最終話 不滅の魔王

 疲れた。これが、コッシローの本音であった。かつて仕えたバンデール国はとうの昔に滅んでしまった。今はその跡地にいくつもの国家が樹立し、消えていった。


 コッシローは1万年以上経った今も外見は45歳のままであった。神が言われた通り、身体の老化がすこぶる遅かった。そのおかげで、今でも並のモンスター相手なら1瞬で屠ることくらい、コッシローには朝飯前であった。


 コッシローは並のモンスターに飽いてしまった。力あるモノを求めて、大陸中を彷徨った。モンスターの主である魔王とも闘ったことがある。さすがに魔王と呼ばれるだけあって、コッシローは死の間際まで追い込まれた。だが、コッシローは死ななかった。いや、死ねなかったのである。


 コッシローはやがて、モンスターを狩ることをやめる。次に狙ったのは自分と同じヒト型種族であった。ヒト型種族はモンスターとは違い、高い知恵を持っている。名ある軍師や将たちが、ヒト型種族の敵となったコッシローを倒そうと、部隊を率いた。


 コッシローは、ニンゲンたちの策略により、幾度となく、命の危険に晒される。だが、コッシローにとっては、それは喜びであった。隘路あいろに閉じ込められて、上から大岩を降らされることもあった。コッシローの身は大岩に潰されて、肉片となる。だが、それでもコッシローは死なない。いや、死ねない。


 肉片となったコッシローは数年も経てば、一か所に集い、形を成し、【コッシロー】として蘇る。そんなコッシローに人々は戦々恐々せんせんきょうきょうとなった。いつしか、コッシローはニンゲンたちから【不滅の魔王】として恐れられるようになる。コッシローが神から【寵愛】を与えらえれてから数えて、約5000年後のことであった。


 そこから、さらに約5000年が経つと、コッシローは【魔王】であることにすら飽いてしまった。ただただ、生きることに【疲れた】のである。コッシローは漫然と時を過ごし、死んでしまおうと山奥の洞窟の中へと入り、そこで眠りにつく。


 それから、さらに約1000年が経過する。コッシローが活動を休止したことにより、絶滅を免れたニンゲンたちやモンスターたちは徐々にその数を増やし、かつての栄華を取り戻しはじめたのである。


 相変わらず、ニンゲンやモンスターたちは互いに傷つけ合っていた。いくつもの王国が樹立し、モンスターに蹂躙され、消えていく。それでもニンゲンたちはしぶとく生き延びた。




 とある辺境の町、とある酒場で、30歳になりたての男がひとり、カウンター席で酒を飲んでいた。その横の席にみすぼらしい姿の老人が座り、男に声をかける。


「いーひひっ。あんたさん、わいの【寵愛】を受け入れてくれまへんか?」


「ん? 【寵愛】って何だ? 聞いたことも無い言葉だな?」


「ありゃりゃ。こりゃいかんのやで。いささか、ニンゲンの文明が衰退しすぎたみたいやな。神さまの概念が薄れてしまっているんやで?」


「ん? 神? あんた、神なんか信じてるのかよ。時代遅れも甚だしいな。【大空そらは蒼いが神はとうとう姿を見せなかった】。かの有名な哲学者、シャーリ―=ピエールの言葉だぜ?」


「あの不届きモノを放置したのは失敗だったんやで。わいを否定するのも面白いやろと放っておいたら、あいつの言葉が大流行しおったさかいにな。まあ、ええわ。わいは神さまやで?」


「神さまねえ。じゃあ、その神さまが何で俺みたいな万年部隊長のところに現れたんだ?」


「そんなの決まっているやんか。わいがこの【世界】を面白くしたろと想ったからや」


「けっ。面白半分かよ。これが神さまだって知ったら、皆、あんたに向かって石を投げるんじゃねえの?」


「そうかもしれへんな。まあ、そんなことになったら、全員、殺すけどな? いーひひっ!」


 カウンター席に座る男の横に座っていた小さな老人がさも可笑しそうに笑う。男は厄介な老人に絡まれたもんだと辟易しながらも、何故か、この老人を追っ払おうと言う気にはなれなかったのだ。


「んで? 神さまは俺に酒の肴として、面白い話をしてくれるってわけか? 生憎、その話に出せる金なんかないぜ?」


「そんなもん、いらへんわ。まあ、どうしてもと言うのであれば、麦酒ビールのひとつでも奢ってもらおうかいな?」


 ふんっ。ただの物乞いかよと男は想いながらも、カウンター席の向こうにいる酒場の店長に、俺と同じモノを頼むとことづける。店長は酒樽の栓を抜き、木製のカップに並々と、小便にも似た色の液体を注ぐ。麦酒ビールでいっぱいになったカップを、注文してきた男に渡す。


「ほれっ。麦酒ビールだぞ。これ1杯分くらいの【寵愛】を俺に授けてくれよ?」


「ありがたい話やで? ほな、ありがたく頂戴しましょうかいな」


 老人は男から麦酒ビールの入ったカップを受け取り、その中身をゴクッゴクッと飲む。


「ぷはあああ。生き返りますなあ。わい、ニンゲンを創って良かったことのひとつは、この麦酒ビールを発明してくれたことやで?」


 老人のたわごとに男は、あっそうと生返事をする。それから、老人は昔語りを始める。


「かつて、この大陸には【英雄】と呼ばれた男が居たんやで? あんたさんは知ってますかいな?」


「いーや、知らね。俺が知っている伝説なんて【不滅の魔王】くらいだわ。モンスターもニンゲンも全て滅ぼそうとした、伝説の魔王だったてな」


「ありゃりゃ。かつての【英雄】も地に堕ちたもんでやんすねえ。まあ、わいは視ていて面白かったけどな? で、あんたさんは【英雄】になりたいとは想わないんでっか? 【不滅の魔王】を倒せれば、あんたさんは地位も名誉も想いのままやで?」


「うーーーん。そりゃあ、俺だって、こんなうだつの上がらない辺境の部隊長のままじゃ嫌だけどさあ。【不滅の魔王】を倒すなんて、無理に決まってるだろ」


「そこは、わいが力を与えるさかい、安心してほしいんやで? ちなみに、まだ名前を聞いてませんでしたなあ? 【英雄】になるニンゲンの名前を」


「ははっ。【英雄】ねえ。まあ、そんな絵空事は置いておいてだ。俺の名は、ソガノ=ドルフィンだ。将来、自分の国を建国することになる男の名だから、ちゃんと覚えておけよ? まあ、ただの願望だけどな?」

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創造主Y.O.N.Nと英雄たちとの余興曲 (バディヌリー) ももち ちくわ @momochi-chikuwa

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