第 Ⅲ 話


 次の土曜日の朝倉との約束。

約束とはいっても、あの時オレは返事をしていないので、約束とは言えないのかもしれない。返事をするまもなく朝倉はオレの前から姿を消した。

あれは必ずこいと言う意味なのか?それとも来たくなければ来なくていいという意味なのか……どちらにしてもオレは行くしかない。だからあのとき朝倉へ一歩踏み込んだのだ。

 それが随分に前に放棄した道への一歩だと気付いていながら。



 今日の朝倉はやはり普段とかわりない。昨日の別れぎわに見せた妙な感じを微塵も感じさせないほどの優等生顔だ。


 いや、もともと表情や態度に変化なんて見られないんだ。時折感じるのは、上手く言い表せない雰囲気のようなもの、一般人じゃわからない。


 オレと朝倉が前より話すようになったとはいえ、きっかけがないときはまる一日会話をしないこともある。

 朝倉に注意されるようになってからは、授業も比較的真面目にうけるようになったから、委員長と問題児という接点も随分と薄れていたしな。

 だからこの日、朝倉と一言も話しをしなかったのは特別珍しい事ではない。

 ないのだが。


「はぁ」


 帰りホームルームが終わり一人、昇降口に降りてきたオレはため息なんてものをはいていた。

 いったい何にたいしてのため息なんだかな。

 自分でも恥ずかしくなるほどにオレは朝倉を意識しているようだ。


「疲れているようですね。それとも何か悩み事でも?もし僕でよろしければ相談にのりますよ」


 そんなオレへいきなり後方から声をかけられた。


「……?」


 振り向くと一人の男子生徒が立っていた。


「誰だ?おまえ」


 細身でさわやか印象をうけるその男子生徒の顔に見覚はない。

 クラスメートじゃない。

 当たり障りのない笑みでその男子生徒は言葉を続ける。


「おっと、失礼しました。随分と深いため息でしたので。先に挨拶をしたほうがよかったですね。僕とあなたは初対面どうしなのですから」


 男子生徒は穏やかに細めた目を崩さずに、


「僕の名前は古泉一樹です。つい先日にこの学校に転校してきました。クラスは九組なのであなたが僕に見覚えがなくても無理はないでしょう」


「んで、その転校生がオレになんかよう?まさか、ため息ついてる人はほっとけないとか?」


「いえ、僕はそれほどお節介ではありませんよ。あなたに用があったので、声をかけさせていだだいたんです。それもごくごく私的とも言える用事です」


 オレが名乗らないことには何も言わない男子生徒。恐らくオレの事はすで知っているのだろう。


「その用ってのはなんだ。さっさと言え」


「そうですね。これ以上無駄話をするとあなたに話しを聞いてもらえなくなってしまいそうです。単刀直入にいいます。朝倉涼子と必要以上に関わるのは控えてください」


「……なんだそれ。おたくは朝倉の彼氏かなにか?」


 あからさまに機嫌の悪そうに答えるオレに対して、古泉一樹と名乗った男子生徒は態度を微塵も変える様子はない。


「そのような恋愛小説の修羅場的なわかりやすい状況ならどんなによかったでしょうか。しかし事態はそれよりも複雑です。僕が機関の者だと言えば大体の察しはついていただけるかと思いますが」


「……」


……なるほどな。あれの仲間か。


「つまりお前は何年か前、オレにトンチキな話しをした連中と同類って訳か。なるほど大体察した。お前も頭がイカレた一人か」


 古泉一樹は笑顔をわざとらしい程に苦いものにかえ、


「手厳しいですね。確かに我々の頭がどうにかなってしまったと言う事は否定できません。しかし僕達は出来る事をするしかないのです。仮に間違っていたとしても、我々が使命とすら感じているのは紛れも無い真実なのですから」


 古泉一樹はオレを見据えてもう一言つけたした。


「まあこれに関しては、説明は無用でしょう。あなたも紛れもなく僕達の同志なのですから」


「ふん。それで、そのことと朝倉がなんの関係がある」


「本当にお分かりでないのですか?」


 芝居がかった古泉一樹の驚いた表情。


「その笑顔とオーバーアクションは、作りか?不自然だぞ」


「おや、そのように見えますか。以後気をつけるとします。話しを戻しますが我々機関はあなたと朝倉涼子との接触は、転びようによっては悪い方向に行くのではないかと見ています。具体的なものは何もありません。あくまで可能性の段階です」


