第22話 一家団欒
布団の中で目を覚ました。
ここはドコだ……。
6畳ぐらいの薄暗い部屋……。濱さんの家だろうか……。
部屋の外から何だか楽しそうな、聞き覚えのある声が聞こえてきた。体を起こしつつ、プレハブでの出来事を思い返して怪我がないか調べてみたが、どこにも痛みは無く、なんなら良く寝たスッキリ感すらある。
廊下に出て声のする方に歩いていくと、皆で集まって食事の真っ最中。テーブルの上には茹でられた大量のそうめんと薬味、山のように盛られたコロッケの皿が置いてあって、
「おおっ!! 起きたのかよ!」
「梨園さんも一緒に食べましょう!」
そうめんを啜っていたグラさんと杵丸が声を掛けてきたのだけれど、その二人の間に座っている人物を見て驚愕した。
咲鞍様だった……。
しれっとテーブルに着いている事に驚いたのはもちろん、何よりもその格好だ。目が痛くなるほどド派手な蛍光色のキティちゃんスウェットを着て、頭のてっぺんで縛った髪が、トウモロコシの髭みたいな事になってる。全く雰囲気が違うから一瞬誰か分からなかった。どこぞのヤンチャな姉さんかと思った。
「咲鞍……様……ですよね……。ここで一体何をしているんですか……?」
「何って、食事を頂いているんだろうが」
やけに真剣な表情で中濃ソースをコロッケにかけながら答える咲鞍様。
「いや……それは見れば分かりますけど……。痛いッ!!」
突然尻を殴られたので何事かと振り返ってみれば、そこにいたのはピンク色の毛に包まれた子供のゴリラ。
珍獣……。コイツは一体、何だ……?
謎のちびゴリラと目が合ったまま硬直していると、
「それは、アンタが追戻ししようとした、あのゴリラだよ」
皆と一緒にそうめんを啜ながら濱さんが言う。
「咲鞍様がゴリラを変質させて引き取ったんだ。無事、アンタがゴリラに同化される心配は無くなった。安心しな」
ピンク色のちびゴリラはかわいい見た目だけど、尻を殴る力は全然かわいくない。再び俺の尻へパンチの体勢に入ったので「ダメッ!」と叱りつけたら、ゴリラは「どうして?」と言いたげな表情を浮かべた後、ノソノソ歩いて棚に置いてあったリンゴを手に取り、濱さんの膝の上に座った。
ペットかよ……めちゃくちゃ懐いてるじゃないか……。
「ほら、そんな所で突っ立ってないで、アンタも座ってそうめん食べな!」
鹿乃さんと毒沼は帰ったらしく、俺、グラさん、杵丸、濱さん、咲鞍様、ゴリラの5人と1匹。サーカスの一座みたいな顔ぶれだ。
聞きたい事は山ほどあるけど、そうめんを啜っているのだから、差し迫った問題は無くなったのだろう。腹が減っていたので俺も食事に加わったが、イメチェン甚だしい咲鞍様の事はどうしてもスルーできず、意を決して聞いてみた。
「あの……咲鞍様……。その服は一体、どうされたんですか?」
「この家でドレスは場違いだからな。濱さんに借りたのだ。どうだ?」
どうだと言われたって困る……。
キティちゃんを前面に押し出した格好でもさすが咲鞍様。その貫禄は消えていない。でも、さすがにドレスを着ていた時の厳かな雰囲気とは違って、スウェットでてっぺん結びだと地元のヤンキー感が凄い。揉め事が起きたら、速攻ワゴン車で仲間が集まってきそうだ。
て言うかそのスウエット……、濱さんの私服なの……?
言葉に詰まった俺の代わりに、命知らずのフランクさで話しかける杵丸。
「結構似合ってますよ。ドンキにいそうですもん」
「ドンキ……? ドンキとは一体なんだ?」
咲鞍様が怪訝な顔をすると同時、キッチンの空気がピンと張りつめた気がした。惨劇の予感に俺は身を固くしたが、グラさんがタメ語で返答する。
「量販店だよ。駅前にあったから、後で行ってみな。何でも売ってるし、安いから驚くぞ。何てったって激安ジャングルだからな」
「そんな寝間着みたいな格好で外出たらだめだよ。別の服選んで着て行きな。お金も持ってないだろう。まぁ、それは梨園連れて行けば問題解決か」
「解決しないでしょ! 俺は財布じゃねぇからッ!」
濱さんの無茶な発言に俺が思わず声を荒げると、咲鞍様を含む全員の笑いにテーブルが包まれた。腹立たしい事に、ちびゴリラまで嬉しそうにテーブルをポコポコ叩いている。
何なの……このアットホームな感じ……。
やたら馴染んでいる様子だけど、どうやら皆、咲鞍様とは今日が初対面らしい。俺の時は喋るたびに鎖でみぞおちをズンッ、だったのに、この差は一体どういう事なんだろうか……。咲鞍様、猫を被っているんじゃないのか……。
好きな食べ物の話で妙に盛り上がり、(咲鞍様は固いプリンが好きらしい)和やかな雰囲気で食事が終わると、デニムにTシャツというシンプルな格好に咲鞍様は着替え、
「すっかりご馳走になってしまったな。では今後ともよろしく」
まるで別人のような爽やかさで濱さんにお礼を言った後、ちびゴリラを連れてキッチン横の勝手口から外に出て行ってしまった。
「咲鞍様はどこに行ったんですか?」
「自分の家だよ。外に出てみな、咲鞍様の新居が見えるから」
濱さんに言われるがまま、勝手口のサンダルをつっかけてドアを開けた瞬間、
「新……居……って……。あれが……?」
俺は言葉を失った。
塔と呼ぶには余りにも過剰な高さ、首を直角にして見上げても先端部は掠んでしまって良く見えず。遥か上空で鳥が建物の周囲を旋回している。地球に超特大の串を突き刺したような、リアルに天を衝く建造物。それが濱さん家の裏手にそびえ立っていたのである。
あまりにスケールがデカ過ぎて眩暈がしてきた。
「アンタが寝ている間、プレハブの跡地に咲鞍様がアレを建てたんだよ。玄関にインターホン付けとくから、何か用があれば押せってさ」
インターホンだと……?
「今行きまーす」とか言って、あんな馬鹿高い建物を入り口まで降りてくるの……? 尋ねてきた人は何時間待ちだよ……。
「近隣の景観を損ねるってレベルじゃないんですけど……。色々と大丈夫なんですか……」
「向ウだから、普通側の人間には見えないよ。でもさすがに規格外だからね、普通側に影響がでるだろうから、それはアタシがうまい事処理しておく」
もはや、どこをどう突っ込んでいいのか分からぬまま、家の中に入ったところで、
「ほら、人の心配をしてる場合じゃないよ、早く座りな。ここからが本番なんだから」
濱さんの解説が始まった。
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