葬儀・2


 その夜、アルヴィはこっそりと部屋を抜け出した。

 明日の朝には、父上は火葬されてしまう。その前に、一目父上の顔を見たい。

 葬儀の間、棺は一度も開かれなかった。

 相当ひどい死に顔なのだろうか? それでもいい。俺は父に会いたいのだ。

 暗がりの中、監視の目をくぐり、アルヴィは祭壇の下にもぐりこんだ。

 広い葬儀会場は何一つ音もなく、不気味であったが、アルヴィの冒険を阻むものではなかった。

 アルヴィは短剣を持っていた。

 これで、父のウーレン・レッドの髪を一房切り落とし、形見としようと思ったのである。

 そして、母にも渡そうと……。


 母のため……だけではなかった。

 母が、父の死後、エーデムの兄にのみ心を許していることが気になっていた。

 父の死が公になった途端、母への周りの人々の態度が急に変わったことに、アルヴィは気がついていた。

 手のひらを返すような人もいれば、リナ姫のように、もともと嫌味な態度を、さらに悪くする者もいた。

 だから、葬儀の場で同じエーデム族であり、兄でもあるエーデム王を見て、ほっとする気持ちもわからないではない。

 だが……。

 ここは、ウーレンだ。

 エーデムの姫である前にウーレンの王妃として、毅然とした母に戻ってほしかった。

 そして、家族三人でこのウーレン王国の危機を乗り越えよう。そう母に伝えよう。

 そのために……。

 アルヴィは短剣を握り締めた。


 棺の側には誰もいない。

 死者に夜近づくと、黄泉の国に連れていかれる……という言い伝えがあるからだ。

 アルヴィは、そのような迷信には惑わされない。

 棺の横に蝋燭を立てると火をつけた。ゆらゆらと揺れる灯りの下で、棺を見るのはさすがに怖かった。

 棺の蓋はさすがに重く、子供のアルヴィにはかなりの重労働だった。

 蓋を開けた反動で、アルヴィはよろめいて蓋の下敷きになってしまったが、気を取り直して這い出した。

 そして、どきどきしながら蝋燭を掲げて、棺の中をのぞいた。

「!!!!」

 アルヴィは思わず後ずさりした。


 こんな! こんなバカな! 


 棺の中に、父が横たわっているはずだった。

 しかし、そこには父が愛用した『月光の剣』が、蝋燭の光を浴びて妖しく輝いているだけだった。


 父上は……父上はどこへいってしまったのだ?


 気が動転しているアルヴィは、次の瞬間、自分に何が起こったのかわからなかった。

 腹部に衝撃を感じると、意識はそのまま遠ざかった。




「アルヴィラント様」

 聞き覚えのある声で、アルヴィは目覚めた。

 薄暗い部屋で人影が見える。顔はわからないが、声で誰かはわかる。

「手荒なことをいたしまして、申し訳ありません。しかし、このことはウーレンの名誉にかかわる大事なことなので……」

 宰相・モアの声はしわがれていて、この数日がどれだけ大変だったのかが想像できる。

「父上は……どうしてしまったのだ? 死んではいないのか?」

 アルヴィは、この事実をいい方へと解釈したかった。

 どこかで父が生きていると……。

 しかし、子供とはいえ、そんな冗談はウーレンに不利はあっても、利益にはならないことぐらいわかっていた。

 そして、モアの言葉も、皇子の希望を引き裂くものだった。

「実は、王の棺は輸送の途中で、何者かによって略奪されてしまったのです。我国が誇る最強の騎馬軍団が、護衛していたにもかかわらず、煙のように消え去ってしまった。これはどういうことかわかりますか?」

「父は……死してなお、辱めを受けるのかっ!」

 アルヴィは、怒りで涙した。


 暗殺という卑怯な手口で父の命を奪った上に、なんということを!

 俺は第一リューマのやつらを許さない!


「それだけではありません。この事実が知れるということは、我軍団が王を失ったことによって、弱体化したことを世に知らしめることになるのです」

 アルヴィは言葉を失った。

 王の棺ひとつ守れない軍隊に、国ひとつ守ることができようか?

 父という存在の大きさをあらためて感じるとともに、これからこの国はどうなるのだろう? と不安がよぎった。

「我々は大掛かりな葬儀をし、力を内外に誇示しなければなりません。ですから、このことはけして口外はなりません。たとえ王妃様といえども……」

 そういうと、モアは何やらいい香のする布を、アルヴィの顔にかけた。


 いいですか……口外はなりませんぞ……。


 モアの声が、遠くで響く。

 アルヴィは再び眠りについていた。




 気がつくと、アルヴィは自分のベッドの中だった。

 いつものように目覚めた。あれは……夢だったのだろうか?

 夢だとしたら、嫌な夢だった。

 父を……よっぽど焼きたくないらしい。


 今日は葬儀の最終日だ。

 本当に、これで父上とお別れなのだ。

 父は焼かれて赤い砂丘の向こう、王家の墓に埋葬される。


 儀式は、モアの采配のもと、滞りなくすすんだ。

 モアの顔は、アルヴィを見てもいつもと変わらず、やはりあれは夢だったのだと思った。

 最後に、棺が軍人の手で運び出される。

 蒼白な顔の王妃と、セルディ、アルヴィが、その後を歩く。

 その行進は、かつて王が出兵した時ににぎわったジェスカヤの中央路を凱旋門まで進む。

 そして、その後馬車に移され、墓の前で荼毘にふされるのだ。


 軍人たちが棺を持ち上げた時に、カシャーーンと小さな音が響いた。

 何気なく、アルヴィはその音の方向に目をやった。そして、驚愕した。

 棺の横に落ちていた短剣を、誰かが蹴った音だったのだ。


 あれは! あの短剣は俺のものだ!


 アルヴィの背筋に冷たいものが走った。


 棺の中は、空だ!

 あれは夢じゃなかった!


 さらに後を歩く宰相の顔を、アルヴィは振り返って見た。

 宰相・モアは、まったく表情を変えず、淡々と歩き続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る