2章終話
ハープの旋律が止み、体の自由を取り戻した翔くんがペンドラゴンの腹部に飛び乗ります。
「これは……【キャンセル】っ」
そして決壊した腹部にバールの連打を浴びせました。腹部が徐々に破壊されると、彼はおもむろにバールを内部に差し込みます。ゴソゴソと探り、やがて引き上げた先には滾々と麦茶を垂れ流すヤカンがありました。
「やっぱ原因はこれか。しかも麦茶が毒になってやがる」
「なるほど、専用アイテムの呪いか。それもかなり厭らしい類のものだな」
飛ばされたコリーさんも戻ってきました。打ち身だらけでボロボロですが骨に影響はないようです。ペンドラゴンから飛び降りた翔くんは、ヤカンを私に渡してくれました。
「ありがとうね」
「麦茶がないと俺の喉が乾くからな」
「にゃん」
上空で奮戦していた黒助も手押し車に着地し、誉めてと言わんばかりに私を見つめてきます。両手で頭を撫でてやり、そのまま胸元へ抱き寄せるととても満足した様子で目を細めました。小さい体でご苦労さまでした。
「なるほど、こんな仕掛けだったのですか」
ドーラさんが見つめているのは光の粒子になって消滅しようとしているペンドラゴンです。今まで魔物を倒しても消えることはありませんでしたが、これはどういうことでしょうか。最後の粒子が消えた後、ペンドラゴンの倒れていた大地に紋様が浮かび上がってきました。これは何度も見て記憶にある、次の階層への転移紋様です。
「七階層への入口がこんな仕掛けになっていたとは」
「この先は今まで通りではないかもしれません。それでも貴女は進むのですか」
「それこそ我が目的。それこそ我が街の呪いを断ち切る唯一の方法なのだからな」
コリーさんが拳を握りしめ高らかに宣言しました。呪いとは一体何なのでしょう。普通に生活できていますし、ローマンの街に何某かの呪いがかけられているようには思えないのですけれど。とにかく上層階へ行けば、その答えも見つかりそうですね。
「そか、じゃあ頑張れよ」
しかし翔くんにはその気がないようで、バールを肩に担いだのと反対の手でヒラヒラとさよならの仕草を取っています。
「えっ、ショウ殿は着いてきてはくれないのかっ」
「はあ? 俺が頼まれたのはお前の救出で、それはもうやっただろ。ここから先に進むのなら、それはクエスト範囲外で俺の知ったこっちゃねぇ」
現れた転移紋様とこの場の雰囲気を鑑みれば、ここはどうあっても七階層へ行くべきだと思うのですが。
「それにな、携帯食もないし多分まだ強さも足りねぇ。今回だってペンドラゴンを倒したのは相田さんのヤカンであって俺達じゃないんだぞ、そこを忘れるな」
「うぐっ、それはそうだがしかし……」
「それより何より、相田さんをこれ以上連れ回したくねーんだ」
「素晴らしい思いやり精神ですね。僕も彼の意見に賛成ですよ」
本当にこの子はどこまでも私を気遣ってくれます。あと六十歳若かったらきっとベタ惚れていたことでしょう。
「ババア、オーラがキモいぞ」
いけません、無意識に桃色波動を出してしまったようです。年甲斐もなく恥ずかしいことですね。
「先走ってしまい、すまない。仲間ともはぐれてしまった現状、冷静に考えれば一旦街へ戻るのが最善策だな。しかしその後は……」
「心配するな。俺も力を貸してやる、別料金になるけどな」
翔くんとコリーさんは少しだけ良い雰囲気になりましたね。心優しい熱血漢と腕の立つ絶世の美女。よくよく見ればとてもお似合いの二人です。彼女の殘念な性格さえ見て見ぬふりをすれば。
「では街へ戻りましょうか」
「だな。実は携帯食に飽きてたんだ」
「ショウ殿、街に戻れば酒場でたらふくご馳走してやるぞ」
「それは楽しみだ。俺の胃袋を甘く見るなよ」
談笑を交わしながら前を歩く二人。それは戻るために歩んでいますが、気持ちは見果てぬ先へと進んでいるように感じられました。
「それはそうと、ルリコさんはどうして黒猫を探していたのでしょう」
眩しい二人を眺めながら物思いに耽っていますとドーラさんが話しかけてくれました。
「お恥ずかしながら、いつかは魔女になって空を飛ぶのが夢なのです。魔女といえば黒猫がつきものでしょう?」
「つきものですか。それは分かりませんがそんな夢があったのですね」
「ええ、本当に夢ですけれども」
「夢としてなら叶うかも知れませんよ。その方法はもう貴女の中にあるのですから」
そう言って微笑んだ彼は、新たな夢天の精霊呪文をこっそり教えて下さいました。説明によるとそれはとても変わった効果の呪文らしく、使うとどんなことになるのか今から楽しみです。
後日、お仕事を再開した私に聞きなれない渾名がついていました。きっと翔くんたちが酒場で広めたのでしょう。ドラゴンも涙目のルリコ。略して【ドラだめのルリコ】が、新しく戴いた二つ名です。
―― 2章 了 ――
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