値を発生させるとは……」

 ふぅ、と息を一つ吐いて元の表情へと戻り、咲鞍様は俺に向かってゆっくりと拍手をしてきた。

「いやぁ。面白かった。久しぶりに愉快な催し物を見た」

 パン……パン……パン……まばらな拍手の音が響き渡り、俺は「催し物じゃねぇし」と若干腹が立ったが、当然その言葉は口に出さない。



「観覧料を支払わねばならんだろうな……。実に笑えた……。そうだ、貴様に力を授けてやろう。あの獣とやり合う、無知蒙昧な蛮勇の助けになるだろう」

 咲鞍様が右手をかざすと床を覆っていた無数の鎖がふわりと一斉に浮上、一枚の敷布みたいに宙を舞った後、一方向に回転を始め、咲鞍様と俺の間に巨大な渦巻模様を描き始めた。

 

 えっ……力を授けるとか言った……?

 あんな闇の女王みたいな人が協力してくれるって、これ滅茶苦茶ラッキーな事なんじゃないの……? 


 ゆっくりと回転する渦巻の中心部が、何やら暗い七色の不思議な光を放ち始めた。さすがに「様を付けて呼べ」などと自分で言うだけの事はある。宙を舞う大量の鎖と怪しげな光、それを操る咲鞍様の立ち姿は現実の光景とは思えないほどに神々しかった。

 その光景に見惚れているうち、七色の光が収束して一筋の光線となり、その光線が俺の左手に向けて照射された。

 光の当たっている左手に熱いとか痛いとか、そういった感覚は特にない。何が起きているのか全く分からないが、俺はおとなしく状況を見守り続けるしかなかった。


 一体、どんな力を俺に与えてくれるのだろうか……。

 あのゴリラと闘う力なんて、すごい能力なんじゃないの……?

 変身する、ビームを放つ、瞬間移動する、そんなヒーロー的な力を貰えるのだったら、このふざけた世界でも十分にやっていけるんじゃないか……?

 テンションが猛烈に上がってきた。


 しばらくして光の照射が終わり、空中で渦を描いていた鎖が静かに落下、元通り床を覆い尽くすように四方へと広がっていく。

 どうやら謎の儀式は終了したようだ……。


 左手を確認してみたけれど、見た目には何も変化が無く、今までと同じく銀色のでっぱりが手の平から出ているだけ。

「その突起を押してみるがいい」

 咲鞍様にそう言われ、俺は期待に胸を高鳴らせながら、でっぱりを反対側の手でグッと力強く押し込んだ。

 

 すると――

 ヴィィィィイイン…………

 振動音を上げて小刻みに震え出す俺の左手。

 しばらくの間押し続けていたけれど、左手がブルブル震えるだけで、それ以上何か起こる気配は全くない。

 

 何なの……コレ……。

 

 目前の現象を理解できずに困惑していると、新たに追加された俺の能力、その詳細が頭の中へ流れ込んで来た。

『でっぱりを押すと振動する』

 以上……。

 つまり俺の左手は電気マッサージャー、俗に言う電マになったらしい。

 肩凝りはほぐせるだろう。

 でも、これでどうやってゴリラと闘えと……。

 

 期待外れの結果を前に、左手を見つめたまま俺は呆然となっていたが、

「感動で言葉も無いようだな」

 咲鞍様はやたら得意気な表情を浮かべている。

  

 こんな物、能力でも何でもない。ただの嫌がらせじゃないか。

 どうやら俺は騙されたらしい。

 余りにも腹が立ったので、相手が咲鞍様であろうと関係ない。怯む事無く抗議した。

「いやいやいや、待ってくださいよ!! 自分の手が電マになって感動する奴がどこにいるんですか!? 何かの拍子に人前でブルブルなったら、完璧にヤバい奴じゃないですか。能力って言うより、呪いですってコレ。今すぐ元に戻して……」


 全力で文句を言っている最中、突如立ち上がった咲鞍様がツカツカ俺に歩み寄ってきたのだけど、その表情を見た瞬間に絶句した。

 これほどまでに怒り狂った人の顔を、俺は今まで見た事が無かった。

 眉間が陥没したのかと見紛うほどの深いシワ、思いっきり八の字になった眉、元の顔立ちは骨格ごとぶっ壊れ、今にも額から角が生えそうな般若の如き恐ろしい表情に変貌している。

 即土下座して全力謝罪すべきだと俺の本能は告げていたが、咲鞍様の凄まじい怒りに圧倒されて身が竦んでしまい、指一本動かせない。

 気が付けば、俺の首から下には鎖が何重にも巻き付き、猛烈に締め付けられると同時、ゆっくり体が宙に持ち上げられていく。


 全身の骨がギシギシと嫌な感覚を伴って軋んでいる。

 圧迫されているせいで全く息ができない。

 苦しい……。

 骨が……折れる……。

 

 身動き取れない絶対絶命の俺に向かって、咲鞍様が食い縛った歯の隙間から絞り出すように声を発した。

「その喧しい口を閉じ、あの獣の追戻しを今すぐにやってこい。万が一、心変わりなど興覚めな事をしてみろ。私がありとあらゆる穢れた向ウを貴様に同化させて、生きながらにこの世の地獄を味わわせてやる。それが嫌なら死ぬ気でやるがいい」


 その言葉が終わると同時、俺は凄まじい力で後方に投げ飛ばされた。

 俺の体は弾丸のように大広間を突っ切って飛翔、目にも止まらぬ速度で流れていく周囲の景色、体が引き千切れそうなほどの風圧、死ぬ気でやれも何も、こんな勢いで壁にぶつけられたら、俺……、今、死……ぬ……。

 超高速でカッ飛んでいく恐怖に耐えきれなくなり、俺の意識はプツンと遮断された。



    ※   ※   ※   ※   ※   


    ※   ※   ※   ※   ※


    ※   ※   ※   ※   ※



 気が付くと俺は駅前の花壇に腰かけ、自分の手をじっと見つめていた。

 ハッと我に返って周囲を見回したが、そこには何の変哲もない駅前の光景があるばかり。シャンデリアも大理石の床も無ければ、咲鞍様の姿も、飛び出たはずの棺桶すら見当たらない。


 今の出来事は幻だったのか……? そう思いながら、何気なく俺のでっぱりを押してみた。。


 ――ヴイィィィィィィィン――


 音を立てて振動する左手。

 はい……現実でした……。

 頭を抱えてうずくまったら、でっぱりがこめかみに当たってしまい、左手がブルブル振動した。


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