第 Ⅳ 話


 週明け月曜日。

オレと朝倉の関係は変わらない。機会があれば友人程度の会話をする。


 しかし、それは周りから見た時の話だ。

 朝倉はオレの協力を認めてくれた。友人関係から協力関係になったのだ。ただそれだけで、世界は格段に輝いて見えた。 と言っても朝倉から何も言われなければ、オレがする事はない。

 勝手なことをして殺されるのはさすがに嫌だからな。


 それでも何かをしたかったオレは朝倉の目的である『涼宮ハルヒの観測』に乗っ取り、涼宮の様子に気をつけることにしていた 。

 まあ朝倉の言う観測は、視覚的に眺めていても出来るようなことじゃないだろうがな。


「珍しく不機嫌だな」


 涼宮ハルヒの観測一日目にして、そんな事を思った。

 最近の涼宮は入学当時とは比べものにならないほどに、表情を輝かせていることが多かった。

 なのに、まるで時が戻ったかのように当時の不機嫌なオーラを周囲に撒き散らしていた。


 いつも親しそうに話しをしている男子生徒とも、朝に少し会話してそれっきりだ。

 そして終業のチャイムがなると、その涼宮と仲のいい男子生徒は涼宮とまったく会話をせず、そそくさと教室を出ていった。

 そんな男子生徒を涼宮はちらりと横目で見て、よりいっそう不機嫌な顔になった。


「………そんな顔するな」


 咄嗟にでたこの一言は涼宮に対してではない。

 そんな涼宮の様子を伺っていたオレ以外の教室内の人物。


 朝倉はあのときの表情をしていた。


 オレは教室を出た。涼宮と仲の良い男子生徒を追う為だ。

 涼宮の力についてはオレも知っている。朝倉に説明されたし三年にも与えられたからな。

 そして、涼宮の心情についての予想もだいたいつく。涼宮は不思議を求めているんだ。だから自己紹介で、宇宙人や未来人や異世界人や超能力者に呼び掛けた。


 涼宮の作った部活、SOS団に集まった人数は四人。この前、北口で見た奴らだ。

 長門はおそらく朝倉と同じだ、感覚でわかる。

 そして古泉はオレと同じ。涼宮が自己紹介で欲していた内の宇宙人と超能力者が涼宮の周りにいる。

 いや、おそらく全部いる。


 残り二人の団員も十中八九、未来人と異世界人だろう。ならあの男子生徒はそのどちらか。

 なにか新しい情報が欲しい。が朝倉はこの前話してくれたこと以外は多分教えてくれないだろうし、古泉一樹も機関に属さないオレに情報を与えるとは思えない。

 だがあの男子生徒と話しをすれば、それが叶うかもしれない。

 そうすれば、朝倉があんな表情をしなくていい方法がわかるかもしれない。


 男子生徒の姿は既に見えなかったが多分あそこだ。前にちらりと聞いたことがある、部室棟、文芸部室。そこがSOS団の部室だ。


 渡り廊下を通り、一階まで降り、いったん外に出て別校舎に入る。

 ここがクラブや同好会が集まっている部室棟。旧館とも言われているらしい。ここのどこかに文芸部室がある筈だ。


 一階を見渡す。ないな。

 二階に上がる。

 廊下を歩きながら、一つ一つ、部室名を確認していく。

 とその時


「!」


 突然前方のドアが開いた。そして出て来たのは二人の男子生徒。


「場所をかえるって、どこか怪しげな場所に連れていくじゃないだろうな」


「まさか。学校から出たりはしませんよ。そうですね、食堂の屋外テーブルでいかがですか?あの場所なら今の時間、人目もないでしょう」


 それは古泉一樹とオレが探していた男子生徒だった。

 とっさに隠れなくてはと思ったが、廊下に身を隠せそうな場所はない。オレは歩みを止めず、平然を装い二人とすれ違う。 古泉一樹がすれ違いざま、ちらりとこっちを見たがそれ以上のことはしてこなかった。


 背中越しの二人の気配が階段を降りていったことを確認したオレは、歩みを止め身を翻した。

 食堂の屋外テーブル。古泉一樹が言っていた場所に行くと、二人の男子生徒がテーブル越しに座り、会話を開始していた。オレは姿を隠せるギリギリの距離まで近づき、聞き耳をたてた。

