第10 B組30人vsE組2人


 魔術戦専用の舞台というのは、超巨大かつ多くの法陣術式によって支えられている。失格をなった者を感知し、フィールドの外に転移させる魔法陣。空間魔術を用い、50×50メートルほどの石造りの舞台を拡張する魔法陣。障害物や地形を疑似的かつ一時的に創造する魔法陣。大まかに分けて、魔術戦とはこの3つの大規模魔術によって構成されるフィールドで異能保持者たちが戦う競技の事を指す。

 進行役兼審判の教師による魔術戦開幕のゴングと共に、第三体育館中央に形成された半球状の魔法陣の中へと足を踏み入れたE組2人とB組30人は、外観からはとても想像できない広大な荒野に呆気を取られる。


「随分デカい魔法陣だなぁって思ってたけど、なるほど……これは確かに大掛かりにもなるわ」

「私も魔術戦の舞台には初めて入るますが、この手の舞台は必ず一級の霊地……龍脈の上に建てられるそうですよ」


 星の地殻の下を血管のように流れ廻る魔力を龍脈と呼ぶ。人の力だけでは行使できない大魔術の発動の為に星の力を借りるのはよくあることだが、それは地球でも変わらないらしい。


「……やっぱりこの世界の魔術は歪だわ……」

「? 何か言いましたか?」

「いや……俺好みの地形だなって思ってな」


 戦略性を取り込むために、複雑な地形をフィールドに取り込むことは、もはや魔術戦の常識であるとインターネットに記してあった。

 大規模な法陣術式によって拡張された空間の先には、薄っすらと観客席らしきものが見えるが、景久たちの足元は砂と岩盤、周囲には入り組んだように配置された大岩や崖、天を見上げれば、爽やかな春空とうって変わって砂塵が覆いつくすという、まるでこの世の終わりかのような荒野だ。


「まずは地形と相手の位置を知らなきゃな……緒方、頼む」

「はい」


 瑞希は光を宿さない無機質な瞳を閉じて、自身のスキルである【探索】を全力で発動する。

 最大範囲にして約25kmの間にある障害物や地形、人物の配置や移動がリアルタイムかつ三次元立体のように脳裏に思い浮かべることが出来るこのスキルは、攻撃・防御・回復といった分かりやすい強さを持つスキルこそ至高とする世間一般の認識を鑑みても強力無比であると、景久は評価せざるを得ない。

 古来より戦いは情報戦だ。相手の位置、地形、罠の探知、作戦。それら全てが筒抜けになってしまえば、いかに屈強な精鋭でも烏合の衆に敗れかねない。実際、魔術戦などでも探知系のスキルは重宝されがちだ。

 しかしそれでも瑞希のスキルが弱いと称された理由は、彼女が盲目であるということと、スキルの発動中はそちらに殆どのリソースを奪われるという二点に尽きる。

 普段から無明の世界をスキルの力を使って色や形を含めた外観を探知している瑞希だが、それは魔力の消費量が半端ではなく、魔力の消費を抑えるために精度を落として位置情報だけを頼りに動いても、距離感が掴み切れずに壁にぶつかったり、蹴躓けつまずいてしてしまうからだ。

 その上、脳の処理能力を圧迫する情報収集系のスキルは、発声術式を発動させる為の処理能力まで奪われるケースが多い。瑞希のように大規模かつ精密なスキルともなれば余計に。

 彼女がスキルを全力で発動している最中に使用できる発声術式は、攻撃力を持たない基礎魔術ばかり。始めて景久に争奪戦参加を誘いに来た時、【スタンアロー】の発動に魔力を流すだけで効果を発揮する法陣術式を使用した理由の一つでもあり、単身では敵一人倒すことが出来ない落ちこぼれと言われる所以である。

 では、その情報収集能力を生かして団体戦で活躍すればいいのではないかというが、ことはそんな簡単な事ではない。魔術戦はサポート役から排除する戦略が常道だからだ。

 ただでさえスキルを使えばまともに魔術を発動できず、スキルを使わなければ目が見えなくなる。彼女は敵から逃げることも戦うことも出来ない、下手に高度な能力を持つがゆえに非常に狙われやすい存在でもあった。


(まぁ、こいつの魔力量はちょっとおかしいくらい多いから、日常生活で困ることは無いみたいだけどな)


 普段必要のないときはスキルを切っているというが、それでも生活の殆どを魔力を消費しながら過ごしている彼女の魔力量は絶大だ。ただ、攻撃性がないスキルの上に、魔術を発動するためのリソースがなくなるというだけでE組行きになったのだとか。


「探索完了……拡張された空間は四方1.5km、B組は5人一組になってこちらに向かってきています。大将の藤井君は4人の供を付けてその場から動きがありません。ナビゲートをしたいところですが……地形が入り組みすぎてて説明が難しいですね」


