第9話 争奪戦、開幕

「うわぁ……検索したらマジで俺ん家が出て来たよ」


 景久はスマートフォンの画面を見ながらドン引きしていた。始めて月観川学園に来た時、クラスメイトの眼鏡の少年を強請っていた赤髪の少年の言葉がふと気になり、「名門」「間宮家」といったキーワードで検索してみれば、本当に出てきたのだ。


「代々優秀な異能保持者を輩出する名家、世界大戦以降は主に自衛隊や魔術戦で活躍している……ねぇ」


 歴史を遡ること戦国時代からスキルや魔術で活躍しており、世界大戦も同様に活躍。遺伝子そのものが術式となっているのが異能保持者である以上、異能保持者同士で子供を作れば、その子供も異能保持者になる可能性は高くなるらしく、今でも貴族さながらの政略結婚で優秀なスキルの持ち主を産み落とす習慣があるらしい。


「で、そんな立派なお家に生まれた超落ちこぼれが、もう一人の俺ってわけか」


 日記にもそのような事を匂わせる文章が記されてあった。国際異能連盟でも発言力のある現当主、景久の父は、出来損ないの息子によって自身の地位に影響を及ぼされる可能性を憂慮し、月観川学園に押し込めらしい。

 学校への入学手続きと学費の全額支払いが最後の慈悲だと言って、景久の勘当を明言。もう誉れある間宮家の一員ではないので、血を分けた子供が落ちこぼれと謗られようが、政的な敵に狙われようが、もはや息子でも何でもないので知った事ではない、赤の他人の評価で間宮家までもが謗られる謂れ無しということだろう。


(俺が居た平行世界の方じゃ、ただのリーマンだったくせに)


 今では他家から養子として引き取った、優秀なスキルと潤沢な魔力を持った義妹を後継者として可愛がりつつ、勇原一輝最大の後援者として名が知られているようだ。

 つくづく世の状況による違いはあれど、根幹的に似た境遇を歩んでいるのだなぁっと、景久は窓ガラスに薄っすらと映る自分の顔を凝視する。

 

(お前の人生を奪った身として、せめてお前をバカにした連中を見返してやるからな)


 桜の木の下で眠っているであろう、もう一人の間宮景久は紛れもない弱者だった。個人では抗う術もない世の認識と、代々続く名門という看板に翻弄され続け、ついには自滅するまで追い込まれてしまった哀れな男。

 そんな男になり替わった者として、せめて世間に見直してもらうのではなく、見返してやるのが手向けになるだろう。


「ん? 何だこれ?」


 それからしばらく国際異能連盟について検索していると、少し気になる単語が見つかった。


「魔術結社トゥーレ? いわゆるテロ組織って奴か」


 黒太陽を貫く剣をモチーフにした、異能保持者の犯罪者だけで構成されたテロ組織。元々は戦時中に設立された反ユダヤ組織を前身としており、今は天から選ばれた優秀な異能保持者だけの世界を作るという、頭が悪く傍迷惑な目的を掲げ、国際連盟と敵対しているという。

 組織力としてはかなりのものらしいが、一般で公開されている詳細は不明。ネットではこれ以上の情報を得ることはできなかった。


「さて、争奪戦は明日だし、そろそろ寝るか」


 景久はスマートフォンを待ち受け画面に戻し、充電器を挿し込んでから、先ほどの情報に対して他人事のような心境で寝袋の中に入るのであった。




 魔術戦は、出場者は最大30名という人数制限があるものの、1人でも参加できるという極端なルールが存在する。

 人数が少なければ少ないほど不利になるのは当然のこと。よほど腕に自信のある実力者ならばともかく、魔力もスキルも平均水準を下回る2人だけで、優秀とされる30人を打倒するなど、長きにわたる魔術戦の歴史上初の試みだ。


「二人とも、マジ大丈夫なんすか? 止めておいた方がいいっすよ」


 月観川学園最大の施設、第三体育館は魔術戦専用の施設。その外観は体育館と呼ぶよりも、ドームやコロシアムと呼ぶに相応しい円形で、中央の闘技場を囲むように観客席が並んでいる。

