エピローグ
「昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」
土曜日の午後の図書館では、地域ボランティアによる紙芝居が子供向けに行われていた。
今日の話は『桃太郎』。
子供達もよく知っている物語だろうが、紙芝居の前にずらりと並ぶどの顔も、これから始まる話にワクワクと顔を輝かせている。
今日は大学のレポートの仕上げに近所の図書館を久しぶりに訪れたのだが、そんな光景を目にして思わず足を止めた。
「……おばあさんが包丁で桃を割ろうとしたまさにその時、桃がパッカーン! と割れて、中から玉のような男の子が……」
「ちょっと待ったっ!! それって本当は男じゃなくて女の子なんだよ! 名前だって、桃太郎じゃなくて桃香って言うんだから」
子供達の背後から飛んできた声に、読み聞かせのボランティアのおばさんも、紙芝居に夢中になっていた子供達も目を丸くしてそちらを見た。
声の主は女子高生だ。
腕組みをして仁王立ちし、可愛らしい顔をムスッとさせて紙芝居を睨みつけている。
「ちょっと、あなた、何言って……」
「あたし達が命懸けで金銀財宝を取り戻したのに、なんで桃香が桃太郎に変わっちゃったのかしらね。きっと男尊女卑の悪しき歴史が事実をねじ曲げたんだわ。ついでに言っとくと、桃香が連れてたのはチワワと猿と、雉じゃなくて狸なんだからねっ」
JKの荒唐無稽な新説に子供達が笑い声を上げる。
「女なのに鬼と戦ったのー?」
「そうよ。桃香、とっても強かったんだから!」
「なんで雉じゃなくて狸なの?」
「それはね、ヤッスーっておじさんが元々狸に似てたからよ。ちなみに言うと、犬のノブちゃんは元々は超イケメンで、鬼退治が終わったら桃香と結ばれるの」
「ちょっとあなた、いい加減にしてちょうだい! 紙芝居の邪魔をするなら退出してください!」
読み語りのおばさんに叱られ、女子高生はテヘペロッと苦笑いで舌を出し、そそくさと子どもコーナーを通り過ぎた。
その後ろ姿を慌てて追いかける。
「斎藤桃香さん」
呼び掛けると、彼女が黒髪ロングを翻して振り向いた。
そして────
「やっと……やっと会えた……!!」
丸く見開いた瞳をみるみる潤ませ、両手を広げた儂の胸に飛び込んできたのだ。
「四百年後の日本にようこそ。ノブちゃん……ううん、織田信長さん!」
満面の笑みをたたえて顔を上げた彼女に、儂もとびきりの笑顔で応えた。
【おわり】
本能寺にて絶命したはずの儂が冥界に召喚されてもふもふされる件 侘助ヒマリ @ohisamatohimawari
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