 情報収集系のスキルが欠点はここにもある。地形を探索したは良いが、あまりにも複雑な場所になると味方への伝達が困難になってくるのだ。

 今回のフィールドはその傾向がより強く表れる。一体どうする気なのかと瑞希は景久の方を振り返ると、彼は不敵な笑みで戦力差に震える心を隠しながら告げた。


「作戦通りに行こう。緒方、こいつを装備しろ」


 景久が指で摘まんでいる物は、試合前に瑞希に渡した物と殆ど同じように見える道具だった。




 一方その頃、1年B組総員の出発地点。


「A組戦に備えて、これを機に5人一組での連携もしよう。探知のスキルを持っているのはうちのクラスで2人だけだから……よし、山村は遊撃に、佐藤は【遠見】のスキルで俺に戦況を知らせるようにしてくれ」

「分かったわ」

「おうよ」


 健介の言葉に【探知】スキルの山村仁平やまむらじんぺいと【遠見】スキルの佐藤美香さとうみかは頷く。

 B組の陣形は極めてオーソドックスな部類に位置する5人1組。3人1組と並んで、魔術戦のプロが多用する編成だ。


「ちぇっ。せっかく誰が先にE組の雑魚をしとめるか競争しようぜって話になってたのによぉ」

「まぁ一応、藤井の言葉は尤もだし、言うとおりにしようぜ」

「そうそう。俺もさっさと終わらせて、買い物に行きたいしな。今日新刊の発売日なんだよ」


 大将である健介の話が一区切りついた途端、思い思いに雑談に興じるB組生徒たち。仮にも戦場にあってこの意識の低さは、相手が自分たちよりも遥かに劣るからという、至極当然の驕りから来ていた。

 数字だけ見れば、E組相手ならば2対1でも敵ではない生徒もチラホラ居るし、多少リラックスしながら戦っても問題ない。そんな事実が彼らの心に余裕を持たせていた。


「それではB組戦闘開始!」

『『『了解!』』』


 健介による開幕の合図と共に、フィールドに入った後で決めた5人で集まり、合計6組がフィールドに散らばり始める。

 魔術戦のルール上、対象である健介は自分が倒されれば負けるという可能性を考慮し、自分の周り四方に護衛を固めてその場で待機し、残り5組は方向は違えど、とりあえず前進を開始していた。


「こうなったら、他の隊より先に俺たちで見つけて倒しちまおうぜ!」

「それは良いな! 女子にも良い所見せられるし」


 その内の一つ、菅谷康太すがやこうたが率いる部隊はガヤガヤと楽しげに笑いながら遠慮なしに進んでいく。

 

「これで先に緒方見つけちゃったらどうしよう? 俺ちょっと本気出しちゃうよ!?」

「何に本気出すんだよ?」

「何って……下半身の?」

『『『ぎゃははははははははははははっ!!』』』


 遠回しな下ネタに哄笑が上がる。プロが愛用する5人1組編成を真似したと言っても、チームワークやスキルの相性などを度外視し、ただ単に仲が良い者同士が集まって、味方同士の衝突を防ぐ編成だ。

 その結果、いわゆる友達グループに普段仲が良くない生徒が1人混ざった程度の部隊が3つほど出来上がり、康太の部隊は仲良しグループのみで構成されていた。

 その性質は女子が嫌がる類のもの。下品で女を下に見下しながらも獣欲の対象として捉える、典型的な差別主義者たちだった。


「でもまぁ、山村の部隊が一番早く見つけるんだろうな」

「それは言わないお約束だろうが」


 そんな脳内桃色で下賤な妄想は、内一人が呟いた現実によって水を差される。

 至極当然の話だが、探知などの情報収集系スキルを持った者の方が相手を見つけるのが早い。こんな事になるのなら、無理にでも仁平を引き入れておいた方が良かったと、康太たちは少しだけ後悔していると――――


「あ! 菅谷たちだったか」

「山村? お前何でこんな所で一人でいるんだよ?」


 天の恵みか、悪魔の悪戯か、仁平はたった一人で康太たちの前に現れた。


「実は俺の部隊、崖沿いを探索してたんだけどさ……途中でE組の間宮が出てきて、予め唱えてた錬金属性の魔術で崖をちょっと崩してきてな。他の皆は無事だったんだけど、俺だけ崖から落ちちゃって」 

「ぎゃはははは! 間抜けな奴だなぁ!」


 E組相手に情けない! そんな蔑みを隠す様子もなく笑う康太たちに、仁平はムッとしながらも特に反論することはなく告げた。


「正直失敗したとは思ってる。……アナウンスが流れないってことは、多分、間宮には逃げられたか? あれから結構経ってるし」


 魔術戦では戦闘不能判定が出た時、脱落選手を名指しでアナウンスが流れる。観客や選手に戦況を知らせるためのシステムだ。


「とりあえず一人で行動して、後で藤井に怒られたくないからさ。一緒に付いて行ってもいいか? 俺の部隊と合流するまででいいから」

「あぁ?」


 康太たちは少しだけ悩み、内心でほくそ笑む。


「いいぜ? その代わり、先に緒方を探してくれよ」

「緒方を? ……まぁ、いいけど。サポート役を先に潰すのは基本だしな。……でも先に言っておくけど、俺がスキルで分かるのは人の位置だけ。個人までは特定できないぞ?」

「いいっていいって。相手は所詮2人だろ? なら確率は50%だ」

「そうか? じゃあさっそく」


 特に疑問に思うことなくスキルを発動する仁平を見ながら、康太たちは下卑た笑みを浮かべながら顔を見合わせる。

 彼らも例外なくE組を見下す生徒たちだが、美しい少女は大好きだ。劣等生を見るフィルター越しでも、文句なしの美少女と言える瑞希を他のクラスメイトよりも先に見つけて、違う意味・・・・で襲ってしまおうという下劣な事を考えている。