 そこで古泉一樹は、しかし。と付け加えた。


「これは忠告ではなく警告と受け取っていだだきたい」


 その表情に先程までの笑顔はない。


「わざわざ、そんな事を言いに来たのか」


「えぇ、そうです」


 笑顔に戻ったさわやか男子生徒がそう答えた。


「それはご苦労様だな。警告とやらは承知した。話しが終わりなら、オレは帰る」


 オレは自分の靴箱から、外履き出し、履きかえ、上履きをしまった。


「それと同志なんて呼ぶな。数年前オレはお前のお仲間にそんな団体に入らないときっぱり言ったはずだ」


 背中越しにそれだけ言いオレは昇降口を出た。




 朝倉との約束の土曜日。

 光陽園駅はオレが通っている高校に1番近い駅だ。学校へは電車通学である為、高校生になってからは当然毎朝使用している。だからまず光陽園駅までは平日通りの道準でいけばいい。自宅に1番近い西口駅から電車に乗ればすぐだ。


 そう考えて西口駅の北側改札口まで来たところでとある一団が目についた。


 改札口前のちょっとした広場に若い男女が五人。

 一人は今、到着したところのようだ。


「なんの因果もないはずなんだがな」


 その一団の中には、顔と名前が一致する人間が三人も混じっていた。

 涼宮ハルヒ、古泉一樹、そして長門。あとは名前をしらないが、幼い出で立ちの女性が一人と、クラスメートの男子が一人。あいつは確か涼宮の前の席の奴だ。

 涼宮と到着したばかりのクラスメートの男子生徒が少しばかり会話をした後、その一団は近くの喫茶店に入っていった。オレが朝倉と入った喫茶店と同じ店だ。


 オレは五人の最後尾を歩く、長門が喫茶店の入口に消えるのを見届けてから立ち止まっていた足を動かした。

 長門はなんで休日なのに制服なのか、という素朴な疑問を思い浮かべながら。


 光陽園駅前公園には行ったことはなかったが駅近くにそのような場所があることは知っていたので駅から公園へは迷うことなく来る事ができた。

 少し早くつきすぎたな。


 しかし、そんな心配をする必要はなかった。

 公園に入って少し道なりに歩くと目的の人物が街灯の下の木製ベンチに座っていたからだ。

 オレに気付いた朝倉は立ち上がり、手を振ってきた。


「ふふ、今日はあたしのほうが早かったわね」


「早過ぎだろ。何十分前からいんだよ」


「9時ぐらいからいたかな。もうあなたがいたらどうしようかと思ったけど、さすがに大丈夫だったみたい。これで少しは威厳が保てたかな」


「威厳って。この前は遅刻した訳じゃないんだ。いやまあいい、確かに恐れいったよ。内心またオレが先に到着かな、と考えてたからな」


「ふふ、あまいわよ」


 朝倉と談笑出来ている自分自身に少し安心した。最近話してなかったこともあるが、この前映画を観た後の別れ際に感じた、いつもと違う朝倉の雰囲気を思いだすと多少緊張してしまうからだ。


