第3話 寵愛

 ああ。これは神さまに対する冒涜なんやで。たかだか創造物のくせに、創造主である、わいに啖呵を切ってくるところが面白いんやで。せやな。こいつに決めたんやで。わいの【寵愛】を受け取ってくれやで?




「おい、そこのコッシローとやら。何やら神さまに対して、罵詈雑言を浴びせているみたいやな? あんたさんには信心が足りへんのちゃいますの?」


 ひとりのよぼよぼの老人が、コッシローの後方に立っていた。コッシローは何事だ!? と慌てふためることになる。自分は今、将官が集まるテントの中心部に居た。入り口側には自分の部下たちが勢ぞろいしている。その中を縫って、この老人が自分の背後に回ることなどありえないのである。


「貴様、何奴だ! 返答次第では斬らせてもらうぞ!」


 コッシローは腰の左側に佩いていたロング・ソードの柄を右手で握りしめる。この状態からロング・ソードを一気に引き抜き、この老人の首級くびを刎ねることなど、コッシローの剣の腕前なら容易い。容易いはずなのだが。


「!? なんだ? か、身体が動かないっ!」


 コッシローの右手はロング・ソードの柄を強く握ったまま、動かすことができなくなってしまった。いや、それだけではない。下半身すらも麻痺してしまい、その場から動けなくなってしまった。


「いーひひっ。わいの言葉を最後まで聞いてほしいんやで? まったく、血気盛んな性格は、わいを満足させるのにはうってつけな素材やけど、わいを斬ろうと言うのはやめてほしいところやで?」


 コッシローは自分の身体に叱咤をかけ続ける。この面妖な老人をここで斬っておかねばならない。そんな気がしてならないのであった。


「いーひひっ。動けませんやろ? でも、動きたいんやろ? なら、わいの言葉を最後まで聞いてほしいんやで?」


「貴様はナニモノだ! 俺の身体から自由を奪っているのは貴様の仕業なのか!」


「いーひひっ。別にあんたさんだけの身体から自由を奪っているだけやちゃいますで? ほら、あんたさんの可愛い部下たちも、同様に動けないようにしているんやで?」


 こっしろーは老人からそう言われて、初めて気づく。自分の部下たちがこんな怪しげな老人が現れたと言うのに、何一つ、モノを言わないことに。コッシローは自由の利かぬ身体であったが、首付近はなんとか動かすことができた。


 そのコッシローが振り向いて視た先には、まるで蝋人形かのように固まった部下たちである。あるモノは眼を見開いたまま。またあるモノは何かを喚き散らしている最中だったのか、口を大きく開いたままである。


「貴様あああ! 俺の部下をどうするつもりだ!」


「まあまあ、落ち着きいや。わいはあんたさんと話をしたいから、邪魔されんように他には【止まって】もらっただけや。あんたさんとの話が終われば、元通りやで?」


 コッシローには何故だかわからないが、この老人が嘘の類を言っているとは想えなかった。かの老人の言っていることは全て【真実】だと、理由もなく心に届くのである。いや、それだけでなかった。コッシローの眼からは熱を持つ液体が溢れでていたのだ。


「こ、これは何なのだ!? 俺が涙を流している!?」


 コッシローは自分が涙を流すことに激しく動揺する。妻に先立たれた時にも何故か涙は出なかった。そんなヒトとして欠陥品である自分が、何故、老人の言葉、いや、声に涙を流すのかと。


「いーひひっ。マニュアルには【生き物】の設定にランダム性が持たされると書いてありましたが、まさか、心に欠陥を持っていたでやんすか。そりゃあ、難儀なことですなあ? いや、しかしやで? こんな有様の【世界】で己を保っているようなニンゲンはどこかに欠陥を持っているのかもしれへんなあ?」


 この老人はいったい何の話をしているのか、コッシローには理解できなかった。


「ああ、【理解】はせんでええで? あんたさんニンゲンには【理解】なんて出来へんのやからな。それよりも、わいの【寵愛】を受け入れてくれまへんかな?」


「【寵愛】? それは教会の神父たちが口をそろえて言っていた、神から受ける愛のことなのか?」


「ほほう。この【世界】ではそのように伝わっているんかいな。マニュアルにはニンゲンやモンスターたちは、神を畏敬するように設定されていると書かれていたけど、こういう風になるんやな。面白いことやで。で、話を戻してやで? わいの【寵愛】を受け入れてくれまへんか?」


 コッシローは不思議でたまらなかった。神の存在を先ほど【否定】したばかりなのだ。だが、老人の言いから察するに、この老人は【神】である。【神】が自分の前に現れて、自分に【愛】を受け入れろと迫ってくる。そんな状況をどう頭の中で処理しろというのか。


「ああ、わいから【寵愛】受けるには、あんたさんの許可が必要なんや。ほんま、しちめんどくさいことやで。わいは神さまなのに、なんで、創造物から許可をもらわんといかんのや。ほれ、さっさと受け入れてくれやで?」


「その【寵愛】を受け入れたら、俺はどうなる?」


 コッシローの疑問は当然であった。いくら、目の前の老人が【神】を名乗ろうが、喜んで受け入れて良いものかはわからない。もしかすると、自分が自分で無くなるのでは?という根源的な恐怖がコッシローの心を支配していくのであった。

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