ある少年の結末


「……そう言えばあと一人のカオス・ヒーローはどこに居るんですか?」

「あぁ、グレーテルちゃんなら私が居たお城の下の街でお菓子屋さんを開いてますよ?あれ、結構美味しくて私もついつい食べ過ぎちゃうんですよ」

「なるほど。道理で最近太ってきたわけだ」

「酷い!?」


 僕達はカオス・ヨリンゲルを逃してしまった後、カオス・ブドゥール姫の好意に甘えて彼女の城に居る訳だが、中々話が進んでいない様だった。

 みんなが話をしている間に、僕は調律の巫女達について書かれている書物を読んでいた。

 彼女たちがこの想区に現れたのは大体二世代前のカオス・ヒーローたちの頃。

 その頃はどうやら月読京とこの砂漠の城はまた別々の場所にあったらしいが、いつだったか融合していたらしい。

 だからこの城の門番としてカオス・金太郎が居たのか、と一人で納得する。

 と言っても本人たちは知らないだろうから黙っていた方が良いのかもしれない。

 この想区自体はこの想区の中心のラァヴの城(要はヨリンゲルの城)とこの想区の王であるヨリンゲルを起点として成り立っていたようだ。

 問題はそのヨリンゲルがカオステラーとなってしまった事のなのだが……


(ヨリンゲルの元の性格からして自らカオステラーになった……と言う線は薄いか?

 いや、その割にはカオステラーになっての性格はヨリンデに近しい物だったし、この想区では二人の性格が反対なのか?

 いや、その線はさっきヨリンデ自体がそんな性格では無かったと言っていたし、やはり何か他の原因があったのか?ダメだ、分からない)


「今日はこの辺にしておこう。明日から手当たり次第行動に移す、それでいいかい?」

「……そうだな、結局何も手掛かりが無いのなら虱潰しに当たるしかあるまい」

「うわぁ……面倒くさいです」


 とりあえず話し合いはここまでにして、また明日からカオス・ヨリンゲルを追跡することになった。


 ◇


「……ねぇ、起きてる?」

「ん?どうしたんだい、アリス。眠れないのかい?」


 真夜中、僕が本を読んでいる部屋にアリスが入ってくる。

 どうやら眠れなくなったわけではないらしいけど……。


「昨日の話の続き、聞かせてくれない?」

「昨日?あぁ、あの話か……。聞いても楽しい物じゃ無いけれどな……」

「それは私が決める事よ?それに、あの話は貴方の昔話なんでしょう?」

「あー……、まぁそうなんだけどさ……」

「……お姉さんが食べられちゃった後、貴方はどうしたの?」

「……」


 僕の姉、赤ずきんが狼に食べられてしまった所で話が終わっていたんだっけ……

 何でそんな中途半端な所で止めてしまったんだろう……。

 あぁ、どうやって話し始めれば良いのかな、僕は語りは上手くないからそんな所から始めようにも……まぁどうとでもなるか。


「わかった。じゃあお話を始めようか。合言葉は良いかい――クリック?」

「クラック!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 赤ずきんが狼に食べられてしまった。

 その事実は村中に広まった。勿論運命の書に記されていた事実だから、村の人たちも薄々この日が来ることは分かっていた。

 わかっていなかったのは空白の書の持ち主である僕だけだった。


 僕は姉の死を受け入れられないまま日々を過ごしていった。

 その間の日々の事は今でも思い出せない。ただただ、空虚な毎日を過ごしていたような感覚はあったのだけれど……。


 そんな僕にも、その悲しい現実を受け入れねばならない時がやって来た。

 姉が無くなってから十年後、丁度僕が17歳になった頃だ。

 かつて子供だった皆はそのほとんどが大人になっていった時期だった。

 僕が何となく村を散歩していると、赤い頭巾を被った女の子が森の中に入っていくのを偶然見かけた。

 始めは見間違いかとも思った。でも、その小さな姿はそこ確かに存在していた。


 僕は居てもたっても居られずにその背を追いかけた。

 その子はどうやらお使いに行くようだった。僕はその事実を知って怖くなった。

 十年前、猟師さんに姉の死を知らされた時に教えられたこの世界の筋書き。

 そして、この世界の成り立ち方。


――この世界は同じ運命を繰り返すことで成り立っている――


 最初は僕も耳を疑った。そんな事があり得るのか……と。

 だけど、赤い頭巾の少女を見かけて、知ってしまった。

 どうしようもなくくだらないこの世界の因果を。それが本当に実在してしまう物なのだと。

 僕は、それから毎日の様にその赤ずきんに会いに行った。

 最初は僕の事を怖がっていた赤ずきんも、次第に心を許してくれるようになった。


 そうして一年後の事だ。

 その日も僕と赤ずきんは一緒に居て楽しくおしゃべりをしていた。

 だけど赤ずきんはふとお使いの事を思い出す。だが、僕はそれを引き留めた。

 今日一日は、お使いをサボっても良いんじゃないかと。


 勿論赤ずきんはとっても良い子だ。頼まれたお使いをサボろうとなんてする子じゃない。

 だから、僕は彼女の代わりに行くと言って出ていった。

 赤ずきんは断ろうとしていたけど、僕が頑なに言い張ると遂に諦めたのか、手に持っていた籠を僕に預けた。

 そうして僕は赤ずきんがするはずだった役目を変わったんだ。



……その日は丁度、赤ずきんが食べられてしまう日の事だった。


 