「それじゃ、こっち。ついて来て」


 手招きをした朝倉は、オレに背を向け歩きだした。


「こっちって、何処いくんだ?」


「あたしの家」


「!?」


 とりあえず朝倉を追い掛けようとしていた足が停止する。


「家って……」


 困惑するオレのことなど振り返りもせず、朝倉は歩を進め続けていた。


 朝倉に連れられて行き着いた場所は、駅からさほど離れていない分譲マンションだった。

 そこの505号室の扉を開け朝倉がオレに笑みを向けた。


「どうぞ、入って!」


 どうやらここが朝倉の家らしい。


「おじゃまします」


 朝倉の後に続き扉をくぐった。

 通されたリビングには背の低いガラスばりテーブルと、薄ピンク色をした2、3人座れそうなソファー、そして画面が大きめのテレビが置かれていた。

 その他、家の中にあるものも新築マンションの一室に相応しい家具ばかりだ。しかし、どうも違和感を覚える。これではまるで、


「一人暮しの部屋みたいだな」


 オレは辺りを見渡した後、朝倉にそう言った。


「あら、やっぱりわかる?そ、あたし一人暮ししてるの。それにしてはちょっと部屋が広すぎるけどね。あ、お茶は冷たいのと、熱いのどっち?」

 いつのまにか台所にいる朝倉がそう聞き返してくる。


「熱いので」


「りょーかい。座って待ってて」


 朝倉が戻ってくるまでリビングで待機することにした。 うん、なかなか座り心地のいいソファーだ。


 朝倉はすぐに二人分の湯飲みをトレーに乗せて持ってきた。オレの前とその反対側に湯飲みを置く。

 そしてオレのほうに近づいてきた。


「?」


なんだ?


「ほら、そっち詰めて」


「??」


 言われた通りにオレはソファーの端に寄った。

 すると朝倉はオレが座ってないほうに手をかける。


「なるほど」


 ソファーが二つに別れた。一人用には少しばかり広いと思ったら、そうゆう機能がついてる訳か。

 朝倉はソファーの片割れを押し、自分の湯飲み前までもっていく。


「よし」


 朝倉はソファーに腰をかけるとオレに満面の笑みを向け自分の湯飲みに手を伸ばした。


「さあ、あなたも飲んで。せっかく熱いの煎れたんだから、冷めたら勿体ないじゃない」


「それもそうだな。いただきます」


 俺は湯呑に口をつける。


「おいしい?」


「ああ、うまい」


「そう、よかった」


 お世辞ではなく本当にうまかった。もしかしたら使ってる茶葉が高級なのか。いや、ここは朝倉の煎れ方が上手いのだと思う事にしよう。

 オレは黙々とお茶を飲む。

 朝倉はそんなオレを眺めながら、時たま自分の湯飲みに口をつけていた。


「………うぅ」


 ちょっと飲み過ぎた。朝倉にすすめられるがまま、四杯も飲みほしてしまった。


「もっとおかわりいる?まだあるよ?」


 オレとは違い、一回しか使ってない湯飲みを目の前に放置している朝倉が、笑顔を向けてくる。心なしか笑い声を堪えているような笑顔だ。

 こいつ……。


「もういいよ。それより………話をしてくれるんだろ?」


「そうだったわね。今日はその事でわざわざ家に来て貰ったんだった。あなたがすすめればすすめるだけお茶を飲むのが面白くて忘れる所だったわ」


「おい……」


「ふふ、冗談よ。話しねわかってる。じゃあ、そろそろはじめるとしようかな」


 そこから朝倉は表情を真面目なものに変えた。


「あたしの事、それとあなたの事。そして……涼宮さんの事をね」


 今、目の前にいるのは時折見せていた、普段と違う雰囲気の朝倉だった。



「まずあたしの事だけど、あたしは普通の人間じゃない」


 なんの感慨もなく朝倉はそう切り出した。


「情報群からなるこの宇宙を統括する存在、情報統合思念体に作られた対有機生命体専用のコンタクト・インターフェイス。

 そしてそのコンタクトの対象が涼宮ハルヒ、及び涼宮ハルヒの力に影響を受けた周囲の有機生命。主な観察は別のインターフェイスが行っているから今のあたしに特別な役割はないの。


 涼宮さんについては説明できる事は少ないわ。だからこそ、情報統合思念体が注目してる。一つ確実に言えるのは有機生命体が一生かかっても処理しきれない程の情報を彼女が創造しているということだけ。涼宮さん自身はその事に気付いていないけどね。その力の謎をあたし達は知りたい。彼女こそに情報思念体の自律進化の可能性が秘められているのかもしれないから。