 そんな第三体育館の選手控室。ロッカーが並ぶその一室に置かれたベンチに座る景久と瑞希を、里美は心配そうに見下ろす。その表情には不安がありありとみて取れた。


「正直……私も2人だけでB組に挑むなんてどういうことがと問いただしたいのですが。3日前、止める間もなくB組まで乗り込んで、争奪戦を申し込みましたからね」


 ジトリと、どこか避難がましい視線を景久に送る瑞希。誰がどう見ても無謀としか言いようがないこの戦い、引き金を引いたのはクラスメイト達に言うだけ言って次の日の朝一番に職員室と1年B組に乗り込んで喧嘩を売った景久である。


「大丈夫大丈夫。この1週間ちょい、ずっと連中の授業見てきて分かったよ。前にも言ったとおり、あいつらスキルの事も魔術の事も全く分かってねぇ」

「……いや、私もこの3日間色々と聞きましたが、B組に勝てる策は本当にあるのですか?」

「勝算はある。緒方のスキルを借りればな」


 景久の言葉に迷いは無いように感じる。どちらにせよ、すでに賽は投げられたのだ。瑞希はようやく得た初めての同志の言葉を信じることにした。


「でもアタシは心配っすよ。みーちゃんに何かあったら……」

「大丈夫です。もしも傷物になったら、間宮君に責任を取ってもらいますから」 

「何ですと!?」


 何やら聞き捨てのならない言葉に景久は瞠目しながら叫ぶと、瑞希は悲しげな表情を浮かべる。


「まさか……間宮君は突然私を巻き込むように試合を始めておきながら、私に一生ものの傷が出来ても責任を取らないと……? そう、ですか……私は所詮、その程度の女なんですね。利用されるだけ利用され、要らなくなったらゴミのように捨てられる……」

「間宮ちゃんサイテー! 男らしくなーい!」

「い、いや……! 誰もそこまでは……! お、俺でよかったら責任を取ってけっ――――」


 顔を俯かせながら震える瑞希の小さな肩を抱きながら非難の声を上げる里見の剣幕に、咄嗟に取ったリアクションが悪かったことを察した景久はタジタジになる。


「まあ冗談ですけどね」

「…………」

「あれ? どうしたんですか、間宮君? 震えながら下唇なんか噛んで」


 羞恥心を必死に押し隠す景久に、悪戯成功と言わんばかりの笑みを浮かべる瑞希。この少女のこの手の冗談は、この1週間と少しで大体把握できているつもりなのに、ついつい引っかかってしまう自分が憎い。


「魔術戦なんて言う競技に参加するんです。怪我くらいは自己責任だと弁えていますし、【ソーマプロテクト】があるから滅多に怪我もしませんしね」


 基礎魔術、【ソーマプロテクト】。全身に魔力の膜を纏うことで、魔術的、物理的攻撃による肉体の損傷のみを防ぐ防御魔術だ。

 攻撃を受ければ痛みは感じるという欠点はあるものの、他の防御魔術とは違って、攻撃を受け止めるのではなく、魔力の膜が肉体損傷の肩代わりとなるという性質は、競技化した魔術戦と上手く適合していた。

 魔術戦の明確な勝敗ルールでは、試合開始前に一度だけ発動が許される【ソーマプロテクト】による魔力膜を全て削られたら戦闘不能判定を下される。そして【ソーマプロテクト】が切れたら、フィールドを囲むように設置された、大規模な条件発動型の魔法陣によって対象に空間魔術が作用、脱落者としてフィールドの外に転移させられるというルールだ。


(本当なら、もう一人参加してくれたら心強いんだけどな)


 発案者である景久とて、普通に戦えば2対30はかなり厳しいものになることは理解している。あと一人でも人手が足りれば、取れる選択肢は大幅に増える増えるのにと、瑞希の親友である里見の方を横目で見る。


(まぁ、もう経済的に無茶してくれてるからな)


 景久も里美が争奪戦及び、大魔闘武祭への参加、優勝に意欲的ではないのかと尋ねた。しかし彼女はいわゆる苦学生という奴で、学費や生活の為に高校に入学すればバイトに時間を費やさなければならない事情がある。

