第26話 Ten count

 突如、画面に現れた少女ジキル。彼女は『心が生まれた』という発言をしたのち発電所内のハッキングを解除し、撤退した。


 美洋も意味は分からなかったが次なる指示が情報管制室の近藤やアリスからくることに対応するため発電所内のシステムを復旧させるとその場を後にする。


 呆然とする赤紙の少女を後ろの荷台に乗せながら。


「なあ、ハイド、あれは……あのジキルが持ってたものはなんだ? なにか知っているのか?」


 疑問が頭の中から次から次へと湧き出てくる。しかしそのいずれにもハイドは口を開くことはなくぼそぼそとなにかを呟き続けている。

 美洋が聞き取ろうとしてもはっきりとは聞き取れない。


「なん……あれ……もう……き……ちが……」

「仕方ないか……。ハイド、落ちるなよ」


 一応自分とハイドをベルトで固定し、美洋が自転車をこいでも落ちないようにする。


 その時、美洋の携帯が着信音を響かせた。


 すぐさま液晶画面を確認し相手の名前を知る。そこに示された名前は近藤の名前。


「美洋君! 発電所の件確認した! 電力は復旧し交通の混乱も解消されつつある。本当に感謝する」

「大丈夫ですよ。ただきになる存在が出てきまして……現状敵と思われるのですが……」


 そう断って美洋は発電所内で起こった一連の流れを説明する。聞き終わった近藤は「ふむ……」と考え込んだように言葉をつづる。


「ふむ……ジキル……そしてハイドか……。確かに私たちはハイドという存在を知ってから違和感を感じてはいた」

「違和感?」

「そうだ。ロバート・ルイス・スティーヴンソンは知っているかね?」

「確か小説家ですよね……代表作は確か……」

「『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』。まあ、和訳したものだから他にも多少あるとは思うが」

「……何が言いたいんですか?」


 じれったそうに美洋は聞く。彼としては一刻も早く次のアリスの行動に対処したいのだ。だが近藤がそれをさせてくれない。


「まあ、そうかりかりするな。おそらくこれは重要なことだ。結論から言うと私は【ハイド】という名前を聞いた時からそれと対になる存在【ハイド】がいるのではないかと思ってはいた。調べたりはできなかったがな」

「何故です……」


 ここまできたら付き合おうと、美洋も続きを促す。


「当り前だろう。今回のように我々の敵として立ちはだかる存在であるならばハイド君クラスの敵ということを想定せざるを得ない。それならばたった一言【ジキル】と検索するだけでもその存在を探しているということに感づかれかねない」

「なるほど」


 それもそうだろう。敵は国が総力を挙げても作ることができないハイドと同レベルの存在。警戒するに越したことはなく最大限に警戒するとなればアナログで調べ続けるしかない。


 そしてそれはなかなか骨が折れる作業である。


「おそらく……というか頬間違いないだろうがハイド君、そして今回現れたジキルという電子の中の少女、おそらくこの二人を作ったのは同一人物だろう。どうしてハイド君だけがエルデロイドとして完成しこの立体の三次元の世界を闊歩しているのかはわからないが……」

「まあそうでしょうね……。さっきも実力が拮抗していたようでしたし、それに」

「二人は知り合いのようだった、ということにも合点がいくな。そして二人が作ったと思われる謎の存在、現時点ではプログラムなのかどうかすら不明だが」

「声が聞こえた、心が生まれた、とジキルは言っていました。ハイドもなにか知っているようでしたがいまだ聞き出せていません」


 ちらりと自転車の後ろの荷台でぶつぶつと口ずさむ少女を一瞥しながら電話に意識を戻す。


「ふむ、そちらに関しては美洋君に任せよう、ハイド君に関する対応ならば君が適任だろう。そしてだ、次の指示だが――」

『そっから先は赤の女王が承ろう! はろ~。ちょっとぶりだね美洋君! いや、もう美洋でいいかな? 君も私のことはアリスと呼んでいるようだしね。年も同じだし』

「アリス……」


 電話の相手の名前を呼ぶ美洋。画面の向こうで彼女はけらけらと笑う。


「なんだいなんだい? 私のことを年下の美少女とでも思っていたのかな? 後輩キャラが好きならすでにリーシャがいるだろう」

「だれもお前のことは美少女とも思っていないしリーシャのこともそんな目で見ていない!」


 思わず怒鳴る美洋だったが電話の向こうの相手は悪びれもしない。


『そうか……年下とは思っていたのだな……』


 自分で言っておきながら若干のショックを受けたのかアリスの声が暗くなる。その事実に痛む頭を押さえながら会話を続ける。


「で、なんなんだ。近藤さんとの電話をハッキングしてまで割り込んできた理由は?」


 責めるように話を元に戻す美洋。「ああ、それね」と軽くアリスも頭を切り替えたのか話の続きが聞こえてくる。


『私からの贈り物とは出会えたかな?』


「っ!!」


 そのアリスの言葉に息をのむ美洋。美洋の動揺が電話越しでも分かったのかからかうように彼女が続ける。


『うんうん、その様子だと無事に会えたみたいだね。いや、おそらくはジキルとハイドの関係も多少は気付いて……そっか、近藤とかいうやつ、そこまでわかってたのか……。いやね。近藤さんとの会話を最初から聞こえていたらよかったんだけどね。私がハッキングしたときには次の指示を出すところだったから』


 ひょうひょうと語るアリス。美洋は背中に嫌な汗が流れることを感じながら足るの言葉に耳を傾ける。


『そうだよ、きっと君も察しがついているかもしれないからもう教えよう。本当ならまたあとで教えるつもりだったんだけどね。君たちの予想の通り、ハイドは同じ製作者だ。そしてそれが誰なのか』

「……誰、だ」


 なぜか動悸が激しくなる美洋。電話からアリスの正解が聞こえてくる。


『水城真希奈。君のお姉さんだよ』









〇〇〇



『そろそろいいかな』


 姉の名前を聞いて呆然とする美洋の耳に電話からアリスの声が無情に響く。


「答えろ……アリス、製作者ってどういうことだ。それがなんで僕のところと……そしてお前の所にいるんだ」


 絞り出すように美洋はわからない質問をアリスに飛ばす。だが、返事こそあったものの返答はなかった。


『残念だけど美洋、時間切れだ。次のプレゼント、私の他の切り札も堪能しておくれ。次は鬼ごっこだ』


 アリスの声が美洋の耳に響き、同時にどこか聞き覚えのあるウィーンという起動音が聞こえてくる。


『十秒あげよう。それまでに逃げないと鉢の巣だよ』


 はっとして、美洋があたりを見渡すと見覚えのある存在――下半身がキャタピラーで動き、上半身が人型、そしてその腕には重火器がついているロボット群―ーが見える。


 アリスの言う通り、おそらく十秒後には宣言通り、美洋たちを射程圏内に収めるだろう距離、速度でやってくる。その数、前方の視界に入るだけで三十体。


『さあ、第二幕だ』

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