 そして最後にあなたのことだけど、自身の事をおそらくあなたは分かっているんじゃないの?認めたくない、認められない。そのどちらか」


 ただ黙って耳を傾けていたオレを、朝倉の視線がいぬく。

 あぁ、その通りだ。けど、


「それでも朝倉の口から聞きたい。だめか?」


 その言葉を聞いて朝倉は少し眉をひそめた。

 予想外の返答だったのだろうか。しかし朝倉はすぐに薄い笑みを浮かべた。


「いいけど?」


「頼む」


 朝倉は急須に手を伸ばし自分の湯飲みに傾けた。しかしどこかの誰かがお茶を四杯も飲んだせいで急須の中身はかなり少なくなっており、朝倉の湯飲みの半分も満たせなかった。

朝倉は気にせず、急須を置き、湯飲みに口をつけ、そして話しを続ける。


「涼宮さんの力をもう少し解りやすく言うと、周囲の環境情報を自由に変化させることができるの。

 つまり涼宮さんは、小さい所を言えば夏に雪を降らしことも出来るし、大きい所を言えば限定的な別次元空間も作ることもできる。それどころか望めば世界をも作り替えられる。


 ようするになんでもできるのよ彼女は。今の所は自分の力に気付いていないから無意識でだけど。場合によっては情報統合思念体以上の力を発揮させる。


 その彼女が無意識で発揮させた力の影響の一つに、特定数の人類に超常な力及び断片的記憶情報を与えたと言うものがある。

 それがあなた」


「超常な力か、ははっ、つまり涼宮が言う所の超能力者な訳だなオレは」


「えぇ、そうゆう事になるわね」


 茶化すようなオレの言動等気にもせず、朝倉は説明を続けた。


「けど、あなたに与えられたの力だけじゃなかったはずよ。

 断片的記憶情報。涼宮さんの力の詳細、彼女の存在の核心、自分と同じ境遇の人間の存在、それらの事柄が全て知識として与えられた。そうでしょう?」


 その通りだった。


 三年前のある日突然、自分にある力に目覚めた。

 その力自体、訳が解らなかったし何故力に目覚めたと気付いたのかさえ、理解できなかった。朝倉のいった通り知識だけを唐突に与えられたのだ。涼宮ハルヒの事や、涼宮ハルヒの力が世界に及ぼす影響についての知識が。

当時のオレは恐怖と混乱で頭がどうにかなりそうだった。


そんな時、転機が訪れた。


「力と知識を与えられた大多数の人間達はその知識のもとに集い、組織だった活動を開始したけれど。あなたは例外」


 直も続く朝倉の言葉。


 そう。確かに『機関』を名乗る者がオレの前に現れた。オレの状況を理解し自分達もオレと同じ境遇の同士だと言った。

 しかし、オレの転機はその前の日に行っていた。


 どうでもよくなったのだ。


 涼宮が世界を壊すかもしれない事にも、おかしくなった自分にも興味が失せた。周りの全てに愛想がつきた。


 だから、機関への誘いも断った。世界が滅びようが、己の使命がなんだろうが機関の連中の話しは微塵も興味がわかなかったのだから仕方がない。

 だけど、なんでだろうな。

 今は違う。朝倉に関係する事柄にオレも多少なりとも関わりがあったことが嬉しい。


「なるほどな」


 湯飲みに口をつけ、一息ついている朝倉を眺めながら、オレはソファーに寄り掛かった。いつのまにか前の身になっていたようだ。


「お前は宇宙にいる情報群からの刺客で、オレは超能力者。いや、だったらお前は宇宙人といったほうがわかりやすいな。オレが超能力者でお前は宇宙人か、面白いな。なんだか今更ながらそう感じる。それで?オレの超能力はどんなのだ?」


 ソファーの背もたれから離れ、オレは朝倉に問い掛けた。


「それもあなたは知っているでしょう。またあたしに説明させるつもりなの?」


「そんなことないさ、何年も前にどうでもいいと思ったことだぞ?とっくに忘れた。頼む、いいだろ、勝手にオレの事を調べてたんだからな。授業中とか、前の映画館とか、」


 我ながら驚いてる。自分がこんな雰囲気で喋る人間だったとはな。

 けど、確かに全てに興味を失う以前のオレは厚かましい奴だったのだ。

 朝倉は呆れたように、


「情報干渉にやっぱり気付いていたのね。確かにあなたの力の解析は数回行ったけど、殆ど失敗に終わったわ。あなたに干渉しようとすると強力なジャミングに見舞われる、あたしの思考経がショートさせられるほどのね。まあ、あなたは殆ど無意識で妨害していたようだけど」