 それでも里美は瑞希の為に、『最低でも今年の選抜戦を勝ち抜く見込みがあれば力を貸す』と、最大限妥協してくれており、本来ならもっと増やすべきバイトの時間も最低限に留めてくれているのだ。

 大魔闘武祭に参加する月観川学園の代表クラスには学費や食費を初めとする、学園生活で発生するありとあらゆる費用が全額免除するというルールがあることも大きいのだろう。出来る限り早く彼女を参戦させるには、この一戦で証を証明するしかない。


(でなきゃA組には勝てないからな)


 だがその前に、この一戦に勝利することだ。景久は気合を入れなおし、魔術戦のルールを頭の中で反復した。

 

 ・試合開始直前、全ての選手は【ソーマプロテクト】を自身に発動する。この際に使用する魔力量は、各選手の判断に任せられる。

 ・制限時間である2時間の間、すべての選手はフィールドに展開された拡張空間領域内でのみ戦闘が許される。

 ・【ソーマプロテクト】の効果が消えると戦闘不能判定が下され、試合終了までフィールドの外で待機することになる。

 ・各クラスから1~30名が出場し、それぞれで大将役の選手を1名選出し、その大将を討ち取られるか、制限時間終了時に、一人でも多くの選手が残っていればそのチームの勝利とする。

 ・試合中、【ソーマプロテクト】で最初に纏った防護膜を補強すれば、その選手が属するチームの反則負けとなる。

 ・フィールドの外に出た選手は戦闘不能扱いとなる。


 大まかに説明すればこの6つが魔術戦という競技の大原則となる。これ以外ならほぼ何でもありで、かなり野蛮であり予想を許さない派手な戦いは見る者を惹きつけるだろうなと、景久は頭の片隅で希望的楽観を思い浮かべる。


(これで相手がこっちを見下して、油断してくれればいいんだけど)




 そんな風に内心では『流石にそんな都合の良いことには期待できない』と、景久が諦めていた楽観的状況だが――――


「まったく、どうして私たちがE組如きを相手にしなきゃいけないわけ?」

「仕方ないだろ、上位クラスは下位クラスからの争奪戦に申し込みを断れないんだから」

「意識と成績の向上って奴だろ? E組なんか、いくら努力したって無駄なのにな」


 学園が定めたルール上、彼らにとって何の得にもならない雑魚たちとの戦闘など、時間の無駄以外何物でもない。決して小さくない苛立ちを覚えるクラスメイト達を、B組の委員長であり大将である体格の良い男子生徒、藤井健介ふじいけんすけがよく通る声で諫めた。


「落ち着けよ皆。確かに俺たちの目的はあくまでA組だ。E組なんて雑魚に構ってる暇なんか無いと思うのも無理はない」


 A組は言わずもがな、B組にも成績優秀者が揃っている。それこそ、戦い方次第ではA組を打倒して選抜戦参加資格を奪える戦力が。


「でも俺たちは魔術戦に参加するのはこれが初めてって奴も多い。だったら少しでも、魔術戦の〝空気〟っていうのに慣れておくのも悪くないんじゃないか?」「確かに……それもそうだな」

「初めての事で緊張して、実力を出し切れずに終わるっていう話はよく聞くもんね」


 健介の言葉に全員が納得したかのように頷く。彼らにとって、E組など全く眼中にない路傍の石のようなものだ。見据える先はA組、彼らを倒した先にある大魔闘武祭出場、あわよくば好成績を残すという事だけ。


「それに聞いたか? E組の連中は何をとち狂ったのか、出場するのは間宮家の落ちこぼれ野郎と緒方選手が拾った出来損ない女の2人だけ。もう舐めてるとしか言いようがないだろ」

「確かにな。そんなんだったら、俺一人で魔術かスキルを2~3回発動させれば全滅させられるぜ。E組のくせにB組をバカにしてるとしか思えないな」

「だったら徹底的に痛めつけて躾してやろうぜ? あ、でも緒方だけは俺の獲物な? 見た目がメチャ良いし、実力差見せつけて手籠めにしてやる」

「男子サイテー!」

「だったら私らが先に緒方見つけて痛めつけるんだから」


 複数の嘲笑がB組に用意された選手控室に木霊する。急激に力を得た子供たちは、自分よりもはるかに劣る無謀な挑戦者を甚振るという残虐な未来を予想し、高鳴る嗜虐心に打ち震えていた。




