幕間 私が迷宮を目指した理由

 生まれついての男勝りで、子供の頃から剣の修業ばかりしていた。十二歳を迎える誕生パーティの日、お父様があろうことか伯爵家の長男を屋敷に招き、私に無断でお見合いの既成事実を作ってしまった。正々堂々正面きってのお見合いならまだしも、こそこそとまるで夜のうちに窓へ忍び寄るミノムシのようなそのやり方に憤慨した私は、その場でテーブルをひっくり返し来賓であるその長男の股ぐらに剣を突きつけてやった。それだけで絨毯に広がる濡れた地図が、彼の軟弱さをまざまざと示している。


「コリー止めるんだ! ああ……なんということを……」


 何がなんということだと言うのか。お父様は女である私の剣を前にして失禁するような男と結婚しろとでも言われるのか。


「姉さまは黙って座ってらっしゃれば、この世の誰よりもお美しいのに」


 いやいや妹よ。美しさならお前も負けてはおらんぞ。まあ勝ってもおらんけどな。それに黙ってただ男の言いなりになる人生など、まっぴら御免だ。


「まったく、お前のようなバカは見たことがない」

「しかしお父様、コイツは女性の前で失禁するような腰抜けではないか。それに私とは四十も年が離れている。どう見てもバカなのはコイツではないのか」

「なっ、コイツコイツと……ばかもん、ばかもん、ばかもーん! お前の顔など見たくもない。暫く別荘で反省しておれ」


 何を反省すれば良いのか分からなかったが、それでも我がローマン家において家長の命令は絶対厳守。私は一礼してその場から去り、別荘へ行く荷物をカバンに詰め込み始めた。


 街の北、防護壁のぎりぎり内側にある草原地帯。幾つかある別荘のひとつがそこにある。お母様が生きておられた時分はよく避暑で遊びに来たものだ。


「おや、コルネット様。こんな季節にどうされたのですか」


 彼はこの別荘を管理してくれており、私達家族が遊びにきた折には執事を務めてくれるバース様だ。腰まで長く伸ばした燃えるような赤髪と、腰に携えた二振りの装飾剣が印象深い御仁である。我が家の使用人であり森人族である彼に敬称を使うのは、私にとって剣の師匠だからに他ならない。


「師匠、ご無沙汰しております。お父様に自主軟禁を命じられたのでやってまいりました」

「はあ、またですか。コルネット様も懲りませんが旦那様も学びませんね」

「まったく。ではまた暫らくご厄介になります」


 別荘の前には碧く澄んだ大きな湖があり、ほどよく間引かれた木々と相まってとても神秘的な風景を窓から眺めることができる。丁度私が見た先には一頭の水棲魔物が湖から顔を出し、獲物を求めて周囲を伺っていた。


「秘技・覇王烈破暗黒斬っ」


 私は光の精霊を纏わせた剣から細い光線を放ち、見事水棲魔物の眉間を撃ち抜いた。


「コルネット様、何をしておられるのですか」

「師匠見てくれたか! 覇王烈破暗黒斬を湖まで撃ち出せるようになったぞ」

「無闇に生き物を殺すのはどうかと思いますよ。それと光魔法なのになぜ暗黒なのでしょうか」


 無論それは響きが格好良いからである。しかしそうか、無闇な殺生は例えそれが魔物でも控えたほうが良かったか。


「それにこの辺りは魔素をローマンの塔に吸収され続ける呪いの地。私達はできるだけ魔法の使用を控えなければなりません」

「呪いですか? 初めて聞きました」

「初めて言いましたから」


 師匠はこの際だからと、この土地を蝕む呪いのことを教えて下さった。いつ誰が建造したとも知れぬローマンの塔は、その不思議な内部構造を保つため日々周囲の魔素を吸収し続けている。そのせいでローマン領の魔素含有量は、他の土地の半分にも満たないらしい。魔素がなければ存分に魔法を行使することができず、魔法が行使できなければ充分に文化的な生活を送れるとは言い難い。しかしそれでも私達はその呪いに縛られ生き続けるしかないのだ、と。


「それは大変なことではないですか」

「まあそうですが、今現在こうして生きていられるわけで。今以上を求めなければ……ローマン領の繁栄をこれ以上求めなければ問題はないのですけれど」


 それはあり得ない。我が領の繁栄がここで頭打ちなど断じてあってはならないことだ。


「何か打開策はないのですか」

「そうですね、不確かな言い伝えなら一つだけ。塔の最上階にある魔法装置を止めれば呪いも止まるらしいですが、それを確かめた者はいません」

「なぜだ! なぜ誰も確かめようとはしないのですかっ」

「あそこが危険な場所だからですよ。それに旨味もありません。建材として使用されている未知の金属くらいしか継続的に換金できる物質を採取できませんからね」

「内部の調度品にもかなりの値がつくと聞きましたが」

「一度誰かが持ち出せば、それで終わりでしょう? それに他の領にある遺跡では湧いてくる魔物に対して討伐報酬が支払われます。しかしこの領にはその制度がない。これでは冒険者の方も積極的にはなれません」


 なんと嘆かわしいことであろうか。お父様の政策に疑問を抱いたことはないが、軟禁が解ければ色々と具申せねばなるまい。そして私が、このローマン領主家長女であるコルネット・ローマンが皆の先頭に立ち、領民の未来を切り開かねば。


 そのためにはもっと――そう、もっと強力で見栄えのする剣技を磨かねばならない。明日から、いや今日からさっそく新必殺技を特訓しよう。そしてそれが完成した暁には、この手で古来より続く呪いを断ち切ってみせようではないか!

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