「映画館の時は違うだろ、お前のいう解析とやらが少なからず出来たはずだ」


「まあね。あなたをあたしの情報制御空間に隔離することで力の片鱗を垣間見ることは出来た。けど解析とは程遠いわ。結局あなたの力がどんな効力をもっているかの予想がたてられた程度のものだもの。力の情報形態は以前謎のまま。涼宮さんが生み出す他の情報同様のジャンク情報にしかみえない」


「オレはその効力が知りたいんだよ。逆に情報がどうのこうの言われても、さっぱりわからないからな」


「あれだけの高密度情報を操作しておいて、そんなこと言うのね。ま、いいわ。あたしの仮設だけどそれでいいなら」


「いい」


「わかったわ」


 間髪入れないオレの返答に朝倉はため息混じりで話しを再開した。


「涼宮さんによって与えられたあなたの力は、対宇宙人用の超能力と言えるものね。あなたにはあたし達の情報操作による干渉が一切通用しないの。反則的な程にね」


「それは、凄いのか?」


 朝倉はオレの言葉に首を振った。


「あたし達にとっては凄いというより、驚異ね。情報統合思念体そのものを脅かす程の力ではないけれど、あたしみたいなインターフェイスに危害を加えるには十分すぎる能力だから。予想だけど攻勢的な力も持っているんじゃないかしら。情報操作に逆干渉するような」


「つまり、お前と戦ったら勝てる訳か。いいこと聞いたな」


「ふふっ。怖い。けど完璧ではないのよ」


「なんでだ?」


「力そのものがね、とても不安定なの。力の発動にはおそらく条件が必要。ようするに好きなときに力を使えないの」


「そうなのか」


「これも予想だけれど、そのことに関しては涼宮さんの意識に関係してるんじゃないかと思うわ。彼女は宇宙人と友好な関係を望んでいるの。だからあなたの攻戦的な力をあまり必要としていない。力が不完全な理由はこのへんが関係してる可能性が高いわね」


「つまり、オレはどんなときにその超能力を使えるんだ?」


 朝倉は顎に指をあて少し考えた後、


「わたしのようなインターフェイスから先に情報干渉的アクションをあなたに起こしたとき。あなたはそれを無効することが出来る。そして、その攻性情報に逆干渉できるはずよ」


 朝倉が説明してくれた事はどれも常識を無視した話だらけだったが、いきなり頭の中に叩き込まれたものよりよっぽど信頼出来る情報だ。

 与えられた知識で理解していてもオレは納得してなかったのだろう。


 しかし、第三者である朝倉から話しを聞いてオレは納得した、そして面白いと思った。退屈な日常が急に輝きだしたように見えたのだ。


「お茶入れなおしてくるわね」


 そう言い、朝倉は急須を手にとると台所に消えていった。

 リビングで一人になったオレが思うことは、この力について、そして朝倉について……

 この超能力を朝倉の為に使う事が出来ないだろうか。


 涼宮についてなんて、今でもかわらずどうでもいいし、情報思念体の進化の可能性なんてのも興味ない。

 ただ、朝倉の手伝いをしたい。それだけだ。


「という訳で、涼宮の観察とやら、オレも協力する」


「という訳って……どういう訳?全然話しが見えないんだけど」


 朝倉はオレの湯飲みに5杯目のお茶を注ぎながら呆れた表情をしている。


「言葉通りだ。お前の仕事をオレに手伝わせてくれ」


「どうして?そんなことしてあなたになんのメリットがあるの?あなた相変わらず、涼宮さんの力が世界に与える影響にも興味がないようだし、自分の使命を認めたようでもない。そんなあなたが、あたしに協力する目的が解らないわ」