『間もなく、1年B組対1年C組による、魔術戦が行われます。見学する生徒は観覧席に、出場する生徒は中央フィールドに移動してください』

「……よし。いつまでも悩んではいられません。覚悟を決めるとしましょう」


 第三体育館全体に響き渡るアナウンスを聞いて、瑞希は両頬を手のひらで叩いてベンチから立ち上がる。その姿を見て気丈な女であると思ったのも束の間、緊張して震える手を握って強引に抑える彼女は、普段の飄々とした冗談好きな性格で考えもしなかったが、年相応の少女に見えた。


「緒方、これを使え」


 励ましの言葉は言わない。恐らく初陣であろう彼女に与えるべきなのは、安易な励ましの言葉ではなく、勝利のための鍵。

 

「これは……?」

「いいか、こいつは――――」


 投げ渡された物に対して首を傾げる瑞希に説明する景久の声は、観覧席から巻き起こる喧騒によって、対面に立つ彼女以外の耳に届かず掻き消される。

 そしてちょうど説明をし終わった時、観覧席に行こうとしていた里見が控室に戻ってきてきた。


「どうしたんすか、2人とも。早く行かないと」

「あ、今行きます」


 控室を出て通路を進み、無数の大型ライトが作り出す強烈な光が差し込む出入り口を抜けると、そこは圧倒されそうな視線と熱気、自分たちを叩き潰そうとする敵対者が放つ威圧と、それに立ち向かう気迫がぶつかり合うことで発生する重苦しい空気で満たされていた。

 世界大戦を最後にした混迷期を潜り抜け、今や魔術戦は勝負の華だ。中央フィールドをグルリと囲む観覧席を見渡せば、B組を警戒しているA組の姿や、成績優秀者が無謀にも挑んだ落ちこぼれをどう甚振るのかを楽しみにする者。大口叩いたクラスメイトの様子を見守りに来た者と、大勢の観客が席を埋め尽くしている。


『それでは各選手は、【ソーマプロテクト】を発動してください』

「「《めぐれ加護よ、我が身に挺する鎧となれ》」」


 同時に唱えた詠唱により、景久と瑞希の全身を青白い魔力の膜が覆う。体の損傷から身を守り、攻撃を受け続ければ消えて失格となる防護膜こそが、彼らが生き残る生命線だ。


『『『《加護の鎧よ》っ!』』』

「あー、やっぱり詠唱省略できる奴ばっかりだな」

「面倒ですよねぇ。こっちは基礎魔術ですらちゃんと詠唱しなきゃなのに」


 フィールドの反対側から聞こえてくる詠唱に2人は辟易とした想いを浮かべた。自分たちよりも遥かに早く魔術を発動でき、総魔力量も数も上回り、スキルも強力だと言われる敵が30人。改めて情報を羅列すれば、挑む誰もが絶望的だと悲観に暮れるだろう。事実、瑞希も恐怖で踏み出す足が鈍重になっていることを自覚している。


「さぁ、まずは連中の鼻っ柱圧し折って、争奪戦の試金石を作るとしようぜ」


 それでも前に踏み込めたのは、堂々と進む景久魔王の背中に魅せられたからなのか。まるで恐れが見えない後ろ姿に付いて行けば怖くない……そう思わせてくれる初めての同志のおかげか。瑞希は淡い笑みすら浮かべるのであったが――――


(やべぇ……試合直前だと思うと、心底ブルってきちまった。大口叩いといてなんだけど、流石に2人は無謀だったかなって気がしてきたぞ……? ははは、誰か助けて)


 まったく表情には出さずに、内心では景久もかなりビビっていた。それでも味方に不安を与えないように振舞う姿は、流石は軍を率いて大軍を破った魔王であるといったところではあるが。


『それでは、両クラス位置について! 試合……始めっ!』


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