陳粋華、尉遅維に出会う。

 文人が汎原はんげんに進出できた要因を説け。


 陳粋華ちんすいかの答え。


 一も二にも文、なり。これを以て伝え、伝ひ知識を得、溢れんが如しまさ黄海、東海、南海の三大海のよふ。


 羅梅鳳らばいほうの答え。


 文人、蛇蝎の如し策略を持って、先に汎原を制し武と大きさで秀でたる巨人を圧しこれ尽く一切駆逐す。蛇蝎のごとし策略以上の良策は無し。


**********************************


 ごとごと、ゴトゴト。ごろごろ。

 陳粋華ちんすいかの師匠、劉甫りゅうほが手作りで作った驢馬車ろばしゃは路を進んでいく。隊列でいくと、丁度、牛や馬でひかれた輜重隊の先頭あたり。

 驢馬車を引くのは、驢馬二頭。戦で何があるかわからないので、名前をつけるのはやめた。

 人殺しの羅梅鳳らばいほう襄揺じょうようの街をすぎたあたりで教えてくれた。

 食べなければ、いけないときもくるから、、と。


 御者は、夏侯禄かこうろく。陳粋華は夏侯かこうさんと呼び、夏侯禄は、陳娘々ちんにゃんにゃんと呼ぶ。

 夏侯禄は、風焼けした肌に武官らしい鷲鼻を持つ。ものすごい痩せぎすで、禿げていて、まげはない。とにかく、骨と筋肉と赤い肌と、無駄なものがあまり躰についていない感じだ、見ていていつも頭が寒そうだ。そのかわり、白い髭は細筆のようにいたるところに伸びている。

 もう、季節は秋である。

 確か、慶旦けいたん二十二年に武官に登第。官位は訊いていないが、低そうだ。訊かない方が無難だろう。

 陳粋華だって、最低の官位だ。


 がたごとがたごと。

 汎華帝国はんかていこくの路がこんなにガタガタで轍が不規則に出来ているとは、坑子様こうしさまは、授教じゅきょうで陳粋華に教えてくれなかった。


 最初の二三日は、マジで驢馬車に酔った。吐いた。夏侯禄に気の毒がられ、羅梅鳳は昼と夕方に黒馬に乗って見に来ては、笑った。

 そして又、酔った。吐いた。気の毒がられ、羅梅鳳に日に二度笑われた。この周期を三、四回経た。

 最初は、首だけ驢馬車からだして、やりすごしていたが、李鐸上司軍りたくじょうしぐんそつや荷車、つまりは、輜重隊だが、それに合わせて進軍しているので、驢馬車から降りて歩くほうが、健康にも酔いにも良いことがわかって、そうした。

 で、歩き疲れたら、驢馬車に乗ることにした。すると酔わなかった。

 すると、羅梅鳳が、


「おまえは、どこぞの、後宮の公主様(後宮の第二夫人あたり)か、王侯貴族か」


 とからかう周期が完成してしまったので、今はそちらの対処に閉口している。

 天京てんきんからどれだけ離れようが、煩わしいやつであることはまちがいない。

 今は、なんとか、羅梅鳳からわからない位置で行軍する方法を日夜研究中である。

 これが恐ろしく難題なのだ。なにせ、相手は、うさぎを捕まえその生肉を食らっていた、”斬兎娘ざんとにゃん”である。二頭立ての驢馬車など狩るのは朝飯前だろう。


 なにせ、十万の大軍である。街道いっぱいに先頭から最後尾までものすごい距離と幅で北伐軍は行軍中である。常に先頭の軽装騎馬部隊が見えないか、最後尾の輜重隊が見えないか、どちらかである。

 そして、軍自身の数の多さで渋滞が生じたり、訪れた街に卒が全員入りきれなかったりする。

 卒の連中はほこを輜重隊の荷汰にのっけ、鼻歌交じりで歩いている。

 十万といえば、中規模の城塞都市の市民の数に匹敵する。街ごと移動しているといってもよい。すくなくとも、この十万に紛れていれば、死ぬことはなさそうだ。

 

