環の決断

私には、これといって人に自慢できるようなものが無かった。


勉強も運動も、強いて言うなら負けず嫌いが取り柄だった。


そんなある日、私は「特別」と出会った。


その男の子はとってもピアノが上手くて、しかも顔が良かったから女子にチヤホヤされていた。


その子が隣の席になったある日に、私はこう言った。


「ピアノ出来るって凄いね!」


しかし彼が遠い目をしたのを今でも覚えている。


「普通が一番なんだよ」


そう言った彼に、私は思いっきり反論した。


「普通が一番って何よ!私は普通なんかよりも凄い方がいいの!」


今にして思えば、嫌われても仕方ない事を言ったと思った。


しかしそれにも彼はしっかりと答えを出した。


「才能を探してない奴が特別を欲しがるな。そんな奴に何かを言われたくはない」


あの時は確か小学三年生の時のはずだったんだけど・・・


そんなキザったらしい彼の言葉に、当時の私は心を撃ち抜かれた。


それからの私はあらゆる習い事に手を出した。


体操、ダンス、空手エトセトラ・・・


その中で、特に私が熱中したのが陸上だった。


別に筋がいいとか才能があるとか言われたわけではなかった。


でもコーチに「お前は走る人間だな」と言われた。


中学に入ってからは陸上に専念した。


そしてあの男の子とは縁があるのか、1度もクラスが別になることもなく距離がドンドンと近づいていった。


そんな彼に惹かれたのは、仕方のないことなのだろう――


「ハァ・・・ハァ・・・」


「たまちゃんお疲れ様。相変わらず後半の伸びがいいね」


「ありがと・・・」


私は息が整うと、ベンチに腰掛け記録を確認した。


「結果どうだった?・・・あっ、その顔は結果落ちてるんだね」


私はそう言われ、スポーツドリンクを飲みながら目線を逸らした。


「わかりやすくて可愛いね」


ニヤニヤしながら頭を撫でてくる先輩の手を振りほどいた。


「別にちょっとコンディションが悪いだけです」


「ほぉ、男関係か」


「べ、別に違いますから!」


私はCMのように腰に手を当てながら。スポーツドリンクを飲んだ。


「そこまで行くとわざとに見えてくるわ・・・でもたまちゃん、男ってのは単純よ。いつ女に転がりこむかなんて分かんないわよ?」


「は、はぁ・・・」


でも実際、いつ凛と付き合うかなんて分かったもんじゃない。


・・・動かなきゃ


私は、そう決意しながら再び走り出した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「演奏会か・・・」


「うん、今週の土曜日にあるから来てほしいんだ」


「だがな・・・」


俺はどうにも乗り気にはなれなかった。


「やっぱりダメ?」


いくら仲良くなっても、こいつもこいつの演奏だけは好きにはなれない。


「・・・分かったよ。土曜日だな?」


「本当に来てくれるの!?」


「嘘をつく訳ないだろ」


凛だけが前に進んでいる。俺だってここで足踏みしたくない。


「約束だからね!」


「・・・凛は元気だな」


黒を知らないその笑顔に、俺は思わず凛の頭を撫でた。


「ふぇ!?どうしたのいきなり!?」


でも、だからこそ自分の心の弱さがより一層見えてくる。


「ん?電話鳴ってない?」


「俺のだ。ちょっと待ってろ」


俺は電話を取り、電話口の人物と少し話し電話を切った。


「悪い、用事が出来たから少し出掛ける」


「分かったけど・・・誰だったの?」


「環だったよ。なんか俺に話しがあるらしいけど・・・」


俺は手早く仕度を済ませた。


「ご飯までには帰ってきてねー」


「ご飯作るの俺なんだが・・・」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ごめん環、遅れたか?」


俺はそう言いながら、注文しなくてもいつものが出てくるようになった喫茶店の椅子に腰掛けた。


「ううん、てかここ私の家だし」


「一応聞いとくのが礼儀なんだよ。それで話って?」


「あのね、陸上の大会が今度あるんだ」


「最近忙しくて確認してなかった・・・。もちろん行くがいつなんだ?」


「来週の土曜日だよ」


「あー・・・来週の土曜日ね」


どうしたものか、凛の演奏会の日と被ってしまった。


「ちょっと予定が分からないな・・・」


「隠さなくても大丈夫よ。その日は凛の演奏会なんでしょ?」


「どうしてそれを知ってるんだ?」


「そりゃ凛本人に誘われたんだから」


「・・・・・・」


俺は環の考えが理解出来なかった。


「でも私はその上で誘ったの」


「どういう事だ?」


環は俺を見つめながら告げた。


「私は貴方が好きなの。だから私と凛、選んでよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る