 話の内容はどうやら涼宮ハルヒについて、それに古泉一樹の正体や機関についてのようだ。


「世界を自らの意思で創ったり壊したり出来る存在、人間はそのような存在のことを、神と定義しています」


 古泉の説明を男子生徒は、茶化しながら聞いていた。が古泉の熱心さに影響されたのか、非常識なその話しを信じているようだった。


 その説明の中で古泉はこう言った。


「あなたについては色々調べさせてもらいました。保証します。あなたは特別何の力も持たない普通の人間です」と。 


そして、


「ひょっとしたらあなたが世界の命運を握っているということも考えられます」とも。


 二人の会話を聞く限り、男子生徒は本当に事情もよくしらない一般人のようだった。

 どうやらあいつは、未来人でも異世界人でもないらしい。ならどうして涼宮と一緒にいる?なぜ涼宮に気に入られている?

 古泉も言っていたが、まったくの謎だ。


「長々と話したりしてすみませんでした。今日はもう帰ります」


 と締め括り古泉一樹が立ち上がる。

 男子生徒は引き止めず黙って見送った。


「立ち聞きとはあまり、趣味がよくないのではありませんか?僕と彼が秘密の話しをするのだと、あなたも察しがついたしょう?」


 古泉一樹がオレの前で立ち止まった。気付かれてたか。まあいい。


「あいつは何もんだ?なんで普通の人間が涼宮に気にいられている」


「なるほど。彼に興味があるのですか。どうやら涼宮さんの力についても認めたようですね。いったいどんな心変わりですか?あれほど、我々の話に聞き耳を持たなかったあなたが」


「世界が意外に面白いって事に気付いてな。涼宮の周辺に興味深々だ。だから教えてくれないか。あの男子生徒はなんだ?」


 古泉は小さくため息をつく。


「僕があなたに教えるとお思いですか?」


「お前が教えてくれないのなら、本人に直接聞くぞ」


「無駄ですよ。彼がなにものなのか、彼自身も知りはしない。もちろん我々もね。知ってる者がいるとするなら彼女だけでしょう」


 涼宮ハルヒか。


「我々は彼が涼宮さんの鍵なのではないか、と考えています。良い意味でも悪い意味でもね。なので接触は慎重に行っています。ですからあなたに下手なことされると困るんですよ」


「………鍵?」


「ええ、それ以上はなんとも言えません。我々も恐る恐るなんです。涼宮さんの周りはわからないことが多過ぎる」


 涼宮は心から不思議を求めている。普通の人間なんか見向きもしないほどにだ。

 古泉一樹や長門に対してだって潜在的な所では、異様な存在だと理解しているはずだ。だからこそSOS団に入れたのだろう。

 だが、あいつは違う。絶対的な意思で集められた異様な面々の中で、一般人という異色を放っている。

 あの男子生徒は涼宮にとって何か重要な意味を持っているんだ。


「これで二度目になりますね」


 古泉一樹は威圧的な口調で、


「どうやら、あの時は言い方を間違えたようです。朝倉涼子に、ではなく。全てに、と言っておくべきでした。今一度、あなたに警告します。 これ以上、余計な詮索をなさらないでください。我々も遊びでやっている訳ではない。

邪魔をすると言うのならあなたに対して強行手段もとります」


 似たような事をつい最近に聞いたな。


「解ってる。ちょっと気になっただけだ。これ以上は聞かない」


「本当ですか?まあ信じる他ありません。我々とて、手荒な真似はしたくないのですから。それに興味が出たというなら機関に所属してはいかがですか。同士は多いほうが心強いですからね」


「考えとく」


「そうですか。それではまた」


 そのまま古泉はあっさりと歩き去った。もっといろいろ言われるかと思ったが。


 まあ、それはいいとして、情報は手に入った。

 あの男子生徒が涼宮の鍵である。重要な情報だ。

 しかしこれをオレはどう使えばいいのだろう。

 ……朝倉だったらどう使うのだろう。

 オレは古泉一樹達がいたテーブルに座り、日が落ちかけるまで思い悩んでいた。オレに出来ることはなんなのか。協力員として朝倉の助けになることはなにか。

 どうすれば、朝倉があんな表情をしなくなるのか。

 しかし結局、なにも思い浮かばない。なにをどうすれば朝倉の観測とやらが捗るのか、予想もできない。

 いっそ、涼宮ハルヒに接触してみるか?鉄の棒でも持って殴りかかれば、力とやらを使うかもしれない。


「ははっ、馬鹿かオレは。そんな事をする勇気もないくせに。しかもそれが朝倉の助けになるかも解らない」


 駄目だった。オレには解らない事が多すぎる。

 自分の無力差が異様に悔しく感じ、しかしそれ以上に悲しかった。


「朝倉……オレに出来ることはなんなんだ?」

 