 僕は本来赤ずきんが通るはずの道を使わず、 回り道をしてお婆さんの家に行った。

 お婆さんは僕が現れるととても困ったような顔をしていた。

 僕が事情を説明しても、お婆さんはあまりいい顔をすることは無かった。

 そして帰り際、お婆さんは僕に一つこう言った、

「他人の運命を変えるのなら、相応の覚悟をしなければならない」


 最初聞いた時にはどうしてそんな事を僕に言うのか分からなかったが、後になってその言葉の重みを思い知らされることになった。


 僕は村に戻って赤ずきんにお使いが無事に終わった事を知らせた。

 自分の運命を知っている赤ずきんはその事を知って困惑していたが、僕がそのまま家に帰る様に促した。

 今日さえ越えてしまえば赤ずきんが死ぬ事は無いと、そう思っていた。

 でも、それは全くの間違いだったんだ。


 


 その日の夜、外が騒がしいと思い家から出ると、そこには見たことの無い化け物たちが村を襲っていた。

 それがヴィランと言う名を持つ運命の修正を目的として生み出された怪物だと知ったのはいつの頃だったかな。

 村の人々は皆ヴィランに殺されるか、同じようにヴィランに代わってしまっていた。

 僕は急いで赤ずきんが住んでいた家へと向かった。

 彼女に何かあったなら、もう、僕は正気を保っていられなくなるだろう。

 やっとの思いで赤ずきんの家にたどり着くと、中は既に滅茶苦茶に荒らされている状態だった。

 家具や食器が散乱し、恐らく彼女の両親であっただろう二つの遺体が残っていた。


 それとは別に、僕は隣の部屋で獣の唸り声の様な不気味な音が鳴り続けているのに気が付いた。

 嫌な予感はしていたけれど、それでもその扉を開けずにはいられなかった。

 扉を開け、その光景を見た僕は、声を上げる事すらできなかった。




――――赤ずきんは狼に食べられてしまいました―――




 狼は、残酷なまでにその使命を全うした。

 運命の書に忠実に、自らの辿る運命を、赤ずきんの辿るべき運命を、たった一つの空白の運命によって狂わされた運命を、ヴィランを引き連れ、村を襲ってまで修正した。最早それは修正と言えるのか分からない物だったけど。


 僕は、逃げ出した。

 目の前の狼を恐れた訳でも、赤ずきんの死が受け入れられなかった訳でも無い。


 ただ、呪い続けた。

 運命に従う事を強いるこの世界を。この運命を定めた誰かを。

 そして、愚かにも身勝手な理由で運命を捻じ曲げ、結果として死なずに済んだ人たちをも巻き込ませた自分自身を。


 気が付けば、僕は想区を取り巻く霧の中に迷い込んでいた。

 いつ、その中に入ったのかも、元の想区の場所も分からなくなってしまった。

 子供の頃、赤ずきんの話と共によく聞いていた話がある。


――霧を見ても近付いてはいけない、入ってはならない。

  もし入ってしまえば、時間も方向も自分が生きているのかも分からなくなる。

  霧に入ったが最後、その存在は無かった物として消されてしまうだろう――


 僕はその霧に迷い込んだ。

 自分の身勝手な行動で守れたものは、何もなかった。

 赤ずきんの事も、村の人達の事も、自分の命でさえ、今から失う所だ。


 全て、失った。こんなはずじゃなかったと喚いても、その声が聞こえるのは自分だけ。

 お婆さんの言った言葉が、やっとわかった。

 自分の所為で、沢山の人の運命を狂わせた。

 その覚悟も無かったくせに、僕は安易に人の運命を変えてしまった。


 霧に存在を掻き消される。それが僕のおしまい。

 僕にふさわしい無様な末路だ。

 無気力にその場に倒れこんで自分の存在が消されるのを待った。


 ……瞼が落ちて来て、意識が遠のく瞬間、手元にあった空白の書の頁がチカリと光るのを捉えた。

 その瞬間を最後に、僕の意識は失われた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「夜も遅いし……今日話せるのはここまでだね。はつかねずみがやってきた。

 話はここでおしまい。……面白い話だったかい?」

「……いじわるね。まだ続きがあるんでしょ?最後まで聞いてみないと分からないじゃない」

「……そうだね。さ、今日はもう寝た方が良い。明日からはヨリンゲルを探さなくちゃいけないんだからね」

「うん……わかったわ」


 そう言うとアリスは自分の部屋へと戻る。

 僕はその後姿を見送りながら、昔の事を少し思い出していた。


(そう、僕の運命はあの霧の中で終わるはずだったんだ。でも実際にはそうならなかった。

 あの日から、僕は自分の罪を償うために、この旅を続けているのかも知れない)




 ――空白の書を与えられて、何の役目も持たない僕が出来るのは……

 きっと、贖罪と言う名の自己満足だけなのだろう――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空白の創造主 ジュレポンズ @ueponnzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