「理由が必要なのか?微力ながら協力員が増えるんだ。そっちにしたらいい事だろ」


「知能を持った生物の行いには例外なく理由があるわ。それは情報生物体も有機生命体もかわりない。

あなたになにか思惑があって、それがあたし達に不都合であるようなら、あなたの申しでを受ける訳ないでしょう?」


「そりゃ……そうだが」


「そもそもあたしはそんな事をさせる為に、あなたの立場を自覚させた訳じゃないの。あなたの無意識に使う力が、あたし達の邪魔になる可能性が無視できないレベルであったから、直接説明するという手段を余儀なくした。力に無自覚な状態よりも、力を自覚させて状況も理解させれば、障害にはならないとあたしが判断したからよ」


 朝倉の表情が今まで見たことのない程冷徹なものにかわる。


「関わらせる為じゃなくて、関わらせない為。あなたには対あたし達用のプロテクトがかかってるから、力だけを消去することが出来ない。だからあたしの言う事が聞けないのなら、生命に関わる強行手段も検討されることになる。これはあなたの安全の為なの、有機生命はなによりも死を恐れるのでしょう?」


「言うことを聞けないのなら、殺すってことか?」


「えぇ、殺すわ」


 朝倉が涼しい顔でそう言い捨てた。

 言葉になんの感情の起伏を感じないのは事実をたんたんと発しているからだろう。

 つまり、逆らえば本当に殺される。


「まあ、そこをなんとか頼む」


「……あたしの話、聞いてた?」


「聞いてた。だからそこの事情をなんとかしてくれって頼んでんだろ」


「………」


 朝倉は黙ってオレを見ている。いや、睨みつけている?

 あれほどはっきり、逆らうなら殺すと言われたのに逆らったんだ。オレの言動はある意味自殺になるのか。

 しかし、命をかけてでもこの一件から手を引くわけには行かない。


「朝倉、オレは三年前に世界の全てに興味を失ったんだ。道行く他人にも、学校の友達にも、家族にも、住んでる街にも、この国にも、世界にも、どうなろうが、なんとも思わない。そんなオレが毎日何を思って生きてたかわかるか?」


「そうね……淋しい、とか?」


「いや違う」


 オレは朝倉から目をそらさず、瞬きもせず、


「つまらない、だ。関心のない物で埋めつくされた世界は、なによりも退屈だった。確かにお前言う通り死ぬのは怖い。けど、退屈の中じゃ生きている実感は微塵も湧かなかった。生きていたのは確かだ、けど、そう感じたことはない。オレは動いてるだけの存在。自分自信のことをそう感じていた。それほどにオレは荒んでたんだ」


「つまり、死にたいの?」


「違うさ、死にたくない。生きていたい。しかし、ただ生きているだけは嫌だ、退屈にもあきた。生きている実感が必要なんだ。そしてオレは朝倉と朝倉を取り巻く状況に興味を持ったんだ。面白いと思った。機関の連中の話にすら、オレは見向きもしなかったのにな。つまりそれは朝倉に関わる事でオレは生きている実感が湧くということだ」


「……」


 朝倉は黙ってオレの話しを聞いている。

 いいさ、オレは言いたい事を言うだけだ。


「お前の言う事を聞いたら、裏の顔どころか、朝倉とも縁が切れるかもしれないだろ。そしたら、オレはあの生き地獄に逆戻りだ。それだけは、なんとしても回避したい。しいて言うならそれがオレの目的だ。情報思念体とやらが理解出来るか知らないけどな」


「………」


 部屋に沈黙が続く。

 オレの言い分はもうない。これでだめなら覚悟するさ。無理矢理に首を突っ込んで強行手段を甘んじて受ける覚悟をな。

 重苦しい空気の中、朝倉が静かに口を開いた。


「たくさん話してくれたところ悪いんだけど。何言ってるかわからないわ」


「……あー、まじで?」


「えぇ、さっぱり」


 情報思念体どころか、朝倉にすら伝わらなかったらしい。


「そ、そうか。わかんないか。そうか……結構気合い入れて説明したんだがな」


 自分の伝達能力のなさを恨む。オレは肩と顔を落とした。そんなオレに朝倉は、こう付け加えた。


「けど、一つだけは共感出来るかもしれないわね」


「……え」


 オレが顔を上げると同じに朝倉は立ち上がり、背を向けた。


「協力員その1でいいなら、ね」


「そ、それはつまり!?」


「どうなの?」


「もちろん!その1でも、2でも何だっていいさ!」


「そ、……じゃあ、話しもまとまった事だしお昼にしない?お腹空いちゃったわ、あたし」


 そう言い朝倉はまた台所に消えていった。

 その後、しばらくして朝倉が運んできたのはスパゲッティだった。


 有り難く頂戴した食後。オレと朝倉はこの前一緒に見た映画の話や学校の授業の話等をして時を過ごした。しまいには、朝倉がオレの勉強を見ると言い出し、オレは思わぬ所で数学の教科書をひろげるはめになった。


