お酒

 ひとしきり泣いた後、俺は陽菜にバレないよう涙を拭き家に帰った。幸い、雨も降ってるし、ごまかしならいくらでもできるだろとこの時の俺は思っていた。


「……ただいま」

「お帰り〜。今日は随分遅かったね……ってなんでそんなに濡れてるの?!」

「外雨降ってたからな」

「そうなんだ! あっ、でも折り畳み傘持ってたよね?」

「……今日は雨に打たれたい気分だったんだよ」

「ははーん。もしかしてフラれちゃった?」


 陽菜の言葉に一瞬ギクリとした俺だった。

 今日の陽菜は痛い所を突いてくるな。


「……まぁな」

「パパの事フルなんて、その人、男性を選ぶセンス無いよ」


 陽菜はなんかわからんが怒っていた。

 それにしても八城さん、知らないところで女子高生にセンス無いとか言われちゃってるんだが。


「なんか怒ってんのか?」

「怒ってません。むしろ安心したんです!」

「ん? どゆこと?」

「パパには教えませーん」

「ちょっ、気になるだろ」


 陽菜は俺がフラれて嬉しいのか? もしかしてドSなのか?


「フラれたパパには癒しが必要ですね。どうです? 一緒にお風呂にでも入りませんか? というか、早くお風呂に入った方がいいですよ? びしょ濡れなんですから」

「それもそうだな。風呂入ってくるわ。ああ、それと。風呂は1人で入るから、絶対に入ってくんなよ?」

「ふふっ。わかってますよ。冗談ですから」


 陽菜は笑っているが、本当に冗談だったのかはわからない。いや、普通に一緒に入ろうとしていたかもな。現に少し寂しそうな顔してるし。


「……はぁ。明日から大変になるな」


 俺は湯船に浸かりながらそんなことを呟いていた。


「……あの2人が上手くいけばいいな。それにしても彼女ってどうやって作るんだろうな? 俺には一生無理そうだ」


 神様って酷いことするよな。彼氏・彼女は分配制にしてくれっての。今まで何人と付き合ってました。とかよく聞くが、なんでそんな人数と付き合えるのかが分からん。


「……切り替えねーとな」


 呟いた後、髪と身体を洗い風呂を出た。


「陽菜〜? 冷蔵庫から酒出してくれるか?」

「えっ? パパお酒飲むの? 珍しいね」

「おう。今日は飲みたい気分なんだよ」

「そっかぁ。今持ってくるね!」

「サンキューな」

「はい、パパ。この前ビール買ってて良かったね!」

「そうだな」


 陽菜から酒を受け取り、カシュッと音をたてて開ける。

 ゴクゴクッと喉をならしながら流し込む。

 うん、やっぱ美味いな。


「パパ、口のところ泡ついてるよ?」

「これがまたいいんだよ。これが酒の醍醐味だよ」

「そうなんだ。ちょっとわからないなぁ」

「陽菜がわかったら問題だっての。これは大人になればわかる」

「なら20歳になるまで我慢する。20歳になったら一緒にお酒飲んでくれる?」

「おう。20歳になったら一緒にお酒飲もうな」

「うん!」


 凄い嬉しそうにしている陽菜を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。


「と言っても、俺とじゃなくて、友達と飲んでもいいんだからな?」

「最初はパパと飲みたいんだぁ〜!」

「そ、そうか」

「うん!」

「なら、その時はワインとかも飲んでみるか」

「いいですね! 赤ワインとか白色?のやつも飲んでみたいです!」

「なら、少し奮発して高いの買ってやるよ」

「今から楽しみです!」

「そうだな」


 俺も陽菜と飲める日がくるの、楽しみにしてる。とは照れ臭くて言えなかった。

 基本家だとお酒飲まないし、陽菜がお酒にはまったらどうしようか。って、今から心配しても意味ないか。まだ何年か先の話だしな。


「それはそうと、ご飯は食べてきたんだっけ?」

「おう。食べてきたぞ」

「何食べてきたの?」

「焼肉だ。美味しかったぞ」


 途中からは美味しさなんて感じなかったがな。なんなら後半は話してたから、ほとんど食べてないんだよな。


「いいなぁ〜」

「今度、連れてってやるよ!」

「いえ、お金かかるし、大丈夫だよ!」

「遠慮すんなって。外食とかそんなしてなかったし、今度行こうぜ」

「ほんと?! 嬉しい!」


 そういや、陽菜って前からこうだったな。自分の事になるとすぐ遠慮しだす。服買う時だってそうだったしな。


「そろそろ寝るわ。おやすみ」

「あっ、なら私も寝ようかな。あれ? もうお酒はいいの?」

「ああ。1缶飲んだしな」

「足りなくないの?」

「明日も仕事あるしな。酔うわけにはいかんのさ」

「そっか」

「おう。そんじゃ、おやすみ」


 俺はそう言ってベッドに入る。

 横になってるとすぐに陽菜がベッドに入ってきた。それもいつもより近くにだ。

 近くにきたかと思うと、すぐに抱きついてきた。


「パパ。フラれたからって落ち込まなくて大丈夫だからね? パパは充分かっこいいんだからさ。パパが悲しい顔してると私も悲しくなっちゃう」


 そう言った後、陽菜は寝息をたてていた。

 俺が寝たと思ったのだろう。起きていたら絶対にわからなかった事だったな。

 ……たく。陽菜に心配かけちまったな。

 助けられてるのは俺の方だってのにな。帰ってくるまで落ち込んでた俺だったが、陽菜のおかげで心が軽くなったしな。


「……陽菜。俺の方こそ助かってる。ありがとな」


 そう言いながら俺は陽菜の頭を優しく撫でてあげる。

 頭を撫でてやると、陽菜が嬉しそうに微笑んでるように見えた。



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