第二幕〜相野片爾の場合〜

011

 流音一政を知る人物がまた一人、行方を消した。


 巴里虹。


 流音一政の唯一の友人だった女。




 それと同時期に――偶然なのかどうかは分からないが、街では奇怪な事件が起き始めた。

 マスメディアはそれをただの連続殺人であるように報道しているが、明らかに報道規制がかかったような、事件の概要に膜でもかかったような報道の仕方をしている。それを不審がる人間は多く、ネット上ではこの連続殺人について、探りを入れている人間が多い。

 SNS上でこの事件を調べると予想以上に多くの投稿が見られることから、それはまず間違いないだろう。しかし本当の情報をSNS上で見かけることは、まずない。

 

 仕方がないといえば仕方がないだろう。

 SNS上でどうこうなるレベルの話ではない。

 なぜなら、この事件は異常すぎる。

 被害者は全員、




 人間に噛み殺されているのだから。




 それも生きたまま噛んで、じわりじわりと死に追いやっている。

 



 食人が目的なのか。それとも異常性癖からくる殺人なのか。もしかすると、意味なんてないのかもしれない。それは俺には分からないし、分かりたくもない。

 

 流音一政の唯一の友人だった女は、容疑者の一人だった。

 そして流音一政自身も。

 絶対にどちらかが犯人であると俺は確信している。理由なんてない。刑事の勘だ。

 ただ今となっては、消えた二人を追うことよりも事件自体の手がかりをしらみつぶしに探すこと。それが二人に近付く一番の近道であると思えた。これもまた刑事の勘ってやつだ。

 俺はどうにかしてこの事件を解決したい。俺自身の手で。

 この事件の犯人が巴里虹であったなら、逮捕後に流音についての情報を多く仕入れることが出来る。

 もし流音一政が犯人だったなら、あいつから直接全てを吐き出させてやる。




 秀爾しゅうじの命を奪った流音一政。




 あいつだけは、あいつだけは絶対に許さない。


「カタさん。また怒ってんすか?」

 煙草を口に、紫煙を身体にまとって千竜せんりゅうがやってきた。

「またってなんだよ。またって」

「いや、だいたい毎日怒ってません?」

「そういう顔なんだよ。仕方ねえだろ」

「はあ、怖い怖い。たまには、にこっと笑えないんすか? まあそれはそれで怖いっすけど」


 いちいち相手にしてられない。

 パーカーのフードを被る。これがないと、俺は太陽の下を歩けないから。顔のケロイドのせいでどんな人間からも嫌悪される、この世の不条理を知ったから。パーカーのフードは俺の姿を隠すだけでなく、俺の心も隠す。そして社会との壁となってくれる。

 それでいい。


「カタさん、こんなあっついのに、フードなんて被ってたらハゲますよ」

「いいんだよ。俺の髪の心配してる暇があんなら、少しはいい情報でも仕入れてこいってんだ」


 フードにかかった千竜の手を振り払う。なにもいわずに千竜が後ろをついてくる。


「今回のサイコパスが犯人なんすかね」

「サイコパスとかそんな簡単な言葉で済ませていいわけねえだろ」

「いや、そうなんすけど。でもやっぱり異常じゃないすか」


 異常。千竜がいうように、確かにこの事件は異常なのかもしれない。でも、それは本当の異常なのだろうか?


「演出。この異常が演出って可能性は否定できないけどな」

「演出?」

「演出で異常者を装うことで、犯人自身が別の誰かであろうとしているのかもってことだよ」

「そんなことして、なんか意味があるんすか?」

「思い込みの力ってのは、存外バカにできるものじゃねえんだよ。プラセボとかあるだろ」


 はあ。と答える千竜の声から、理解できてないことがありありと伝わってくる。


「千竜。お前は知識が足りねえんだ。関係ないと思ってることでも、世の中は意外と繋がってるんだからな。プラセボも分かってねえんだろ、どうせ」

「すんません。正直、全然分かってないっす」

「ったく。ちゃんと知識蓄えろ」


 分からないことを分からないと認められる、それも一つの才能だろう。ある意味、それは素直であるともいえる。

 素直であることを、手放しでいいことだと認めるのは浅はかだろう。でも俺の周りにいる人間のなかで一番素直だった秀爾のことを思うと、千竜の中にある素直さを否定することは秀爾を否定することに思えて、千竜の素直さを正面からいつも受け止めてしまう。

 甘い。そういわれるかもしれない。いや、俺みたいな不良警官にそんな言葉を投げかける人間は、誰もいない。そう、誰もいないんだ。






「カタさん、俺には結構優しいすよね」






 優しい。それは、違う。甘さと優しさを混同してはいけないんだ。俺が秀爾に優しさだと思って行っていた教育。あれらは本当に優しさだったのだろうか。

 秀爾は俺にいった。子どもがしてはいけない、いや、子どもにさせてはいけないようや目つきでいっていた。






「お父さん、僕のことが嫌い? どうして僕のことを何度も叱るの? 僕のことが嫌いなんでしょ?」






 俺はなんと答えたんだろう。


 秀爾に。


 俺はなんと言い訳したんだろう。


 自分自身に。




 秀爾の命を奪った流音一政を捕まえて、俺はなにがしたいのだろう。

 流音一政を捕まえることで、秀爾に対する愛のかたちを証明しようとしているだけなんじゃないだろうか。




 それは誰のためなんだ?




 本当に秀爾のために俺は、流音一政を捕まえようとしているのだろうか?

 もしかすると俺は、秀爾に与えられなかった愛を今になって補填しようとしているだけなのではないだろうか。それはエゴでしかない。





 なぜなら、もう、秀爾はこの世にいない。

 いない人間に愛を与えてなにになるんだ。






「カタさん、どうしたんすか? なんか顔色悪いすよ」

「別になんでもない。お前が動かない分、俺が動いてるから疲れてるだけだ」

「さっきの発言撤回します。やっぱり優しくなんてないすね」


 けらけら笑いながら、千竜はパトカーの運転席に乗り込んだ。

 そうだ。俺は優しくなんてない。それでいいんだ。そうでなければいけないんだ。

 千竜に続いてパトカーの助手席乗り込むと、シートベルトを着けるよりも早くパトカーは動き出した。

 流れていく景色を見ていると、眠気が襲ってきて、そっと目を閉じた。






 ----






 揺れる体。

 どこからか俺を呼ぶ声。

 タ……カ……ん……。

「カタさん!」

 体を大きく揺さぶられていることに気付くまで、少し時間がかかった。

 深い眠りから無理やり起こされた時に特有の気怠さで体が重たい。

「どうした?」

「また、例のやつすよ」

「どこだ?」

「大下山公園っす」

「行くぞ」

 千竜がアクセルを強く踏み込んだのが、エンジンの振動から分かる。体がシートに沈み込む。

 気怠さで重たく感じる体だけではなく、心まで重たくさせるように無線から声が響く。






『◯害、全身に噛みちぎられたような痕跡あり』

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殺人あってのカーニバル 〜巴里虹が見た流音一政〜 斉賀 朗数 @mmatatabii

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