 驢馬車の中は、文具四宝はあまり場所を取らない。大量の最先端の記録媒体。雑布、羊皮、牛皮。もちろん清書用の、竹簡に木簡。

 竹簡の青さの為、正史を音が同じ”青史”とよんだりする。それにどんな水分にも強いひのきの大判や、香木の白檀びゃくだんの棒状の大きな大板まで乗せている。

 陳粋華は、この北伐軍の正式な右筆、記録員なのだ。当然である。

 陳粋華は驢馬車酔いにも慣れ、一人、愉悦に入っている。

 司史所では、雑布にすら結局一文字も墨と筆で記すことすら許されなかったのに、今は筆はおろか、微細刀ですら竹簡に書き放題である。

 しかし、やっぱり竹簡と木簡はちょっと敷居が高い。雑布に筆で、ちょこちょこ書いては、一人クスクス笑って、劉甫師匠りゅうほししょうお得意の組み込み式ビルドインの驢馬車内の棚にしまい込んでいる。

 何を書いているかは、秘密。くすくすくす。

 

 しかし、白檀びゃくだんの香りは本当に良い。

 もちろん、陳粋華の所有物ではない。秋王朝しゅうおうちょう、いや、この汎華はんかを統治する袁家えんけのものだ。

 

『いい香り、、ポワーン(*´ω`*)、、、、。』


 と喜びに浸っていたら、夢か、幻か、更に良きものが、御者の夏侯禄の隣をさーっと動いていった。

 駆けていったのだ。


『まさに、美そのもの、めっちゃ、イケメン!!(*^_^*)、、、、、』


 この北伐軍の軍師、参謀、尉遅維うっちいである。あざな資正しせい、歳は確か二十代と聞く。初老でずんぐりむっくりな総大将の李鐸りたくと違い、背が高く、目は立ちは整い美顔。イケメンである。

 乗っている馬も背毛だけ灰色の白馬、確か馬の名前が灰風かいふう。馬までかっこいい。

 人殺しの羅梅鳳の馬まで目つきの悪い黒馬とは偉い違いだ。

 軍師は弟子を連れた、文官である。武官ではない。一応、戦場に赴くため鎧兜よろいかぶとを着用する軍師もいるが、基本、文官の官僚なのである。武芸の嗜みは一切ない。

 尉遅維うっちいは、汎民族はんみんぞくより二倍ほど背丈がありみなが金色の頭髪を持つといわれる西戎せいじゅうの部族から南海を経て伝わったといわれる、筒状の棒眼鏡だけ持って、朝服こそ来ていないものの、洒落た美しい汎服はんふくのまま、金色の髷止まげどめをして颯爽と軍内をこれまた、美顔の若き二名の書生の弟子、淳于寧じゅんうねい呂樺りょかを連れ身に寸鉄すら帯びていない。

 尉遅維うっちい、文官官僚でしかも、陳粋華が登第した三年前の状元じょうげん(一位で登第)だという。

 汎華大陸はんかたいりくの全戦史を網羅し、高名にして著名な機子きしが書いた、名文にして史上最も難解だとされる壮列右子伝そうれつうしでん、全編をこと琵琶びわ、片手にそらんじるという。

 この北伐軍の軍紀が高く維持されているのも、総大将の李鐸、軍師の尉遅維の存在あってのことである。

 

