第3話 購買と背信

 そして購買へと足を運ぶ。昼前の購買は空いていた。


「何がいい?」


「んー、何があるだろ……」


 購買に並べられた商品をじっと眺めて、真剣に悩んでいる。リドリーはすでにもうメニューを決めていたので、さっさとオーダーする。


「あっ、リドリーはやい!」


「あんたが遅いんだよ……。決まったなら言え、買ってやる」


「え、いいの?」


「いいから」


「じゃあ端から端まで!」


「前言撤回」


「うそです! 焼きそばぱんとコーヒー牛乳がいい!」


「質素でよろしい」


 リドリーは購買部員に追加オーダーして、料金を払った。




 誰も使わなくなった教室がいくつかある。アリステアが先陣を切って教室棟の廊下を歩いていく。その足取りに迷いはない。


 リドリーは大股でそれについていく。


 ピアノのおかれた音楽室だった。埃だらけのピアノと、煤を被った椅子が何脚かあるだけの寂れた教室だ。




 アリステアは購買のパンをリドリーに押し付け、軽く教室を掃除した。埃が舞ってしかたがない。


 アリステアの掃除は乱暴で見ていられなかったので、リドリーが代わりに行った。埃まみれのアリステアの服を払ってやったり、おとなしく座っていろとなだめたり、世話の焼ける供物だった。




 軽い掃除も終えてようやく食事にありつく。あたりは静まり返っていた。ときどき、声の通る先生の声が耳に届くくらいのもの。まだ授業が続いている。


「いただきまーっす」


 アリステアは焼きそばぱんにかじりつく。満面の笑みで味わい、コーヒー牛乳で流す。


 そんなアリステアを見ているとなんだか脱力した。


「なあ」


「んむ?」


「しゃべるのは飲みこんでからでいい……」


 むぐっ、とアリステアはゆっくり噛んで飲み込んだ。


「僕に何か聞きたいことがある? いいよ、なんでも聞いて! 答えられるものは答えるから」


「わかったから少しはなれろ」


 ずいずいと、アリステアは遠慮なくリドリーに顔を近づけていく。鼻先が触れそうなところで、リドリーはアリステアを押しのけた。おちついて昼飯も食べられやしない。




「それで、何をききたいのかな?」


 アリステアの輪郭を、陽光が金色に縁どっていた。リドリーはパンの袋を開いた。


「供物、なんだよな」


「そうだよ」


「おまえ、天に背いたのか?」


「そうだよ。背信行為、っていうんだっけ」


「まあな。


 おまえ、何したんだ?」


 リドリーの疑問はそれだった。


 アリステアとは、出会って数時間経つかどうかくらいの浅い関係である。だがこの数時間でわかったのは、アリステアが根っからの悪人ではないということだ。




 ふわりと浮かんだ微笑や、無邪気に走り回る後ろ姿、好奇心でなんにでも手を突っ込む悪癖は、演技でできるようなものではない。――少なくともリドリーには、アリステアのそれらが素であると考えていた。




 そんなアリステアが、無邪気で無垢なアリステアが、天に背くとは思えなかった。




「そうだねえ。……んー」


「……」


 アリステアは顎に指をあてて考え込んでいる。数秒固まって動かなかった。


 そして答えが見つかったのか、ぱっと目を開く。




「ないしょ」


「……あのなぁ」


 内緒の仕草といたずら好きそうな笑み。ごめんね、とつぶやかれては、リドリーもこれ以上追及する気が失せた。


「まあ、天に捧げられる数日前くらいには教えてあげるよ。覚えてたらね」


「なんだ、身に覚えがないわけじゃないのか」


「まーね! 先生から聞いてるから、天に背いたんだぞーって」


 アリステアはコーヒー牛乳を飲み干し、ビニール袋に突っ込んだ。


 教室の窓から、風が吹き込んでくる。レースのカーテンがふわっと漂った。


 アリステアが窓の縁に手を乗せる。窓を背に、リドリーの方を向いた。




「だからごめんね、僕の罪はまだ、教えてあげない」




 アリステアの輪郭が、また陽光で金色に縁どられた。


 彼の顔に影がさして、少しだけ闇にとける。




 寂しそうに微笑するアリステアに、リドリーは「そうか」とだけ答えた。




 昼休みを告げるベルが、寄宿舎に響いていた。




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