第29話 運ばれて来たモノ その3

 ドーベルマンを含む全員がその言葉に反応、

「おい……。助かるのか……?」

 俺が尋ねると杵丸は、

「ええ。可能性はかなり高いと思います」

 そう答え、阪豪さんに向かって言った。


「この部屋に非常用の向ウ消滅設備、ありますよね?」

「あります。何度か動かそうとしたんですが、全く反応がないんです……」

 阪豪さんが指さした先、テーブルの下にボタンがあって、杵丸はそれをカチカチ数回押した。そしてそのテーブルを隅々まで点検した後、解説を始めた。

 

「この部屋みたいに向ウを取り扱う場所って、トラブル発生に備え、力を打ち消す設備を置くものなんです。この設備は動力源が外にあるので、部屋が外部と切り離された為に、コンセントが抜けたような状態になってしまいました。つまり電源を供給できれば、設備を動かす事ができるんです」


 言いたい事は分かった。しかし、部屋から出られないのにどうやって電源を供給するのだろうか。

「梨園さんが電源になるんですよ」

「えっ……? 俺……?」

「設備も電源も向ウです。梨園さんは、咲澤様という途轍もない向ウの保持者なのですから、その体には咲澤様と同等の力が宿っています。この設備を動かして部屋の縮小を止める事が可能です。梨園さんを向ウ制御装置に接続すればいいんです」


「接続するって……。一体どうすりゃいいんだ……?」

 助かる方法があるなら今すぐやるべきだ、こうしている間にも部屋はジワジワ縮んできている。

「ここにテーブルの高さを調節するレバーがあるんですけど……」

 杵丸はレバーの先に付いていたプラスチックの取っ手、それをくるくると回して取り外し、金属製の棒を剥き出しにした。

「これを梨園さんの肛門に入れて下さい」

 俺はその言葉を聞き、『コウモン』とは、半分側のみで通じる、何か特別な物体の名称だと思った。

「俺のコウモンに入れればいいんだな! どこにあるんだそれは!?」

「何言ってんですか? お尻にあるじゃないですか」

「あっ!『コウモン』って、肛門の事!? そうか………肛門ね…………はいはいはい………………って、馬鹿野郎ッッッッ!!」

 非常時だと言うのに、このアホは一体何を言い出しているのだろうか。


「ちょっと痛いかもしれませんけど、背に腹は代えられませんからね」

「お前、自分の言ってる事、分かってんのッ!?」

 俺の怒号を受けても杵丸は一切表情を変えず、レバーを手に中腰でスタンバイし続けている。どうやら本気で、あのレバーを俺の肛門に入れようと思っているらしい。 


「冗談だろッ!! 装置と俺を接続するのに、どうしてテーブルと俺を接続するんだよッ!!」

「この装置、テーブルと一体化しているんです。だからテーブルと梨園さんを接続すれば装置は動きます」

「接続するって他に方法あるだろうが!? 何で尻の穴なんだよ!?」

「直接体に突き刺す方法もありますけど、痛さを考えたらどう考えても肛門なんです」

「どう考えても肛門って、どんなパワーワードだよッ!!」

 絶対におかしい。こんな不条理がまかり通るってたまるか。

「百歩譲ってだ、それで俺とテーブルを繋ぐ事になるのなら、尻じゃなくて口でレバーを咥えれば接続って事になるだろうがよッ!!」

「半分側的にそれは接続にならないんですよ、梨園さんが優位になってしまうので駄目なんです。逆だったらいいんですけど……」

「逆!? 俺のレバーを机が咥えるってか!? どんな下ネタだ、それはよォォォ!!」


 取り乱し、よく意味の分からない事を口走ってしまう俺。

 すると阪豪さんが、

「あっ!! そうだ!!」

 喜々とした表情で声を上げ、テーブルの引き出しから鞄を取り出すとゴソゴソ中を漁り始めた。

 ひょっとしたら何か、電源となる電池的な物を持っているのかもしれない。一縷の望みに懸け、祈るような気持ちでその様子を見守っていると、

「良かったら、これッ!!」

 阪豪さんが差し出してきたのは、青いキャップの四角い物体。

「私、唇が荒れがちなんで、ヴァセリンの小瓶持ち歩いてます!! 潤滑材として使ってください!!」

「馬鹿野郎ッッッ!! 滑り気とか、そういう次元の問題じゃないッッッ!!」

 その申し出を即座に断ると、あろう事かグラさんが、

「他に方法が無いんだから、四の五の言っても仕方ねぇだろ。状況をよく考えろよ」

 冷静な口調で俺を諭してきた。

 えっ……? どうして俺が叱られなきゃいけないの……?

