葬儀・1


 偉大なるウーレン王の葬儀には、統一リューマ族長をはじめ、魔の島の主要人物が参列した。

 中でも、驚きを持って迎え入れられたのが、エーデム王である。

 エーデムは隣国であり、エーデム王・セリスはフロルの兄であり、参列は当然だとも思われた。

 だが、今まで主要な打ち合わせや会議、パーティで、エーデム王・セリスがウーレン首都・ジェスカヤを訊ねたことは一度もなかったのだ。

 ウーレンの民は、ここで初めてエーデム王なる人物を見ることとなった。


 馬車から降り立ったエーデム王は、ウーレンの民に驚きを持って迎え入れられた。

 エーデムの正装は銀色の衣装であるが、セリスはウーレンの葬儀のしきたりにならって、漆黒の衣装をまとっていた。

 すらっと背が高く、その高さにも負けず髪が長い。床につくかと思えるほどだ。

 緑の瞳は涼やかで、王が聡明なことを示している。

 そして何よりも、ウーレン人を驚かせたことは、銀色の髪を割って、二本の銀色の角が耳横から伸びていることであった。

 

 角……。

 これこそがエーデム王族の特徴であり、エーデムリングに属し、偉大なる力を解放できる者の証でもあった。

 エーデム自体が軍事的に弱小国でありながら、各国の脅威のまととなった背景に、エーデムリングの力があった。ウーレン王が、異種族結婚までしてエーデムとの同盟を揺るぎないものにしようとしたのも、この力を恐れたからだといわれている。


 エーデム王が献花する時、人々はその立ち振る舞いに目を奪われた。

 彼が歩くたびに、きらきらと銀の粒子が輝いた。指先の動きひとつ、祈りを捧げる仕草ひとつ、神々しかった。

 さすが、神の子孫とまでいわれているエーデム族の王だけある……ウーレンの人々は口々に噂した。



 形式ばった行事がすんだところで、エーデム王・セリスは妹のフロルのもとを訪れた。

「兄様!」

 王妃は幼い頃の妹に戻り、兄の腕の中に飛び込んで泣いた。

 兄は、妹を抱きしめて、涙も泣き声も漆黒の衣装で吸い取った。

 幸せいっぱいの妹を見送ってまだ十三年、こんな悲しい結末になるとは……。

「フロル、今後のことは何も心配することはない。おまえには私がついているのだから」

 兄が耳元でささやく。かすかに結界を感じる。

 兄にまとわりつく銀の粒子……。これは人々を惹きつけるための飾りなどではない。エーデムリングの力による結界なのだ。

 同盟国とはいえ、王を失った不安定なこの国に、兄が乗りこんでくることは危険なことだった。

 上空に舞っている多くの間者・ムンク鳥の気配を、フロルは感じ取った。

 ここに至って初めて、フロルは自分の不安定な立場に気がついた。

 愛する夫の死ばかりがフロルの心を占めていたのだが、兄が傷心の妹を慰めるためだけに、弔問にきたのではないことは確かだった。

「心配はいらない。おまえは、王妃としての仕事をしっかりとするのだ。それがギルトラント殿の供養にもなろう」

 夫の名前を聞いて、フロルは再び涙した。



 セルディとアルヴィは、初めて伯父に会った。

 父とはまた違う印象の、王たる王……というのが二人共通の印象だった。

 しかし、セルディが頬を染めながら挨拶を交わしたのに比べて、アルヴィはぎこちなかった。

 伯父の瞳が、凍りつくように冷たく感じられたからである。


 なぜだろう?

 こんなに優しそうな人なのに……。

 母上がこんなに頼りにしているのに。


 伯父に張り巡らされた結界が、ちくりとアルヴィを刺して、握手を求められた手をアルヴィは拒絶した。

 エーデム王は一瞬不快な表情を浮かべたが、微笑で再び手を差し出した。

 その手に銀の粒子はまとわりついてはいなかったが、恐る恐るふれた手は、氷のように冷たかった。


 公の時間以外、可能な限りエーデム王は妹の側にいた。

 銀色の髪と緑の瞳を持つ兄妹、そしてセルディ……。

 アルヴィは、生まれて初めて疎外感を感じた。

 他のウーレン人たちが不快感を持たぬように、エーデム王は人前では王妃と言葉を交わさない。

 しかし、アルヴィには感じてしまうのだ。

 家族の中で、自分だけが独りになってしまったことを……。

 セルディがずっと抱いていた疎外感を、アルヴィは身を持って実感した。


 なんてさびしさなんだろう……。

 父上……。

 父上に会いたい。



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