 互いに午前中の続きは口にしなかった。

 オレが超能力や宇宙人の話しをなかった事にとくに意味はない。


 朝倉はオレを協力員と認めてくれたようだし、手伝えるような事があれば向こうから言ってくれるだろう、オレからふる話題ではない。

 朝倉が関わりを認めてくれた時点で、オレは満足だったのだ。


「ん、もうこんな時間か」


 朝倉が書き記す公式から目をそらし時計を見ると、時間は3時半をまわっていた。

 シャーペンを起いて朝倉も壁にかけてある時計を見上げる。


「こんな時間って、まだ4時前よ?なにか用事でもあるの?」


「用事というか、この前、朝倉言ってただろ。次は休みの日にしようって」


「ああ、映画のこと?確かに言ったわね。なら今から行く?」


「時間を予め調べてきたんだが、今からだと多分たいしたもん上映しない。だから映画はまたの機会にしよう」


「そう……残念ね」


「それにオレはそろそろおいとまする」


「あら、どうして?まだ、あなたがサボって分の授業の復習が終わってないのに」


「正直、一人暮しの女の部屋にながいする訳にいかないからな。外が暗くなる前に帰る」


「気にしなくてもいいのに」


 気にするのはオレだ。


「けど、うん。あなたらしい考えかも。それなら送ってくわ。買い物ついでにね」


「ああ」


 オレと朝倉は勉強道具を早々に片付けマンションを出た。


 朝倉は西口駅前のデパートで買い物をしたいらしく、そこまで一緒に行くことになった。


「家はここから近いの?」


 西口駅まで来た朝倉がオレに尋ねる。


「そうだな、わりと近いな。歩いて10分ちょいだ」


「ふーん、そうなんだっとあたしはここで、デパートあっちだから」


 立ち止まった朝倉がオレの家とは反対の方角を指差した。


「そうだな、」


それじゃな、と言葉を続ける間際ある光景が目に入った。


「また、あいつらか………因果ぐらいはあるのかもな」


 それは朝に見た5人組の一団。

 涼宮ハルヒ達だった。


「………」


 朝倉もオレの視線の先に気付いたらしく、同じ方角を見ていた。

 その表情は心なしか険しいものように思える。

 涼宮達はもう解散する所だったようで、それぞれ散り散りになって行った。

 しかし、涼宮とクラスメートの男子生徒が残り会話を始めた。涼宮のほうが食ってかかっている感じだ。

 声を荒げている涼宮の声だけが、少し離れた場所にいるオレ達にも聞こえてきた。


『あんた今日、いったい何をしてたの?』

『そんなことじゃダメじゃない!』

『明後日、学校で。反省会しなきゃね』


 そこまで言った涼宮は、きびすを返し振り返ることなく人込みに紛れていった。

 クラスメートもそんな涼宮を律儀に最後まで見つめ、立ち去ったいった。


「涼宮の奴、最近には珍しく不機嫌そうだったな」


「………長門さんよく平気ね。かわらない観察対象に」


「朝倉?」


 朝倉は珍しい表情で涼宮達がいた場所を見つめていた。しかし、すぐにいつもの表情になる。


「さーて、あたしは買い物、買い物。それじゃあ明後日、学校でね」


 朝倉はオレに笑顔で向き直った。


「ああ、学校でな」


 手を振り歩きさる朝倉をオレは見送った。

 今まで見せたことがない表情、あれは………そうか、だからオレはお前に惹かれたのかな。


 朝倉が見えなくなってもオレはずっとそこに立ち尽くしていた。



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