2章3話
この世界の夜は満天の星空に覆われ、とても美しくロマンチックです。しかしこれまで当たり前に思えていたある物が欠如しているのでした。
一階層から二階層へは不思議な紋様の力で移動できました。文字が書かれているわけでも図形が描かれているわけでもないのですが、一階層のその場所にだけ明らかに他の地面とは異なる紋様が広がっていたのです。そこへ足を踏み入れると瞬く間に二階層へと移動できました。どのようなカラクリなのかさっぱりわかりません。
二階層は夜の墓場とでもいうべき場所でした。荒れた大地には数え切れない数の気味悪い墓標が無造作に立ち並び、それが月明かりに照らされ異様な雰囲気を放っています。墓標も気になりますが、それよりもこの世界に欠如していた衛星が何故この迷宮内にはあるのでしょうか。私にはそちらのほうが気になりました。
「二階層の魔物は全て死霊系で【覇気】が通用しないんだ。でもこの階層に限っていえば相田無双ができるから関係ないけどな」
「相田無双だなんて海内無双みたいでとても強そうだわ」
「強さの例えが分かんねーよ」
二階層のゴールまでは一度も闘わずに到着しました。翔くんが私の両肩に手を置けば障壁の効果範囲内に入るので、攻撃してくる死霊系の魔物を無視して進めたのです。最終的に長い長い大名行列のようになっていたのは御愛嬌でしたけれど。
「ようやく三階層か。疲れたし今日はここで野宿しようぜ」
「森で野宿したことを思い出すわね」
途中何度も休憩を挟んだせいで、ここまで到達するのに六時間以上かかってしまいました。それでもこの広い迷宮の三階層まで六時間で来られたのはとても早いと感じますが、さすがに歩いてばかりで足が疲れています。コルネットさんのことを思えば一刻も早く六階層に向かいたいでしょうに、私のことを気遣ってくれる優しさがとても身に染みるのでした。
「ここは今までと雰囲気が違うのね」
三階層は今までの不思議な景色と違い、建物の内部らしい構造をしていました。たくさんの小部屋があり、通路には松明も設置されています。
「この階層には魔物が出ないんだ。だから採掘者たちの仕事場になってる」
「でもここまで来るのは大変そうね」
「採掘はカネになるからな。奴らは惜しまず護衛を雇うんだ」
金属と金属のぶつかり合う高い音が一定のリズムで聞こえており、私達以外に誰かがいるのだと確かに伺えました。通路を歩いて行くと、通りかかった小部屋の中では採掘者の方がゴテゴテした器具を使って壁や柱と格闘しておられます。その後ろには翔くんが教えてくれたように護衛と思しき数人の男女が必ず控えておりました。皆さん、やることも無いようでお酒を飲んだりカードゲームに興じたりしておられます。
「おっ、この小部屋が空いてるな。ここで休ませてもらおう」
「それにしても部屋の中は何もありませんね」
「元々は物が置かれてたと思うけど、全部運び出されたんじゃないかな」
そういえば迷宮内から見つかる調度品などは、外に持ちだされ高値で取引されているのでした。一体どんな物があったのだろうと未知の調度品に想いを馳せます。
「妄想するのは寝てからにしてくれよな。立ったまま目を瞑られるのは心臓に悪い」
「ごめんなさいね。ついつい色んなことを考えてしまって」
素敵な夢が見られるベッドや、朝起きたらお米を研いでくれているロボット。そんな物があったのかしら。それとも何か特別な効能のある神秘のお薬があったのかしら。
そんなこんなを夢想しながら、私は疲れた身体を横たえるのです。
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