第28話 運ばれてきたモノ その2

 するとドーベルマンは何か考え込む仕草をした後、

「こんな愉快な時間だと言うのに、辛気臭いな。この部屋が収束するにはまだ時間がある。ただ待っているだけでは面白くないから、余興を行おうではないか」

 などと、クイズ番組の司会者みたいに仰々しい身振りを交えて提案してきた。

「お前達4人のうち1人だけ、俺が追戻しをしてやろう。そうすれば、先ほど消えた者達同様、この部屋から出る事ができる。半分側からも抜けてしまうが、我と融合せずに済むぞ。どうだ……余興に参加したい者はいるか?」

 それを聞いた瞬間、

「参加しますッ!! 余興って、何をするんですかッ!!」

 力強く立ち上がり、物凄い勢いで食い付く阪豪さん。

 そして、

「俺には名前がまだ無い。俺様に相応しい、良い名前を考えた奴を一人だけ追戻ししてやる」

 ドーベルマンがそう言い終えるか終えないかのうち、

「ハイッ!! 考えましたッ!!」

 脊髄反射級の反応速度で右手を真っ直ぐに伸ばした。さっきまであんなに怯えていたのに、気持ちの切り替えっぷりが尋常じゃない……。


「オオッ! もう思いついたのか。イイぞ、言ってみろ!!」

 嬉しそうなドーベルマンに促され、坂豪さんが力強く叫んだ名前は――。


「犬マッチョ!!」


 えっ…………? 

 意表を突いたネーミングに俺は驚きを禁じ得ず、ドーベルマンに目をやると、

「ほほう……」

 意外な事にまんざらでもなさそうな顔。

 そんな感じでいいのッ!? 


「ほいッ!!」

 次に手を挙げたグラさんが、ドーベルマンに指名されるよりも先に自信満々で言い放つ。


「犬野郎!」


 嘘でしょ……悪口じゃん……。

 しかし驚くべき事に、このふざけた案もドーベルマンはフムフムと真剣な表情で吟味している。

 さらに俺のすぐ横で杵丸が「ハイッ!」と元気に挙手。

 大喜利大会みたいな事になってきた……。皆どうして、この状況でポンポン案が出せるの……?

 場のノリについていけず、困惑する俺をよそに杵丸が言う。


乾健三いぬいけんぞう


 誰……? それは一体……誰……? 激シブ過ぎやしないか……? 

 薄々予想はしていたけれど、ドーベルマンは案の定「そういう方向もアリか……」などとブツブツ呟きながら感心している。

 何でもアリなんじゃねぇか……。

 皆の案に呆れていると「最後はお前だ」ドーベルマンが指名してきた。

 まずい……。何も考えてなかった……。

 ドーベルマン及び、皆がジッと俺の事を見つめており、今すぐ発表しなければならない雰囲気。


「ド、ドーベルマン……」


 俺はドーベルマンの後にアポカリプスとか、ヘルクライムとか、厳めしくて物々しい単語をくっ付けるべく、厨二的ワードをぐるぐる思い浮かべていたのだけれど、焦ってしまって全然決める事ができない。

 口籠っていたら、鬼の形相を浮かべたドーベルマンが俺の方にグングン近寄ってきた。

 時間切れって事ッ!? 駄目だ!! 喰い殺される!! 

 死を覚悟して目を固く閉じた直後――

「採用」

 俺の肩にズシリと大きな手を置き、ドーベルマンは言ったのである……。

 えっ……!? 気に入った……の……?


「スパイダーマン、ワンダーウーマン、アンパンマン……。名立たるヒーローやヒロインの名前を踏襲したのだな。シンプルに見えて実に奥が深い……。俺の眼は誤魔化せんぞ」

 いや……全くそんな事、考えてませんでしたけど……。


「素晴らしいセンスだ。俺の名はドーベルマンに決定された。皆、拍手」

 ドーベルマン(ご本人公認)の指示で、パチパチと拍手がまばらに響く。

 俺のネーミングを気に入ってくれたのはいいけれど、他の皆は助からないし、俺にしたって追戻しされたら半分側での活動は強制終了。咲鞍さんを救う事ができなくなってしまう。危機的状況に変わりはない。 


「では、お前は追戻ししてやろう。他の奴らは、この俺が実体化する為の生贄となるがいい!! 俺に融合されて個を失うとは言え、超越した存在へ進化できるのだ。有難く思えよ!! フハハハハハ!!」

 嬉しそうな高笑いを響かせながら、ドーベルマンが歩み寄ってくる。

 死に物狂いで頑張ってきたのに、ここで終わりなんて冗談じゃない。

 力じゃ絶対に勝てないし、逃げた所で狭い部屋の中ではすぐに追い付かれるだろう。何か助かる方法は無いものかと頭をフル回転させていた最中、杵丸がボソッと呟いた。


「僕の横にいるこのグラさん、実体化した向ウなんですけど……。融合したらまずい事になるんじゃないですか?」

「ハハハハハ……ハ……?」

 その呟きを耳にしたドーベルマンが高笑いを止めて硬直、今までのご機嫌な態度を一変させ、噛み付く剣幕で杵丸の事を睨んだ。

「この爺さんが……? ほう……。とっさの思い付きにしては、なかなか気の利いた嘘をつくじゃないか……」

 睨む標的を変え、今度はグラさんの事を舐め回すように頭のてっぺんからつま先までまじまじと観察し始めるドーベルマン。


 暫くして――


「オ……オイッ!! 余りにも馴染んでいるから人間だと思っただろうが!!  ア、アンタは……。実体化した向ウじゃないか!! まさか人間と一緒にいるなんて、一体、こんな所で何をやっているのだッ!?」