 

 そしてさらにさらに、

「良く見てみろ。レバーの直径は1センチもない。それぐらいなら余裕で肛門に入るじゃないか。何をそんなに騒ぐ事があるのだ」

 いつの間にか会話の輪に入って来たドーベルマンまでもが、上から目線で物申してきた。

 ドーベルマンに俺の肛門の何が分かると言うのだろうか……。

「お前のせいでこんな事になってんのに……。どの面下げて、その発言してんだよ……」

 俺の人権は一体どこへ消えてしまったんだ……。

 混乱と叫び過ぎで眩暈がしてきた。


「梨園さん。気持ちは分かりますけど、部屋を見て下さい。時間が無いんです。梨園さんが肛門にこのレバーを刺す以外、我々の助かる方法はありません。どうかお願いします」

 周囲を見回すと、入室した時より部屋は半分ぐらいのサイズにまで縮んでしまっており、皆の視線が痛いほど俺に突き刺さってくる。

 自分の肛門と人の命を天秤にかける日が来ようとは、思いもしなかった……。

 

 様々な思いが脳内を巡り、目を閉じて深呼吸をした俺は静かにズボンを下ろした。

「レバーにはすでワセリンを塗ってあります。お尻への塗布はご自身でお願いします」

 過剰なほど手際良く準備を済ませ、俺に蓋を開けたワセリンの小瓶を差し出してくる阪豪さん。気を使って顔を横に背けてくれている。

 言われるがまま準備を終え、俺は中腰になって恐る恐る、レバーを差し込む作業へと取り掛かった。

 思ったよりも痛くは無い。

 痛くはないが……、異物が入ってくる感覚がハッキリとあって猛烈に怖い。

 こんなに心細い気分になったのは初めてだ。あと、レバーがもの凄くヒンヤリしている。

 

 入った……。


「入れたぞ!! ほらっ、早くボタンを押せよッ!! 早くッ!!」

 レバーを尻に突き刺した状態のまま、体がズレないよう中腰の姿勢を必死でキーブしながら叫ぶ俺。

 ところがである……。

「あのっ、すいません!」

 阪豪さんが声を上げた。

「この装置が作動したら、ドーベルマンさんは元の場所へ戻る事になると思うんですけど、隔離していた小瓶は消滅しました。状況的にこの部屋が新しい隔離先になってしまいませんか?」

「確かに……。その可能性が無いとは言い切れないですね。もしそうなった場合、我々もそこに含まれてしまいます……」

 新たなトラブルが発生したらしいが、俺はじっと待っている事しかできない。


「私がドーベルマンさんをこの場で所有します。そうすれば爆発は起きませんよね」

「おっしゃる通りですけど、ドーベルマンはどうですか?」

「俺は実体化に失敗した身だ。消滅せずに済むのなら、どうなろうと構わない」

「ではドーベルマンの所有権移動、その確認をします」

 杵丸、阪豪さん、ドーベルマンの間で、何やら熱心に話し合いが行われているが、一つ言わせて欲しい。

 レバーを入れる前に終わらせとけよッ!! そういう事はよォォォォ!!

 

 沸々と込み上げてくる怒り。しかし、俺はその怒りを口に出して伝える事が出来ない。

 なぜなら俺の尻にはレバーが刺さっているから。

 喋ったら体が動いて危ないから。

 じっとしていたって危険な状態だから。

 

「阪豪さんは枷閣企画から脱退し、ドーベルマンの所有者となる事を宣誓しますか?」

「はい。宣誓します」

「ドーベルマンは阪豪さんの所有となる事を了承しますか?」

「ああ。了承する」

「これで万事解決ですね。ではボタンを押しましょう」

 健気に耐え忍ぶ俺を尻目(二つの意味で)に奴らのやり取りは進み、ようやく装置を動かしてくれる運びとなった。


「いきます!」

 杵丸が叫び声を上げ、カチリとボタンを押す音が聞こえた。

 しかし……。

 何も起こらない……。

「あっ、そうか! 梨園さん、左手のでっぱりを押してください。梨園さんの力を発動しないと駄目です」

 杵丸に言われるがまま、左手の突起を押す俺。

 しかし、いつもなら振動するはずの左手の突起が振動しなかった。

 その代わり振動したのは……。

 テーブルだった……。


 ガガガガガッと掘削機の如き振動を開始するテーブル。そしてその振動は俺の肛門を直撃。

「あぱぱっぱぱぱぱっぱぱ!!!!」

 人は未体験の刺激を受けると、こんな突拍子もない声を出してしまう事を知った。人類史上、最も意味不明な理由での死を覚悟した直後、フラッシュを焚いたように一瞬室内が強い光で真っ白になり、


 光は収まったようだが、光のせいで目が良く見えない。

 しかし、机の振動は止まっていたので、俺は全力で叫んだ。

「おいっ、終わったか!? 終わったのか!? もう抜いていいのか!?」

「成功です!!」

 杵丸の言葉を聞くと同時、体を平行に前へずらしてレバーを慎重に尻から引き抜いた。

「ふざけんじゃねぇぞ全く!!」

 目が慣れてきたので悪態をつきながらズボンを履いて室内を見回したところ、ドーベルマンの姿は見当たらず、杵丸、グラさん、阪豪さんは無事、部屋は元の広さに戻っている。

 どうやら我が貞操を捧げただけの成果はあったらしい。

 尻に嫌な痛みが残っているが、今その事は脇に置いておく。


 心底ホッとして、俺が床にへたり込んだのと入れ違いだった。

「ふふふ……。ふはははははは………。あっははははは……」

 阪豪さんが妙なテンションで、急に笑い始めたのである。

 助かった嬉しさから、そんな馬鹿笑いをしているのかと思ったが、何やら様子がおかしい。

 俺は猛烈に嫌な予感がしてきた。

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半分世界ちゃったde  伊留 すん @irusun

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