2章4話

 翌朝、といいましても迷宮の中は陽の光が届きませんので体感的な朝なのですが、目覚めた私達は翔くんが用意していた携帯食を戴いてから出発いたしました。


「この階層までは完全攻略されてるから、人数さえいれば安全に昇ってこれるんだ」

「完全攻略って何なのかしら」

「地図が売られるほど隅々まで探索し尽くされてるってこと。上の四階層と五階層は未踏破地域が多いんだ」

「それなら六階層も未踏破地域が多いのね」

「六階層は【ローマンの翼】くらいしか踏み込んでないと思うぜ。どんな魔物が生息してるのか分らないから気をつけて進もう」


 この階層まで苦労らしい苦労もせず登ってきましたので危機意識が薄れておりましたが、ここは迷宮の中なのでした。フワフワした気持ちで進むと再び貧民街の時みたく不測の事態を招いてしまいかねません。


 休憩を挟んで二時間ほど歩き、次の階層へと昇った刹那に前方から槍が突き出されました。刃も欠け、ところどころ錆も浮いた汚い槍です。


「うおっ、いきなりかよ」


 持っていたバールで槍をはじき返す翔くん。襲ってきたのはトカゲのような皮膚をした小柄な魔物でした。腰布を着け、武器も持っていることからある程度の文化水準に達しているのだと思われます。しかしここは隔離された迷宮の中、それなのに文化を育んでいるなんて不思議でなりません。外の世界に比べると広さも物資も何もかも足りないように感じるのですが、それを補う何かがあるのでしょうか。


「ちっ、【洞穴を徘徊する鱗人】か。スキルを……使うまでもないな」


 バールによる高速突きを繰り出しトカゲの魔物を圧倒する翔くん。反撃を許さず繰り出されたそれが治まると、魔物は仰向けに昏倒してしまいました。


「未踏破地域があると魔物の沸きが違うな。この階層は休憩少なめで行くぜ」

「ええ。私もこんな物騒なところ、早く抜けたいわ」


 それに迷宮へ入ってから十二時間以上が経過しております。こんな奇襲を受け続けているかもしれないコルネットさんは精神的に追い詰められていることでしょう。私がもっと若く、きびきび歩けたら……そう思わずにはおれません。


 四階層は洞窟の内部みたく薄暗いトンネルが続いておりました。天井付近はほぼ見えず、足元でほんのり輝いている苔のような植物が唯一の光源です。たくさんの枝道に分かれており、侵入者を惑わせるためにわざと掘られたかのようです。一体誰が、どんな目的で掘り進めたのでしょうか。そんな迷路じみた洞窟を進み、幾つかの枝道を抜けた先で冒険者の方々と出くわしました。


「うわっ、何だ同業者か」

「お前は撲殺バール天国の……」


 撲殺バール天国と呼ばれる翔くんは新鮮ですね。何故そのような二つ名がついたのか、機会があれば聞いてみましょう。


「その二つ名は好きじゃねぇ。二度と呼ぶなよ」


 前言撤回です。この疑問は墓場まで持って行ったほうが良さそうですね。


「あら、怪我をされている方がいるのね」


 出会った冒険者の方々は四人で、そのうちの一人が何とも惨たらしい怪我を負っておられます。二の腕辺りをロープできつく縛り、あり合わせの布で巻かれた右手は手首から先が欠損しておりました。布からは絶えずポタポタと血が滴り落ち、顔面蒼白で今にも気を失いそうな様相です。


「この先で倒れていたのを見つけてな、街へ連れて行く途中なんだ」

「転移の罠で……逃げようとして右手が……魔法陣から出てしまい……」


 魔法陣の何たるかは以前ゼペットさんに教えていただきました。察するに罠の効果範囲から身体の一部が出てしまい、生き別れになってしまったのでしょう。


「そんなわけで急いでる。早く治療しないと手遅れになっちまう」

「お待ちになって。それなら私が」

「あんたは確か死涙の……」


 精神を集中させ、指先に練魔素を集めます。充分に集まったところで呪文を唱え、精霊さんたちに彼の傷を塞いでくれるようお願いしました。薄暗かった洞窟が光に溢れ、精霊さんたちが去った後も少しの間ほのかな輝きが残ります。


「まさか回復魔法か!」

「あいつらのドヤ顔、いつ見てもムカつくぜ」

「おお……傷が癒えてゆく……」


 精霊さんたちが呼びかけに応え、男性の傷を塞いでくれたようです。布から滴る血液の量が目に見えて少なくなっているので、これで大丈夫なはずなのですが。


「ごめんなさいね。欠損した部分までは治せないのだけれど」

「いや、充分だ……本当にありがとう……」

「凄いじゃないかババア! 回復魔法なんて見たのは初めてだぜ」

「おいコラ、ババアとかいうな。相田さんって呼べ」


 るり子ババア呼び選手権チャンピオンの翔くんが諌めるのは滑稽です。そういえば負傷している方も、迷宮入口で出会った方と同じく革鎧の右胸に大樹を模した緑色のレリーフが施されています。ローマンの翼は皆さん同じ紋章をつけているのですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る