 オレは椅子から立ち上がる。気がついてみればもう夕方だ。

 一般生徒の下校時刻はとっくに過ぎている。教員に見つかったら何かとうるさいだろう。

 オレは早々に帰宅する事にした。


「そういや、内履きのままか」


 放課後、教室から直でここに来たからな。下駄箱までいって外履きにはきかえなくてはならない。


「とりあえずは」


 オレはゆっくりと足を動かして下駄箱に向かった。


 目的地についたオレは意外な人物に出会うことになった。

 靴箱の真ん前で佇んでいる人物。

 あれは。


「朝倉。なにしてんだ。こんな時間にこんなところで」


 そう、朝倉涼子だった。


「靴箱ですることなんて限られてるでしょ?」


 背を向けていた朝倉が、驚きもせずに振り向く。


「自分の靴を履き変えてようにみえないから言ったんだ」


「ザンネン、それはハズレ。今ラブレターをね、入れたところなの」


「ラブレター?」


「えぇ、靴箱に入れるのは定番でしょう?」


 そういや、熱心に誰かの靴入れを見つめていたな。誰のだ?

 オレは朝倉が先程まで見つめていた場所に近づく。

 確か、ここらへんだった。

 そこには、とある名前が書かれていた。誰だ?知らない名だ。


「彼よ。涼宮さんの前の席の」


「………そいつは」


 さっきの古泉の会話相手であり、涼宮の鍵だという男子生徒だ。


「こういう形で呼び出せば、高い確率で来てくれるかなって思ったの。差出人の名前を書かないところがポイントね。 相手がわからないから興味がわく。どう、なかなかいい作戦でしょ?」


 無邪気に笑う朝倉。


「呼び出してどうする?愛の告白でもするのか?」


「あなたに言う必要はないんじゃないの?」


「協力員だろ?協力させろよ」


「あら、涼宮さん絡みだとは限らないでしょ?あなたの言う通り、愛の告白かも?」


「いや違うな。あいつを呼び出して、おまえは何かする。今までのことを払拭するなにかだ」


 オレにはその確信がある。そのことを察した朝倉は、浮かべいた笑みを消した。


「………ふーん。どうやら彼が涼宮さんにとっての特別だって知ってるみたいね」


「ああ」


「それであたしに協力したいの?あたしがなにをするかも解らないのに?」

「ああ」


 朝倉の視線から、目線を逸らさずにオレは頷く。

 命も投げ出す覚悟なのだ。なにをしようと、


「あたしは明日、彼を殺す」


 昇降口にそんな無関情な声が響いた。


「ころす………?」


 オレの思考は一瞬止まった。ころす?ころすってのはあの殺すか?

 朝倉は楽しそうに、


「彼の身に何かあれば、涼宮ハルヒは少なからず動揺するわ。なら、死ねば?彼が死ねば、涼宮ハルヒの動揺は量りしれない。彼女の感情と力には確実に相互関係がある。なら彼の死によって、大きな情報爆発が観測出来るはず。またとない機会を得る事が出来るわ」


 オレは言葉を失った。

 朝倉は本当に嬉しそうなのだ。本気であの男子生徒を殺した後を想像して、胸を高鳴らせている。


「あたしが怖い?」


 冷ややかな目がオレに向けられた。朝倉の表情は薄く笑んでいる。


「当たり前ね。有機生命にとって死は恐怖の対象。例え、死を迎えるのが自分でなくても、その死を与える者に恐怖感を抱くものだものね?あなたはあたしが本気だと知っている。あたしが目的のために、一人の人間の死を選んだこと。 それを知ってもあなたはあたしを手伝いたいの?」