『ほえーっ』


 並足で軽く、騎馬三騎で駆けてった、騎乗の尉遅維を思わず陳粋華は驢馬車から降りて、追いかけていってしまった。


陳娘々ちんにゃんにゃん、、お待ちを」


 思わず夏侯禄が声をかけたが、年頃の娘に老人の声などイケメンの前では無力だ。

 陳粋華はこの世のものとは、思えない魅力に惹かれて、三騎の騎馬の後をほぼ醜男ばかりのそつの間を駈けてゆく。


「お待ちを尉遅維様、、、、尉遅維様、、、、」


 自身で声を発しているか、発していないかも定かでない。

 できれば、あざなでお呼びしたい。

 季節は、秋。

 街道の両脇は、金色に実りに実った背丈やそれ以上の高さの畑や田んぼである。

 黄金の中を白馬に乗って、軽々と駆けてゆく、イケメン。

 これを、美といわずして、この汎華大陸でなにを美と呼べばいいのだ。


 陳粋華は、尉遅維に気を取られるばかりに、目の前の大男の卒の背にぶつかって尻もちをついてしまった。


「なんだ、驢馬車の士大婦したいふの黒豆ちゃんか」

 

 大男の卒がそう言うと、どわわわ、、、と複数の小さな笑いが、近くの卒の間でおこった。

 しかし、そんな嘲笑は一切陳粋華には聴こえていない。

 尉遅維との距離がさらに大きくなってしまった。

 追いつこうと焦ったら、尉遅維三騎が止まり、全員下馬した。そして、両脇が黄金の広い街道から、心地よい風のふく中、三人が黄金色こがねいろの麦畑に向かってたたずんだ。

 尉遅維が連れていた弟子の呂樺りょかが三頭の馬のくつわを纏めて持っている。馬たちはそれぞれ街道脇の下生えの草をはみはみんでいる。

 尉遅維がもうひとりの弟子である淳于寧じゅんうねいに向かい、手を広げた。

 これ又イケメンの淳于寧が懐中かいちゅうから文具四宝を出し渡す。


『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!、詩作するのか!!!!』


 陳粋華は、この隙きに尉遅維との距離を詰めた。で、ちょこっとかくれんぼのような様相でかがんだまま麦畑に入り込み、尉遅維の近くまで身を潜める。

 陳粋華の耳は、西方の灰色の巨獣ゾウの如しである。どんな詩を読まれるのか?。なになに?ふむふむ?どれどれ?。

 

「弱き涼風、くんもなし、君は何処や、、、」 


 けっ、女を都に残してきてるのか、、そのラブソングか、、、といきなり、ケチが付いた。

 が、くんきみクンとも読めるが掛かっていることに気づいて、はっとした陳粋華。


『スゲ-さすが、状元じょうげん(一位で登第した)!!』


 しかも、きみを女と単純に思ってしまった、自分のゲスさに気づき嫌になった。まぁ、イケメンなのがそうさせたとも思えるのだが、、。

 ”君”とは、天子様のことかも、しれないし、これまた恐らくイケメンの都においてきた同僚のことかもしれない。

 クンがどっちもなし、で二重にかかっているのだ。

 ゲスにして、邪念が多すぎるのは、陳粋華のほうだ。

 屈んだ、陳粋華から、黄金の実った稲穂から見える尉遅維のかんばせの美しさは、半端はんぱない。

 尉遅維は、薄くて細い詩作用の木簡にサラサラと細筆で記していく。


蒼天そうてん薄月はくげつ、、、」


 えーっ、昼間に月なんか、、、、。

 こうべを仰ぐ陳粋華。

 出とるっ!!!。思いっきり出とるじゃないか!!。感情が高ぶると、田舎の小渓村しょうけいむらの方言が丸出しになってしまう陳粋華である。

 確かに出ている。午後の一刻ひととき、その太陽に遅れるように、東の低い位置から白い半月が太陽のある方向だけ白く照らされ、上がってきている。

 そして、白昼の白い半月が恐らく、雲の白とかかるのでは、、、。

 なんちゅー、、、。 


『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!、、、、なんちゅーさいにして、のう


 これが、課挙状元かきょじょうげんのちからなのだ。

 尉遅維がかんばせの向きを少し変えた。おおっ溢れる言葉が汎字はんじが、いま出てくるに違いない!!。


「此れ、安んじるは、豊穣の金のはてか、、、、」


 尉遅維はさらさら、細筆で書いていく。

 うんっ!?。

 陳粋華は怪訝な表情を麦畑に屈み浮かべた。どっかで聞いたことあるぞ、これ。 安んじるは、北伐ならびにそれに従軍する尉遅維自身を詠んでるとして、金もわかる、麦畑だ。だけど、金のはてって、地平線まで続くってことだろうけど、

