羅梅鳳、陳粋華の出征を知る。

 青微星せいびせいの位置を答えよ


 陳粋華ちんすいかの答え。


 北天不動星ほくてんふどうせいより南へ、天球てんきゅう経線けいせんを緯度の分だけ下がった位置。これをって、天頂てんちょう天元てんげんといふ。


 羅梅鳳らばいおうの答え。


 天京てんきんの真上。


**************************************


 李鐸りたく上司軍じょうしぐんの率いる北伐軍の出征式は、李鐸りたく上司軍じょうしぐんの性格を表すように、盛大さは全くなく、粛々と拝天房はいてんぼうで行われた。

 禁軍の卒は、青禁城せいきんじょうには呼ばれなかった。物理的に入り切らないのだ。総勢十万の大軍勢である。

 天子、袁順えんじゅんと皇后の前に立ったのは、従軍する文官官吏。李鐸りたく上司軍じょうしぐんを含む上級将校の禁軍司軍きんぐんしぐんの地位にあるもの。中級将校の禁軍校佐きんぐんこうさの地位にあるもの、下級将校の禁軍校尉きんぐんいかん地位にあるものだけが、拝謁と式典にのぞめる。

 陳粋華ちんすいかは従軍文官に所属し、羅梅鳳らばいおうは禁軍校尉に属する。

 文武百官がいつもは絶対にない天守台を背にしてたちならび、北伐軍を送り出す。

 いちばん重要な儀礼は、卒符そつふ皇帝の所有物である卒(兵隊)を動かす権利を表す、札である、”卒符”をそれこそ、丞相の許適きょてきでなく、皇帝、袁順より直々じきじき賜る。

 これは、禁軍を天金外に動かすときだけの特別事項である。

 それこそ、丁度、十万人分。

 そして、帰還しても城外で必ず、全卒を解散させ、卒符だけ青禁城に持ち帰る。

 末席にいる陳粋華には全くみえないが、皇帝袁順から卒符を賜った、李鐸は卒符を上へ掲げ、仰ぎ見、いかなることがあろうと汎華はんかの中心から動かない皇帝の代わり青微星せいびせいへ掲げ仰ぎことで、軍権を拝領し掌握する。

 今この瞬間からは、李鐸の命が皇帝の命となるのだ。

 そして、齢六十二の李鐸の大声に合わせ続き、


「皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」

「皇帝陛下、万歳、万歳、万々歳」

「皇后陛下、万歳、万歳、万々歳」

「皇后陛下、万歳、万歳、万々歳」


 とそれこそ地をゆるがすような、大音声で繰り返す。

 そして、出征するものたちだけ、天京に残る、文武百官と皇帝に対し、五拝十五跪ごはいじゅうごきを行う。

 式典は、これだけ、十万の大群である。天京てんきんの郊外でないと全体が本当に集まれないのだ。

 

 出征する幹部たちは、若干の不安は持ちつつも総勢十万の大軍勢である。一塊になってさえ居れば、なんとかなる安心感は持って出世する。


 陳粋華が、くだんの金ピカの龍のフルフェイス式の兜を被ったまま、拝天房を出て、司史所ししじょへ、向かおうとした瞬間、ぐいっと、なにやら大きな力が、龍の兜にかかり、仰け反って、真後ろに倒れそうになった。


「おい」


 聞き慣れた声である。

 陳粋華は振り返ったが、龍の兜が大きすぎて、また、誰かにたてがみを掴まれたままだった様子で、くるっと、兜の中で、頭が回って、漆黒の闇に襲われてしまった。

 