 露骨に動揺、過剰なほど慌て始めた。


「何をって……。面白そうな事をやってるって聞いたから、こいつらと一緒に見に来たんだけどよ……」

 困ったように、俺達の事を指さしながら答えるグラさん。

「ふ、ふざけるんじゃない!! 実体化した向ウが一体何故、人間などと行動を共にしているのだ!?」

「いや……。特に理由は無いけど……、暇だったから……?」

「ひ、暇……だった……?」

 ドーベルマンはその大きな口をあんぐり開けて驚きの表情を浮かべるや、よろめきながら部屋の端へ行き、壁に頭をガンガンぶつけ始めてしまった。

 何か、とんでもなくショックな出来事が起きたらしい……。


 狂気すら感じるドーベルマンの行動を前に、小声で杵丸へ尋ねる。

「おい……。あの化け物は一体何をあんなに騒いでいるんだ……?」

「実体化した向ウは、向ウの進化版なので希少かつ、崇め奉られるほどの存在です。ドーベルマンは『俺は実体化するんだ! 凄いだろう!』って、すでに実体化してるグラさんにマウント取ってた訳です。そりゃ驚きますよ」

「え……? グラさんって、そんなに凄い存在だったの……?」

 俺にとっては向ウどころか、変わり者のおっさんにしか見えないのだが、その当人であるグラさんも、

「まぁ、数は少ないらしいけどな……。自分じゃ良く分からねぇよ。まぁ、ギザ10みたいなもんだろ。価値があるって言っても、10円は10円だよ」

 深みのあるような無いような発言をしており、自覚はないらしい。

 しかし、それにしたってドーベルマンの錯乱っぷりは異常じゃなかろうか。


「向ウ同士は融合できますけど、実在化した向ウって融合ができないんです。だからドーベルマンはあんなに取り乱しているんです」

「融合できない………………って事は……、ドーベルマンの作戦がグラさんのおかげで失敗に終わったって事か!? 俺達は助かったって事なのか!?」

 突如差し込んだ救いの光に俺のテンションは上がったのだけれど、杵丸は相変わらず淡々としている。

「ドーベルマンの作戦は失敗しましたけど、助かってはいないです」

「何でだよ!!」

「大爆発するからです」

「…………!?」

 

 今、とても物騒なワードが聞こえたような気がする……。

 でも、まぁ勘違いだろう。ありえない事が連発して俺も疲れているのだ。流石にそんな事、あるはずない。

 

「今、何て言ったの……?」

 一応、杵丸に再確認してみた。


「大爆発です」

「馬鹿野郎ッッッッ!!」

「実体化した向ウって、簡単に言うと力の飽和状態なんです。だから向ウと融合させると力が溢れて、周囲に破壊作用をもたらした後に消失します。半出局でも人工的に実体化させた向ウを、追戻しの最終手段として使用する場合があるんですよ」


「こんな狭い場所で爆発したら、俺達も終わりじゃねぇかよ!!」

「そうなんですよ。だからドーベルマンは慌てているんです」

「お前は全然慌ててないじゃねぇかッ!! 何とかしなきゃ駄目だろうが!!」

「僕だって慌ててますよ。だから、色々考えているんですけど……。ドーベルマンの様子から見て、この部屋が縮む事は止められないみたいですしね……」

 

 俺は居ても立ってもいられず、再度ドアへの体当たりを敢行。しかしドアは微動だにせず、もう一方のドアにも体当たりしてみたが全く開く気配は無い。


 その様子を見たドーベルマンが泣きそうな声で叫んだ。

「さっきも言っただろう!! 外界と切り離してあるのだから、移動はできんッ!! お前達は一体何をやっているのだ!! 実体化した向ウを連れて来るなんてッ!!」

 全ての元凶は自分だってのに、なんて身勝手な発言なのだろうか。怒りを覚えて振り返った俺は、ドーベルマンの姿を見て驚いた。

 なぜか奴の身長は俺と同じぐらいにまで縮み、あのマッチョ体形はどこへやら、今なら余裕でKOできそうな貧相体型、恐ろしかった怪物面は子犬のような可愛げのある顔に変貌していたのである。


「部屋が縮むのは止められないのかよッ!?」

 全く怖くなくなったドーベルマンに向かって、乱暴な口調で尋ねると、

「俺の全ての力、膨大な時間を使って作り上げた融合の為の式だ。発動したら止める事はできん! もう駄目だ! このまま消失するしかないんだ!! 実体化した向ウになろうなんて、身の程知らずだったんだよぉ!! 俺は大馬鹿者だよぉ!!」

 ちょっと哀れになるぐらい、イジけ切った言葉が返ってきた。


 紫色の霧に覆われた部屋は、すでに当初の半分ぐらいまで縮んでいる。爆発の恐怖から心拍数は急上昇、呼吸も荒くなり、俺もドーベルマンと同じく壁に頭を打ち付けようかと、自暴自棄になりかけたその時。

「助かる可能性、あるかもしれません」

 杵丸が呟いたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る