「…………」


 オレは答えることが出来なかった。

 自分の命ならかけた。その気持ちに嘘はない。

 しかしそれと他人の命を奪うのとは次元が違う。違いすぎるだろう。

 黙り込むオレに朝倉は笑顔向けた。そして発した言葉は意外なものだった。


「……あたしはどうして、このことを話したのかしらね」


「え?」


「この行動はね。あたしの独断なの。情報思念体は殆ど現状の維持を保ちつつの観測で考えがまとまってる。もし他のインターフェイスにこのことが知られたら、あたしはたちどころに消されてしまうはず。だから誰にも知られる訳にはいかない。なのにあなたに話しちゃった」


 朝倉はまるで悪戯がもみつかってしまったかのように、舌をだしておどけてみせた。


「知ってしまったあなたには、少なくても明日の放課後まで眠っていてもらいたいんだけど。おそらく無理ね。あなたの力が、あたしのいかなる情報操作も許してはくれないでしょうし」


 朝倉は自分の爪先をみながら、


「あなたが彼に、もしくは他のインターフェイスに話しちゃったらおしまい。あーあ、一大決心だったんだけど。失敗しちゃった。 まさか、こんな時間にあなたがいるなんて思わなかったもの。これで、変化のない対象の観察に逆戻りかぁ」


「わからない。朝倉、オレは……どうすればいい」


 オレは朝倉を手伝いたいけど、それによってあの男子生徒が死ぬことになったら、この先オレはその罪に堪えられるか?


 こんな時になって初めて思い知らされる。他人に興味がないなんて、言っていても所詮はただの人間だ。興味がないはず命に躊躇いを感じているのだから。


「………迷っているの?どうして?」


 朝倉が語りかけてきた。


「当たり前だ!」


 オレは不思議そうな表情の朝倉に叫び反した。


「オレは朝倉に恩返しがしたかったんだ。退屈な日常という地獄から、お前が抜け出さしてくれた。だから朝倉の手伝いを申し出た。涼宮にとっての特別があの男子生徒なら、オレの特別は朝倉、お前なんだよ!」


「……なんだか愛の告白されたみたいで、照れ臭いわね」


 しかし言葉とはうらはらに朝倉は、教室で誰にでも見せる笑顔を作っていた。


「もし、あたしが普通の人間の女の子だったら嬉しく思ったのかな。それともインターフェイスである存在でも、嬉しく思うことが出来たのかな。わからないわね。あなたと接触するようになってからは、自分の行動の意味さえもわからなくて、あたしの中のエラーは蓄積しっぱなし」


 朝倉の笑顔が弱々しくなる。


「バックアップであるあたしより、あらゆる機能が上回る彼女に報告すれば、あなたの力を消滅させることができたのに、なぜそうしなかったのかな?まだあなたが残っているのを知っていたのに、見つかる可能性がある危険な時間帯に手紙を彼の靴箱に入れたのかな?知らなかったとあなたに嘘までついて。


なぜ、あなたに全て正直に話したのかしらね。いくらでごまかすことはできたのに。もしかしたら自分の意思で決めたと思っていたこの一世一代の独断行動も、膨大なエラーの蓄積によるたんなる異常動作なのかもしれない」


 そこまで、言うと朝倉は笑顔を満面のものにした。


「だから、あたしはあなたに選択肢を委ねようとおもう」


「オレに……委ねる?」


「えぇ。インターフェイスの役割をもつ朝倉涼子も、普通の女子高生である朝倉涼子も全部あたしだもの。今たんなるエラーの影響で暴走してるにしても、それも紛れもないあたし。今までのあたしの行動が、あなたをこの場に呼び寄せた。そしてすべてを話して、阻止するすべを教えて、あなたに束縛するつもりもない。きっとあなたに判断を任せたかったんだと思う」


「オレに選べってのか?人の生き死にを?」


「なら、あたしを止めて。あなたなら力ずくでも止めることが出来るし、彼に知らせるだけでも他のインターフェイスに届くだろうし。けど、一つだけ言っておくわね。あたしに迷いはない。あなたが止めなかったら、あたしは、目的を叶える。ふふ、いろいろ矛盾してるわね。やっぱりたんなる異常動作なのかな」


 朝倉が背を向け、靴箱に手を伸ばした。そして自分の靴を外履きに履き変える。


「あたしもう帰るね。彼は明日の放課後、誰もいなくなった教室に呼び出したわ。期限はそれまで。あなたの意思で止めるか、止めないか決めて。それがあたしの意思でもあるから」


 朝倉はそのまま昇降口を出ていった。一人残されたオレはいつまでも立ち尽くしていた



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