 いくら元世界ランキング1位の父を持つと言っても、相手は所詮E組。泣き寝入りするしかないだろうという、傲慢なまでに浅はかな思惑が彼らの本能を支配していた。


「おっ、一人だけで移動している奴がいた。緒方かどうかまでは分からないけど、E組の可能性が高い」

「よっしゃ! 案内しろ!」


 康太は仁平の背中を叩きながら案内を促す。役に立った彼にも良い思いをさせてやれば、今回の事は誰にも公表されまい。


「こっちだ、付いて来てくれ」


 仁平を先頭に走り出す康太たち。


「……~~~……」

「? 山村、何か言ったか?」

「いや?」


 何かを呟いた。そう思って康太が問いかけたが、仁平は全く素知らぬ顔を浮かべたまま振り返り――――


「何も言ってねぇけど?」


 その際に仁平の手のひらから一直線に放射された業火、【ブレイズバーバー】が康太たち5人を呑み込んだ。




 時は少し遡る。


「見つけたぞ! 追えっ!」

「うおわぁあああああっ!? こっちに来るなバカ野郎ぉぉおおおおっ!!」


 自身の半径約200メートル以内に存在する人間の位置を探知するというスキルを持つ、山村仁平が率いる部隊は、やはりというべきか、真っ先に崖沿いで景久を見つけて追い掛け回していた。

 

「《猛る炎球よ》!」

「《荒べ雷鳴》!」

「《風天の戦槌よ》!」

「ひぃいいいいいいいいっ!?」


 情けない悲鳴を上げながら背後から迫りくる炎、電撃、旋風、冷気、石礫を必死に避け続ける景久を見て、B組5人は嗜虐心を煽られたかのような、酷薄で獰猛な笑みを浮かべる。


「ほらほら、逃げないと当たっちゃうわよ!」

「ははははっ! 誰が間宮を倒すか勝負しないか!? 買った奴に他の奴はお菓子奢るって感じで!」


 兎や鹿を狩る事自体が娯楽となる唯一の種である人類にとって、炎や雷を発生させるなど大多数には無い分かりやすい力は、自分たちよりも劣るものに振るわれることで本能に根差す残虐性を目覚めさせる。

 彼らも後になって冷静に考えれば、この時の自分たちが空想上の化け物にも匹敵する残忍な一面に恐怖するだろう。しかしそれを許し続ける月観川学園と昔から続いてきた弱い異能保持者に対する差別意識を免罪符と思い込んで、彼らは良心と理性の呵責に気付くことなく猛威を振るい続ける。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

「おっ? 疲れて来たんじゃないのか?」


 全力疾走しながら魔術を避け続けることで激しく消耗し、やがて体力が尽きたのか、走る速度が目に見えて遅くなる景久。


「よっし! 止めは俺が貰った――――」


 止めとばかりに仁平が魔術を発動させようとした瞬間――――


「《眠り踊れ、竜も微睡む花の名よ》」


 前方を走っていたはずの景久の姿が消えたと思いきや、真横から聞こえてきた詠唱に気付いた時には既に遅く、仁平たち5人は薄い霧に包まれて、為す術もなく寝息を掻きながら意識を失った。

 中級魔術【スリープミスト】。強力な誘眠効果を持つ霧を発生させ、相手を強制的に眠らせることが可能な、この世界には無い・・・・・・・・魔術である。


「うぅん……こんな初歩の初歩な罠に嵌るなんて、やっぱりこの世界の魔術は異世界の魔術と比べてまったく充実してないな。……まぁ良い、作戦の続きをしなきゃな」


 何もないように見える空間。一斉にバタバタと倒れた5人の横から突然現れたのは、先ほどまで彼らが追いかけていたはずの景久だった。

 予め用意しておいた縄で口を塞ぎつつ、5人全員を亀甲縛りにした景久は、彼らの服をまさぐって、仁平以外のスマートフォンなどの携帯電話の電源を落とす。

 その後、仁平のスマートフォンをポケットに入れ、人目に付きにくい岩陰に描いておいた魔法陣の上に眠っている5人を乗せると、どことなく邪な笑みを浮かべて次の獲物を求めるのであった。

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最弱魔王が異世界から地球に戻ったら、勇者がチヤホヤされていたので、最弱クラスを率いて成り上がる 大小判 @44418

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