彼の決断

「・・・・・・」


「どうしたの?全然食べてないけど」


「別に体調が悪いとかじゃないから安心しろ」


「ならいいけど・・・」


凛は納得のいかない様子だった。


しかし俺の食は進まない。


俺の心の中にあったのは、環のあの言葉だった。


『私と凛、どちらか選んでよ』


当然の様にその日は答えが出せず、今に至っている。


俺は環の事を軽く見すぎていたのかもしれない。


昔から仲のいい異性の友達、何かと面倒を見ることになるやっかいな友人、その程度の考えが甘かった。


いくら過去を嘆いても、答えは出てこない。


そんな俺を察したのか、今日の凛は少し大人しい。


また今度、好きなものでも作ってやろうか。その程度のことしか気にかけられなかった。


「なあ、凛・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「・・・ぁぁぁぁ」


少しだけ散らかった部屋に、私の苦悶の声が響いた。


何をしてしまったんだ、私は


いきなり好きだと言い、その上で私は悪魔のような二択を迫ったのだ。


私の大会、そして凛の演奏会は明日に迫っている。


「絶対に嫌われたよね・・・」


なんやかんやで人を嫌いになれないアイツの事と分かっていても、やっぱり私のした事は最低な事だ。


こんなのは誰も幸せになれない。


仮にどちらを選べば私とアイツ、何よりも凛との関係だって悪くなる。


「やっぱりこの前のは無しで」


そんな事は絶対に言えるわけもなく、私はいつの間にか眠りについていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「それじゃあ私はそろそろ行くね」


「ハンカチとティッシュは持ったな?」


「そんな小学生じゃあるま・・・忘れた」


俺はため息をつきながら引出しからハンカチとティッシュを取り出し、凛に渡した。


「行ってきます」


「落ち着いてやれよ」


才能のない俺が絶対に言ってはならない言葉だったが、他にいい言葉が見つからなかった。


手を振りながら凛は家を出ていった。


「・・・俺も行かなきゃな」


結局、俺は答えを出すことは出来なかった。でも動かなきゃいけない。


俺は手短に支度を済ませると、玄関の扉を開いた。


そうして俺が向かったのは、一駅先にある少し大きめのホールだった。


中に入ると、席はほぼ満席の状態だった。


俺が指定された席に座ると、すぐに会場が暗くなった。


『この度は、神木 凛ソロコンサートにお集まり頂き誠にありがとうございます。つきましては諸注意を・・・』


環と凛、2人の事を考えながら諸注意を聞いていた。


本当にこれで良かったのか、もっと正しい答えがあったのではないだろうか、俺の中でいくつもの考えが駆け巡っていた。


『では演目に移ります」


司会の女性が舞台袖に移動すると、反対側から綺麗に着飾った凛が出てきた。


席に向かって軽く会釈をすると、彼女はピアノに向き合った。


正直、そこからの記憶は抜け落ちている。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「今日、本当に大丈夫なの?」


「・・・すみません。ちょっとペース配分ミスっちゃって」


走れば走るほどに、自分の心が揺れ動いている。


そんな気持ちになっていた私は、ペース配分どころか本来の走力を出せなくなってしまった。


「午後のは、5000mもあるから、そこで挽回しよ」


「・・・はい」


無理だ。


こんな形でしか、私は彼にどれだけ縋っていたかが分からなかった。


そんな気持ちで炎天下、ひとりベンチで座っていた。


そんな時間は長くは続かず、すぐに招集がかかった。


「落ち着いて頑張って」


そんな先輩の励ましすらも、私にとっては苦痛にしかならなかった。


ピストルの音が響き、走者が一斉に走り出した。


私はあくまで平常心を保とうと、いつものように先頭集団に加わるようにした。


しかし彼女達も本気だ。


少しづつ、私たちと距離を離そうとしてくる人も出てきた。


そうして、先頭集団のペースはさらに加速し、段々とペースが落ちてくる選手が現れはじめた。


私も、そのうちのひとりになってしまった。


ここから粘る走りをするのが自分の持ち味のはずだった。


でも、今の私は粘るどころか必死になればなるほどに置いていかれている。


そうして私の身体から、力がスッと抜けた。


これで終わりなんだ・・・


でも、彼はそんな私の姿も一言も声を掛けづ見守っていた。


そう、私が顔を上げるとそこには、私のよく見知った、そして私が好きな人が映っていた。


彼はただ「諦めるな」とだけ、目で訴えていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ぐすっ・・・うっ・・・」


「泣かないの!あなたには来年もあるでしょ?」


「でも・・・でも・・・」


結果は6位だった。


先輩やコーチは、よく頑張ったと言ってくれたが、その言葉を聞く度に涙が出てきてしまう。


「とりあえ・・・おっと、私お母さんに電話してこなきゃだった。ごめんね、たまちゃん少し待っててね」


そう言うと、先輩は風のように去っていった。


「あー・・・」


すると後ろから、少し気まずそうな声が聞こえてきた。


私が振り返ると、そこにいたのは不自然に目を泳がせる彼だった。


「えっと・・・どうして?」


不躾な質問かも、と思ったが、つい口に出てしまった。


「凛の演奏会を途中で抜け出してきたんだ」


それは私にも大体察しがついていた。でも本当に私が聞きたいのは


「どうして来てくれたの?」


「何言ってんだ。大会は絶対に来るって約束しただろ?」


「でも・・・」


凛の演奏会に出てから、ここに来た。それはどちらかを選ぶことが出来なかったという事だ。


「選べなかったのはごめん。でも詭弁かもだけど、俺にとって環には過去を、凛には今を、弱い俺を守ってくれたから。だから俺には、過去も今も捨てられなかった」


綺麗事なんかじゃない。彼が私たちが1番傷つかない選択肢を取ったわけでもない。これが彼の答えなんだろう。


「ありがと、それでこそ私の好きになった人だよ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


何が選べなかっただ。


何が捨てられなかっただ。


結局、俺はいつも助けられてばかり。


俺は・・・弱いんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る