第4話 英雄

 ふむっ。この男。神さまである、わいに対して懐疑的なんやな? これも設定のランダム性の為せる業なんかいな? まあ、ええか。力を手に入れれば、わいのことを信じるやろ。


「ぐ、具体的に、あなたの【寵愛】を受ければ、俺はどうなるんだ? 俺が俺で無くなってしまったりしないのか?」


「そこは心配せんでもええんやで? わいは創造主であるけど、この【世界】に干渉できるのは【外】からだけやで。【内】をどうこうすることは無理みたいやわ」


 世界の【外】? 【内】? いったい、神は何を言いたいのだ? こっしろーは余計に混乱してしまう。余りにも自分の知っている常識からかけ離れた言葉を使われて、何が何だかわからないのである。


「あっ、すまんのやで。今のは忘れてほしいんやで? 簡単に言うとやで? わいの【寵愛】を受けたニンゲンはなかなかに死ねんくなることがひとつ」


「死ねなくなる……だと? それは不老不死になれると言うことか?」


「ちゃうちゃう。不老不死は神さまである、わいでも不可能や。死ににくなると想ってくれてええんやで? あと、老化もめっちゃゆっくりになるんやで?」


 神でも死ぬのかと、コッシローはその時はなんとなく想ってしまうのだった。


「まあ、わいほどの力を持つモノ以外、あんたさんを殺すことは、ほぼ不可能になるってことやな。モンスターに噛まれたくらいじゃ、大丈夫やさかい、嘘やと想うなら想いっきり噛まれてみるのも手やで?」


「そんなことは御免こうむりたいのだが。神は【ひとつ】と言われたが、他にも何かあるのか?」


「せやな。他には単純に膂力が倍以上になるんやで。これについては力の出し方を練習してくれやで? 部下と固い握手を交わしたと想ったら、相手の手をただの肉片でしたじゃ、気分良くないやろ?」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! それは危険すぎないか!? 俺は力の加減を間違えて、同胞を殺してしまうことになってしまうぞ!」


「だから、言ってるやんか。練習してくれって。ちょうど、モンスターがここを襲撃してくるんやろ? あんたさんがそのモンスターを全滅させる頃には、力の加減くらい嫌でも覚えまっせ」


 ああ、なるほど。練習台はそこら中に居るのか。それなら安心だ。


「ちょっと待ってくれ、神よ! 俺ひとりであの5千は居るモンスターの群れを倒せと言うのか!?」


「せやで? あんな数くらい、ちょちょいのちょいで全滅させれるくらいの力が、あんたさんに与えられるんやで?」


 し、信じられん。あのモンスターたちは全体の一部と言えども、カシマ―ル国とモガミ国を滅ぼしたのに。そいつらを俺が神からもらった力だけで追い払えるだと?


「違う違う。追い払えるんやないで。全滅や。ちゃんと、わいの話を聞いてますかいな?」


 心を読まれただと? ヒトの心を読める能力を持つなど、聞いたことがないぞ!


「せやせや。ヒトの心を読めるのは神さまの特権やさかいな。あっ、言い忘れていたんやで。わいの【寵愛】を受け入れると、あんたさんも他者の心の声を聞けるようになりまっせ?」


「それは喜んで良いのか、悪いのか、判断できないのだが? ヒトの心の中を読むのは、ヒトの道から外れることになると想うのだが?」


 コッシローの疑問も当然である。そもそもとして、そんな能力を持っているヒトなど居ないということは、翻れば、それが出来るようになる自分は【人外】となるのではないのかと。


「【人外】ちゃいまっせ。【超人】や。ヒトの身のまま、ヒトを超えるだけや。わいはあんたさんに【寵愛】を与える。あんたさんはその力で【超人】となる。そして【超人】となった、あんたさんはモンスターの魔の手から人々を救って【英雄】になるわけや!」


「え、英雄だと? 俺が英雄になれるのか?」


「せやせや。【英雄】や。あんたさん、子供の頃から【英雄】に憧れてたやんやか? 絵本や物語にたびたび登場し、モンスターの脅威から人々を救う、あの【英雄】やで?」


「お、俺が英雄。俺が英雄。ははっ。子供の頃の絵空事だと想っていた存在に俺が成れるのか?」


「そうやで? 【英雄】になったら、名誉だけやのうて、若い女も、もちろん富も転がってくるんやで?」


「ははっ。はははっ。そうだ、俺は【英雄】になるんだ。人々を守るための英雄になるんだ……」


 コッシローはこの時すでにヒトの心を失っていたのかもしれない。彼の功名心はヒト一倍高かった。だからこそ、神の甘言を受け入れてしまった。


「神よ! 俺に【寵愛】を授けたまえ!」


「おおう、おおう。乗り気になってくれたんですかいな。こりゃ、わいとしても嬉しいことやで? じゃあ、わいの左手に接吻せっぷんをしてもらうんやで?」


 コッシローは片膝をつき、老人の左手を両手で包み込む。そして、老人の左手に彼は誓いの接吻せっぷんを行うのであった。


「【契約】は成立したんやで? コッシロー。あんたさんが【英雄】に登りつめる姿を視させてもらうんやで?」


 その後、コッシローは神から与えられた力により、出城を包囲していた5000ものモンスターたちを全滅させることになる。その戦いぶりは、彼が仕えるバンデール国が滅ぶその時まで、人々の語り草となった。


 コッシローは確かに神の言う通り、【英雄】になったのだ。だが、彼が【寵愛】が【呪い】だったと気付くのは、それから約1万年以上もの歳月が経ったあとであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る