「どうか、兜のたてがみをお放しあれ」


 陳粋華がそう言った。

 陳粋華が兜をなんとか、取って見やると、仁王立ちした羅梅鳳がそこにはいた。


「ああ、これは、羅氏公らしこう。おはようございます」

「これは、なんかの冗談か」


 羅梅鳳の表情はいつになく険しい。


「この兜のことですか?」

「違う。冗談は無しだ」

「臣、陳粋華、武官の皆々様とともに謀反人、袁拓えんたくちゅうすべく棄明きめいに参りまする」

「おまえ、文官だろう」

「辞令をお見せしましょうか」


 羅梅鳳にやや驚きの表情があった。辞令が出ていると思わなかったらしい。


「本物の戦争にくんだぞ。相手は、この前みたいな”課挙崩れ”じゃないんだぞ」

「臣、陳粋華、承知しておりまする」

「今、お前の片足を折って不具にして行軍出来ないようにもしてやれるぞ」

「そのような話は、よく戦記物で読み訊きいたしまするな、羅氏殿」


 羅梅鳳が、陳粋華の朝服の襟を掴み顔を近づけた。


「恐らく、陛下の大切な臨時兵部右筆りんじひょうぶゆうひつを傷つけたかどで、同じ刑罰が羅氏殿を待っておると存じまするが」

「お前、とんでもない阿呆だな。この俺と同じくらいの」

「臣、陳粋華は、文官なりや」


 しばらく間があり、出征する多くの同輩が奇異な目をこの二人の士大婦したいふに向ける中。


「好きにしろ、この阿呆。どんなかたきより先に俺がお前を斬り殺してやるよ」


 と羅梅鳳が言い、思いっきり朝服の襟を放した。

 しかし、なんという、膂力りょりょくだ。

 どんな力の入れ方を指していたのかすら、わからないが、陳粋華は襟を放されただけなのに尻もちをついてしまった。

 羅梅鳳はテクテク、卒先房そっせんぼうの方へ歩いていってしまった。


『へん、やっぱり変なやつだ。ああいうのを変わり者っていうんだな。やっぱり斬兎娘ざんとにゃんだ』


 司史所には、いつもと同じ。師匠が小屋か、あばら家の奥で、雑布をめくめくまとめていた。

表情も変わらずいつものいっしょ。真っ白の毛と真っ白の喪服かというぐらいの朝服。


「式は、終わったか、我が愛弟子よ」

「はい、師匠」

小成こなりや、無事に返ってこれるように、一つ、おまじないをしてやろう」

「はぁ」

「しかし、遵寧帝じゅんねいていの竜頭を所持しようが、相変わらず、冴えんのう」

「はぁ、しかし、これにて、師匠様と永久とわの別れとあいなるやもしれませぬ」

「そう、成らぬが為のまじない、なり」 

「はぁ」


 劉甫は、そういうと、またもや、桐の竜頭の兜よりは、一回り大型の筐体きょうたいを取り出した。

 

「また、兜ですか?」

いな

よろいですか?」

「そうとも、言える」


 と劉甫。

 桐の大型の筐体の蓋を開けると、中には、黄ばんだ相当古い爬虫類の骨が入っていた。


「竜骨ですか?」

 

 と陳粋華。


「然り」

 

 箱をゆっくり興味深げに覗き込む陳粋華。

 

「相当大きな龍の骨盤あたりかと、見受けいましまするが」

「触るのじゃ、愛弟子よ、この骨が永久とこしえなんじを守るであろう」

「最初の人にして文人もんじん汎原はんげんに進出する前の巨人たちの龍教りゅうきょうの経典には、、」


 陳粋華がつづけた。


「怖いか?とにかく、触れ」

「いえ、怖くありません。小渓村しょうけいむらでも、あぜや新たに開梱かいこんするたびに、竜骨はぼこぼこ出てきていて、子供が被り遊んでいましたよ」

「左様、早う、触れ」


 陳粋華はそっと竜骨を触った。すると、劉甫は、自分で竜骨を触らないようにして、桐の箱の蓋を締めた。


「別れはいわぬ、見たもの聞いたもの、すべてを士大婦したいふとして記し、この天京てんきんに帰って参れ、それが、皇帝でなく、授教じゅきょうの師であるわしの命じゃ、たがえぬように」

「はい、弟子、陳粋華、士大婦したいふとして師匠の命を違えぬことを肝に銘じ、出征いたしまする。今までご教授ありがとうございました」


***********************************


陳粋華の男性レポ。


                イケメン度     在 不在(男として、ありかなしか)


 李鐸りたく          四十五       不在、ちょっと年上過ぎ


 拝天房で横に並んでいた武官     六十七      在

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