一人の少年の回想


―――僕は小さな村で生まれた。

 優しい母と姉に囲まれ、特に不自由なく育ってきた。


 唯一何かあったとすれば、それは僕の『運命の書』には何も記述が書かれていないことぐらいだった。


 周りの大人達は大層驚いていたものの、邪険に扱うわけでも無く、普通の子と同じように接してくれた。

 村の友達も、僕の空白の運命の事を馬鹿にしたりする事は無かった。

 むしろ羨ましいなんて言われることもあった。


 だけど、その時の僕はまだ知らなかった。

 運命が定められたこの世界で、運命に縛られずに生きることが出来ても、必ずしもこの世界の運命を変える事が出来る訳では無いという事を―――


 ◇


 僕の姉は、よくお母さんから森の奥にあるおばあちゃんの家までのお使いを頼まれる。

 籠にパンとワインを入れて、一人で薄暗い森の道を歩いていく。


 森には狼が出る場所があって、村の教えでそこを通ってはいけないと言われている。

 その場所は丁度おばあちゃんの家までの近道となっていて、そこを通れば普段通る道よりも格段に速く着けるのだけれど、姉はその教えをしっかりと守り、時間がかかっても安全な遠回りの道をいつも歩いていた。


 僕は姉のお使いに度々付いて行ったけど、狼の姿どころか遠吠えだって聞いたことが無い。

 だから狼が出るなんて迷信だと思っていた。

 

 ……あの時までは。


 ◇


 その日、姉はいつもと同じようにお気に入りの赤い頭巾を被ってお使いに行った。

 僕は、いつもと変わらずに帰ってくると思っていた。


 でも夕方になっても、姉は返ってくることは無かった。


 何かあったのか落ち着かずに家から出ようとした時、丁度猟師さんがやってきた。

 僕は事情を説明して猟師さんにも探してもらおうと考えた。


 でも猟師さんは僕を押しとどめてこう言った。

「赤ずきんは……もう戻ってこない」


 最初は何を言っているのか分からなかった。

 姉がもう戻ってこないなんて話を信じる事が出来なかった。


 猟師さんは僕にこの世界の大まかな筋書きを教えてくれた。


 この世界の主人公は赤ずきん……僕の姉だった。


 ◇


―――赤ずきんはおばあちさんの家へよくお使いに行っていた。

 村の教えの通り狼の出る近道を通らずに、安全な道を通ってお使いに行っていた赤ずきんだったが、ある日急いでしまうあまりにいつもは通らない道を通ってしまう。


 これまで狼の姿を見た事も無く、通っても大丈夫だろうと言う慢心があった。

 その道の途中で、赤ずきんは狼と出会ってしまい、食べられてしまう。


 その光景を目撃した猟師は赤ずきんを食らった狼を討ち、村に戻った。


 そして二度とこのような悲劇が起こらない様に、村では森の近道を通ってはいけない。そして、約束を破ってはいけないと言う教えを子供達によく言い聞かせるようになった―――


 これが、この世界の筋書きだった。


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