2章17話
ペンドラゴンに肉薄した翔くんは、明らかに先ほどまでとは違いました。バールを打ちつける一撃に重さの加わったのが見て取れます。しかもその攻撃はとても素早く、時代劇の忍者を彷彿とさせました。
「ショウ殿、大丈夫か」
「ああ問題ねぇ、【バール・ロンド】っ」
振り上げたバールの周囲に幾百のバールが現れ、翔くんが手を振り降ろすと同時にそれがペンドラゴンの胸ぐらへと殺到します。
「まだまだこんなモンじゃねーぞ【バール・ロンド】さらに【バール・ロンド】っ」
次々と現れるバールがペンドラゴンの全身を打ちつけては消えてゆきます。しかし消えるよりも早く次のバールが襲い、まるでバールカーニバル、いいえ、バール天国のようです。これだったのですね、彼が撲殺バール天国と渾名される由来は。先程まで鉄壁の守りを誇っていたペンドラゴンも、全方向から飛んでくる波状攻撃に苦悩の呻き声をあげています。
「何系統の魔法か見当もつかんが、やるではないか。私も負けてはおれんな」
コリーさんも長い名前の剣を掲げ、剣身を輝かせます。
「おいおい、この状況で松明かよ」
「それこそまさかだ、我が究極奥義に刮目せよ。精霊光波斬っ」
剣先から太い光線が伸び、それを上段から一気に振り抜くコリーさん。光線はペンドラゴンの左脚を透過し大地をかなり先までえぐります。一拍おいて斜めにずれ落ちる左脚。大きな振動と共に憎しみの嘶きを響かせ、バランスを失ったペンドラゴンは大地に横倒れました。
「凄いなその技、素直に称賛するぜ」
「ショウ殿の妙技も見事だったぞ」
「じゃあ続けて八つ裂きにしてくれ、今が最大のチャンスだ」
「フハハッ、我が究極奥義である精霊光波斬は一日一回しか撃てんのだ」
腰に手を当て高笑いをしながら至極重要なお知らせを当然のようにのたまうコリーさん。あの光線をあと数発撃てればそれで決着がつきそうなのですけれど。それより、先ほどの攻撃で首を刎ねていればそれで終いだったはずなのですけれど。究極奥義とやらが凄いのは認めますが、やはり彼女は残念界のプリンセスですね。
ペンドラゴンの左脚からは絶え間なく緑色の体液が噴出していますが、さすがにそれだけでは致命傷にならないらしく、倒れた状態のまま横薙ぎに首を振るいました。盾でその攻撃を受け損ねたコリーさんは大きく弧を描いて吹き飛ばされ、力比べとばかりにタイミングを合わせてバールで迎え撃った翔くんも力負けて倒されてしまいます。私はとっさに持っていたヤカンを振りかぶって投げつけました。
「翔くんを虐めないで!」
投げたヤカンは私にしては綺麗な軌道を描きながらペンドラゴンへと到達しましたが、所詮老人の投げつけた威力のない物体です。歯牙にもかけない様子で口を大きく開けたペンドラゴンは、そのままヤカンを飲み込んでしまいました。
「私のヤカンが……」
「ルリコさんの代名詞ともいえる専用アイテムが……私の命を救ってくれた貴重な麦茶が……」
ドーラさんはハープを胸に抱え直し、敵を忌々しげに見つめます。倒れた翔くんを焼き尽くそうと、首をもたげて大きく息を吸い込むペンドラゴン。この状態で炎を浴びればいくら翔くんといえども消し炭になってしまいます。
「若者が頑張っているのに、最高齢者が何もしないわけにはいきませんね」
先ほど私が放った台詞をもじりながら、彼はお茶目にウィンクしてきました。
「武器も持たないドーラさんが立ち向かうには危険すぎる相手ですよ」
「僕には僕の戦い方があります。何が起こってもびっくりしないで下さいね」
そう言い残すと彼はゆっくり歩き始めました。そしてまさに炎が吐き出されんとする刹那――全ての時間が止まったのです。
いえ、そうではありませんね。止まったような気になっただけで、ドーラさんだけは動いています。彼は胸に抱いたハープを激しくかき鳴らしながら翔くんの傍らへと辿り着き、足で蹴りながら移動させようとしていました。
「体が動かねぇ。って、痛てーな。他にやりようはないのかよ」
「すみません。特定の旋律を奏でることで僕以外の生物は麻痺してしまうのですが、弾くのを止めれば効果も切れてしまうので」
「あんたのそれ、魔道具だったのか」
「ええ、僕の専用アイテム【月桂樹のハープ】です」
手ではハープをかき鳴らし、口では翔くんと喋り、足では翔くんの体を転がすドーラさん。とてもシュールでお世辞にも格好良いとは言えませんが、それでも翔くんを助けて下さったことには感謝の念が込み上げてきます。
「このくらい転がせばブレスの範囲外でしょうか、ゲシゲシ」
「足蹴にする効果音を口走るな」
「翔くん、無事で良かったわ」
私の傍らまで転がされてきた彼に駆け寄りたいのですが、体が動きません。ドーラさんの専用アイテムから奏でられる音色は本当に不思議な力を持っています。一体彼はどこでこんな魔道具を手に入れたのかしら。私の専用アイテムは転生特典でしたので、もしかすると彼も……。そんなことを考えておりましたら、耳をつんざく爆音が辺り一面に轟きました。音源はペンドラゴンだったようで、顔の下半分が爆ぜています。
「あんた意外と残忍だな。あれ、狙ってやっただろ」
「まさかそんな。たまたま口の中に炎が溜まっていただけですよ」
今まさに炎を吐こうとしていたペンドラゴンは、ドーラさんのハープが奏でる音色によって動きを止められてしまいました。その状態が長く続いた結果、口の中で炎が爆発したようです。
「ホントかよ。とりま動けるようにしてくれ、あとは何とかする」
「いいえ、もう暫くこのままで。なぜなら勝負はすでに着いているのですから」
どういうことでしょうか。炎の爆発で下顎が吹き飛んだとはいえ、ペンドラゴンはまだ生きており、それどころか目に怒りの色を湛えている始末です。
爛々と輝く怒りの眼を大きく見開き……見開いて……涙目に……あれっ、心なしか体が痙攣しているようにも見えますが気のせいでしょうか。それに腹部がどんどん膨らみ、血塗れの口からは血液ではない液体が滴り落ちています。やがてパンパンに腫れ上がった腹部に亀裂が入り、決壊した部分から止めどなく液体が溢れ出すに至り、とうとうペンドラゴンの目からは生気が失われ、仰向けになってしまいました。
それでも決壊した部分から溢れ出す液体は勢いをなくしません。体液と混じり筆舌に尽くしがたい色合いであったそれは、徐々に混ざり合っていた不純物がなくなり本来の琥珀色を取り戻して行ったのです。
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