祈りの夜

「死ぬのが怖いのです」

 ステンドグラス越しに色づいた星明かりへと祈りを捧げながら、老いた修道女はぽつりと呟いた。

 松明の灯りさえ息を潜める聖堂に、静かに伸びる一筋の影は、修道服の小さな天使の儚さと神々しさにひっそりと従う。

「今までずっとひとすじに主を信じてまいりました。今までずっと主に召されてこの世を離れるべく仕えまいりました。でも……」

 震える声がか細く途絶え、星明かりと聖女とその影だけがそこにいる――ステンドグラスの下には、ただ侵してはならない静謐が広がっていた。

「私がどれだけの信念を持っていようとも、どれだけの信頼を主に置いていようとも、真実はずっとこの私に寄り添っているのです。誰にも、真実だけはずっと……」

 美しい老木の枝のような聖女の指を、一筋二筋と涙が伝っては落ち、星となって散った。


 夜明けとともに世界が目覚める頃には、聖堂は天使の柩になっていた。

 星明かりとともに去った聖女に今なお寄りそう真実を、主が創りたもうた世界の中で知るものはないだろう。



「祈りの夜」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る