はてって、こっちのはてを当てるんじゃないんだろうか、、、。

 これって、斉の国の程桓ていかんの「総詩篇集」の六語絶句のきん(こと)の音のはてからパクってるんじゃないの、、、。しかも、間違って、、。

 

『えええええええぇぇぇぇ(´・ω・`)』


 程桓さんの「総詩篇集」なんて、士大夫にすれば、基礎中の基礎で二番目か三番目に習う詩集なのに、こんなミスは無いでしょ。

 ちょっと二人のお弟子さん、ただちに直して差し上げねば、、、、。

 淳于寧に呂樺は全く動く気配がない。

 陳粋華は、一年目のひら文官ではあるが、噂で聞いたことがあった。課挙に落第し続けているものまで”課挙崩れ"とか言われ、未来に合格するかもしれない可能性だけで、市井の人々に持ち上げられるのだ。

 圧巻や状元たるや、このあと王朝の官僚組織でどれほど出世するかわからない、末は、大臣か丞相であろう。みなが褒めそやかし で、そのちやほやされた挙げ句に課挙登第以降にくるくるぱーになってしまう人が多いことを、、、、。 

 イケメンだからこそ、直して差し上げねば、、、。

 陳粋華は金色こんじきの麦畑ですっくと立ち上がった。

 が、いかんせん、童と背丈の変わらぬちんちくりんのチビである。かろうじて、首から上が麦の実った稲穂の上で出たぐらいでしかなかった。

 そして、尉遅維とモロに対峙した。

 

『あれ、ウッチーって、そんなにイケメンじゃないじゃん』


 人の印象とは恐ろしい、たった一回の詩の盗作紛いを見聞きしただけで、これほど印象が悪化するものだろうか。

 尉遅維も弟子の二人もいきなり、人がいるはずのない麦畑からニョキっと地黒の年齢不詳の女子が立ち上がったものだから、驚愕の表情のまま、声がない。

 陳粋華は拳に掌を合わせ言った。


「天子様の朝臣あそんにして、北伐軍臨時兵部右筆ほくばつぐんりんじひょうぶゆうひつしん、陳粋華が、軍師尉遅維殿に拝謁いたしまする、、只今の拝聴させて頂いたぁ、、、」


 しかし、言葉が続かない。間違っているとか、嫌いだとか、嫌だとか、思ってはいても中々面と向かってしかも自分より上の身分の人物にすぱっと言うことは出来ないものだ。

 陳粋華はごもごも、尉遅維と淳于寧と呂樺はぽかーん。奇妙な間があった。

 しかし、尉遅維の詩作は続く。


泊金はくきんはんにわかに黒豆、、、、」


『チチチッチって、そんな詩あんの?(´・ω・`)?』


 しかし、何かわからぬ色黒のものが生えてきたことは確かだ。それは陳粋華も認めざるを得ない。


 尉遅維は驚きの表情のまま、文具四宝を操り、詩作用の木片にさらさらと書き留める。


「この詩を北郊歌ほっこうかと称す」


『あれー、あたし、ちちちっちってまれちゃったよ、、(´;ω;`)』


 陳粋華は嬉しいような、贋作に嵌め込まれ悲しいような、、。

 十万と号する北伐軍の隊列は街道をそんな四人を置いててくてく進んでいく。


***********************************


陳粋華の男性レポ。


                イケメン度     在 不在


 尉遅維うっちい       九十       不在、盗作するやつは駄目


 淳于寧じゅんうねい     七十五      在


 呂樺りょか         七十四      在


 衝突した卒の大男        二十一      不在

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